アメリカンな、君と
「小説の題材と、距離が近すぎるんじゃないかな」
新宿駅前のカフェで、君は組んだ足を組み替えながらそう言った。
「君は自分の小説が大好きなんだ。でも、もうそれだけじゃあダメだ」
僕は沈黙を返す。君はそれを肯定と受け取ったのか、続けた。
「繰り返すことになるけれど、君は小説の題材と距離が近すぎるんだ。つまり君が描きたがっている登場人物たちさ。君は彼らのことが大好きだろ?」
「……ああ」
「それは結構なことだ、好きで書いているうちは。だけれども君はもうプロじゃないか」
「端くれだけどな」
「ああ、もう。そうかもしれないけれどプロだ。稼ぐには君が描きたいもののほかに、読者に読ませたいものを書かなきゃ」
君はいつだって痛いところを突いてくる。それは三日前に僕の担当にも言われたことだ。
苦い言葉、さっき頼んだアメリカンのように。失敗しかけのドリップコーヒー。
「一旦距離を置いたらどうだい。もっと大きな視野を持ってさ。オマエの作品は素敵だよ、素晴らしい。ずっと読んできたんだ。だけれどさ、もうあのキャラクターにこだわるのはやめておけよ」
きつい一言。もう一昔前からの付き合いだっていうのに。
「ずっと好きなのは知ってるよ。でもさ、もう書くべきじゃないだろ。プロになるなら」
「ダメか?」
「ダメとかじゃないんだ。ごめんよ。でもそろそろ他のモノだって書いていいじゃないか。書いてる理由というか、情熱だって人一倍あるじゃないか。もっと広く向けていいと思うよ」
「……そうか」
深いため息。君のその真っ直ぐさが羨ましい。
全く以て、羨ましい。
「じゃあもう僕は行くよ。先に払っておくから」
「……すまないな、聞いてくれてありがとう」
「また何かあったら言ってくれ。いつでもアドバイス……じゃないけれどさ。聞くくらいならできるし」
そう言って組んでた足をほどくと、その長いコンパスで流れるように行ってしまった。
「……お前だから、書いていたのだけれどな」
手元の紙束に目を落とす。
長い間共に歩んでいる、その主人公の物語が200枚。
「君だからこそ、なのにな」
勇敢で、真っ直ぐで、そしてほんの少し、押しつけがましいような。
そんな主人公が、僕とは違うそんな君が。
そこには書かれているんだ。