表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディアトリニティ・ディアフレンズ  作者: 生佐勇 刀史郎
第1話 Days with friends we
2/14

有沢さんの日常 2


 第弐回


 トモが 「まじめ」 に勉強をしていた横でリョウが書いていたのは、

軽音部の文化祭用オリジナル曲の詞。

去年の夏休みに部内で各々の作詞作品を持ち寄ったことがあった。

しかしその結果、現軽音部の中には文才に秀でた者が存在しないことが発覚した。そこでリョウが書いたものをカオリが見い出し、

現在の部長がリョウの詞を気に入り、その唄での文化祭に踏み切った。

 結果、現軽音部バンドは一躍県下に名を轟かす人気アマチュアバンドとなったのだ。

そのながれで今年のその役目も、リョウが仰せつかったのである。


 ちなみにリョウのパートはマニピュレーター。

本来的には作詞よりも作曲よりの持ち場だ。


 リョウは物造りの技術は、某ブロックの組み立ても難儀する程のてんでっぷりではある。

しかし音楽関係とプログラムに関して、去年高等部に進級してから猛勉強した。

それは偏にカオリと同じバンド活動をするためであったが、

中学時代に熱中していた空手から離れたばかりのリョウには、悪戦苦闘ながら愉しみな努力だった。

おかげで今は軽音部でも正式な部員ではないが、その力量を認められている。

それに加えて、素養として文才をもった男だったのが日の目を見たというところ。


 カオリは自分の前の夏季休暇課題のテキストを隅に置くと、

リョウから受け取ったノートを広げた。

その記された歌詞に、一度はさっと目を通し、次いで気になったフレーズのタイトルにじっくり目を通していくカオリ。

ややあってから、彼女の口から感嘆の声がもれた。


「ふぅん……。相変わらず大したもんだな、おまえはよ。

ウチらの代のテーマをちゃんと踏んでいながら、よくこんな多彩なテイストな詞ができるもんだ。

これはなんっつーのかな、柔軟っつーか、節操ないっつーか。

……まあ、本当感心するわ」


「それはどうも」


 カオリの賛辞にも、あまり動じるところのないといった無表情のまま

アイスクリームを食べているリョウ。

彼にしてみれば、本来のパート外ともいえる作詞も、カオリのためにやっているようなものだろうから、嬉しくない訳がない場面である。


 クールぶっちゃってまあ。


 けれどそんな彼の気も知らず、カオリはノートに視線を走らせ、ぶつぶつとベース用語を口にし始めた。

その彼女の脇から首を伸ばして、トモがノートを覗き見た。

手にスプーンを握ったまま、口元にアイスクリームを付けて、神妙な顔つきでリョウの書いた詞を読んでいく。

そして、


「……むむう~。なんというか、率直なセリフ回しですな」


 との感想を述べた。

 それに反応したのは、詞を書いた当の本人ではなく、彼のシンパであるカオリだった。


「まあ、そうとは言えるがな、アタシはこの方が良いと思うよ。読み物じゃないんだから、聴いていて難解な隠喩はいらないんだよ。よくある 「心に残る曲ベスト」 みたいなテレビ特集見てて思うのはさ、そういうのってストレートに響いてくる歌詞のが圧倒的に多いんだよ」


「うにゅにゅ! 聴くと読むでも文体が与える印象が違うというわけですね~。なるほどなー」


 もっともらしい言葉を吐いているが、この娘は本当に解かっているのか。

というくらいに、もはやノートの方は見ずにアイスクリームに瞳を輝かせているトモだった。


 だがそんな周りの印象に反し、トモはスプーンを口に入れたまま言葉を続ける。


「けど、リョウくんはロジカルなのによく詞なんて書けるね~。

いやロジカルだから書けるのかな? ウエットなだけじゃリリックを紡げないって、いつだったか読んだ小説に書いてあったよ。

でも本当、驚き感心山椒の木だよね。

私ほど読書家でも、いざ文章を書こうと思ったら苦労するのに」


「それはおまえが単にアタマ足りねーんだろ」


「なんですと! 酷いです! 有沢さん驚愕!」


 トモの感慨を一蹴するカオリに、打てば響くようなトモの反応。

しかも本気で驚いている節があるトモ。

そんな彼女を放置して、バンドメンバー内の会話をするカオリ。


この人はSの気があるのでは……。


「しかしウチの文化祭、部活外と学外のバンドとの対バンだろ。

そのせいかどうも張り合っちまう気が曲作りにもでるっつーかなあ。

おかげでせっかくおまえの書いたのでも、気に入った詞のヤツを単純に選んでいいのか迷うんだよな……」


 カオリの悩みに対して、しかしリョウは答えをすでに持っていたのだろう。

間を置かずに意見を返した。

トモは自分のターンは終了したとばかりに、お菓子を食べるのに集中し直している。


「それは本当のところでは難しい話じゃないですよ、先輩。

対バンで敗けたくないっていう気負いで、自分の気持ちに不純物を混ぜることが一番良くないんです。

歌は我を張るだけのものじゃないし、まして張り合うものでもない。

誰かに響かせることを至上の快感とするなら、自分の中で一番強い想いのものを選んで、作りあげ歌えばいいだけなんだと思いますよ。

理想論だと言われようがシンプルにね」


 アイスクリームを口に運びながら続けるリョウ。


「今回は順位が着くわけでもないんですから、なら尚更自分の一番強い気持ちを飾らずに、偽らずに本気で謳いあげればいいと。

俺はそう思うし、

先輩とヤル曲はそう在ってほしいですね」


 小難しい理屈に加えてさらっと自身の核心を述べるリョウ。

その言はカオリにとっても実にこころに沿うものであったし、

だから根っからの反発心の頭を抑えられて憮然ともする。


 が、アイスクリームの付いたスプーンを、トモと並ぶように舐めているリョウの締まらない様子に嘆息する。


「リョウくん、そんなに美味しかった? んじゃ、次いこうか!」


 軽音部組のやりとりに構わず呑気なトモだが、実は自分が食べたいだけなのは言うに及ばず。

 彼女を横目にリョウはカオリに話を振る。


「話を少し戻しますが、トモはこれでいいんですよ」


「あ? これって、何だ?」


 カオリの反駁に対して、しかしリョウは明言せずに親指でトモを指し示す。


「トモは決して勉強ができない訳じゃないんですよね。

実際、俺達がみて教えてやればしっかり合格点を取ってくるんですから。

ただ……、昔からそうなんですが……、

ほら……」


 リョウとカオリ、二人の視線がトモを捉える。

楽しげにおやつに目を輝かせる幼馴染の姿。


「じゃぁ~んっ 次はこれ食べよう!」


 リョウとカオリは言外で認識を共有した。


(誰かが見ててやらないと、すぐこれですから)


(……ああ……。こいつの勉強みるって、そうなんだよなぁ)


 窓外では夏の強い日差しのもと、セミたちが夏のアンサンブルを熱く奏でている。

しかしカオリの部屋には冷たい空気が満ちていくようであったという。




         ○     ●     ○




 それからしばらく後。


 気を取り直してトモをお菓子ストリームから、勉強デッドリードリームに戻すことに成功したカオリとリョウ。しかし、


「またマンガを読んでサボろうとする! 

だいたいがおまえはよ、そんなんで普段一人の時も勉強してねぇってことか、オイッ」


「してるもんっ たくさん本を読んで頭を使っているんだよ、私は! 

今だってこの本のある単語を引用しようとですね……」


「嘘八百だろうが、このアホの子は! 

そんなの目の前の辞書を引くべきところだろうが。

それによ、読書量が多くても、結果として出る通知評価がおしなべて低いんじゃあ駄目だろ。オラッ」


「うにゅうーっ け、蹴らないでよう」


「先輩、トモに勉強させてあげてください」


 相変わらず脇のマンガ本に手が伸びるトモに対して、

牽制と叱咤の愛の鞭を繰り出すカオリ。

それに楽しそうに合いの手を入れるトモ。

彼女たちをたしなめるリョウ。

この三人の馴染みの風景。


 リョウの制止に対して舌打ちをしながらも、

足蹴りは止めたが、おさまらないカオリ。


「昔から本好きなのは知ってるけど、それもマンガが多いように感じるし。

おい、おまえの読んだ本のなかに 「名前負け」 って単語は載ってなかったのかよ。

それとも意味がわからないとか?」


「……先輩、それはさすがに」


 リョウがたしなめようとしたが、それを横からトモが制した。


「ブッブ――! 違いますよ――! 私のトモは 「智」 じゃなくて 「友」 だもーんっ……多分ね。

そんな様子で先輩こそ成績悪いんじゃないんですか? 

バンド三昧の三年間で、大学の進級試験は大丈夫ですかー、

うにゅうにゅ」


 リョウに加勢された訳でもないのに、調子づいたように返すトモ。

しかしカオリから返ってきたセリフに彼女は言葉を失うことになる。


「嘗めるな。私の偏差値は69だ」


「そ、そんなバカな! ロックやっているから69なんて、

そんな冗談みたいな……! 

あの……、冗談でっしゃろ?」


 本来なら、自分との対比で絶句するような場面である筈だが、

そこは我らの有沢さん。

なんとか食いしばって言葉を返した。若干見るに堪えないが。


 しかしその実、真顔になって衝撃を受けている風なトモに、リョウが突っ込む。


「いや、それは俺の数字だから」


「なぁんだ。ほっ……」


 リョウならいいという問題でもないだろうに。

この子はもう……。


「でも先輩は十志の平均偏差値内でしたよね」


「……十志の平均って、どのくらい?」


 どこか怖いモノ知りたさのこころが働いたトモ。


「64~67くらいだったかな」 


「………………!‼⁉」


 トモを更なる衝撃が襲った。

クリティカルダメージ! 

なんとか値がピンチっぽかったが、そんなトモの困窮に構わず会話を進めるカオリ。


……カオリさん、あんたぁ……。


「まぁ、ウチって勉強できる奴多いよな、実際。

文化系に力を入れてる学校だけどよ」


「加えて一貫校なのに、ですよね」


「……何だったっけ? 

高等部の学長が始業式で言っていたの。

文化活動を行う者は、昔気質の職人然としていることは時代錯誤だ、とかなんとか」


「“多くのモノゴトを視野に入れて、それらに対しての裁量をもつ知性を兼ね備えなければならない” ですね。

十志の教育のススメ、十の内のひとつです」


「ああ、そうそう。

一文化特化よりも先々マルチにいけるようにしとけって、早い頃から仕込まれてるわけ。

一般普通科の学生よりもよっぽど意識もって勉強してるやつが大半だよな。

けどウチの学校、っていうか一貫校に通っている生徒って、色々変な目で見られるよな」


「受験戦争がないからお気楽だ、とか、

その影響で勉強をしなくなって学力が低いだろう、

とかのイメージを持たれているとこですね」


「ああ。そんなの偏見っだっつーの。

一貫校だろうと勉強をがんばる奴はがんばるし、出来る奴は出来る。

一般入試が普通の学校に入っても勉強をしなくなる奴はしないし、

出来ない奴は出来ないだろっての」


「それでいくと就活での採用側の見方も、多分に偏見が入っていますよね」


「競争意識が低いのでは、ってか。

アホかっつーの。

んなもん通っていた学校の影響じゃなくて個人の度量だろ、ったく」


 多少熱くなっているカオリに、トモがシャープペンを弄びながら訊いてくる。


「うにゅー? 

二人ともなんでそんな問題にちから入ってるの? 

そんなの気にしても仕方ないんじゃないかなー。

言いたい人には言わせておけばどうかな」


 もっともらしい意見を持つトモだったが、

カオリは 「わかってねえなぁ」 とかぶりを振った。


「おまえはまだ高一の一学期だから解からないだろうけどな、

この先の高校生活でこの手の概念、つーか横槍は 「嫌」 の三乗倍は確実にというほど付きまとってくるからよ。

そんな気楽なばかりじゃいられねえぞ、きっと」


 けれどカオリの半畳に納得のいかなそうな表情のトモ。

そんな彼女に対してリョウが付け加えるようにカオリの後に続いた。


「トモ、それは冗談抜きに覚悟しておいた方がいいぞ。

中等部から高校生になったばかりのころは、俺もそんな心境だったから分かるんだ。

一年から進級する頃にはもう、他校からの外部入試で十志の高等部に入って来た者達と比較されて、何かにつけ批評を受けるんだ」


 覆いかぶさるように手を広げて脅かしてみせる。

ことはリョウはしなかったが、トモはひええと身を縮こませた。

小動物が暖を求めて身震いするように見える。

そんなトモの様子を見遣って、良心の呵責にでも感じたのだろうか。話題を変えるようにリョウは指を立てて続けた。


「けどこれも十志の教育のススメ、十の内のひとつ。

“若人よ切磋琢磨するべし”」


「にゅ……リョウくん、それもしかして全部憶えていたりするの? 

グレイトですな!」


 途端にのっかってきて笑顔になるトモ。


 二人の繊細微妙な遣り取りを見ていたカオリは、


(このお気楽トンボのお子様もそのうち自覚ってモノが芽生えるのかね……) 


などと思う。


「ああ、けどよ。ほんと、ああいう批判ネタだけど、学校側が故意に流布してるんじゃないかと時々思うくらいだぜ、私は」


 トモに対して甘い自分にほとほと呆れた、という感慨を含ませて、

それを払拭しようとするようにカオリが手をぷらぷらさせて言った。


「さすがにそれは疑心暗鬼入ってるんじゃないかなー。

でも、ふうん。勉強になるです、先輩方」


 そこでトモは一旦考え込むように腕を組んで、難しい顔をしながら続けた。


「……と言ってはみるものの、あれですよ。

十志生は目先のエサにつられて勉強してる人が多い、とも聞きますよ。

自分の部活や創作活動に文句をつけられない為の勉強で、それ以上の学業じゃないっていう。

そういう考えの生徒が多いって。

先輩もリョウくんもそこのところどうなのかな? 

それとは違う確固たる目的をもって勉強してたりします?」


 言って、トモは自分の失言だったかな? と身を固くした。

二人のことだからきっと意識の高そうな意見が出るのでは、と多少の危険察知能力を発揮させたのだ。

 だがそんな彼女の心配をよそに、リョウとカオリはガスの抜けたかのような貌をすると、トモの予想外の答えを返した。


「いいや、私も似たようなものだな」


「俺も言ってしまえば目先の目的のためだ」


「………………ぅにゅ?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ