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プロローグ

 斬ッ!と音がするような唐竹割。それを諸に受けた一角岩蜥蜴(と呼んでいるが、後に下位でも竜種であることを知った)は、その堅く尖った角ごと縦に引き裂かれた。その様は傍から見るに、一切の抵抗を感じさせない一閃であり、唯々スルリと魔物の体を通り抜けた様に見えた。


「お見事です、師匠!」


 その奇跡のような一閃を放ったのは、俺の刀剣鍛冶師としての師匠だった。師匠は壮年の男で、名は知らないが、人間だ。俺は有難いことに幼い時分に彼に拾われ、それから数年の月日、旅の空を共にしていた。

 師匠はふぅむ、と頷くと先程振るった刀を見やると、俺にそいつを放った。


「お前も、そろそろ刀を打たせてやろう。鬼雅(オニミヤビ)、先ずは其れを超えてみよ」


 俺はあわあわと刀を受け取ると、俺の身の丈程もある刀身を見る。彼の様な物を斬ってなお、刃毀れ一つしない、業物の中の業物。先ずは、という感覚で超えられる様な作品でないのは間違いないのだが、この時の俺は、この人以外に刀打ちを知らなかったし、良く鍛えられた刀という物は、この程度できなければしょうがない物とすら考えていた。この刀の本当の凄さというものを、俺は理解できていなかったのだ。

 故に、俺は唯々無邪気に目を輝かせたのだ。今まで雑事しか手伝わせてくれなかった師匠が、俺に刀を打たせてくれる。そして、目標を与えてくれた。


「はい!分かりました!」


 それから十数年、俺が打った刀は一振りだって、その刀を超えるに至っていない。






「あー、ああ?」


 どうやら、随分と古い夢を見ていたようだ。昨日の晩、ようやく完成した一振りが、剥き出しのまま俺の横に転がっていた。恐らく完成した後、疲労のあまり、気絶する様に寝てしまったのだと推測できる。


「おぅ、こいつは危ねぇ。うっかり寝返りでもうってたら、どっか切ってる所だった」


 まだ柄も鞘もない状態だ。しかも自分が魂込めて、打った、一切合切を斬る為の刀。それが自分の直ぐ傍に転がっていたのだ。少しでも刃に触れていたなら、そこはアッサリと切れていただろう。

 はてさて、どのくらい寝ていたもんか。凝り固まった身体をバキバキと鳴らして軽く解すと、取り敢えずは腹拵えと鍛冶場を出た。

 ここ暫くは山の中の、炉のある小屋に居座り、そこを鍛冶場と日がな刀を打ち続けていた為、飯も勿論自炊である。食料を得るには森の中で狩りをするか、山を下りた所の人里で買い物をせなばならない。幸い、多分昨日の朝にでも自分で作ったであろう握り飯が台所にあったので、そいつを口に放り込んだ。

 この小屋に辿り着く前は、以前打った夜叉刀の試し斬りの旅をしていた。夜叉刀も良い刀で、それなりに自信作ではあったのだが、石兵と呼ばれる帝国の魔導歩兵を十、立て続けに斬ったところでポッキリ折れてしまった。それより再び刀を打てる場所を探し、ようやく見つけたここに篭り、新たな着想を得るまで思い悩み、瞑想し、試行錯誤した。そしてようやく仕上がったのが鬼断(オニタチ)と銘打った大太刀。先程の刀だ。


「うん、旨い。しかし、師匠の夢なんざここ何年も見なかったんだがな。何かの思し召しか」


 握り飯を適当に咀嚼し飲み下すと、再び鍛冶場に戻り、俺は仕上げた大太刀を改めて見直す。うむ、我ながら会心の出来ではないだろうか。間違いなく夜叉刀は超えたであろう。

 波打つ刃文は堂々とした涛乱刃に、やや反り返った刀身。バランスに一切の乱れはなく、刀身には俺が打った時、魂と共に込めた魔力も良く馴染んでおり、やや橙色の燐光を纏っている。見た目からしても実に美しい。我ながら惚れ惚れする。その他にも褒め讃えたい所は多々あるが、それよりも問題は肝心の切れ味である。夢で見た通り、あの馬鹿みたいな切れ味を誇る石斬丸。師匠が晩年の頃打ったあの会心作を超える出来であるかは、実際に試し斬りをしてみぬ事には分からないだろう。

 俺はまた、それから時間を掛けて柄と鞘を造ると、その一振りを鬼断の真打とした。鬼断はこの真打の他に、最近打った三本の影打ちがあるが、どれもこの真打には及ばないと感じている。


「さて、一角岩蜥蜴は何処に居るやら、今まで通った場所には居らなんだ。あの時俺は、師匠と何処ほっつき歩いていたのか覚えてやしない。早く試したいのぉ。その前に、あの石塊(いしくれ)共を五十は斬っておくか。まず、此度の鬼断は易々と折れぬという事を証明せんとな」


 俺は鬼断をパチリと鞘に仕舞う。そして、三本の影打ちも奥の部屋から回収すると、全て身に着けた。そして、師匠の最高傑作、石斬丸と、譲り受けた道具を背負い、準備は万端とばかりに小屋を出た。


「良し、それではそろそろ行くとするか。さぁ、待って居れ、今からこの鬼雅がこの鬼断でもって、貴様らを斬りに往くぞ」


 刀剣鍛冶師、鬼雅。至上最高の刀を打つ為、いざ参らん。


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