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ロリコン勇者の再就職  作者: 音無 奏
旅立ち編
5/40

役立たずな勇者様

「なん、だと……?」

 俺は多分、その時心の奥底から絶望していたのだろう。

 地に膝を屈し、思わず地面を叩きつける。


「それは、ほんと何だな?」


「はい…………勇者様は異世界人、つまり魔法のない世界から訪れた人間です。従って、本来人が持つ魔力回路を一切持たないのです。ですので、幾ら魔力が豊富であっても、魔法を扱うことはできません。例外として爆炎の勇者様のように加護自体に魔法の才が備わっている場合は、扱うことが出来ますが……」


 召喚から一夜明けて翌日、俺達は宮廷魔導師の第二席、ヘイルに魔法について聞いて、絶望を知った。


「あー、ちょいちょい。陣君~、しっかりせーへんか!」

 

 魔力はあるのに。

 めちゃくちゃあるのに。

 使う術が、ない。


 猫に小判、豚に真珠、兎に祭文――いや、俺は価値は分かっているのだけれども。


 魔力さえ使えれば、俺は無限に魔法が放てるはずだったのに。

 ともあれ、俺の能力は随分と無意味なものになったことは確実だった。


 そしてそんな俺の隣では、


「はわわ、指に火が……でも熱くない……」

 いとも容易く魔法を発現させた忍がいた。

 しかも、忍は魔法の才を贈物ギフトとして得たわけではない。


 ――早期早熟――


 それが、彼女が手にしたギフトだった。

 常人がかけるであろう時間をすっ飛ばして、技能を会得することが可能になるギフトだ。

 無論そこには魔法も含まれるらしく、天才的なまでの速度で魔法を会得しているとヘイルは言っていた。


 結局、魔法を扱えたのは忍だけだった。

 そして、俺は早々に魔法系勇者としての道を閉ざされたのである。




 そして午後、今度は演習場で近衛騎士団、通称白の騎士と呼ばれる第一騎士団の副長ガドラに剣や格闘術を教わったのだが、そこでも、忍のスキル早期早熟は猛威を振るった。

 剣を振ること数十分、彼女は下っ端の騎士を軽く超える実力に到達していた。

 振るわれた剣閃は、最早目で終えないレベルだ。


 周囲の騎士達も、ガドラですらも唖然としている。

 俺は多分彼らの気持ちがよく分かる。

 忍の才は凡人の努力を嘲笑う。俺が千時間以上プレイした格ゲの時間を無為にされたように。

 騎士からしたら、何年も何十年も振ってきた自分達の剣はなんだったのか、と思いたくもなるだろう。


 だが、そんな忍さえも、彼、もしくは彼女の前では霞んで見えた。


「「「おおーーーーーーーーー!」」」


 そんな感嘆の声が騎士からも零れた。

 舞台の上で舞っていたのは、完璧に女装した天だった。


 地に足を着けながら、天を舞うような剣撃。

 それはさながら御伽噺の戦乙女ヴァルキリーのようだった。誰もがその姿に、自然と目を奪われる。

 それはもう、常人には理解できない、完成された剣術だった。

 スポーツ万能、運動神経抜群な天が得たスキル、剣舞の天凛は、まさしく剣にだけ特化した能力だった。


 彼女の動きは常人を遥かに越えている。

 圧倒的なまでの速度、そのものがおかしいのだ。

 元いた世界での限界を嘲笑うかのような圧倒的スピード、反射神経、動体視力、身体能力、それらを支えているのは魔力の循環である。天は剣を扱うために与えられた魔力を、体中に循環させることで身体能力を極限まで強化していた。


 そしてそれは最初にガドラに教わったことでもあった。

 魔法は使えずとも、魔力を体の血流に乗せ、細胞に与えることは可能だ、と。


 俺は思った。

 これは今度こそ俺の時代が来た、と。

 魔力さえ循環させれば、物理で無双ができるはずだ、と。


 だが、現実は残酷にも俺の前へと立ちはだかった。

 俺は膨大な魔力をその身に宿している。それら、全てを制御して循環させるのは至難の業を通り越して、不可能だった。

 最初は身体強化そのものができなかった。

 周りで、


「すごい、体が軽いです」

 

 だとか、


「せやな、なんやこれ、オリンピック目指そうかいな」


 だとか、


「僕、凄く、感動してます!」


 だとか、皆がいとも容易く成功していく中、俺は何もできなかった。


 哀れみの視線を周りから受け、あいつだけ出来損ないだと陰口を叩かれることになったのだが、それは駄目だろ、と俺は思う。

 いや、俺は別に多少煽られようが、意に介さないのだが、そんな声を聞き流せない奴もいるのだ。


「今、陣君のこと、馬鹿にした人は誰ですか?」

 と。

 忍がキレた。

 底冷えする声質に、誰もが温厚な忍が発した声だと理解できていなかった。

 訓練場の人混みを通り抜け、一番大声で陰口を叩いていた騎士に、一瞬で接近すると、手に持っていた訓練用の木剣を振り上げる。

 

 騎士もただならぬ威圧に、鉄剣を構えるのだが、その動きは余りに遅すぎた。

 忍は剣の腹へ、大上段からの一撃で鉄剣を木剣で両断して見せた。

 何、その斬鉄剣、怖い。


「へー、一日中剣を振ることを仕事にしてる人間が、今日はじめて剣を持った人間を馬鹿にして、その癖自分はこの程度の斬撃も受け止められない。随分と、お偉いんですね、貴方?」

 

 

 陰口を叩いた騎士は泣きながら土下座していた。

 普段温厚な忍は怒らすと怖い。

 いや、マジで。


 とまあ、そんな事件の最中でも、俺はひたすら魔力循環を行おうと努力した。

 日が傾くまで延々と努力して、

 結果、一つのスキルを得ていた。


 それが、能力スキル――魔力操作である。

 この段階になって、俺は初めて魔力を循環させることに成功した。


 しかし――

 

 真の問題はその先にあったのだ。


「凄い、陣君! 遂にやったね!」


「せ、先輩、輝いてます、物理的に…………」


「やったやんか、えらい眩しいけど……」

 

 身体強化は、持ち主の魔力の淡い色が、体全体を微かに覆う。

 普通はほんのりと輝くだけの身体強化も俺の魔力でやれば、目を開けるのが不可能なほど眩しい。

 それは成功の証で、皆も一様に喜んでくれている。

 俺はそれに答えようとして、


「――――」


 出来なかった。

 口が開かない。

 正確に言えば、口を開く余裕がない。

 魔力の制御に全神経を集中させているから、言葉を発することさえ出来ない。


「――――」


 当然ながら動くことも出来ない。

 ただ光りながらそこにいるだけの、置物である。


 つまり、


「ただの案山子ちゅうことやな」


 現実は、余りにも残酷だった。


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