表と裏
「なるほどなー、魔王っちゅうもんも、案外やばいのー。核兵器かなんかかいな、十万を越える人間を皆殺しっちゅうんは、穏やかやない――でも、まあ、うちらはそんなん無視して、今まで通り面白おかしくやんでー」
と、四人になった個室で輪廻先輩が言う。
何時にもまして穏やかな口調だ。
誰もいないからと言って、ここは王城で相手のお膝元。盗聴されてても不思議ではないので、真っ向から反発するようなことを言うのは極力避けているのだろう。
それでいて、いつも通り、それは彼女の本音だろうと俺は思う。
「「はい、先輩っ!」」
忍と天もそれに頷く。
何だかんだで順応が早い。
流石は我がゲー研の部員たちだ。
「さし当たって、俺の狙いはやはり七歳のロリ姫、ぜひお知り合いになりたい」
「うちはフィリアちゃん口説く~」
「駄目ですよ、一国のお姫様達ですよ! 特に陣君、手を出しちゃ駄目だからね! 犯罪者にならないでね!」
マイペースな俺と輪廻先輩を忍が宥めた。
失礼な。
俺は紳士なのである。
「手は出さない、イエスロリータソフトタッチ」
「触っとるやんけ!」
「ぐぼほっ!」
輪廻先輩の突込みをわき腹に受け、悶絶する俺。
「先輩達はふざけすぎです、少しは真面目に今後のことを考えるべきです」
と、真面目な意見を天が言った。
「そうはいってもなー、今んとこできることは豪勢な料理を食べて寝ることやでー」
「……暢気ですね…………」
呆れたように呟く天だが、基本的には俺も先輩と同意見なのだ。
まだ、フィリアの言伝でしか情報がないので信用していいかどうかは甚だ疑問だが、レイノード王国は数多くの勇者を高待遇で迎え入れている実績がある。
ラノベにありがちな国王が愚鈍なクズという展開でもないので、早急に城を抜け出さねばならぬわけでもない。
ならば、やることは、精々罪滅ぼしをして貰うだけだろう。帰れないと言われ、帰る方法を今のところ知らない俺達は、リスクを無理に冒さず、平和に過ごすに限るのだ。
「勇者、何で私達なんだろ……」
忍はそう言うが、俺は少なくとも俺以外の面子に対しては納得している。
「いや、お前がそれを言うか……」
呆れるように俺は呟いてしまっていた。
姫宮忍、俺の幼馴染で、気弱で内向的な性格の少女。ショートボブの髪と小さな顔、低い身長も相まって、年齢よりも幼く見えるその容姿は誰もが目を見張るほど整っていて、愛らしい。全体に見合わぬ二つの南半球にも目がいきがちだが、真に驚愕するのはその才能の高さだろう。
何せ、俺はこいつに今まで一度もゲームで勝てたことがない。千時間以上やりこんだ格闘ゲームは、ほんの十分足らずで操作と仕様を掴んだ忍に、手も足も出ずボコボコにされたのは今でも屈辱として覚えている。
まあ、つまり、ずば抜けたセンスをこいつは持っている。
我が部の一員である以上おかしな所もあるが、勇者として、十分すぎる資質を持っていると言えるだろう。
輪廻先輩は言うまでもない。
あの人が勇者じゃなければ、俺は誰が勇者でいいのか想像できない。
天だって、女装癖を何とかすれば、他は完璧と言える人物だ。スポーツ万能だし、あいつ。
まあ、勇者召喚の儀とやらが、何を基準にして勇者となる人物を選んでいるのかは分からないが、かなり精度が高いと言えるだろう。
勇猛果敢に無茶をする、そう言う意味でなら俺達は勇者なのかもしれない、と俺は改めて思った。
「気を張っても意味ないでー、うちらは必要とされて呼ばれたんやからどっしり構えとったらええ。もっとも、その理由は他国に劣る軍事力の補強かもしれんけど、細かいことはいいこなしや。恨み言もやで。言うてもしゃあない、疲れるだけやで」
「…………そうですね、僕も可愛いお洋服でも探します」
天はそう言って、少しだけ肩の力を抜いた。
ようこそ、フリーダムの世界へ。
まあ、元からこいつも結構自由気ままな所はある。中学時代は運動系の部活を七つ掛け持ちしていたらしいし。
ゲーム研究会はやりたいことをやるための部活なのだから、当然といえば当然なのだけれど。
「天君までマイペース組みに……私がしっかりしなくちゃ…………!」
そんな中、忍だけは決意と共に拳を握っていた。
さてさて、いつまでその外面が保てるのか、楽しみでもあった。
しばらく下らない談笑をしていると、優雅に紅茶を飲む輪廻先輩が、何かを思い出したかのように、
「陣君、ちょっとこっちおいで――」
と、俺を手招きして呼んだ。
俺が先輩へと近づくと、先輩は俺の頭を掴んで胸元の傍まで引き寄せてきた。そして、忍や天には見えないようにしてから、耳に何かを突っ込んできたのだ。俺は慌てて、身を離そうとするが、がっちりホールドされて抜け出せない。
「ちょ、輪廻先輩、陣君にっ、な、何をしてるんですか!」
忍が慌てて言う。
傍から見れば、俺と先輩がイチャイチャしてるように見えるのかもしれない。
うむ、胸がすぐ傍で、甘い匂いもする。男に近づかれるよりかは女の方がいいが、俺は年下の人間にしか興味はない。先輩はモデル体系の超絶美人だが俺の趣味には合わないので、忍の心配は杞憂なのだが、助けてくれるに越した事はない。
「まあまあ、慌てなさんな。ちょっとした後輩とのコミュニケーションやないか、忍ちゃんもおいで、可愛がったるで、そりゃあもう、ねっぷり、たっぷり、じっくりと。さあ、さあ、さあ!」
忍が身の危険を感じて飛びのいた。
天もびっくりなほど研ぎ澄まされた反射神経、余りに清清しい逃げっぷりに思わず関心すらしてしまった。
いや、助けろよ。
結構この前傾姿勢は苦しい。
言いようのない不満を抱えていると、輪廻先輩がこちらをニヤニヤしながら見つめてきた。
そして――
『ほいほーい、聞え取るか陣君、返事は頭ん中で考えるだけでええで』
急に、輪廻先輩の声が届いた。
同時に俺の体を解放した輪廻先輩は、忍にセクハラしながら、全く関係のないことを話している。
なのに、何故かそんな声が俺には聞こえた。
俺は脳裏に浮かんだ唯一の推測を思い浮かべる。
『っ! ――――さ、流石に驚きました……先輩の貰った力ですか? 耳に突っ込んだのは、大方受信用の道具ですか……」
俺は脳内に言葉を並べて応答した。初めての体験なのでよく分からないが、多分通じているのだろう。
しかしこの人、貰ったばかりの力を、誰に教わることもなく数分で理解して、もう使ってる。
相変わらずの化物っぷりに、流石の俺もどん引きである。
『察しがええな、さすが陣君や。万能錬成ちゅう能力貰てな、ある程度の創造能力と錬成能力を兼ねてるみたいで、宝具を作製できるっぽいんよ。んで早速持ってたスマホを媒介にして、宝具を作ってみたんやけど、成功したみたいやな。性能は言うまでもなく通信。耳につけたら誰にも聞かれずにうちと会話できるから持っといてな』
最早何も言うまい。
この人は、滅茶苦茶な人なのだ。
一を与えられれば、百にも、二百にも成果を上げてみせる。
それが、御堂輪廻だった。
『了解です。俺だけでいいんですか?』
『うーん、後々は天ちゃんや忍ちゃんの分も作るけど、今はまだ、な。あの子ら正直過ぎるからなー。あ、そや、後でスマホ頂戴な、どうせ異世界じゃ使えへんやろーし、どうせ陣君、友達とかおらへんやろーから失うもんもなさそうやし』
『うっさいですね! いますよ、一人、それと家族が……』
『……なんや、ごめんな……うちが友達になってあげるからな……』
うっせ。
同情するなら紹介しろ、妹とか、年下を。
俺は先輩のいたたまれない声を聞き流して続きを促す。
『まあ、それはいいですけど、これからどうするんです? 魔法のことは分かんないですけど、監視はされてそうですよね?』
俺は皆と取りとめの無い会話をしながら、輪廻先輩と会話を続ける。
『せやなー。フィリアちゃんや国王様はそれなりに信用できそうやとは思うけど、国っちゅうもんは一枚岩ちゃうからな。どう転ぶか分からん以上、確実に生き残れる力と仲間が欲しいな。まあ、しばらくは従っとこうや、かわいこちゃん探そうで』
『可愛い幼女見つけたら紹介して下さい』
輪廻先輩との会話していると、横から雑音が混じってきた。
「――っとぉ ちょっと、聞いてる? ねぇ、陣君ってば」
聞いてない。
輪廻先輩との会話に夢中で、忍の声は右から左へ通り抜けた。俺は先輩のように、聖徳太子もびっくりな会話能力は持ち合わせていないのだ。
「ん、ああ――聞いてるさ、ロリ巨乳も悪くないんだろ?」
なので、適当に誤魔化しておく。
「ば、バカっ! 何処見て言ってんの! 陣君の変態っ、もう」
なんて、照れながら忍が言う。
別にお前のことを言ったわけではない。
残念ながらお前はもう年増――
「陣君、今失礼なこと考えてなかった?」
にっこりと、微笑む忍の目は笑っていなかった。むしろ色々と危ない波動に目覚めそうな感じだ。
「イエ、ナニモカンガエテマセン」
余りの恐怖に気圧されて、俺は片言で答えた。普段温厚な忍は怒ると滅茶苦茶怖いのである。
俺はさりげなくこちらを除きこんでくる忍を見て、ふと思いついたことを聞いてみることにした。
「なあ、忍。お前、帰りたいか?」
「うん…………でも、その時は陣君も一緒だよ?」
「ん、ああ。了解だ」
俺は純真な彼女の瞳から逃げるように、そう呟いた。
◇
フィリアは自室で琥珀色の液体が注がれたカップを傾けていた。
「今度の勇者は皆優秀そうですね――」
一人のメイド以外に、その声を聞くものはいない。
「でも、あの男は危険ですわ。木崎陣――ユーリカには、マイリトルエンジェルには指一本触れさせませんわ!」
「殿下、声を抑えて下さいませ――勇者たちの会話が聞えません」
「ああ、もういいのよシア。盗聴はおしまい。あの男がユーリカを狙っていることは分かりましたから! これは、何か手を打たないと」
主の命令を受けて、シアは術式を解いた。
「よろしいので?」
「早々に本音は見せませんわ。あのバカ勇者と違って」
「爆炎も活躍しているではありませんか。勇者としては及第点でしょう」
シアは淡々と受け答えた。
「まあ、そうですわね。私達は文句を言う資格もありませんし。でも、最近はもう、馬鹿共に毒されているように思えます…………最悪は暴走する前に…………はー、仕事なんてほっぽって、ユーリカの頭なでなでしたいですわ」
「お仕事が終わって、勇者様との会食が終われば、認めましょう」
フィリアは知っていた。
その頃になれば幼いユーリカはすっかり眠っていることだろう。
「鬼、悪魔!」
「汚い言葉を使ってはいけませんよ、殿下」
暢気な会話のその奥で、少女の瞳は彼方を見据える。
「ほんとに、もう、儘ならないわ」
ロリっ娘が出てこない。た、タイトル詐欺じゃないんだからね。