爆炎の凱旋
「そ、その、優しくして下さい」
と、セリアが上目遣いに言ってくる。
俺は華奢な少女を後ろから抱きしめるかのように抱えていた。
淡い金色の髪から、甘い香りが漂って、鼻腔を擽る。
「俺も、初めてだから上手くできるか分からないぞ……」
そう言うと、セリアはビクッと体を震わせた。
「や、やっぱり最初は痛いのですか?」
「最初だけだろ、大丈夫」
それでもセリアは恐怖心があったのか、空いている左の手をぎゅっと握った。
俺はそれを合図にセリアの体へと手を伸ばして――
「何、セック――自主規制、する前のカップルみたいにイチャついてんですか、魔力での上書きが必要なので痛みがあるのは事実ですけど」
と、イリスがため息と共に吐き捨てた。
子供の前でなんつう言葉を。
俺はただ、セリアの緊張と不安を消していただけである。
セリアと出会ったベットの上で、今日俺は彼女の自由を縛っている奴隷紋を消しさるつもりなのだ。
既に、フィリアからも許可は取ってある。
元々フィリアは一年も昔、爆炎の勇者が北方の魔界近くにあった集落を殲滅した際に、捕虜として連れ帰られた少女である。魔族は温厚な者もいないことはないのだが、基本的には残忍であると認識されている。
王国では魔族、魔王によるカディル陥落――十万人以上の死者を出した血の惨劇が印象にあるから仕方がないのかもしれない。
爆縁の勇者はフィリアが言うにはあまり考えることをしないらしい。
もっと、はっきり言えば、馬鹿なのだ、と断言していた。
セリアの時も、攻撃対象になっていない集落への単独行動をした上で、占拠。
連れ帰った全員を貴族派の子飼いの魔術師に奴隷紋を刻ませて、俺の奴隷にするなどと言い出して、フィリアは必死に事後処理を行ったらしい。
奴隷だって、勝手に増やして自分のものにすれば犯罪なのだ。国が契約内容を決めて、期間を定めて、登録し、管理しているのだから。
それを全て無視して、好き勝手に振舞っている。
かといって、勇者としての働きは最低限こなしているとも言える。
爆炎は、最も多く戦場に向かっている勇者なのだ。
最前線に立つ勇者をどうにかして取り込もうと動く貴族、それと王族も少なくないらしい。
フィリアから言えば、味方でもいらないらしいが。
「ジンっ…………私、ジンの傍にいれるなら奴隷でもいいよ……?」
セリアは俺が奴隷紋を外すと言ってから、心配そうにそう言ってくることがあった。
だけど、奴隷として死んだ目をしていた少女が、楽しそうに笑えるようになった今、何時までも物扱いされる現状を俺は気に食わない。
「セリア、お前は自由になるべきだ」
「ジン……でも……」
両親を失ったセリアはかなり俺に依存している部分がある。
それに、奴隷じゃなくなれば、フィリアから与えられていた食費も失うことになるだろう。セリアの魔法の腕なら生活費は稼げるとは思うが、こんな小さな子供を働かせる気は毛頭ない。
「別に奴隷じゃなくなっても、俺の傍にいたいなら大歓迎だぞ? ちゃんと、大きくなって仕事を見つけるか、信頼できる人ができるまで、傍にいていいんだぞ?」
「ずっと、ジンの傍にいていい?」
と、セリアは聞いた。
子供が親に甘えているのと同じで、お母さんとずっと一緒がいいとか、お父さんと結婚するとか、そういうのと同じなんだと俺は思った。
だが、俺はこの世界の人間じゃない。
忍が向こうに帰るとき、俺はこの世界にいないのだろう。
ならば、安易な言葉を言うべきではないのかもしれない。
だが、ここで答えなければ、彼女は果たして、その首輪を外そうと思うのだろうか。
俺はゆっくりと考えた後、口を開く。
「セリアが子供の内はな、ずっと傍にいていい」
「むー、ならずっと子供でいいもん」
と、拗ねたように言うセリア。
俺もむしろそっちのがいい。だが、人は年を重ねて大人になる。きっと、彼女にも大切な人ができることであろう。そう考えるとなんだか苛苛するのだけれど。これがあれか、うちの娘は誰にも渡しませんという親心か。
「じゃあ、行くぞ」
「んっ……つぅ! 痛っ……」
「もうちょっと、我慢するんだぞ」
「ん、頑張る」
「よし、いい子だ」
首を包んでいた戒めが、一文字一文字剥がれていく。
奴隷紋は契約魔法の中でも下位の部類である。主従契約よりは上だが、血の盟約や、魂の盟約に比べれば遥かに弱い。
よって、本人以外の優れた魔導師が上書きや書き換えを行うことも可能だ。まあ、基本的には術式がパズルのようになっていて、奴隷に負担がかかるので、契約魔法を扱った人間が解除する必要があるのだが、俺にはイリスがいるので、問題はない。
どのような魔法かは、彼女が解き明かしてくれる。
実質、全てイリスに丸投げであった。
三十秒も経たないうちに、全ての刻印は剥がれ落ちた。
随分とあっさりしたものである。
少しだけ拍子抜けしたような気分になったが、セリアは何度も首元を摩っていた。
「何だか、不思議な感じです……イリス、ジン、ありがとう」
「どういたしまして」
「なのです~」
セリアは少しだけ寂しそうに首元をなぞったあと、
「今度、チョーカーを、買ってくれませんか?」
と、言ってきた。
是非もない。可愛いアクセサリーなら幾らでも買ってあげようじゃないか。
「セリアが食べ物以外の物を欲しがるなんて、珍しいな」
「むぅーーっ! お洒落くらいするもん、女の子だからね」
と頬を膨らますセリアは、いつにも増して可愛かった。
◇
「はぁ……憂鬱ですわ……何であんな勇者を歓迎しなければいけないのか……」
と露骨に顔を顰めるフィリア。
彼女は王族としての正装を着込んで、勇者を迎える準備をしていた。
「少しは隠して下さいよ、一応俺も勇者なんですが?」
フィリアはユーリカ誘拐でポンコツになったあの日から、俺の前では繕った態度を取ることが少なくなった。
今も、露骨に嫌そうな顔をしている。
「どうしてロリコン勇者がここにいるのかしら?」
とフィリアが聞く。
「姫様の話を聞く限り、爆炎の勇者はかなり物騒な奴らしいから顔を見ておこうと思っただけだよ。あんまし狂ってると、後輩と幼馴染の教育上よろしくないので」
「ユーリカの教育にも良くありませんわ、全く」
「それに、少なからず因縁もある相手だ」
勿論、俺本人は初対面なのだけれど。
「それよりも、王女様はこんな所で高みの見物してていいのか? 普通あれだ、馬に乗って、迎えにいって、共に凱旋とかじゃないのか、こういうのって?」
と、俺が何気なく言うと、フィリアは心底めんどくさそうな顔をした。
「その役目は、お兄様が買って出ましたわ。全く、呆れますわ……」
そう言って、遥か遠方に見える人影へ、フィリアは視線を移した。
勇者を巡っての権力争い、か。
その辺は先輩に丸投げしているので上手くやってくれるだろうが、巻き込まれるとめんどくさいことこの上ないな。
王都中央大通り、一本の直線は、真っ直ぐと城へ向かう石畳で丁寧に整備されているほか、魔石の光源と王国の威信を示す意匠が散りばめられていた。
その先頭で馬に跨り闊歩している人物――動きやすそうな赤いレザーアーマーと、赤熱しているような手甲と脚甲を身に纏った、黒髪の男が、爆炎の勇者様なのだろう。
俺と同じ、異世界人、ね。
顔は中々にイケメンなのだが、強面な感じだ。タトゥーとかつけてそうな不良に見える。身長は高めで、百八十はあるんじゃないだろうか、年齢は俺と同い年の十七。ギラついた瞳は、獰猛な獣のようだった。
そんな、青年に近づく、男がいた。
豪奢な正装と白馬に乗った、二十台後半程度の人物、あれがこの国の第一王子なのだろう。
「大儀であった、勇者殿。此度の獣人族への遠征により、また一歩、獣王の首に近づいたことだろう。何れは、魔王討伐も勇者殿の手によって果たされることであろう。だが今は、ただそなたの無事の帰還を神に感謝しよう」
ケレイオス平原の奥地に住まう獣人の王。魔王の資格持つ、一柱である。だから獣人は身分が低く、蔑視されている。
「ふん、当然のことだ」
と、勇者はそっけなく返すだけだ。
王子と勇者が歓声を上げる民の間を悠然と進む。
こう見ると、第一王子もそれなりに人気があるような気もするが、民からの支持は薄い。
人波に武芸は得意らしいのだが、王族が前に出て戦った時点で負けなので、その出番はないに等しい。だが、その腕前を誇り、王族としての特権意識が高いらしく、自分は特別だ、と思っている人間だ、と輪廻先輩は言っていた。
そんな第一王子の話をフィリアに聞いてみたところ、帰ってきたのは辛辣な言葉だった。
「王は特別、玉座に座り、命令だけをすればいい。兄様の考えは間違ってはいないですけど、正しくもない。少なくとも、それだけでいいなら私は内政などほっぽってユーリカとイチャイチャしているさ」
との、ことだった。
「そりゃあ、また、ご苦労様です」
「でもまあ、特権意識、という一点では、あの二人は気が合うのかもしれませんね」
迷惑この上ない話だな。
小さく呟いたつもりだったが、フィリアにも聞えていたらしい。
「ええ、ほんとに。王城でもかなり好き勝手やっておりますので、できれば接触を避けて、問題を起こさないでくださいね」
と、フィリアは言う。
俺はこいつとセリアは出会わせたらいけないな、と。そんなことを考えていて、ふとある者が目に留まった。
それを見るまでは、俺は問題など起こす気はなかったのだ。
なるべく平穏に、できれば穏便に、こちらが距離を置こうと、そんな考えもあった。
だが、それが全て吹き飛んだ。
両手を縛られて歩く捕虜であろう者達の最後列。
傷を負った屈強な獣人のその後ろに隠れるように歩いていた、二人の少女。
一人は十歳かそれくらい、もう一人は、五歳にも満たないであろう小さな少女だった。そんな小さな少女の瞳から零れた、それを見てしまったら、俺はもう止まれない。
気がつけば俺は、魔道の書を顕現していた。
「ごめん、姫様」
一言呟いた後、静止の声も聞かずに、俺は短距離転移にて少女の元へと跳躍した。
「ふえっ?」
「あんた、どっから――」
と驚く二人の少女。
一人は狐の獣人、多分五歳か六歳か、それくらいの年齢の少女。ケモ耳ともふもふの尻尾が素晴らしく可愛い。尻尾が体と同じくらいの大きさで、アンバランスさが一層かわいい。
頭ナデナデしたい、てか、もうしてる。
「ちょっと! あんた、リリーになにしてんのっ!」
と叫んだ少女の方は、赤いウサ耳の獣人。身長からいって、十二歳か十三歳くらいだろうか。狐っ娘と違って、攻撃的な視線を向けてくるし、怪我も多い。多分反抗していたんだろうなと思う。
「ああー、もふもふ可愛いんじゃー。そっかリリーちゃんって言うのか。可愛いね、何歳?」
「……五しゃい」
うーむ、ロリコンセンサー、絶好調である。
ケモ耳幼女がいるなら、そりゃあ、我慢なんてできるはずない。
「そっかー、五歳かー。小さいのに、手を縛られて、裸足で歩くなんて大変だよね、うんうん。お兄さんがおんぶしてあげようか?」
俺は極々小さな風の刃で手枷を外し、水魔法で足の裏を癒す。
そして、返事を聞く前に幼女をおんぶしていた。
ああ、軽い。
凄く軽い。
そして可愛い。
俺、満足。
「ちょっと、リリーを放しなさって! って、わっ、何する――」
手枷をしたまま襲い掛かってきたウサ耳少女を、俺は咄嗟に引き寄せた。
同時に、イリスが警告を鳴らす。
俺ごと、辺りのもの全てを巻き添えにするほどの業火が、目の前に迫ってきていたのだ。
考えなしめ。
「水壁、――暴風」
俺は迫る炎を水の壁で相殺しつつ、辺りに飛び火する炎を全て風に乗せて、天へと返した。
「おいてめぇー、俺の物に何してんだ、あ゛あ?」
憤怒を纏い、肉食獣のような眼光を向けてくる、爆炎の勇者が炎の中から現れた。
「幼女に優しくしろって世界の真理、知らないのか勇者殿?」
「あんの、バカ勇者共がっ」
そんな、フィリア殿下の声が、したような気がした。
ストック切れたので二話目、間に合わなかった……
一章が終わるまではなるべく毎日更新していきたいです。




