十二話 坊っちゃまだって考える
「もう、バカじゃないですか、坊ちゃま。貴方の大事な取り柄である顔を、たかがボンクラ小僧如きに好きに殴らせるなんて……!」
「痛い。手当するなら、もう少し丁寧にしろ」
人払いをすませた医務室で、ジョニーの雑な手当を受けていると、合間合間に小言がこれでもかと降ってくる。
「嫌な顔しない! 自業自得ですよ、まったく。あんなのひねり潰してやればいいのに……!」
普段は『自分可愛い』に酔ってる、かなりアレな人間だが、腐っても僕の護衛。一応主人である僕が怪我をしたからか、いつになく怒っていて過激な事を吐いている。
「そもそも、護衛のお前が仕事をしていれば、僕は怪我なんかしなかったな」
「ちょっとぉ! ここでアタシのせいにしますか? ……あの沸点低そうなボンクラを煽ったのは、誰ですか?」
「なんだ、見ていたんじゃないか。……早く止めなかったお前の落ち度だな。……うん、やっぱりお前のせいだ」
「……それだけ憎まれ口たたければ、大丈夫ですね。さすが坊ちゃま、無駄に頑丈」
鍛え方が違うんだと反論すると、手当のために広げた道具を片付けなら、ジャスミンが生返事をする。
「はいはい、坊ちゃまはすごいですよ。さすが、アタシの坊ちゃま」
「お前の坊ちゃまでは無い。気持ちの悪い言い方をするな、心底不愉快だ」
「真顔で返すのやめてもらえません? そんな嫌そうな態度とられると、アタシだって、傷つくんですけど!」
「はぁ?」
「顔! 言い方! ……大公家の跡継ぎが、ドスの利いた声出さないで下さいよぉ」
戸棚に道具を一式戻したジョニーは、僕の方を向いて「くすん」と泣き真似を始めた。
「……控えめに言って、気味が悪いな」
「ほんっっっとに、かわいくねー坊ちゃまですね……!」
「お前に可愛いなんて思われていたら、僕は直ちに舌を噛んで死ぬ」
「そこまで!?」
ひどいだのなんだのとブツクサ言いつつ、ジョニーは椅子を引いてきて腰掛けた。
「……坊ちゃま、これからどうする気です?」
「何が?」
「これだけ派手にケンカ騒ぎを起こせば、あのボンクラ君と仲良しごっこは継続できませんよ? 彼が、お嬢さんにわざと坊ちゃまの事を悪し様に吹き込んだりしたら……」
「…………」
「あの子、コロッと信じたりしませんかね?」
ジョニーが、難しい顔でそんなことを尋ねてくる。
「知るか」
「えぇ~……! 大事なところでしょ、ここ!」
「だったら、そこまでだ。……僕では、彼女の意識を変えるには至らなかった……という結論が出る。……その時は、潔く諦めるさ」
「……諦めちゃうんですか? そうなったら、そうなったらで、あらゆる手段を使ってもうちょい粘りましょうよ!」
意外な事を言い出したジョニーに、僕は思わず不審の目を向けてしまった。
この間はリディア嬢を気に入らないとか言ってたくせに、どういう風の吹き回しだ?
「……確かにあの子は、アタシの好みでは無いけど……、あの男とくっつくなんて、あまりに可哀想だと思って」
「……ルイか?」
「はい。……だって、あのルイとかいう奴、ちょっとおかしいですよ? もし、あんなのとくっついたら、あの子殺されちゃうんじゃないかって……」
不穏極まりないジョニーの言葉を遮るように、僕は思わず椅子から立ち上がってしまった。
「言葉は選べ」
「…………すみません。でも、それくらい、今日のアイツはおかしかったって事です」
「離れそうだからだ」
「え?」
「ずっと自分の手の内にあると思っていたものが、実は違っていて、あえて自分の手の内に留まっていてくれたのだと気付かされた。だから、ルイは焦っている」
リディア嬢は、ずっとルイの傍にいた。それこそ、なにがあっても。
だから、ルイは傲慢に振る舞うことが出来た。その、幸せな思い込みを継続する事で、都合の良いものだけ見ることが出来た。
さっきの、顔。
怒りと優越感の入り交じった、むき出しの感情をあらわにしたルイは、僕を殴りつつ安心感を得ていたんだろう。
僕は、自分より弱いという、安心感だ。
弱いモノは虐げて構わない。弱いモノは自分に逆らわない。弱いモノは自分から何も奪えない。
行き過ぎた傲慢が、手に取るように分かった。
「彼は、誇示したつもりだ。自分に逆らえばこうなるって」
「はぁ? 生意気に、坊ちゃまを脅してんですか?」
「僕と……、リディア嬢だろうな」
「…………」
「見せつけたんだ。……だから、彼女は離れないと思ってるはずだ。有効な楔を打ち込んだと思っている」
生憎、僕はこの程度のことで尻尾を巻くような性格ではない。
それに、リディア嬢も――。
ルイに立ち向かっていくだけの強さが、彼女にはまだ残っている。
きっと、ルイはあのままだ。
リディア嬢が傍にいる限り、ずっと変わらない。
でも、それだと彼女は笑顔になれない。
「なぁ、ジョニー。僕は、彼女には笑顔でいて欲しいんだ。……これは、無理な願いだと思うか?」
「まぁ、無理でしょうね。…………あのボンクラ野郎相手だったら、ですけど」
ジョニーは、椅子の上で尊大に腕と足を組む。どちらが主だか分からない態度だったけれど、僕は黙って続く言葉を待った。
「うちの坊ちゃまでしたら、そんな情けないことにはならない。そうでしょう?」
「……お前――」
「坊ちゃまは、ヘタレた所もありますが、決めるところは決めてくれる。そういう男だと、ジャスミンは信じておりますわ」
笑顔を浮かべたジョニー。その言葉に勇気づけられるような気分だった。
あいにく、傷が痛むので満面の――とはいかなかったが、それでも僕も笑っていた。
「……ジョニー」
「ふふふ、さすがの坊ちゃまも、アタシの忠誠心に感動したでしょう?」
「その格好で足を組むな。見たくない物が見えそうで、気分が悪い」
次の瞬間、ジョニーは「台無しだわっ!」と女言葉で叫び、「今言うことかしら? 言わなくちゃいけない事だったかしら?」とネチネチネチネチ、しつこく僕に突っかかってきたのだった。