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001 戦場に現れた鬼人

 ―――その日、俺は戦いの神とも呼べる者を見た。


 そいつは突如、戦場のど真ん中に姿を現し、大した魔術も使わず、唯々一振りの刀を以て、襲い掛かる者の一切を、その一刀の元に両断せしめたのだ。散々暴れまわった挙句、ミズルスの豪将、サルガリア将軍の腕を斬り飛ばし、何処かへと消えて行った。

 その豪快で、清々しい戦いっぷりだけ見れば、どこぞの大男でも想像するものだが、それは何と女だった。赤い蓬髪を高い位置で括り、服も襤褸とサラシを適当に身に纏って、最低限体を隠す程度の役割しか果たしていない。筋肉質ではあるものの、健康的な肉体は日の光を弾き美しく輝いている。正直な所、目のやり場に困る出で立ちであった。そして、何よりも目立つのは、右の額、髪の生え際辺りから生えた角だ。それは、彼女が人間ではなく、魔族かそれに連なる血を持つ者である事を示していた。

 そして、彼女の持つ剣は非常に珍しい物であり、滅多にお目に掛かる事の無い刀という代物だった。刀はその知名度に比べ、現存する物が殆どない。何しろ、大陸中探しても、これを打てる鍛冶師は、ハジメ=ゴジョーという男、唯一人であった為だ。そして、彼は鍛冶師でありながら大陸中を旅する変り者であり、気に入った者にしか作品を売らない頑固者でもあった。

 剣士であれば、誰もが一度は彼の打った刀を手にしてみたいと思うものであるのだが、どういう訳か、彼女はそれを四本も身に着けていたのだ。

 俺はここが戦場という事も忘れ、彼女とその刀の美しさに見惚れてしまっていた。それは俺だけでなく、その場に居たベルヘイムの全ての兵に言える事であり、彼女はこの戦の後、戦場の鬼姫と呼ばれるようになった。

 後に知ったことだが、彼女の特徴と酷似した者が、度々戦場に現れては、嵐のように暴れ、去って行く様が目撃されているという。




「おお、飽きもせずやっておるなぁ」


 小屋を出た俺は、大陸北西にあるミズルス帝国とベルヘイム王国の国境付近に来ていた。ミズルス帝国は、傍迷惑な事に大陸統一という野望を持つ国家だ。隙あらばしょっちゅう隣国のベルヘイム王国やら、マリオン共和国にちょっかいを掛け、自国領土を少しでも拡大しようとしているらしい。

 石兵というのは帝国側の魔導歩兵であり、この技術は未だ帝国しか持たないとのこと。これは師匠からの受け売りだ。今は他国にもあるのやも知れんが、確実なのは帝国が阿保のように戦している所を狙うのが手っ取り早く石兵斬る方法だ。


「政治的な事は俺には何一つ分からんが、俺にとっては全く都合の良い事よ」


 俺は戦場へと向かうため、山を一気に下り一人走った。目的は当然鬼断の試し斬りである。他国にとっては面倒な石兵も、俺にとってはただの試し斬り用の巻き藁に過ぎない。


 怒号飛び交う戦場のど真ん中。そこは正に兵の海であった。ベルヘイムの兵とミズルス帝国の兵、それに石兵がぶつかり合う最前線へと躍り出ると、俺は鬼断を抜き、大量にいる石兵共で刀の切れ味を確認していた。


「一つ、二つ、三つ!」


 サッと三度振り抜くと、ふむ、少しの引っ掛かりも感じぬ。石の木偶共(石なのに木偶とはこれ如何に)がスルスル斬れる。まるで豆腐でも斬っている様で、これは愉快痛快。


「ふむ、上々な成果だろう。次はヒトを斬ってみるか。ヒト斬りは余り好かんが……」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 斬ッ!と一閃、石兵に紛れて襲い掛かって来たミズルスの兵を袈裟斬りにその鎧ごと斬り伏せる。散々石兵を叩き斬っていたのだ。敵と見做されたのであろう。周りを見れば、かなりの人数に取り囲まれていた。


「こういった手合いならば良心も痛まぬ」


 敵兵を斬った瞬間、ボウッと一瞬その切断面と刀に火が付いたのを見ると、俺は思惑通りに刀の力が発揮された事に満足した。先の火は、俺が刀を打つ時に込めた魔力の効果だ。生物を斬ると、どうしても刀の刃が脂に塗れ、切れ味が落ちていく。そこで、斬ったと同時に脂を燃やしてしまえばどうかと考えたのだ。故の妖刀。その効果は一目瞭然。見事脂は燃え去った。


「クッ!!化け物が!魔剣を持っていやがるぞ!」

「囲め!一人で相手をするな!」


 次いで、群がる石兵とミズルス兵達を斬る。斬る。斬る。悲鳴と怒号の飛び交う中、俺は一人、刀の切れ味に酔いしれていた。鬼断よ、これは中々の傑作ではないか!


「うむ、やはり上々。クック、これは期待できるという物よな!」


 しかし、調子に乗って刀を振り回し、その後二十程石兵やら敵兵を斬った辺りだろうか。俺は或る事に気付いた。


「む?これは……」


 そう、切れ味が一気に落ちたのだ。明らかに手応えがおかしい。原因は刃が潰れている事。僅かだが斬った時にぐんにゃりとした感触も返ってきた気がして、若干反りも大きくなっているような気もする。研げば切れ味は戻るだろうが、果たして原因は何だろうか。襲い来る敵を最早まともに斬れぬ刀で殴り飛ばしながら考える。そこでハタと気付いたのだ。


「熱かッ!!」


 考えてみれば単純な事。刀は熱して柔らかくなった鋼を打つのだ。余りに加熱が過ぎれば刀が熱で歪む。当然と言えば当然の結果だ。鬼断ちはその斬撃によりその刀身に熱を帯びる。振るう度に加熱され、とうとう刀身がその熱に耐えられず、柔くなってしまったのだろう。


「クッ!何たる短慮ッ!何たる未熟ッ!」


 それはその場に膝を付くほどの衝撃。何と悔しい事か。


「様子がおかしい!今だ!一斉に掛かれ!」

「化け物めえええええええッ!!」

「ええい、邪魔よ!」


 俺は襲い来るミズルスの兵共を刃の潰れた刀身で殴る。殴る。殴る。するとやはり、そやつらの殴られた部分は酷い火傷を負ったので、俺の推測にまず間違いは無いだろう。己の阿保さ加減に打ちひしがれていると、いつの間にやら目の前には立派な鎧の大男が立っていた。


「貴様、ベルヘイムの名のある将と見た!この俺、ミズルス帝国が将、バルムデス=サルガリアが一騎打ちを申し入れる!」

「勘違い召されるな、俺は唯の鍛冶師よ。ミズルスの者でも無い。もう用事は済んだ、去ね」

「ハハッ!これはこれは、大層な暴れっぷりと聞いたがまさか女か!我が国の兵の弱体化も随分と著しいものだ!貴様ら、帰ったら鍛え直す!覚悟せよ!して、女!そのような戯言、言い逃れ出来ると思ったか!?」


 そう言うと、こちらに向かって走ってくる男。早い。この勘違い男め、大きな体で随分と動くものだ。獲物はランスか、寸分違わず俺の身体のど真ん中を貫こうと襲い来るそれを、俺は鬼断で軽く逸らし、二の太刀を斬ッと放つ。男は大盾にてこれを受け、衝撃でたたらを踏んだ。


「斬れぬな、最早刀に非ずか」

「ぬぅぅッ!大した力よ!その角、魔の者か!?――ふんッ!」


 俺は答えず、手の鬼断を捨て、腰の影打ちを一本抜いた。そして放たれた突きから身体を逃がし、その切っ先を、俺は刀でなぞった。キィィィィッと歪な音。横一文字だ。上下に分かたれるランス。そしてその先の腕まで分けてやる。一瞬遅れて吹き出すのは血では無く焔、そして上がる悲鳴。勝負は決した。


「ぎゃああああああああああああああああああああッ!!!!」

「着想は良いと思うのだが、もっと熱に強い鉄を混ぜてみるか。先ずは其れを探してみるか」


 俺は名を何と言ったか、男の、いや、男達の悲鳴と歓声を背に戦場を後にした。歓声はどうやらベルヘルムの者達か。ふむ、一体何かあったのだろうか。

 その後、俺の後を追う者は居らず、立ちはだかるのは石兵のみ。随分と楽な逃走であった。

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