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あの日の、シャングリラ。  作者: 溝上翔
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大学合格

家に戻ると、僕は母親に簡単な受験の報告を済ませ、自分の部屋に入った。そして、机の中から便箋と封筒を取り出すと、お気に入りの万年筆を走らせ、伸子さんへの手紙を書いた。


 “淵野辺伸子様

  お元気ですか。御無沙汰しております。城戸橋研です。お変わりありませんか?

僕の方はというと、2次試験が終わり、ほっとしているところです。なんとかできたと思います。無事に合格しているといいのですが。

 ところで、僕は関東教育大学を受験したのですが、そこで淵野辺さんを見かけました。声をかけようと思ったのですが、なかなか声をかけられませんでした。淵野辺さんもいい結果が出るといいですね。淵野辺さんとグリーンのキャンパスでお会いできるのを心より楽しみにしています。

                                                 2月26日

城戸橋研”


色々書きたいことはあったけれど、なかなか言葉にできず、思ったより短くなった。しかし、今の自分にとって、伸子さんにメッセージを送ることが大事だったのだから、これでいいのだ。僕は高揚した気分で、封筒に宛名を書き、切手を貼った。翌朝、僕は文化センターの前にあるポストに手紙を投函した。



 4月に入った。僕は関東教育大学に合格した。大学生になるにあたって、やりたいことがあった。イメージチェンジだ。僕は小沢健二が好きで、彼のPVや出演番組を見て、ああいうイメージで行きたいと思っていた。渋谷系というか、知的で余裕のあるイメージ。せっかく大学生になったのだし、これからはそういう雰囲気を醸し出そうと決意した。

 まずは髪型。それまで近所の理髪店で済ましてきたけど、思い切って美容室に変えた。初めて美容室に入ったときは、少々緊張したけれど、新しい自分がはじまると思うとわくわくもした。坊ちゃん刈りだった僕の髪型は、束感スパイキーショートになった。ぼさぼさだった眉毛も整えた。これで少しはさわやかな印象を与えられるだろう。

 次に服装。それまで着るものに無頓着だったけれど、これを機におしゃれにも気を使うことに決めた。なるべく知的な印象を与えたかったから、水色のワイシャツに、えんじ色のカーディガン、それにベージュのパンツでまとめた。生まれて初めて一人で洋服を買った。なんだか少し大人になった気がした。

 そして、極めつけは、コンタクトだ。高村さんの言うとおりにコンタクトにしてみたのだ。するとどうだろう、あの野暮ったかった僕の顔がすっきりとした。高村さんの言うとおりだった。コンタクトにするだけで、自分でも想像がつかないくらい整った顔立ちになるとは思わなかった。目からコンタクトとはこのことだ。もともと鼻筋が通っていたのも大きかった。この時ほど両親に感謝したことはない。

 

 もちろん、大学進学に向けての準備も行った。社会学科に進学するということで、マルクスの『経済学・哲学草稿』をもう一度読み直したし、ウェーバーにも取り組んだ。受験では英語を使わなかったけれど、大学入学後英語が必要になるから、英語の勉強も再開した。関東教育大の英語の過去問を解き、復習する。1か月ほど英語から離れていても、不思議とカンが戻る。受験から解放されて、自分のやりたい勉強が思う存分にできる。その喜びで一杯だった。


 ひとつだけ気がかりなこと。それは、伸子さんからの手紙が来ないことだった。2月の終わりに出したのに、一向に返ってこない。住所を間違えたのだろうかとも考えたが、何ごとにも慎重な僕だ。そんなはずはない。だとすれば、返事が来ないのはなぜだろう?もしかしたら、嫌われたのだろうか。そんなことも考えた。返事が来ない日々が半月を過ぎたころから、返信への期待を半ば諦める気持ちが出てきた。そもそも、伸子さんには本橋君という彼氏がいるのだ。僕に振り向くわけがない。そう心の中で言い聞かせた。けれども、心のどこかで伸子さんから返事が来るのを期待していた。諦めと期待が交互に出てくる、そんな日々が1か月続いた。


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