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実家での生活だから、一応社会人だし、ちゃんと金も家に入れている。楽しくない、やり甲斐がないからといって辞めるわけにはいかない。


何故なら、新しい仕事を覚えるのが面倒くさいから。そして、理想的な職場環境にありつけるのは、この世のほんのひと握りの人間だけだとわかっているからだ。ある程度のことは我慢しなければならない。


俺は、趣味を充実させるために仕事をしている、仕事には生きない人間。だから、仕事に必要以上の見返りを求めない。

このスタイルが一番、金持ちにもなれないが、少し貧しくなることがあってもドン底にも落ちない安定したものだからだ。


「結婚、かあ」


オンラインゲームにハマッてからは、結婚式にも呼ばれていない。友人は少しずつ疎遠になってしまった。


「そういえば、結婚式って結構、金がかかるんだよな」


一人でそう、呟いてから気づく。


さっきまで居た《ローレライ》の世界で勝手に教会で式を挙げれば、金なんてかからない。


ああ、何をこんなに真剣になってるんだよ。居るんだよな、こういう奴。リアルに付き合ってるわけじゃないくせして、現実世界でも彼氏彼女の関係で居ると勘違いする奴。俺はその部類の人間なのか。無様だな。


考えていても落ち込むだけだから、仕事に行く。相変わらず口うるさい上司、大してステータスも高くないくせに、女には理想を求める派遣社員の後輩。無駄口の多い同期。

そんな奴らでも、俺の方が格下だ。二次元の世界に没頭してリアルで勝負することを恐れているのだから。


そいつらを心から見下してはいるが、俺はきっと見下されている。そいつらに正面切って物を言えず、オンライン上で愚痴ってる俺は、本当にクズだ。


昼休み、少ししかない給料で購買でパンを買って食べる。別の部署の、結婚したばかりの男グループとみられる人たちが、手作りの弁当を食べていた。


なんだかそれを見るだけで温かい。そして、羨ましい。

多分、嫁さんが早起きして、慣れないけど頑張って作ってくれたんだろう。卵焼きの形も崩れ、タコのウインナーは焦げている。時間がなかったのか、一品はきっと冷凍食品だ。だが、それでもその人は幸せそうに食べているのだ。


その光景を見て、自分とユナに置き換えて想像してしまった。現実での容姿を知らないため、アバターでの光景だったことが辛かったけど、微笑ましかった。


昼休みも終わり、いつもの変わり映えしない仕事を終えて家に帰る。母親が夕食を作っていたためそれを食べ、親父は、飯を食ったらすぐに風呂に入り、テレビを見ている。夫婦の間に、それほど会話があるわけではない。


俺は、いつものように自室に行き、スーツを着てヘルメット型コントローラーを装着する。そして、ログインし《ローレライ》の世界へ入る。


最後に見た、見慣れた3Dの世界にある光景の場所へ戻ってきた。夜空だったはずの窓枠からは、日が差している。


「おはよー。お仕事、お疲れ様」


いつもの声が聞こえた。寝巻き姿の彼女、ユナだ。


「ああ、おはよう。ユナは先にログインしてたんだな」


「うん、仕事は定時で終わったからね」


ユナが手元に持っているのは、バイブルだ。冒険する中で、なくしてはいけない大切なもの、例えば世界地図や方位磁針などを入れておくアイテムだ。元は白紙のバイブルで、大切なものが集まるにつれてページが埋まっていくシステム。取り出したいときにそのページを開き、具現化することで実際に使用できるのだ。付箋があって、どこにどういった部類の道具が入っているのか分かりやすくて使いやすい道具だ。


「今日は、結婚式をするんだよな」


俺は、今日の本題に入った。


「―――うん」


顔を逸らして返答するユナは、頬が赤らんでいる。ふと、彼女の手にあるバイブルを見ると、これまで二人で行ったことのある教会のリストが載っていた。どこで挙げようか考えていたところだったようだ。


「教会の脇で、アバターの装備を変えようぜ」


「そうだね」


さすがに、この宿からウエディングドレスとタキシードで出歩くのは恥ずかしい。

二人で手をつなぎ、瞬間移動の呪文を唱えた。すると、ほんの一瞬にして教会にたどり着いた。ここは、宿に泊まって正式にセーブするポイントとは別の、一時停止ポイントだ。


ここで一時停止すると敵に襲われることもなく装備を奪われることもない。教会脇で、何人かがその場で腰をついて深い眠りに落ちている。


俺は、自分のバイブルの装備一覧から、白のタキシードを選んで装着した。一瞬にして白のタキシード姿となり、髪型もオールバックに近い形に整えられる。ゲームの世界はなんて便利なんだ、寝癖を直す手間など絶対にかからず、セットも一発だ。


「それじゃあ、私も」


ユナも同じように、自分のバイブルをめくって装備を変更した。


「どう、かな」


照れた表情をベールで隠しながら、彼女は恥ずかしそうに聞いてきた。


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