花火大会の夜に
第4回
○ ● ○
八月二十四日。
たとえそれが何プレイであっても、エサがあると頑張る傾向が強い
わかりやすい娘であるのがトモ。
途中、案の定というかお約束というか、グダグダしながらも
夏休みの課題を消化しつつ、勉強を続けたのでした。
そんな彼女にご褒美を与えるかのごとく、雲の晴れたすっきりとした天気に恵まれた花火大会の夜。
トモ、リョウ、カオリのいつもの三人組は、花火を観るために自分達の学舎を訪れていた。
今夜のトモは、Tシャツに黒のタンクトップを重ねて、ボトムはキュロットスカートという出で立ち。
トップスに猫バッジを着けるのを怠らない。
カオリは袖の長めのドルマンパーカーにホットパンツ。
すらりとした肢をオーバーニーソックスに包んでいる。
リョウは袖を肩口まで捲し上げた「喧嘩上等」と印字のあるTシャツに、
ハーフパンツ。
この装いには実は、
汚れてもいいように、
蚊に刺されないようにオシャレ、
そこらの男に対しての威圧、
というそれぞれに実用性のある意味を含んだチョイスがなされていたりする。
広大な敷地面積を誇る十志英才学園。
その校舎正面に位置する総合グラウンドは、地元では時々で多岐にわたるイベントのために解放される。
そういうわけで、今回の花火大会で集まる民衆向けに夜店も開かれていた。
トモ、リョウ、カオリがそろって色々な夜店を渡り歩いて眺めていると、三人ともがそれぞれの友人、知人に声をかけられた。
だがしばらくお互いのグループの輪から離れて数人で話し込んでいても、皆トモたち三人組が一緒に行動しているのをうけて、自分達のグループに戻っていった。小中とトモたちを知る十志生としては、この三人の団欒に割って入ろうという者はいない。それだけ仲の良い三人組として認知されているのだ。
「んにゅ。みんな楽しんでるみたいだねー。
やっぱりお祭りっていいよね。
ビバ! フェスタ! いえーぃ!」
「まあ、おまえも楽しそうではあるよな……。
今どきの高校生って、夏祭りでわたがし買うのかよ、って疑問を呈したいがね、私は」
「先輩、トモの露店めぐりのゴールデンコースはまだ始まったばかりですよ」
「そうですよーっ
私達の戦いはまだこれからだ! ですよ――っ」
そう言うトモの手には、わたがしとコーラが。
すでに 「いか焼き」、「たこ焼き」、「ハッシュポテト」、「クレープ」 を制覇していたトモの目論むメインディッシュは 「りんご飴」 ということである。これを花火を観ながら舐めるのが彼女の夏の風物詩らしい。
「しかしこいつ、怖いもの知らずだよな。
夜店のメニューって何気にカロリー高いって話なのによォ」
「まあ、トモは俺らと違ってまだ体育の選択、
空手の授業とっているみたいですからね」
「……そうなのか。ふうん。
……まあそのへんは気兼ねされてもウザイしな。好きにすりゃいいさ」
「ぅにゅ。
先輩はバンド活動がいい運動になってるってとこですかー?
本当に細身で私は見惚れるよ。いやんっ」
後ろからカオリに抱き着いてウェストに頬ずりするトモ。
ちょっと百合百合しい光景かもしれないが、トモはスキンシップは嫌いではない子。
「バカ! やめろっての。
わたがしが服につくだろうがーッ」
「ははは」
リョウはそんな二人を笑って眺めているが、第三者がみると彼ら
――特にリョウとカオリに過去起きた事件が偲ばれる。
以下はシリアスパート的回想である。
約三年前のこと。
高等部と同じように、
中等部でカオリ三年生、リョウが二年生、トモは一年生の時のはなし。
カオリは当時から気の強さと男前っぷりを遺憾なく発揮していたし、
リョウは今現在に輪をかけてぶっきら棒だったし (本人は変わっていないと言うが、周りは随分まるくなったと感じている)、
トモはこの頃の方がさらにおバカ元気だったという、三人ともがデンジャラスぶりを誇っていた中学時代。
時節折、中学課程から入る体育実技の選択科目。
空手の練習から飛び火した乱闘騒ぎ。
その渦中にあったリョウとカオリは責任を取るかたちで空手をやめたのだった。
一貫校というものは……それに限った話でもないのだが……特に私立ということもあり、学校としてのイメージも大切にする面をもっている。
それは十志英才学園でも同様であったようで、その時はPTAや理事会もモノ申してくる事態となった。
それと関連した事情として、高等部や大学に進学する際に、進級試験以外にも素行の悪さが目立つ生徒は除籍されるケースがある。
他には外部のレベルの高い大学や、専門知識を修められる学校に進みたい、等や親の事情で在籍し続けられなくなるといった理由で一貫校からいなくなる。
カオリもリョウも、それで高等部への進学時は問題視され、在籍が危ぶまれたりしたのだ。
が、今はこうして二人とも十志の高校生として日々を過ごしている。
その際に彼女らのために尽力した人たちと、同時に迷惑を掛けた人達がいたのは言うまでもない。
リョウとカオリが高等部の学生生活において、割と模範的な生徒として日々を過ごしているのには、このことが一因としてあることは否めないだろう。
そんなことがあったけれど、あれは過ぎたことだ、とカオリもリョウも今この時に笑うことが出来るし、トモも余計な気を使わないのだった。
○ ● ○
花火が打ち上げられる時刻がせまっていた。
三人は人の波と夜店の立ち並ぶ総合グラウンドを離れ、
学校敷地内でも特に見晴らしの良い、正面玄関前の時計塔に向かっていた。
グラウンドから向かって西側にある本校舎棟。
その東向きの正面玄関からみて右側にある大きな時計塔。
反対側には三本の掲揚旗ポールが立っている。
この場所にグラウンドから辿りつくには、階段差にして五十段を超える坂道を登ってこなければならない。
誰が呼んだか 「天国通り・昇天階段」。
正面玄関と掛けているのだろうけれど、笑えない規模の段差がまさに天国逝きなのである。
その隆起を超えるために坂の両脇にある階段を登るトモたち。
軽快に足を動かすリョウとカオリ。
だが、りんご飴を手にしながらトモの足取りは重い。
「うにゅ……う、さすがに……食べすぎたです……、
うぅ~待ってよ二人とも、速いよ~。
……身重の私を置いていくのかい。
最近の若い者はなんて薄情なのかしら……、世も末ねぇ」
などと漏らして立ち止まって、前行く二人に必死に手を伸ばす。
今すべきは足を動かすところだろうに、この自業自得ちゃんは。
「……ったく、しょうがねぇなァ」
カオリがため息をつきつつも、トモの側まで階段をおりてくる。
リョウもそれに倣う。
「ほら、あんまグズグズするなよな」
「えー、まだ時間あるじゃないですか」
「それをグズグズしてるって言うんだよ。
行動は余裕を持ってなお迅速に、だ」
「やれやれ、せわしない現代人の申し子め」
カオリの肘鉄がトモの脇腹にめり込んだ。
エビのように体を反らせるトモ。
少し胃の中身を漏らしそうになったが、かろうじて堪えた。
エビトモは食いしばった!
「うにゅうっ 痛いよ~。
何するんですか、もう」
「そういやおまえ、ガキの頃も親御さんに
「グズグズしないの」 って言われてたのを思い出したわ。
言われてたよなあ? リョウ」
「うん、確かに言われていたな」
三人の出会いは幼稚園の頃のこと。
その時分から同じ園舎に三人ともはいて、今のように仲睦まじい様子だった。
その頃のトモは、今にもましてマイペースでお気楽な度合いが強く、
周りは必要以上に世話を焼くはめになっていた訳だが。
……目に浮かぶようではある。
リョウがトモに甘いのはこの頃に身についた習慣であるし、
カオリが気性が荒いのは、この時のトモとの付き合いが大きく影響しているのは疑いようがない。
傍目に見てもそうであるし、本人たちにも自覚のあるところであった。
昔を思い返してカオリは重々しい声で言う。
「おまえってあの頃からほとんど変わってなくて、なんか心配になってくるぜ……。
どうだ? 昔みたいにサイドの髪をしばってアホ毛みたくしてみる気はないか」
カオリのからかいおふざけに対して、先程からとは打って変わって俊敏に反応を返すトモ。
「むむっ なんですかそれ!
人のちょっとした黒歴史をほじくらないでくださいよー」
「いや、あれは可愛かったよトモ」
「にゅ? そうかな~、
じゃなくてだよっ リョウくん。
先輩はそんなの余計なお世話だよって話ですよ!」
デレてしまいそうなところを堪えたのからして、割と真面目に半畳をいれているようだ。
しかし、トモの半べその入った抵抗も意に介さず。
「余計なお世話焼いてもらわなくちゃ、そんななんだろうが。
おまえみたいな奴は隣でケツ引っ叩いてくれるのがいて丁度いいんだよ。
オラッ!」
「ひやん!」 ぺちんといい音。
階段の最後の一段を登りきるトモ。
続いて全員が階段を登り切って、十志英才学園の正面玄関前に出る。
その場所には既に、彼女らと同じように花火を観るために陣取っている者達が、結構な数にのぼりいた。
「ふぃ――っ グラウンドからこっちに来るときだけは、この学園が憎いよ私は」
「休んでる暇はねえぞ。
のんびりしてるからもう花火を打ち上げの頃だ」
またトモのお尻に平手がとんだ。
本当にいい音がするところからして、トモのお尻は名器かもしれない。
いや、エロい意味ではなく。
「え――んっ リョウくん、先輩がいじめるよおっ
ケツ引っ叩いて私をМに開発する気みたいー」
「ッ……アホか! このガキ‼」
頬を赤らめて本気で怒っている風のカオリ。
リョウは一応トモの頭を撫でてやる。
「でも本当に、もう少ししっかりしてくれねぇとよ。
気が気じゃねえっつーか。
おまえももう高校生なわけなんだから」
「む―、わかってますよう。
……けど私は、ただ楽しく過ごしたいだけなんだけどな」
トモたちは移動して花火の観易そうな位置を探す。
見下ろす高さにある総合グラウンドの照明が落とされた。
そろそろ打ち上げの開始時間のようだ。
校舎玄関を背にする場所におちつくと、三人がトモを真ん中にして横に並び、空を見上げた。
「……この打ち上げ間近の
「いつくるんだ⁉ 早く来い!」
みたいな感覚って、お腹にきてちょっといいよねーっ
にゅふ」
「まあ、ソワソワっつーかワクワクするのは悪くないわな」
「いわゆるスリルを楽しむというヤツだけど、
心地いい度合いの緊張は、人間生物にとってプラスであることは確かだと、経験上も思う」
トモがその場でぴょんぴょんと跳ねだして言った。
楽しそうである、この子。
「でもでも、
これって何か少しМ入ってないかなー、と思ったり」
「……変態性欲と一緒にするなよ。
もっとプリミティブな人間の心理だっつの」
ウザそうに応じるカオリ。
トモは続ける。
「えー、でも自分から進んで苦労するのって何かおかしいっていうか、
ともすれば一種何かの倒錯にも感じるわけですよ。
そこまでする必要って、その人に本当にあるのかなって状況、人間には多いと思うなあ」
「……そりゃ何の話だよ、おい」
怪訝そうに問い返すも、トモはさも当然そうに返してくる。
「いえいえ、
わたくし有沢トモは今夜の花火を楽しむためとはいえ、
過酷なお勉強漬けの夏を耐えてきた自分を褒め称えたいだけですの」
その言いように、カオリは思わず拳を握り締めてしまう。
そもそもトモが勉強をみてくれと言うから、
わざわざ時間を作って集まっていたのだというのに。
「……ほぉぉおう。
よくもそんな上等な口が利けたもんだな。
学生の本分がお前にはそんなに重荷かよ。
やれやれだぜ」
「うにゅ。そりゃあねー。
自発的に勉強が好きな方が珍しい、とはウチの学校にいて言わないまでも、
私は嫌なことを無理にするのは理由があってもしんどいと感じるな。
折角の楽しい時期なんだから、もっとゆったり構えていけないものかなー」
「そんなこと言ってると、周りから取り残されて泣きをみるのはおまえだぞ」
取りあえずトモの自己中に関して言及しないのは、
カオリの甘さかもしれなかった。
「むにゅう……、
そうかもしれないけど……」
先輩のもっともな意見に不服そうなトモ。
ここでやはりというか、リョウの助け舟が出された。
「つまりトモは、
自分が納得できるだけのモチベーションが欲しいわけだな……」
「うんうん、それだね! まさしくそれだよ!
そういうものが欲しいんだよう」
「ケッ なにが欲しいんだよ、だ。
モチベーションなんて本人が自分で見出さなくてどうするんだよ。
おまえやっぱり私の言った通り、誰かにケツ引っ叩いてもらわなきゃならねーのか?」
「…………にゅ」
と、ここでいつもなら、牽強付会の屁理屈まがいでも反論をしたいパターンのトモだった。
しかしカオリの言っていることは正論だとはわかる。
そしてそれ以上に解っていることがあったから、攻勢にでないトモ。
そんな彼女に、いつも向けられる視線がある。
「先輩、トモはちゃんと解かっていますから、
大丈夫ですよ」
先程から空を見上げたまま、お互いに顔を向けないで会話をしていた三人だったが、リョウのその台詞に、トモが花火の打ち上げを待ちかねる集中を逸らして彼の方を向いた。
ひゅるひゅるひゅるひゅる……。
点火された花火玉が虚空に昇っていく音が耳に届く。
今夏最後の花火大会。
その打ち上げ一発目が夜空に花開いた。
トモは幼馴染の男の子の顔を覗き込んでいて、その一発目を見逃してしまった。炸裂音にすぐ正面を向いた彼女の瞳に、出だしの数発がテンポよく打ち上げられ、開いていくのが映った。
「うわあぁーっ」
ドンッッ
ドドンッ
ドンッ
と一定の間隔で色とりどりの花火が煌めき、
大太鼓のドラミングのような音響が鼓膜と腹に重く響いた。
「で、リョウ。
何が解かってるっていうんだ? このバカがよ」
カオリが心なし表情をくずして右の二人を見た。
トモもリョウの方を向いて、その疑問への彼の考えを聞こうとする。
大空の花火から目をそらさずにリョウは口を開く。
「トモ、おまえは自分の嫌なことへの感情があっても、
ちゃんとそれを諌めて叱ってくれる先輩の気持ちが解かってるんだろう?
……俺達三人は小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたから、
みんなそれぞれを見て、気にかけている。当たり前に」
視線をトモに送り、
カオリも見てリョウは続ける。
「だからさ、先輩がいつもトモに厳しいのが、
先輩なりにトモを気にかけてくれている優しさだって、
ちゃんと解かっているんだよな」
トモは花火の色に映し出されるリョウとカオリの陰影を交互に見た。
カオリは 「何が優しさだか……」 とバツの悪そうな顔をしている。
「も……、もうっ
リョウくんはロジカルな鉄面皮なのに、
なんでそんなことを恥ずかしげもなく言えるかなー」
場の空気が少し複雑でシリアスなものになったので、
トモは朗らかに笑ってみせた。
「言うべき時には言わないと解からないし、伝わらないからな。
緩くて楽しいからって、
それだけに身を任せて過ごすわけにはいかないんだ」
視線をしっかりとトモに交わらせて、
しかしいつも通りの淡々とした口調でリョウは言った。
「トモ、今年は先輩と俺とおまえが同じ学校で一緒に過ごせる久しぶりの年だ。
この機を逃したら次は大学ってことになるな。
でも高校の時には高校の自分達にしか見えないものや、
体験できないものがあって、
それはその時だけの貴重な時間だよ。
だからこの一年を楽しく過ごしたいと、おまえも思っているんだろう」
トモは小さく、しかし確かに頷く。
「にゅ……、そうだね……」
「だからさ……楽しくしたいけど、
だからこそ、そのためにも努力はしなくちゃいけない。
それが先輩の気持ちとか俺たちの楽しい時間とかをひっくるめて、
トモにとって必要なことだったら、尚更だよな」
「……うん、
そうなんだよね……」
(そして、そうなんだよ……。
リョウくんも先輩も、
昔からずっと変わらずに私のことをみてくれている)
だからリョウの言うとおりだと思うトモ。
自分は目標というものが確かになく、あやふやだけれど、
それでも
“リョウとカオリのために”。
それを目的にがんばりたいと、
そう思えた。
変わっていく中で、変わらない親愛をくれる人達のために。
トモが静かにうつむいて黙り込む。
リョウもカオリもその様子を何事かと見つめていたが、
次の瞬間、
「ッッッよっしゃ―――――ッ!‼
私はやるもんね―――‼」
とトモが空を見上げて大声で叫んだ。
周囲にいた人たちが、なにごとかと三人に向けて奇異の視線を向けてくる。
「バカ!
悪目立ちしてんじゃねえよっ」
たしなめるカオリに構わずトモは勢いよく駆けだすと、
人の波をかわして掲揚旗のポールに向かっていき
垂直跳びでハイタッチを三本ともに決めた。
その様子を 「ハズい奴だなぁ」
と口だけで言って見るカオリに、リョウが語りかける。
「でもこれで、トモにも
自分の納得できるモチベーションが見つかったんじゃないかと」
「やれやれ……、
本当におまえはよォ、
いつまでたってもあいつにゃ甘いよなあ。
……ったく」
仕方がなさそうに片目を閉じてみせるカオリに、リョウは微笑んだ。
「でも俺は先輩に感謝していますよ」
「ん? なんだそれ。
でも感謝ねえ。
はは、あいつを心配するのなんて、それこそ私らにとっちゃ勉強と同じく当たり前にこなすことだろ。
気にすんなよ」
リョウも片目を閉じてカオリを見て言う。
「感謝という言葉じゃおかしかったですね。
もっとストレートに言わせてもらうと、さすがは俺の惚れた女だな、と思っていたんですよ。
どうでもいい相手にまで誰かれ構わずにがなって殴るようなバカ女に、
俺が惚れるわけないですから。知ってるでしょう?」
カオリにしてみれば藪から棒に、二人のムードに突入である。
にわかにアドレナリンが分泌されて、徐々に自分の体温が高まる感覚が襲ってくる。顔が紅潮して、なんだか目の奥が熱い気がするカオリ。
それでもなんとか、
「……ちっ、はいはい、ありがとうござんすねだ」
と返事を口にした。
彼女としては努めて冷静に口にしたつもりなのだが、どうも様子は違っていた。
照れたようにしながらも、リョウと顔を合わせるカオリは心なし目が潤んでいるようだった。
「…………リョウ……、
その、なんだよな……」
「なんですね………」
リョウが上体を折って顔を近づけていく。
二人の唇が接近していった。
「ひゅ――っ ひゅ――っ
あっっついですにゃあ、お二人さん~!
夏の花火大会でちゅーですか?
周りの目もはばからずに剛気でラブラブですこと!」
いつのまにか戻ってきていたトモが、二人に冷やかしの言葉を投げかけた。
即座にぷいっと顔を背け合うリョウとカオリ。
片や冷静にみえて、片や耳まで赤くしてふるえていた。
無言の鬼気迫る表情でトモの胸ぐらをつかむと、
彼女の頭に一撃を見舞うカオリ。
「うにゅ――っ いったいです――っ‼
もう、また暴力振るうし!
照れ隠しにしても乱暴だよっ
横暴だよ先輩!」
「うっせ!
てめえは人の気持ちの解からんアホの子か!」
罵声と共にもう一発、トモのおつむに拳が炸裂した。
「にゅううぅ……っ
頭ばっかり殴ったらバカになるじゃないですか―っ
私の脳細胞を返せ! 責任者を呼んで来いーっ」
「大丈夫だ、
子供は叩かれて伸びる」
「にゅっにゅっ
詭弁だッ エセ科学だ!
似せ(にせ)偽感みなぎってるようっ
バンド少女が学術弁論派を気どっていらっしゃる!」
平常の調子を得たように、カオリが腕を組んで睥睨のポーズを作り続ける。
「違えよ。これもれっきとした正論なんだよ。
一発殴られて頭が悪くなった以上に、なお勉学に励めば問題ない。
それどころかそいつの成長の切っ掛けとなり、一助であるってな」
「にゅ――っ なんですか、それ!
やっぱりエセ科学ですよう。
大事なことなので二度言います!
私の脳細胞を返せ、カオリン!」
二人の様子を横から見ているリョウは、口元をゆるませる。
トモとカオリは何だかんだ言っても良いコンビだ。
それがお互いにとって良い影響を与えるようなものになるには、トモはまだ幼いけれど。
でもこういう関係も、今しばらくは邪魔されずにいて、見つめていたい。
そう思うリョウ。
幼馴染の子たちを見て、花火の音が響く彼の脳裏に、
あるひとつのフレーズが浮かぶ。
新しい曲に使えそうな詞の一説だ。
仲良きことはうつくしき哉
幼い僕を満たしてくれる やさしさも 厳しさも
心からの感謝でもって 精一杯でこたえるよ
今の僕にできることがあるのなら なにかを心のかぎりに
やってみたいと思えたんだ
……即興でリズムもつけてみる。
(サビとまではいかないかもだけれど、悪くないな……。
この感じはアレンジで良い曲に化けるタイプだ)
「帰ったらさっそく作り込んでみるか」
花火が終盤に差しかかり、様々な模様の連射が続く。
その爆音に負けないほどの声で、
トモが笑い、カオリが叫び、リョウが口笛を吹いた。