何処かへ飛んだ同情心
虫は人間よりも生命力に溢れていると思う。
そんなことを、道路で今にも息絶えそうなのにも関わらず、弱々しくも懸命に飛ぼうと足掻いている蝶を見て考えていた。
大方、車にでも轢かれたのだろう。
多分、その蝶はもうどんなに頑張っても飛べない身体だろうに。
自身の身を潰されてもなお、何処かへ逃げようと必死に足掻くなんて、人間ならば不憫な主人公のお涙頂戴物だ。
……もしかしたら、虫には痛覚がないのかも知れない。
痛覚があったとして、体の一部を潰されてもなお、あそこまで動けるのだろうか。
エンドルフィン沢山出てるのか。
昨日だって、同じように車に轢かれたのであろう蜂が、枯葉に紛れて必死に羽を動かしていた。
車道の端っこで、壊れた玩具のような耳障りな音を立てながら、それでも壊れた蜂は巣に帰ろうとしていたのだろうか。
まぁ、ボクも好きなもののためなら、車に轢かれても必死に帰りたいと思うだろう。
出来るかどうかは置いておいて。
「まぁ、どっちにしても下らないよね」
「何が」
歩道のガードレールに腰を押し付けるようにして立ち、車道の蝶を眺めていたら、声が掛けられて目を丸めてしまう。
ゆっくりと首だけで声の方を振り向けば、ズボンのポケットに手を突っ込んだ状態で立っている幼馴染みがいて、訝しげな顔に首を捻ってしまった。
「何見てたんだよ」
「虫」
顎で指し示すように言えば、それを見た幼馴染みが分かり易く顔を歪めた。
顔の良い男の子は、例えその顔を歪めたとしても元が良いのでイケメンのままだ。
未だ羽を動かしていた蝶だが、次の瞬間に通った車に轢き潰されて、ぐちゃめちゃになってしまった。
黒い黒い蝶だった物は、薄ピンクの汚い何かが混ざった物になってしまっている。
内臓、つまり中身だろうか。
それを見て、幼馴染みが眉間に深い皺を刻み込む。
それでもイケメンなのは変わらなかった。
綺麗な黒い蝶は、たった二回の災難であんな汚い何かになってしまったのだ。
「……創り上げるのには時間も知識も要するけど、壊すのは一瞬だよね。時間も知識も要らない」
取り敢えず叩いてみる、潰してみる、そんな単純で単調な思考だけを持っていればいい。
ちょっと力加減を間違えれば壊れるものだって、世の中には沢山あるのだから。
「ボクは綺麗なものを見て創って囲まれて生きていきたいなぁ。死にたいなぁ」
ガードレールに押し付けていた腰を離して、頭一つ分以上は高い位置にある幼馴染みの顔を見た。
相変わらず眉間の皺があるけれど、それ以外に変化はなくて、口も開かない。
ただ、こちらをじっと見つめていた。
「あ、後ボク、別に虫とか好きじゃないよ。寧ろ苦手」
ただ、必死に生きようとしてるのが綺麗なのかは、凄く凄く、気になるよね。
そう言いながら、幼馴染みの袖を引けば、溜息と共に眉間の皺が消えていくのが見えた。