爆炎の勇者VS最弱勇者
戦闘は唐突に始まった。
数えるのも馬鹿らしくなるほどの炎弾が灰村の周囲に浮かび上がり、挨拶だと言わんばかりに殺到する。
空を埋め、降り注ぐ火炎はまさに流星群のようだった。
俺が攻撃を認識するよりも早く、イリスは魔法の発露を感知し、攻撃の威力、並びに性質を分析していた。
かつて、この世界で使用されたことのある膨大な数の魔法、その全てを記憶していると豪語するイリスは、目の前で行使されている魔法を記憶領域と照合して、一致するもの、または近しいものを割り出し、警告を発してくれている。
(第三階梯魔法程度の炎弾、数二百十、迎撃します)
同程度の魔法を同数用意して、一発一発を順番に迎撃していくには少し手間がかかりすぎる。
俺は、その全てを纏めて凍結させるべく、魔法を発動させる。
顕現した魔道の書がページを捲り、宙にその切れ端を浮かべて広がった。
――第五階梯魔法、氷雪の嵐
――第七階梯魔法、水の闘技場
氷雪が、即座に炎を凍結させ、同時に燐光を放った魔道の書から大量の水が溢れ、舞台を象るかのように球状に広がって、周囲と隔絶した空間を作り出す。
水の膜に触れた炎も、あっという間に鎮火された。
「ちっ」
思わず、舌打ちが零れる。
あの考えなし勇者は、市民だろうが捕虜だろうが、王族だろうが関係無しに巻き込むような魔法の発動をしやがる。
俺は迎撃を行うと同時に、周りに被害が出ないように水で外周全てを覆うのだが、それは明確な隙だった。グリモワールの術式構成速度は下位、中位程度の魔法ならば複数をノータイムで発動できるが、高位魔法となるとそれなりに時間を食うのだ。
「はっ、随分とお優しいじゃねーかっ!」
そう言った灰村が、右手に溜めた魔力を燃やしながら、眼前へと迫っていた。
その速度は中々に凄まじい。腐っても勇者なだけはある。
「んじゃあ、死ねよ――爆炎拳」
深紅の手甲が炎を纏った。
赤熱した力の塊が、加速を伴って打ち出される。
体術と魔法の合成技。
死神を引き連れたかのような拳は、見るからにやばい。
俺は咄嗟に、空間跳躍にて、回避を試みた。
爆炎の拳は空を切ったが、その勢いは留まることを知らず、水の外壁にぶち当たると、見る見る内に食い破って、建物を炎上させた。
「ちっ、素早しっこいな」
灰村はそう吐き捨てた。
空間跳躍を見てもまるで動じる気配はない。その余裕は自分の力に絶大な自信を持つが故なのだろう。
それにしても、なんつう威力だ。
第七階梯の水魔法を貫通する、か。
食い破られた水のドームは即座に修復され元通りになるが、俺は高位魔法が破られるとは思ってもいなかった。
俺はかなり焦ったのだが、イリスが不思議と落ち着いていたので、俺も冷静でいられたのだと思う。
彼女が問題ない、と告げるので、俺はそれを信じる。
ボクサーがステップを刻むように、灰村が足を動かしたと思った時には、再び急接近されていた。
イリスの提案で、俺は魔力のほとんどを魔道の書に向けているので、身体強化が幾分か緩い。
天ほどではないが、こいつもそれなりに速いのだ、今の状態じゃあ、まともに渡り合うのは厳しい。
防ぎようのない拳が迫ってくる光景は、死を幻視してしまうほどの恐怖があるのだが、それでも俺は、こと戦闘において、相棒を信頼している。そんな彼女が自信を持って、問題ないと告げるのだ。
ならば、俺はたとえ死地に立とうとも、不安を抱くことはない。
燃えさかる紅蓮の拳が、俺の顔面を捉えるその直前に――ようやく術式の準備が整った。
ギリギリもいいとこなタイミングだが、イリスは計算し尽くしていたに違いない。
「――第十階梯魔法、絶対者の盾」
魔法の深遠、その奥底――魔法の最上位に位置する無属性魔法の奥義。
九十九の魔法陣が織り成す、金剛不壊の障壁が顕現する。
音も無く、盾が攻撃を阻んだ。
拳がぶつかった事実さえ、まるでなかったかのように、あっさりと、灰村の爆炎は霧散した。
「なっ!」
自慢の一撃が、いとも容易く弾かれたのを見て、思わず声を上げた灰村。
だが、それでも彼の猛攻は止まらない。
右手だけでなく、左腕、そしてその両脚までも紅蓮に包まれ、凄まじい衝撃と共に、目にも止まらぬ体術の嵐が殺到してきた。
だが、その全ては、濃密に輝く光の障壁に阻まれて、力を失っていく。
「無駄なのですよ」
とイリスが断じた。
その時点で随分とあっさりした戦闘に状況は取って代わった。
次々と繰り出される爆炎の魔法が、イリスの盾に全て阻まれて、もはや俺はなんもすることがねー、状態なのだ。
鍛え上げた、と言っても天と模擬戦をしただけの体術を披露することになるかと俺は思っていたのだが、イリスのたった一つの魔法だけで、戦闘は終了してしまった。
これは、爆炎の勇者、灰村が弱いのではなく、イリスが強すぎるせいなのだ。
相性が悪すぎた、と言ったほうが正しいのかもしれない。
(そもそも、まず名前と言動で、敗北しているのですよ、あの勇者は。自らの力をご大層に説明して下さっているのですから)
と、イリスは俺に言った。
(爆炎――つまり、《衝撃》と《炎熱》の性質を持つ魔力を得る、それが爆炎の勇者が受け取った加護の正体でしょう。これは極めて強力と言えます。性質変化の省略、つまり術式を刻むことなく、複数の性質を持つ魔法がほぼノータイムで放てるのですから、そりゃあ強いですよ)
イリスと魔道の書のぶっ壊れ性能のせいで、俺も勘違いしがちなのだが、高位魔法はそれ一発で戦術級の働きがある、と言われる魔法である。
複雑精緻な術式は才ある者以外には扱えない。具体的に言うならば宮廷魔術師の中の極少数が扱える大魔法なのだ。俺は智慧の天球で大学教授の論文顔負けな魔道書を読んだが、さっぱり理解できなかった。やはり、イリス様様である。
それを無詠唱でポンポン放てるのだから爆炎の力は凄まじい。
「はぁッ!? 何でだぁ? 何で通用しねー!」
必死、というよりは、ムキになったように攻撃を仕掛けてくる灰村。
勿論、敵に能力の説明をする義理はない。
というか、俺も理解していないので説明できない。
ほら、イリス。
さっさと説明しなさい。
(貴方の魔法なんですよ、もう……爆炎魔法も、それと合わせた体術も非常に強力なのは確かです。まあ、ですがそれだけじゃあ、どう足掻いても絶対者の盾は破れません。この魔法は、九十九の魔法式に遮断する性質を重ねて刻めば刻むほど強力になる結界なのですから)
イリスが言いたいことを纏めると、攻撃手段が爆炎しかないのであれば、それだけを防ぐように設定したこの盾は永遠に破れない、ということなのだろう。
「意味わかんねーっ! 俺の爆炎は最強の力なんだよおっ! 死ね、一片の欠片すら残さず、燃え尽きろ――業火爆発ぉおおおおおおっ!」
極大の太陽を思わせる、爆炎の高位魔法が迫る――が、無意味に爆音を撒き散らすだけで、全ては絶対者の盾に阻まれる。
九十九の魔法陣、そのほとんどに衝撃と炎熱を遮断する効果を宿した絶対の盾は、その二つの性質を持つ攻撃を無に返すのだ。
仮に灰村が、高位の他属性魔法を放てば、この盾はあっさりと消滅する。
だが、勇者の性質上、加護に反する魔法は使えないだろう。使えたとしても、高位魔法の構造式は異世界の高校生の頭じゃ理解できない。
また、他の誰かに強力を求めれば、破壊できる可能性があったのかもしれない。
だが、己の力だけを絶対とし、それだけを妄執してきた彼が、他者の力を頼りにするとは到底思えない。
つまり対策する必要すらないのだ。
――絶対者の盾は使い勝手がいいように思えて実は、使い所の難しい魔法なのだ。第九階梯までの高位魔法を防ぐためには、全体の凡そ三分の一の魔法陣を相反する性質に使用しなければならない。
相手が複数の場合は使えないし、相手の攻撃が多彩であるときも使えない。
だが、今回のように、二属性を防ぐだけでいいのならば、俺の豊富な魔力も相まって、最高位魔法さえ防いでしまう自信さえある。
己の爆炎の力だけを絶対とした時点で、彼に勝ち目はなかったのだ。
(異世界人の力は特定分野に偏りやすいのです。選択肢の少ない攻撃なら、私は絶対に封じ込められる自信がありましたとも。爆炎の力と勇者であることを隠すことができれば、苦戦したでしょうが、彼は自ら口を開きベラベラとヒントも与えてくれましたし。その点、主様は名前が売れても問題ないですね、最弱勇者じゃ何の能力を持っているか分かりませんよ!)
と、イリスは得意げに語る。
俺は何故か馬鹿にされたような気がしたので、飛び回る羽虫を叩いておいた。
「あいたっ!」
イリスとふざけられる程度には余裕ができた。
魔法を使う上で、時間とは何よりも大切にすべきものである。灰村の攻撃を防ぎきれる以上、俺は幾らでも大魔法を生み出せる。
「……んだよ……なんなんだよ、この状況はっ! ひれ伏せ、許しを請え、隷属しろ! 俺は、俺は……最強なんだよおおおおおおっ!」
「貴方が最強? 笑わせるのです」
灰村の絶叫に冷めた声をイリスがぶつけた。
「ただ呼び出されただけで最強になれるのならば、魔王は今頃世界にいません。無知は死ね、なのですよ」
それは、智慧の本としての言葉なのだろう。
彼女は無知の代償を苛烈に払えと言う。
なら俺は――
「なんだっけ、確か勝者は正義、なんだろ? なら、せめて、お前は敗者となって痛みを知れ」
イリスのように死ねとまでは言わないさ。
俺は幼女を助けたいだけで、灰村なんて奴に興味はないのだから。
それでも、裸足で歩かされた少女二人分の痛みぐらいは俺がこいつに返しておこう。
膨大な時間をかけて、魔道の書が刻んだ魔法が瞬時に発動する。
ドームに包まれた空間が水の中に沈んだ。
そこに最早境界はなく、辺りに立ち込めていた炎は瞬く間に鎮火する。
大海を彷彿とする圧倒的水量が、圧縮に、圧縮され、手のひらに収まるほどまで収束した。
――第九階梯魔法、水竜の吐息
螺旋を描く水の軌跡、それを辿るように放たれる一条の光。それが陽光を反射した水の輝きだと理解した時には、灰村は濁流に飲まれ、遥か遠方の壁に衝突し、地に倒れ伏していた。
それが、この戦いの終幕だった。
捕虜となっていた獣人が歓声を上げ、離れた場所で見ていた民衆も、大魔法の連発に声を上げる。
「嘘……だろ?」
ウサ耳少女は現実を受け入れられていないようであったが、
「すっごーーーーーーいっ!」
狐幼女は素直に褒めてくれた。
うむ、頑張った甲斐がある。
「はっ、ジン様なら当然だ」
と、弟悪魔はそんな二人に胸を張っていた。
「うおおおおおいっ! 悪魔がいるぞ」「何っ、それよりもまずは勇者様だ」「お、王子は無事か」「はっ、すぐさま王城へと避難されていました」
などと、辺りは一層騒がしくなって、俺は戦いは終わった、と思っていたのだ。
だが――
「ふざ、けるな……最強は俺だ……俺に敗北はあり得ない……俺は、まだ、負けて、ねぇ……」
灰村は、倒れ伏したまま、うめき声を上げた。
だが、立ち上がることは不可能だ。
手加減はしたが、手足をはじめ体中の骨が砕ける程度には容赦ない攻撃をしている。イリスにも殺す必要はないが痛めつけることは許可している。
「惨めなのですよ、死にたくなければ、大人しく寝てるのです」
と、イリスが、灰村の意識を奪い取ろうとしたそんな時。
地から生え出た漆黒の巨剣が、深々と、灰村を貫いた。
「かはっ!」
苦悶と共に血反吐が零れる。
「なっ!」
誰が、どう見ても、致命傷。
溢れ出る鮮血は、ただでさえ、ボロボロだった灰村の命を容易く奪い取っていった。
「ぎ、きさまぁ…………ぐがっ……げほっ……」
死に近づいた、その瞳は俺を見てはいなかった。
それはイリスの攻撃ではないし、俺の攻撃でもない。
建物の影から近づいた、小さな人影を灰村は憎悪の瞳で見据えていた。
深く突き刺さった巨剣が、傷口を抉るように、幾度も幾度も上下する。
「……げぼっ……がっ、おね…………やめ……」
一体どれ程の憎悪を溜め込めば、このような残虐な仕打ちを行えるのだろうか。
そっと、人影に視線を向ける。
怨嗟の火が灯った紅玉の瞳。
苦しむ灰村を、
楽しそうな、
苦しそうな、
嬉しそうな、
悲しそうな、
そんな、今にも泣き出さんばかりに歪んだ顔で見据える少女は、俺の愛して止まない小さな少女だった。
「……セリア…………」
俺は呻くように、少女の名前を呼んだ。
すいません、色々と誤字脱字が多いです。少しずつですが校正していきます。
日本語が不自由な私は認識していない場合も多いです。
お手数ですが、煩わしいなと思いましたらご報告を頂けるとありがたいです。




