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ワンライ自選集

ルート10K

作者: yokosa

【第15回フリーワンライ】

お題:炎天下のはしっこ


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 どこまでも続く白い道を歩いていた。

 前後左右見渡す限り、一望出来ないほどの砂が視界を埋めている。

 手をかざして上空を見やる。雲一つない抜けるような青空に、容赦なく肌を焼く太陽がぽっかり浮かんでいた。

 諦めて視線を戻す。ここがどこだか判然としないが、どうやら砂漠の真っ只中にいることだけは確かだった。

 顎の先へ汗が滑り落ちると、煩わしげにそれを掌で拭った。

 自問する。

 ただひたすら歩き続けて、どれくらいになるだろう。

 暑さのせいかまともに思考がまとまらず、太陽の熱のせいで脳がゆで卵になった可能性すらうっすら過ぎっていたのに、なぜかその問いには反射的に時間が思い浮かんだ。

 四十九日間。

 降って湧いたその数字に、ぎょっと身を竦めた。四十九日間? 人間がそんな長期間歩いて過ごすことなど出来るのだろうか。

 ここしばらく、いや、どうしてか思い出せない記憶を掘り返しても、寝食に関するものはどうしても出て来なかったし、そもそも四六時中日中だったような気がする。

 昼夜もなく、飲まず食わず、四十九日間も歩き続けたというのだろうか。どこから来て、どこへ行くのかもわからないというのに。

 あまりにも馬鹿げている。やはり頭の中身はゆで卵になってしまっているようだ。

 しかしそれでも、歩みを止める気にはどうしてもなれなかった。


 どれほど歩いたかわからない。唐突に足を止め、振り返った。

 ただひたすらに真っ直ぐ続く道が、反対方向に伸びているだけだった。道の表面の砂に自分の足跡が残っている。殊更急いでいる風もない歩幅。

 再び前方に向き直る。

 陽炎が揺れる向こう、道の側に建物があった。初めて見る人工物だ。

 衝動的に走り出した。

 長い歩幅を残して立ち止まる。かなりの距離があったはずだが、気がつくとその建物の正面に立っていた。走っている間の記憶がなかった。やはりゆで卵では短期記憶は扱えないようだ。

 砂漠を横断する白道、その脇にひっそりと佇むのは扁平な四角い箱だった。天辺に接する側面の上の方を青い帯が囲んでいる。

 正面がガラス張りになったその建物は、どう見てもコンビニエンスストアだった。建物の横には『R-10K』と書かれた標識が素っ気なく突っ立てられている。

 呆然としながら入口の前に立つと、ガラスのドアが左右にスライドした。途端、屋内の空気が漂い出してくる。その冷気に誘われるように、太陽の光を受けてくっきりとした影を落とす入口を越え、まるで別世界としか思えない店内へと炎天下の端っこから侵入した。

 入店を感知したセンサーが間の抜けた来店音を奏でる。

 右手にレジがあり、左側には道に面したガラスに本棚が置かれ、日用品、インスタント食品、お菓子の順で陳列棚が並んでいる。店舗奥には埋め込まれるようにして飲料棚やチルドがあった。

 およそコンビニが備えているべき全てを内包した、コンビニ以外の何物でもなかった。店内放送では穏やかな調べがかすかに流れていた。どこかで聞いたことがあったが、思い出せなかった。

 他に店内に息遣いはなく、人影もなかった。

 いや。

「らっしゃい」

 レジカウンターから身を起こす者がいた。店員だろうか。表の外壁と同じカラーリングの制服を着ている。

 恐る恐る訪ねた。

「すいません、ここはどこですか」

 口をついて出たのはずっと卵の殻の中で反響していた疑問だった。

 そう言えばずっと昔、同じ問いかけを、慣れない土地で迷った時にコンビニで聞いた気がする。

「どこ。どこって、ねぇ……」

 店員は困ったように頭をかいて、値踏みするような目を向けてきた。

「ここはどこに見える?」

 逆に問い返してくる。

 この砂漠について聞きたかったのだが、意味が通じなかったのだろうか。

「コンビニですけど。いやそうじゃなくて」

「ふーん、あんたにはコンビニに見えるのか」

 そう言って店員は自分を見下ろし、まるで初めて見たかのように制服をぱたぱた叩いた。

「その様子だとまだ何か腹に抱えてるな」

 何かとはなんだろうか。

 悩み、とか?

 悩み。

 その言葉を思い浮かべた途端、胸の内から溢れてくるものがあった。最早思い出すことも出来ないそれらは、記憶に付随する感情だった。感情だけが止めどなく胸の奥から溢れてくる。

 後悔。

 刻苦。

 諦観。

 それら全てを引っくるめてもがき苦しむ自分。不意に訪れた衝動。

 行かなければ。

 焦燥感に突き動かされて、店外へ戻ろうとする。

「待て」

 制止一声、店員が腕を掴んで引き留めた。

「な、何を」

 そしてこちらの問いかけを無視するかのように踵を返し、カウンターを出ると、あっと思う間もなくジュース棚に引っ張って行き、コーラを一本抜き取った。

 一体何をしてるのか。

 呆気に取られるこちらに向かって、「ほれ」と店員はペットボトルを差し出してきた。思わず受け取ると、ひんやりしたプラスチックの感触にどうしようもない喉の渇きを喚起された。乾燥した喉から砂のように崩れ落ちる妄想に取り憑かれ、プシュ! といい音をさせてキャップを切って、一気に中身を飲み干した。

 カラメルで着色された黒い液体が、暴力的に弾けながら臓腑へと落ちていく。炸裂する炭酸に涙を浮かべながら、体の奥から熱が引いていくのを感じる。

「本当はもっと上等な代物なんだけど、あんたにはそっちの方がいいらしいな」

 ペットボトルのキャップをひねりながら、横目で店員が言ってきた。

「忘れろ。全部だ」

 自身もぐいっとボトルを呷る。

「と言っても覚えてはいないだろうけどな。時々あるんだけど、感情だけ残ってるってのも厄介なもんだ。強い想念は記憶が失われても魂に刻み込まれてるから」

 因果なもんだ、とコーラを飲み下す。

「もう何もかも手遅れだし、取り戻すことも、元に戻ることも出来ない」

 そう言う店員の言葉はまったく理解出来なかったが、コーラが乾いた体に染み込んだように、わからないながらも、その言葉もまた体に染み込んで行った。

「もう一回だな」


 気がつくとまた砂漠の道を歩いていた。

 あれからどれくらい経ったのか、コンビニからどれくらい離れたのか定かではなかった。

 日差しは益々強くなり、もうほとんど視界全てを白く染め上げていた。

 やがてそこが砂漠なのか、広大な真っ白い空間なのか区別出来なくなってきた時、意味もなく終わりが来たのだと悟った。

 そう思った瞬間、道の先に忽然と巨大な黒い穴が現れた。

 止まることも出来ず、穴の縁から、身を投げ出すようにして落ちていった。

 穴の中で意識が黒く塗りつぶされていく。

 自身が消滅することを自覚した。


 おぎゃあ、とどこかで泣き声がした。



『ルート10K』・了

 ウは宇宙船のウ。KはキングのK。

 なんか随分観念的な話になってしまった。

 もうちょっとわかりやすく「山一つ越えてきた」とか「川渡った」とでも書けば良かったな。

 Cドライブが吹っ飛んだせいで制作環境がぐちゃぐちゃになって書きづらかったと言い訳しつつ。

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