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ディアトリニティ・ディアフレンズ  作者: 生佐勇 刀史郎
第2話 I was about to lose it
8/14

猫の子どこの子 2

     ○     ●     ○


 十月四日――早朝。


 普段となんら変わらず、登校のために幼馴染を迎えに来たカオリとリョウ。

しかし二人は彼らの日常に対して軽い衝撃を受けることとなった。

清浄さを感じる早朝の澄んだ空気。晴れた空のもとで鳴きさざめく鳥たち。いつもと変わらない学生たちが登校の為に行きかう風景。それら不変と安定という現実が、まるでそのまま反転して目の前の人間を苛んでいるような、そんな印象をカオリとリョウに与える。

――トモが、赤くなった目で顔を出したのだ。


「⁉……どうしたんだ、おまえ? その顔は」


 若干目を剝いて、思わず指を指してしまうカオリ。

対照的にリョウは表情を変えない相変わらずの仏頂面だ。


「いや……ははは。なんでもないんだよー。ちょっと目がかゆかったんだよ、これは。花粉症デビューかなあ、にゅはは……」


「ああ? ……」


 春先の花粉症のピークではなくても、花粉の影響を受ける人間は確かにいるけれど。

しかし笑ってはぐらかすようなトモの様子。

目を伏せて二人と視線を合わせない不自然さに、カオリとリョウは明らかな異常を感じ取った。

眼だけではなく、顔も朱に染めて両手でぱたぱたとかばう様は、見た目に表れている彼女の異変を隠しきれていない。

しかも気付いてみれば、トモの背後の玄関戸の隙間から、彼女の母が顔を覗かせてなにやら目で訴えている。

ここで何事もないと思うほどに、二人はトモという人間を知らない訳ではない。ましてそれを放置したり、日常の喧騒の中に曖昧然と置き去りにすることもしない。


「おい、何かあったんなら……」


「トモ、あのバッジ、どうしたんだ? いつも着けているのに、今日は着けてない」


 先を打つカオリの言葉にかぶせて、リョウは目敏く気付いた要素をあげた。


「ああ? ……そういやそうだな。どこにも着けてないないっぽい……」


 目敏いな、と思いつつも同時に怪訝な顔になるカオリ。

 目の前のトモを全身隈なく視線を這わせてみれば、どうにも小動物のように萎縮している様子もいかにも違和がある。

指摘が確かであることもそうだが、二人の知る幼馴染としてのトモは、こんな風に自分達の前で縮こまったりはしないから。

そうした普段との差異とも気詰りともいえることの方が、カオリには大きく感じて。


「けどそれが関係してるのかよ。どうなんだ、トモ?」


 心配なのはわかりますが、ストレート過ぎます先輩! 

というモノ言いに出てしまったカオリ。

 リョウは急いて問い詰めることはせず、無言でトモの顔を見つめる。

だがそれも今のトモには辛かったのか。二人の追及に顔を伏せて黙り込む。


「……にゅぅ……」


しかし次第に肩が震えだす。


「トモ? もしかして失くしたのか、あれ。それで困っていたとか?」


「……どうなんだよ、トモ。黙っていたら、わかんないだろ」


カオリがトモの肩に手を置いて彼女をゆすると、ややあってトモは泣き顔をさらした。

 くしゃりと、ぽろりと、痛々しく、涙を小さく零しているトモ。


「うにゅうぅ……、ごめんなさいー。先輩たちとの思い出の、記念の物なのに……失くしちゃったんだよ……ぅ。うわぁぁ~んっ」


 トモの泣き顔を見て、カオリの顔が一瞬険しいものになる。そして一息をつくとトモの顔を覗き込んで、


「バカ、こんな表で泣き声あげてんじゃねえよ。人が見てるっつーの、恥ずい奴だな、まったくよ」 


とトモの肩をなでた。そして、 


「リョウ」


 毅然とした光を眼光に灯して、カオリは振り向く。


「トモ、何があったか詳しく話してくれ。俺たちが力になるから」





「という訳なんです、部長」 


 一時限目終了後の休み時間、軽音部室。

 早朝登校時にメールで部長をはじめ各部員と連絡をつけ、カオリとリョウは軽音楽部員たちに集合をかけた。

部室には部員全十二人がそろっていた。

短い間隙をぬってのこととはいえ、クィーン直々の緊急呼び出しに、一同はためらうことなく集ったという訳だ。

さながら円卓の騎士の如くとは、この面子には大仰か。

しかしクィーンのカリスマが発揮された帰結ではある。

いや、集った部員の中には、招集を反故にして、後にクィーンから美脚による蹴りを賜ろうという思いがよぎった者も若干いるのが現実だという裏話がある。

しかし今は状況がシリアスなので、それは言わぬが華である。

 最近の世代は変態を謳歌するにもオープンであるが、オケージョンは弁えているらしい。


 ともあれ。

時間も限られていたので、ここはリョウが集合をかけた旨……ことの顛末を掻い摘んで皆に説明した。

説明を一通り聞いた部長のイツキは、グラスの奥の瞳を静かに伏せると息をつく。定位置のドラムポジションだ。

他の一年生や二年生は、立ち尽くし沈黙を以って話に耳を傾けていた。


「なるほどな……。おまえらの幼馴染がピンチってわけか……。ふむ」


イツキはスティックを手元でくるりと回して、宙で振る。


「……で、おまえらはそれを話してどうして欲しいんだ」


一歩前に出てリョウが言おうとしたそれを、カオリの声が先んじて出て制した。


「みんなに協力して欲しいんだ! 協力して探すのを手伝ってほしい」


「…………ほう」


「あいつは明後日に誕生日で、その後には山場の中間試験だ。

なのにこのままじゃ、あいつが挫けちまうかもしれない。私はそんなのは嫌なんだ。見てられない。

だから何とかしたい! 助けてやりたいんだ!」


 軽音部の面子と、トモに接点も面識もない。

だからこの願い出は個人的であり、一方的であり、かつ感傷的だ。

彼ら部員にとっては 「関係ない」 とあっさり斬り捨てる類の話でもあるのは確かだ。

カオリも当然それは理解している。理解して、了承している。

――だが、それでもなのだ。

カオリは部員全員に向けて頭を下げた。


「だから頼む! みんなの力を貸してくれ! お願いだ。あいつが泣かないで済むように!」


「俺も同じ気持ちです。部長、みんな、お願いします」


 リョウもカオリと同様に頭を下げた。

二人にとって、自分たちが頼み掛かっているのは十分に判っている。

だが、時間が経つほどに良くないという状況的にも、ましてやこの広大な学校で紛失物を探すという行動に出る際の無茶は、目的の不達成をまざまざと感じさせる。

ならば今は、利己的に頼み掛かるくらい自分達は躊躇わない。先輩後輩の力関係や貸し借りを作ることになるなどといったことは、度外視するくらいにどうでもよかった。

二人はトモのために全力を尽くしたいという気持ちでいっぱいだった。


 しかし部員一同はなおも沈黙で以って応じる。

 頭を下げたままのカオリの顔が強張る。

 リョウは眉間を一度ぴくりとさせる。

 10数秒の沈黙を受けて、二人に独力と不諦の覚悟と、先程のトモの泣き顔がよぎった。

そこにクラッシュシンバルの一打が響き渡った。


「……ロックだねえ……。なあ、おまえら。クィーンたちはマジ、ロックだと思わねえか?」


 部長のイツキだった。彼は口元をニヒルな風に歪めて、シンバルに手を添える。音の余韻を切り、間を置かずイツキ自身のシャウトが音を継いだ。


「おまえら! クィーンの姿を見て何も感じない訳じゃねえだろ? どうだッ おまえらの心に響いたか? おうッ?‼」


 次の瞬間、部員たちが叫び声をあげた。

軽音楽部室は熱く滾る怒号と歓声に包まれた。


「うおおぉぉおおッッ‼ クィーン! やりますよ俺らは!」


「友情っすね、クィーン! 任せてください、俺らも力になりますから‼」


「だから、蹴ってぇぇえええッ‼ クィーン! 蹴ってくださいィィイイイ‼」


 カオリとリョウは頭をあげた。視線を交わすと自然と顔がほころんだ。


「ありがとうよ、みんな」


「ありがとうございます、みんな。部長」


 イツキがスティックを交差打ちさせてニヤリと笑う。


「おいおい、礼は無事に解決してからだっての。……シュウ!」


 殿が配下を呼びつけるような雰囲気で、ドラムセットの脇に立っていた副部長、曽我部シュウに視線を走らせた。

だがそこは軽音部の癒しのシュウくんである。この状況でも緩いほんわかとした声で答える。


「はいはい。じゃあ手短に役割分担を説明していくよー。これからの時間に隙を見つけて探索活動を各自行っていってなー」


 先程からシュウが話を聞きながら頭に構築していた解決のための手順――それぞれの学年ごとの役割など――を説明していった。

 音楽仲間としてだけではなくイツキと付き合いの長い彼には、実はこの展開が読めていたのかもしれない

……というのは、いささか穿っているだろうか。





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