奴隷少女セリア
夜、天蓋付きの広すぎるベットに一人倒れこみ、俺は悲壮感に打ちひしがれていた。
そりゃあ、まあ、ほら、俺だって、男の子だし、チートで無双的な憧れが多少なりともあった。無論、他の勇者たちは皆俺と違って有能な奴ばかりなので、自分が劣ることも覚悟はしていた。
だけど――
「あんまりだよなー」
思わず、そんな言葉が口から零れる。
この世界の戦い方は主に二つ。魔法が得意でないものが、身体強化を覚え、剣技などの武技によって戦う騎士タイプ、そしてもう一つが魔法の構築が得意で、後衛から大規模な破壊を撒き散らす魔導師タイプ。
俺はその両方に適正がないことが、今日分かった。
いや、分かってしまった。
異世界人の特性として魔法が扱えない。
さらには、魔力が膨大すぎて、身体強化をうまく行えない。
これじゃあ、贈物が枷になっているではないか。
いや、嘆くことに意味はない。
俺の取れる最善手を模索することこそが重要だろう。
俺は全身の魔力を循環させた。
(眩しっ! いや、まぶしっ!)
思わず二回も言ってしまった。
部屋を照らす光源が、隣に置かれた光魔石だけなので、部屋全体が薄暗かった。
それが、俺の体から発する光で一気に照らされ、目を刺すような感覚に陥った。
俺はこの状態で、体を動かそうとして――
小指を一本曲げた所で、循環が途切れて、強化そのものが霧散した。
「……できる気がしない…………」
誰でも思いつく当たり前な手立て。つまり、この状態で動けるようになれば、そりゃあ無双できるだろう。
何せ、この状態、とんでもない防御力を備えているのだから。
能力を試すために副団長の剣を体で受けたのだが、傷一つ、つかなかった。
何と言う無駄に無駄しかない防御力。
いや、使い道はあるんだが、使い勝手は最悪だ。
動けない、という制約は余にも重すぎる。
かといって、改善しようにも、能力、魔力操作の恩恵を受けて、動かせるのが小指一本。一体俺にどうしろと。
膨大すぎる魔力をまるで制御できない。
「訓練で、どうにかなるのかねー」
俺はたった一日で、数多の雑兵をごぼう抜きにしたゲー研の仲間達の姿を思い浮かべていた。
ただ一日で、この差だ。
元からあった差が、一層開いた。
別に悔しくも、羨ましくもないが――訂正、少しは悔しいし、羨ましいが、それ以上に。
忍と天を支えられるか、それだけが心配だった。
「あいつら、無駄に優しいからな……」
だから、それだけが心配で、心配することがおこがましい自分が情けない。
「まあ、輪廻先輩がいるし、俺が気にする必要もない、か」
俺は思考を放り投げて、疲れを癒すために、まどろみの中へと逃避しようとした瞬間。
コンコン、と。
扉を叩く音がした。
薄れゆく意識を持ち上げて、瞼を開き扉のほうを見つめると、
「失礼します」
と、幼い声が響いて、一人の少女が寝室へと足を踏み入れた。
「君は――――――って、ちょっ!」
俺は思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
だが、それも仕方の無いことだろう。
まだ、十歳程度の少女が、裸同然の姿で、扉の前に立っていたのだから。
淡い金色の髪が、暗闇の中で微かに光った。小さな顔に、幼げな双眸。白く細い、優美な曲線を描く手足はむき出しだった。体のラインを一層美しく見せるための下着が、ネグリジェの下から妖艶に覗く。だが、不思議と情欲は湧かない。それは少女の幼さが原因ではなく、余にも美しいその姿に、見惚れてしまったからだった。
「本日は、我が主の命により、伽を申しつかってきました。経験がなく不手際が多いと思いますが、どうぞ、ご自由になさって下さい」
こつん、こつん、と。
一歩一歩少女は歩みを寄せ、近づいてきた。
俺は石化したかのように、動けず、何も口に出来ないまま、少女に押し倒されていた。
「っーーーー! ちょ、まっ!」
「どうぞ、気を楽に。ご奉仕させていただきます」
俺はぽかんと目を丸くして、口を開いて呆然としていた。
だけど、
これは、駄目だ。
(いやいやいや、ない! 絶対にない! この展開はあり得ない!)
このままではまずい。
俺の下半身で、もぞもぞと動く少女をこのままにしておくわけにはいかなかった。
俺はロリコンである。
自分よりも年齢が下の相手が大好きな人間だけれど、イエスロリータソフトタッチまでが許された限界である。それ以上は少女の健全な成長を阻害し、傷をつけてしまうことになる。
俺は少女を傷つけるぐらいなら、どんなことでも我慢してみせると、そうした硬い決心がある。
情欲に任せて動けば、あの日、あの時、俺がこの手で奪った命の重みに、殺されることになるだろうから。
いや、だけど、俺の体は予想外すぎる展開に慄き、甘い香りと柔らかな四肢に魅了され、動くことはなかった。
「どうぞ、そのまま――」
少女の声がどこか、遠い。
そんな錯覚が、曖昧になった意識の中に潜り込んで、なすがままにされていた。
押し倒されて、顔に小さな手を当てられて、
桜色の唇が、すぐそこまで来て、初めて、
俺は少女の瞳を間近で見ることができた。
唇と唇が触れ合いそうになった、その時、
「止めるんだ」
俺は少女の体を掴んで、押しのけた。
「…………? 何か、失礼がありましたでしょうか?」
小首を傾げて、不思議そうにする少女の瞳は、まるで精気の篭らない、人形のような瞳だった。
考えることを止めたような、
感情を殺したような、
生きることを諦めたような、
そんな、何時かの自分を髣髴とさせる、吐き気さえ覚える死んだ瞳だった。
性に塗れた情欲も、
混濁した意識も、
曖昧だった感覚も、
蕩けていた感情も、
全てが幻だったかのように、俺の心は冷め切っていた。
「君は――――」
俺は心の奥底から溢れ出る、思いの丈を口にした。
「――そんなにも、生きることが辛いのかい?」
「――――!」
それは、驚きなのだろうか。
それとも、戸惑いなのだろうか。
少女は初めて体を離して、自ら俺と距離を置いた。
少女の姿を改めてみる。
疑いようもない美少女である少女の瞳は紅玉のように紅く、その耳は、ほんの少しだけ、ピンっと尖っていた。
そして、細い首には、魔法の文字であろう何かが円を描いて記されていて、それが奴隷紋と呼ばれるものだと、俺は気づく。
「君は、奴隷なのか……」
俺の呟きに、
「はい」
少女は隠すことなく頷いた。
王国では、奴隷は基本的に禁止されている。
王国が国教としている統一教は全人類の一致団結を謳っていることもあり、人間の奴隷は、例外なくその一切が禁止されている。
しかしながら、どうやら彼女は人間ではなさそうだ。
いや、俺からすれば人間にしか見えないのだけれど。
広いベットの上に、ちょこんと腰掛ける少女へと俺も向き直って、口を開く。
「自己紹介をしようか。俺は木崎陣、何故か異世界に来てしまった、勇者(笑)だよ」
「セリア、と言います。森人と魔族のハーフです」
少女は淡々とそう言った。
「セリア、か。可愛い名前だ」
「…………」
褒めてみても、何の反応も返ってこない。
仕方ないので。俺は別の話を振る。
「誰に、命令されて、ここに来たの?」
「フィリア様です。性欲を奪ってきなさい、と言われました」
あんのクソ王女。
何考えてんだよ。こんな年端もいかない子に、なんてことをさせる気なんだ。
嬉しいが、嬉しくない。
今度会ったら文句言ってやる。
「どうして、奴隷になったのか、聞いてもいい?」
そんな俺の質問に、少女は反応せずに黙った。
ややあって、
「…………村が燃えて、父様と母様が殺されました……」
「…………」
少女の目に火が灯った。
虚ろだった瞳は、どこか暗くなったようにさえ思えた。
「……私達を受け入れてくれた、優しい村でした。国を離れた騎士のおじちゃん、平和が好きだった魔族のお兄ちゃん、獣人のおばちゃん、色んなはぐれ者がいて、私もはぐれものだったから、そこで暮してた」
それは深い憎悪の瞳だ。
色のなかった少女の目に、宿してはいけない色が映る。
「でも、燃えた。魔族を匿う邪悪な村だって、滅ぼされた。俺は勇者だから、悪を退治するって。炎が包んで、皆皆死んじゃった。女と子供は戦利品で、母様は私を逃がそうとして殺された」
「…………そっか」
壮絶な不幸に、俺はなんと言っていいか分からなくなる。
「勇者、か。俺も一応勇者だけど、俺が憎い?」
「…………いえ」
「復讐、したい?」
「…………はい」
「でも、出来ないから、生きるのが辛い?」
「…………はい」
生きることに無関心だから、少女は何の感慨もなく体を差し出した。
きっと、それは何でもなかったのだ。
もう既に、生きる理由を失うほどの絶望を味わった後だったから。
「そっか」
俺は少女の気持ちは分からない。分かるなんて口が裂けても言えない。
でも、理解はできる。
同じような体験をしたから。
彼女とは違った悪夢を毎晩毎晩、夢と現実で味わったから。
「何かを失ったりするとさ、ご飯が美味しくなくなるよね。どんなに美味しいものでも味がしなくなる。夜眠るとさ、辛かったときの夢だけを見るようになって、毎晩毎晩悪夢にうなされる。脳裏に焼きついた光景と吐き気のする鉄の匂いがすぐ傍にあって嘔吐する。誰かの声は聞こえないし、周りの好意にも気づかなくなって、自分が世界の中で一人になったような錯覚をしてしまう」
「…………」
俺は昔を思い出していた。
セリアとかつての自分を重ねるように。
「でもね、セリアちゃん。君は一人じゃないんだよ?」
――お兄さん、かっこよかったよ! 正義のヒーローみたいだったね――
無邪気にそう言ってくれた、少女がいたように。
「子供はもっと夢を見るべきだ。子供はもっと無垢でいるべきだ。君にはもっと笑顔でいて欲しい。願望なんだけど、迷惑かな」
「……いえ」
セリアはただ、そう呟いた。
「ねえ、セリアちゃんは伽に来てくれたんでしょ。じゃあ、もっと、こっちおいで」
「…………はい」
そして再び、少女は無感動に体を差し出そうとして、自分の服に手をかけた。
「はい、ストップ」
自ら服を脱ごうとするセリアを俺は制して、露出した肌を隠すように布団をかけた。
「いいか、セリア。男は皆野獣だ。頭では否定しても、身体は幼女にだって反応するもんだ。だから人前で安易に肌を見せちゃ駄目だ、約束できるか?」
俺はセリアを見つめて、真剣に告げる。
人間皆ロリコンである。多少年齢が低くとも、むしろ好ましいと思うのは当然なのだ。
「約束……?」
「そ、約束」
「私は奴隷だから確約できない……」
「ありゃりゃ、んじゃあ、俺がその似合ってないペイントを消したら、約束できるか?」
「…………なら、できる……?」
「よし、んじゃあもう一つ。復讐を忘れろとは言わない。けれど、それ以外に大切な物を見つけろ。人でもいい、物でもいい、趣味でもいい、何でもいい」
「……そんなものは、ない」
「なければ探せ。きっとそれはお前が知らないだけだ。お前が思っている以上に生きることは楽しいはずだ。俺がそれを知れたように、きっとお前も楽しさを知れる。俺はセリアに辛い以上に楽しいことがあると、そう思えるようになって欲しい」
俺は布団を被せて、横たえていた少女に小指を差し出した。
「約束、できるか?」
「……保障は出来ない」
「バカ、約束事に保障なんていらねーよ」
破っても、罰則なんて科さないさ。
「……じゃあ、する」
そうして、二人の指が重なった。
「よし、今日はもう、このまま寝よう」
「ご奉仕、しなくていいのですか?」
「いいんだよ、子供は九時までに寝なさいって言われなかったのか、もうお休みの時間だ」
「……そう、ですか」
俺は横になった少女の頭に手を置いて、柔らかな髪を解くようにそっと撫でた。
「んっ」
くすぐったそうに、心地良さそうに、セリアの口から吐息が漏れた。
嫌がってないので、続けていく内に――
「……ッ! ――! ……母様も…………よく、私を撫でて、くれ、ました……」
「そっか」
少女は表情を隠すように俺の胸に顔を押し付けて、呻くような嗚咽をこぼした。
やがて、それは、安らかな寝息へと変わって、
俺の意識も、まどろみの中へと溶けていった。
翌朝、俺はただならぬ気配に目を覚ました。
いや、覚まさざるを得なかった。
野生の本能とでも呼べる部分が働いて、徐に目を開いた、俺の眼前には、
――鬼神がいた。
「じ、ん、く、ん! 一体、これはどういうことかな?」
おそらく、俺の起床が遅いのを気にして、起こしに来てくれたのであろう忍は、剣を抜き、炎やら氷やら雷やら風やらを具現化していた。
殺意の波動に目覚めた忍は、まさに暴力の化身だった。
ふと、横を見ると、俺の手には裸同然のセリアがぴったりと引っ付いて、幸せそうに眠っていた。
「ま、待て、忍。誤解だ、俺は何もしていない。無実だ、信じろ!」
だが、俺の必死の弁明も、
「んっ……ジンっ……もっとぉ…………」
セリアの無邪気な(?)寝言であっさりと無に帰った。
待て。
これはあれだ。
もっと頭を撫でろと要求している、そうに違いない。
「落ち着け、忍! 話せば、話せば分かる!!」
それに、忍はにっこりと微笑んで。
「分かってくれたか――」
「問、答、無、用、です!!」
「いぎゅあああああああああああああああああああああっっっ!!」
ロリコンの現実は、何時の世も厳しい。