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     かがみ山   UROSHITOK作品集 (嘘山行記より 9)

作者: UROSHITOK

 むかしむかし、大人おおひとが南の海から北の海に到った。大人おおひとはあまりにも大きな巨人であったので、空が低く感じられた。彼は常にかがまって歩いていた。しかし、播州平野の奥の託賀たかごうりに到り、この地の空が高かったので、ようやく背を伸ばして歩けるようになった。しかし、かがんで歩く癖がついていたため、この地をこえる途中で一時屈んだままで休息をとった。その山が”かがみ山”である。

 

 冬枯れの日の朝、この山に向かった。著名な山ではない。

 この”かがみ山”という山名も、偶然に、地元の或る老人から聞いたものである。

この山は奥まった場所にあり、近年は地元の人も出向かないほどの、地味な冴えない山だと云う。ただ、こういう伝説があるのだと、老人は言った。老人は無くなった祖母から、大人伝説を聞いたことがあったのだ。これは、やがて消えゆく伝説なのか。


その疎らな集落の空き地に駐車し、老人から聞いていた山道に入る。

山道入口に「まむしに注意」札がある。これでは、気候の温暖な、好い季節に、人は入らない。

 谷川沿いの道である。草は枯れ、落葉が山道を埋めている。渓流は自然のままで、小規模だが美しい。ところどころ淀みもあり。その水辺まで踏み跡が続く。

 

 地図上、その渓流まで下り、さらに登り、峠を越えて、また下る。次いで奥の谷に達し、また登る。やがて、谷から離れ、かがみ山につながる尾根へと達する。尾根を行き、幾つもの小さなピークを進む。そして地図上の無名ピーク・かがみ山に達する。主尾根は一旦下り、さらに高い山方向へと延びている。やはり、かがみ山は、目立たぬ山なのだ。


 山道を行く。かっては良く踏み固められた形跡が残り、荒れてはいるが、明確につづいている。奥の谷出会いは広く、水を豊富にとどめた個所もあり、くつろげる場でもあった。今はあくせくする場合でもない。

 この様な場所では休息するに限る。私は手ごろな倒木を見つけ腰をおろす。目も閉じた。

 春でもないのだが、小鳥のさえずりが聞こえる。谷を流れる水音が、遠く近く、様々な音色を醸し出している。

 目を開ける。対岸の斜面に、枯れて萎びたクサソテツの類が、多く張り付いている。こごみの季節にはまだ早い。

 身体の冷えと共に身を起こす。休息は終わる。思い切り背伸びをし、ザックを背負う。地元の人達の濃い往来の跡もここまでか、奥の谷からの登りは、さらに荒れている。

 対岸、谷沿いに道の痕跡を追って上がり行く。

 突然、強い風が吹いてきた。見上げれば、そこは、稜であった。岩稜に風が舞っている。

 岩稜尾根に、いくつもの突出した岩もある。風が岩の間を吹き抜けて、奇妙な音を出している。ゴーゴー、ヒユーンと、寒い。

 かがみ山への尾根を行く。

 地図上で、老人から教わった場所に近づいてゆく。岩が多く目立ってきた。岩ばかりではない、いつの間にか、辺りの雰囲気が変化してきていた。何だか暖かい。いや、歩き続けてきた私には、暑い。汗が額に、じっとり浮かんできた。

 「変だなあ」と、思わず声が出た。体調は悪くない。

 足元には、草が青い。木々には緑が多い。     

 しかし、少し離れた光景は、播州の冬の自然の風景である。葉を落とした落葉林と、常緑のスギやヒノキやツバキその他多くの入り混じった山腹が周辺を彩っている。

 

 「この付近がかがみ山・・・、頂上だろう?」一段と岩の多い、平坦なピークである。私は独り語ちた。露出岩も多いが、それらの合い間に草木も多い。分厚い枯れ葉と枯れ草が周辺に積もる。

 どこか近くで、音がする。風の音か?平坦な頂上なのだ。だが、ここに今強い風は無い。草木も静かに佇んでいる。

 様々な形と大きさの岩がある。中央にあるのは平坦な背の低い岩である。コナラの陰で、枯れ葉が表面を覆っている。そこに腰を下ろす。枯れ葉の絨毯が、心なしか、さらに暖かい。

リュックを下ろし、汗を拭う。近くで風がリズムを刻むのか、僅かだが涼しい感がある。冬であるのに寒くない。休息が快い。

 平坦な岩、枯れ葉の暖かい絨毯、大の字になって寝ころぶ。

 雲のある青空、雲は変形しつつ流れてゆく。雲の白い輝きと、空の青さが眩しい。目は自然に閉じられる。

 

 一瞬であるが、眠ったようだ。寝覚めの、曖昧な脳裡に、声が聞こえる・・・。

 「あつい・・、あつい・・」

 「うん・・、だれだ!」岩上で身をおこす。不完全な目覚めから放れようと、身をよじる。周囲を見るが、もとから、誰もいない。風がリズムを刻んでいる。涼しくはない。

 衣服に付着した枯れ葉を落とした。

 ベッドとして使った岩肌の、枯れ葉のシーツが乱れている。

 そして、岩肌が剥き出しとなった個所もある。そこがキラッと、輝いた。注目する。

 枯れ葉を払い、腐葉を払い落とし、腐葉土の土も数か所、落とし磨く。いづれの箇所も、日光を浴びて、チラチラと輝きだした。どうやら、この輝きは、この岩全体に及んでいるらしい。「これは、鏡岩だ!」と、今度も独り言がでた。

 播州や丹波地方には、これと同様の岩を祀っている神社もある。雲母などを含んだ、透明感のある石英質の岩である。参拝者の顔を映すので、鏡岩の名がある。

 ”かがみ山は、鏡岩の山でもあるのか?”

もっとこの岩の全容を見たくなった。好奇心が駆り立てる。まず、手頃な大きさの枯れ枝を利用して大まかに払い落とす。持参したタオルも使う。次第に全容が現れてきた。ところどころに凹凸があるが、ほぼ長方形である。

 

 「きれいな岩だなー!」と独り言を言ったつもりであったが。

 「そのとおり」と、返事が聞こえた。不意のこと、私は驚き、辺りを見回す。誰もいない。

 「そのとおり」同じ声がまた聞こえた。さらにまた繰り返す。耳を澄まし、目を凝らす、私をからかっている様な響きすらある。先ほどまで耳にしていた風のリズムは消えている。この声が、同様のリズムに代わったかの様に。

 「岩が、この岩が・・・?、喋ったのか?、君は・・、この鏡岩か?」

 「そうだよ。おかげで涼しくなったよ」

 「え!、君は生き物?」

 「そんな概念はない」

 「なんか分からんが、君は喋っている・・。コンピュータか?」混乱した私は適当なことを言う。まさしく、冷静ではない!

 「生き物は、生まれ、育ち成長し、やがて老化し死ぬ。自分は、その概念から外れている。もちろんコンピュータではない」鏡岩が刻むように喋る。

 「君は暑さや涼しさを感じ、声を出せ、論理的な思考力がある。それは生物だ」冷静さを取り戻しつつ私は言った。

 「そのとうり、自分は生物だ。しかし、あなた方の定義している生物ではない」

 「君は、自分に付着した枯れ葉も落とせない!君は動物でないし、君の姿はどう見ても、植物でもない。君は無機物の岩石に思える」

 「私の体が無機物質の岩石だ。岩石は生物ではない。とする定義は、君達人間の無知さの証明である」

 「君以外の岩石も、喋るのか?」対話の流れの中で、私が聞く。

 「聞いたことがない」岩はこたえる。

 「君を取り巻く他の岩にも、温感や思考能力があるのか?」

 「知らない」この鏡岩は孤独らしい。

 「私の思考回路や感覚が、無機質であっても、何ら不思議はない。君は理解できるでしょう」と鏡岩。

 「コンピュータの回路は無機質の半導体だが」と私は答えて、それにしても。と、思った。自然にしては、あまりにも出来すぎている。

 「君は一体、何者ですか?」と聞く。

 「わからない」と鏡岩。「わかっていることもあるが」と答える。

 「なにを?」と聞くと。

 「たとえば、記憶が持続しないことだ」と答えた。

 

 今は真冬である。

 低山とは云え、山頂、晴れてはいるが、本来ならば寒いはずである。だが、ここは暖かい。

 私は、鏡岩の答えに、一瞬、肩透かしを食った感になった。同時に空腹に襲われた。

 「昼だな。ここで弁当を食わせてもらうよ」

 「いいよ」と、鏡岩。

 

 さっきまで寝ころんでいた鏡岩の上が、格好の弁当場であったが、遠慮して、鏡岩の横に座り込み、弁当を広げた。

回りを山に囲まれている。ここは山中の山である。ここで大昔に、大人おおひとが、南からやってきて、北の海に向かう途中で休憩した。屈んだだけでなく、おそらくは座って休憩したことであろう。

風土記に記された伝説である。そのかがみ山に、今いる。

”なんで、この様な伝説が残ったのか?この鏡岩が関係しているのか?”

携帯魔法瓶の温かいお茶を飲み、家内手造りの、塩味の効いた握り飯をほうばる。また、お茶を飲む。

やや傾斜のある食事場である。周囲は、大小の岩石と欠けら、その間隙を埋める落葉と砕けた枯れ葉、土と化した腐葉土である。携帯魔法瓶を、安定を保つため、鏡岩の側面のくぼみに立てかける。

 お茶を入れた、コップ代わりの魔法瓶キャップを、平らな岩の欠けら上に置く。その横には、球状の石があった。

 

 ”もしかして”と思った。

その石を手に取り、汚れをふき取る。輝いた。鏡石であった。

「君は壊れているのか?」と聞く。

「なに!・・、そうかも知れんな!・・」刻むような声が、やや感情的に答えた。

「ちょっと、私が調べてみよう」

「頼む。興味津々だよ」今度は、冷静な声。

そこにある球状の鏡石や、まだあるかもかもしれない鏡岩の欠けらが、私の寝そべっていた鏡岩の凹凸部分に合致するかも知れぬ。

それが如何なる事なのか?何の意味を持つのか、訳もわからぬまま、心が動く。

食事を終え、何故か、パッキングもキッチリと終える。

「君の片割れらしきものがある。もっと他にもあるかも知れん。捜すよ」

「うん、頼むよ」

周辺の岩と石を探る。屈みこみ、時には拾い上げ、鏡岩をぐるりと回る。


「結局、最初に見つけた二個だけだったよ。球と平板だけだったよ。これらが君に合致するのか、調べてみるよ」

「うん。いいよ」

「ちょっと待って」私は、まず二つの鏡石が落ちていた個所に近い鏡岩の、側面の凹凸を探った。平板な鏡石に合致した。さらに平板状窪みの下にも、窪みがあった。

「合った!一つはOKだ!」

「そうか!」嬉しそうに、鏡岩が答えた。

「もう一つ、球の入る個所を探すよ」

「頼む!」鏡岩の期待に満ちた反応の声。

「平板を、はめ込む為には、もっと綺麗に清掃しよう」私は、鏡岩のその箇所、を磨き上げる。

「おっと、円形の穴が現れた。土が詰まっている。ここも掃除だ」

円形の孔は、掃除により球形の穴となり、球形の鏡石と合致した。

「球をはめる位置も見つけたよ」と、私。

「そう、なんか、くすぐったいよ」と、鏡岩。

「アッハッハ、そうかい。きれいに掃除をしたんだ。それじゃ、まず球を入れ、平板で蓋をするよ」

球と平板はピタリと納まった。否!それ以上であった。それは凹部へ完全に同化し、その境目すら消え去ったのであった。

「おい!なんだい、これは?君は?」私は意味のまとまらない言葉を発する。

鏡岩は無言。

無言のままで、変化している。

長方形のかども、まるくなり、さらに変形してゆく。

「君は!生き物なのだ!・・!」これも意味をなさぬ言葉か。

彼(鏡岩)は変化を続け、人形ひとがたになった。速い変化である。鏡岩状の肌が全身を覆い、頭部には形だけ?の如き目鼻口耳がある。

身長は180cmほど、私の真正面に立った。鏡岩の肌も硬さを感じさせない。

形だけと思われた目が、私を見ている。


形だけと思われた口が動いた。

「驚かせて、申し訳ない。これは私の動物体」風が刻むような声ではなかった。滑らかな人間の声である。

「驚いた!・・。君はいったい、何者なんだ!」こんな怪物に対処すべき思いもないままに、聞いた。

「私は”おおひと”」一呼吸おいて、彼は応えた。

「大昔に、ここで屈んで休憩した、と言われている、あの風土記伝説の大人おおひとか?」と、聞き返した。

「そうだ」と応える。

「風土記の大人おおひとは、播州平野の空を低く感じるほどの巨人であった、と伝え聞く。しかるに君は人間並みの大きさだ。とてもじゃないが、君が”おおひと”とは思えない」何かの謎を感じつつ、重ねて聞く。

「私は、この地の伝承で、”おおひと”と呼ばれていた。だが各地で異なった呼び方をされている。世界中でだ」

「世界中?例えば?」私は聞く。

「世界中、各地には数えきれないほど多くの、巨人伝説があるのだよ。とりあえず、著名な二つを挙げよう。日本では、ダイダラボッチ。ギリシャでは、アトラス」と答えた。

ダイダラボッチは、富士山を積み上げたと言われる巨人。アトラスは天を支えている巨人である。

「彼らは、君なのか?」

「そうだ!」応える彼は、ちょっと、得意げである。

「君は、記憶も取り戻したのか?」

「そうだ」

「あの球と平板が原因か?」

「そうだ」

「どうして、そうなったんだ?」

「休憩していたんだよ、鉱物体で。そうやって、エネルギーを充填していたんだ。球とその支えの平板は、その間、外したんだよ。充填が終われば、また元へ戻すんだ。それまでは、記憶も休憩、動物体も休憩さ」

「では、まだエネルギー充填が終わっていなかったのか?」

「そうだ」と応える。何と悠長な怪物なんだと思う。続いて返答をしてきた。

「だが、もうこれで十分だ。これで、多分、数千年は支障ない。君のお蔭で、より速く、動物体に復帰できた。ありがとう」

どうやら、悪い奴では無いらしい。

鉱物体にもなれば、動物体にも変化する。この不思議な生物。巨大化することも十分可能であろうか。

「君は、この地域の山に残る”あまんじゃこ”伝説とも関係あるのか?」

 

”あまんじゃこ”とは、この地域に残るもう一つの巨人伝説である。大人おおひと伝説と重なる部分もある。有名なのは、谷合の多可町を挟んで聳え立つ二つの山峰、笠形山939mと妙見山693mの間に一夜にして橋を架けようとした話である。結局のところ、橋は架けられず、橋げたを試みたと称される石柱跡などが、幾つか伝わっている。


 「その記憶は・・、ない」

私は笑った。”自分は、あまんじゃこ、でもある”とは言ってくれないのだ。

そういえば、伝説の”あまんじゃこ”のイメージは、やや、ずっこけたものである。

 

目を遠くへそらした彼は、しばらくの後に、言った。

 「私は、ここに来て、かなりの時を経た。地球世界が、そして私の作品が、どうなっているのか、見て回りたい。君も、私につき合うか?」笑った私に対して、彼は軽く語る。

 「作品て?、つき合うかだって?、どういう意味だ?」

 「私の作品は多い。エジプトのピラミッド、ナスカの地上絵、イギリスのストーンヘッジ、イースター島のモアイ、マヤの水晶ドクロなどもそうだが、まだまだ多くある。それらの現状を、私と二人で見に行かないか?」

世界の謎ばかりである。

「君は、巨大遺跡や巨石遺跡と関係ありそうだな。しかし、それらを見て回る君につき合うのは止すよ。私に、そんなバイタリティは無いから」

「そうか、残念だな」


「それよりも、もう一度聞くが、君は何者なんだ?」

「何者か?と聞かれれば、答えに困る。君達とは異なる存在である。君たちの常識や科学では。理解し難い存在である」

「岩石でもあれば、動物でもあり、巨大化することも可能で、知能も優れている。というわけか?」

「そうだ、液体にも風体にもなれる」

「君は、どうやって生まれたんだ?」

「気がついたら地球にいたんだ。それ以上のことは推測だ。推測は君がやってくれ。・・・もう行くよ」そう言うと彼は急に大きくなりだした。

私はあわてて、止めた。

「待て、もう会えないのか?」

「エネルギー充填に戻ってくることもあるかもね。先のことは分からないが、どこかの静かな山の中で会えるかもね。とりあえず遊びに行くよ」


そう言うと、彼は、風のように姿を消してしまった。


 風が出てきた。

 寒くなってきた。

 青い葉をつけたコナラが震えだした。

 私には、周囲の冬景色が、押し寄せる波のように思えた。

 そこに、先ほどの、風の刻む音は無い。

                            (完)

 

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