謀は密に行うが最良
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九月十二日 放課後。
十志英才学園における文化系音楽部活動
――「軽音部」 の立ち位置というものは、
諸般の学校におけるその存在がそうである傾向にのっとるかのように、固定観念イメージが多少なりともあるようだ。
それは御多分にもれずというか、ベタであるというか、王道にしてお約束。
十志の軽音部の立ち位置というものは
どこか際物扱いがされていた。
学校としての生徒の傾向が、私立であり、いいところの子供たちが通い集まっているという影響か、不良というものがほぼ見かけない十志。
しかしその中にあって、文化系部活動においてとりわけ軽音部だけは、
運動格技系の部活動にも通じるイリーガルな印象と、実際のそうした側面をもっていると捉えられているようだ。
そういう訳だからなのか、件の軽音部の部室は、体育館裏の倉庫を改修して使用されていた。
正直に言ってバンドが演奏をして音を出すと、その爆音が体育館にまで響き渡り、体育館を使用しているバレーボール部やバスケットボール部からは苦情が絶えないようだ。
それも軽音部のイメージ作り (おもに悪いイメージで間違いない) に一役買っているのは言うまでもない。
そんな軽音部にあって、部室の奥に鎮座するドラムセットにポジショニングする男。
軽音部部長である三年生、向井イツキ(十八歳)は、
怒髪天の髪型とシルバーフレームのエッジグラスに、
学校ワイシャツではなく私服Tシャツでスティックを回しながら、
部員一堂にゲキをとばしていた。
「おまえら、今日は先の実力テストが返されただろう。
だがその結果に気落ちすることはねえぞ。へこむくらいならハイになって勉強しろや。
一人でへこんでたって中間試験はやってくるんだしよお。ヤルことをヤラズにくすぶってるのはガキの青春だ。
ロッカーはヤルことはヤッてはじけてこそだぜ。
わかるか、おめーら!」
なんとも十志生味あふれる、という塩梅のパンク魂といったところか。
それに賛同するように続く声があった。
「おう、そうだぞ、おまえら。
一年生どもは十志の軽音部を勘違いするなって、四月からさんざん口酸っぱくして言ってきたよなァ。
私ら三年は後輩いびりなんてセコイつもりでおまえらに厳しくしてる訳じゃねえんだぞ。
自分のことをしっかりやらないと、好きなこともままならないっつー当たり前のことを言ってんだ。
そこんとこ、ヨロシクだぜ」
部長に続いて威勢よく一年生たちに説教モードなのは、
だれであろう紺谷カオリだった。
「いよッ! クィーン最高!」
「カオリ先輩、今日も強気でお美しい!」
「蹴ってください、先輩――ッ。
その御美脚で、蹴ってぇぇぇえええッ」
一年生どもからやんやの歓声があがる。
そんな真面目に聞く気があるのか疑わしい後輩たちに蹴りを見舞って鎮めると、それをリョウがたしなめる。
軽音部の現世代の日常風景である。
部長と同じくカオリも三年生。
最上級生はイツキ、カオリの他に副部長の曽我部シュウ(一七歳)のみ。
シュウは演奏には加わらない広報と事務担当の、ともすれば過激どころの多い十志の軽音部にそぐわない穏やかな男子。
だがイツキとカオリが軽音部にあって“鬼コンビ”としての存在を確固たるものとして認知されている中で、リョウと並んで一種の清涼剤としてシュウは後輩に慕われていた。
この三人が十志軽音部の現世代、
バンド名「クィーン&ガーディアンズ」を先導するメンツだった。
その後に続く二年生。
リョウを含む四人は去年の文化祭までの経験があるので、
部長やカオリの言うことは周知であり納得しているところだ。
十志生として趣味と実益を体現しようと思ったら、
確かにやるべきことをしっかりとこなさなければ、一年を通しての晴れの舞台、「文化祭」において演奏することが出来ないのだから。
そういう訳でリョウたちは一年生たちに対しては同情するどころか、
三年生と同じように注意をうながす立場をとるときが多少あった。
今年の一年生は、もともとが規模が細々としたこの部活にあって、
数だけは豊作で五人いる。
その内の一人は小中学校でも音楽と楽器を経験してきていて、
入部当初から即戦力として扱われてきた者がいた。
彼は無事に文化祭への参加が決まれば、部長は舞台のプログラムに組み込んで演奏させるつもりだ。
一学期の中間、期末試験からすでに、
定期テストで校則に抵触する合格点以下をだしてしまった一年生たちも、軽音部にはみられた。
しかし肝心なのは、ボーダー超え「十四」をクラス合計で出した場合に、そのクラスの生徒全員が文化祭での出展の権利を失うということ。
事態は自分が部活での文化祭参加が出来なくなるというだけでは済まされない。
これはしっかりと先輩からも注意をうながすことが伝統化されるわけである。
一年生も
「先輩からの説教、うっぜぇ~」
などと言っている余裕はない。
もしそんな不心得な十志生がいたとしたなら、早々に学級内だけでなく部活でも孤立することだろうは当然だ。
実はそういう面で十志の部活中の結束は、どこも固い傾向がある。
ことクィーン&ガーディアンズにおいては、
学外まで音に聞こえた武闘派世代の現軽音部でも勉強を推奨するくらいだ、
わかっている一年生は諒として、嫌々感はあるかもしれないが勉強をする。
夏休み明けでダレていても、
これからの中間試験に向けてがんばるのである。
これが十志英才学園の全五回の定期テストで、六〇点未満の結果を出す生徒が限りなく少なく、また偏差値が高い理由でもある。
「十志の教育のススメ、十の内のひとつ。
“目的のために努力する尊さを知れ”だ。
楽器の練習もそりゃ当然だけど、テスト勉強もちゃんとしろよ。
わかったな、おまえら!」
その日も部活終わりの帰り際にカオリが全体に下知をとばし、
部長がシメにスネアドラムからクラッシュシンバルにつなげて叩き、
お開きとなった。
まだ日が短いともいえない夕刻
――下校道。
ともすればカオリとリョウに加えてトモが、毎日三人一緒に登下校しているという印象をもたれるかもしれない。
しかしそういう訳でもなく、
週に半分くらいの下校は部活を行ってのことなので、リョウとカオリの二人きりだ。
まあ、二人きりですって! おくさんッ
高校二年生と三年生のカップルの二人の帰り道。
ともすれば、
いちゃいちゃであつあついやーんっ
な展開も予想されそうなものである。
しかしこの二人、リョウとカオリは歩調を合わせて並んでこそいたが、
手の一つも繋いでいやがらない。
あー、もう何をやっているのやら。
というようなヤジのひとつも聞こえてきそうなカンジ。
肩にベースをかついで歩くカオリが、
折り畳み式の赤い携帯電話を見ながらリョウに言った。
「トモのやつがテストの結果をメールしてきてたわ。
あいつ五教科平均点が八十一点だとよ。
もしかしてこの点数は快挙なんじゃねえか? ハハッ」
「それはよかったですね。
トモ、がんばっていましたからね」
どこぞの第三者の印象はともかくとして、どうやら通常営業のリョウとカオリ。
――そこでリョウがかねてから考えていたことをカオリに話した。
「カオリさん、どうですか?
この前にトモの母さんが言っていましたし、たまにはトモに息抜きをさせてやるっていうのは」
「まあ、少しはそういう気もなくはないがな。
けど、まだその時期でもないんじゃねえかー? これからだろ、問題はよ。
それにあと半月もすれば体育祭だし、
あいつのことだからへばって
「しばらくお勉強はお休みなんだよー」とか言い出しそうだからな……」
「ああー、地味にありえそうですね、それ。
トモのことだけに想像が出来てしまうのが、
ちょっとトモに悪い気がしますよ、俺」
「ま、もう少し見守っておこうぜ。
むしろ必要になるのは癒しじゃなくて、喝になる可能性の方が高いんだからよ」
リョウはカオリを見て目元で笑う。
「カオリさんも何だかんだで、トモに甘いところがありますよね」
「うるせ!
けど世話のかからない奴だったら、
こんなに楽しく長い間一緒じゃなかったかも、って気がするから複雑だぜ」
「ははは。世の中ってのはままならないけど、
変なところがうまいように出来ていますね、本当」
カオリとリョウの心配に反して、
それからもしっかり真面目に、日々自発的に勉強を続けるトモ。
本当に、彼女のこの様子は、なにか天変地異かなにかの前触れでは……
とささやく声がトモの周囲に生まれ始めていたりして。
しかし、世は全てことも無し。
トモが机に向かって、リョウとカオリが文化祭の練習をして、
青春の日々はうまいように浪費されていくのでした。
九月二十八日の体育祭。
本来、体育会系ではないトモは、
多くの文化系生徒と同じくイベントに関してやっつけムードではあったものの、
ケガをすることもなく済ませることができた。
アクティブフィードバックとでもいうべきステータス異常、
マッスルペインにかかることもトモはなかったようである。
そのお蔭だろうか、
カオリが口にしていたように、体育祭後にだれるようなこともなく、
その後日も変わらないやる気を発揮するトモ。
しかし、
「脳みそって筋肉痛とか起こしそうなモノだけどなあ」、
とカオリが少し面白くなさそうにぼやいていた。
リョウとカオリはそろそろ迫ってきているトモのバースデイパーティーの打ち合わせを密かに進めていた。
トモの誕生日は十月六日。
「リョウ、おまえはあいつの誕生日プレゼントに何あげるつもりだよ?」
「ううん……、
実は決めかねているんですよね」
リョウは手を広げて参っているというポーズをとって見せる。
カオリはそこについてはそれほど言及するつもりもなかった。
毎年同じ幼馴染にプレゼントを選んで十年来になるのだ。
いいかげんネタも尽きてきて、そういう意味であげる物に悩むのは共感をもつところなのだ。
「……去年はおまえは何をあげたんだっけ?」
「俺はトモが探していた本を。
ネットで探して、ラッピングして、それをあげましたよ。
カオリさんはCDでしたっけ」
「ああ。おまえよく憶えてるな。
私もあいつが欲しがってた物だな。
そういやあいつ、行動範囲っていうか守備範囲の拡張ってもんに疎い奴だからなー。
何か色んな物を欲しがってるのに、探すの下手だよな」
「パソコンが苦手ですからね、今どきのティーンらしくなく。
ネットを活用できるだけで調べものに物探しや場所探しは格段に幅が広がるってものなんですがね」
「携帯も持たねえんだよな。
今までに二度ほど親御さんが持たせたみたいだけど、
本当にたまに通話に使うくらいで、いじってるところを見掛けねえという」
そこでカオリは本当に
「解せぬ……」 と呟いて顎に手を当てて考え込む。
「何だろうな……、
やっぱフィーリングに合わないとかか?
……ってなに笑ってるんだリョウ」
「カオリさん、それわざと言ってるんですか?
だとしたらカワイイですね」
口元を隠して笑いを噛み殺すようにしているリョウを、カオリはにらむ。
「ああ? なんだそりゃ!
っていうかカワイイとかいうなよ、てめ!」
顔をほのかに赤らめて拳を固めるカオリ。
語調が不自然に荒くなっている。
リョウはその様子に突っ込むことはせずに、まあまあと彼女をなだめると、
話の肝を語っていく。
「あれはつまりですね、カオリさん。
トモは俺たちといる時は、その時間を大切にしているってことじゃないかと思うんですよ。
ほら、トモって俺らの前だといっつも同じ調子じゃないですか」
「まあそうだな。
あいつが態度が変なときは……、
まあ少ないな」
何故か顔を背けるカオリ。
お赤飯関係のことでも考えたのかな?
と思いつつ、それには触れず続けるリョウ。
「それってカオリさんは進歩のない奴と思うかもしれませんが、
ひるがえってトモは俺達に変わった態度をとらないようにするのがデフォルトだっていうか……、
それは俺達三人の付き合い方に不変の楽しい時間を求めているということだと」
リョウの話を聞いて、カオリはふむふむと軽く頷いてみせる。
「なるほどな。
言われてみればあいつ、自分のクラスの友達と接している時より、
私達といる時の方がリラックスモードだ、とか本音が言える、
とか言っていたことがあったなあ。
なんだよ、私らはあいつの安全地帯かよ」
リョウの言葉に普通に応えるカオリ。
どうやらトモがいないときは名前呼びされるのも同じく、
本来照れる場面でも流せるようだ。
カオリもある意味、リョウとトモと、三人でいる時間は特別らしい。
「……ああ、
それでプレゼントの話でしたよね」
横にそれた話にリョウが軌道修正をかけた。
「そういえばそうだった。
何かいい案はないもんかね?」
今度はリョウが腕を組んで考え込むポーズを作る。
「……この際ですから、
今回は時事的にしてみるのはどうかとも思いますね」
「というと?」
「トモががんばって勉強を続けていますから、
何かトモの癒しになる物を提供できれば、と」
「ふむ。やっぱり食べ物か?
どこかスイーツでも食いに連れて行ってやるとか、そんなのか?」
「そうですね。
やっぱり食べ物がてっぱんですよね、トモの場合は。
あいつのリクエストでもいいんですけどね」
「それじゃあ、それは近いうちにリサーチする方向かな」
「そんな感じかと。
今までトモに前もって聞いたことはほとんどないので、
お互い慎重に行きましょう。
あくまで当日までのお楽しみがバースデイの良さですし」
「あいよ。了解だ」