序・弐ー「飼い主」
はくろうさんはうまく飛べないらしい。
枝と枝の間を飛び移ったり、しきりに俺の肩に止まったりと忙しく動き回っていたので気付かなかったが、左の羽に怪我を負っているようだった。
触ろうとすると爪で払いのけられてしまうので、傷は見えなかったが、所々よろけている様子からして、なんらかの怪我をしているらしい。
その姿がだんだん哀れになってきたので、おいで、と呼んで肩の上に止まらせることにした。はくろうさんは力加減を考えてくれているらしく、あまり強くは握ってこなかった。
だんだんと進んでいくうちに、木々の間隔が広くなっているのを感じた。さっきはなかった獣道が現れて、もう彼の案内要らずに進めるようになっていた。
それからしばらくして。
そろそろ体力の限界を感じていた俺は、ヒィヒィ言いながら歩いていた。下を向いていたので、目の前に何があるかあまり気にしていなかった。
「ほう!」
横からはくろうさんに呼びかけられて、俺は顔を上げた。
そして、驚いた。
いつの間にか、俺達は木々の薄い場所へ出ていた。その向こうには、小さな建物がある。家、というにはふさわしくない大きさからして、たぶん小屋なんだと思う。
周りには細長い花壇があり、色とりどりの花々や野菜、草木などが植えてあった。ぽつぽつとシャベルや熊手などが落ちている。
小さいながらにも生活観溢れる小屋に、俺は故郷の村をおもいだした。そこで、はっと隣のはくろうさんを見る。
俺の様子に気付くと、フフン、と鼻を鳴らした。
迷子だった俺を、ここまで案内してくれていたのだ。
「えらい!はくろうさん、えらいよ!」
おもわずぎゅーっと抱きしめる。
たぶん彼の飼い主がここに住んでいるのだろう。まさかこんな森の中で人に会えるとは思ってなかった。
できれば寮までの道のりを教えてもらいたいところだが、もう日が暮れそうだ。帰るのは明日にして、今日のところはここで泊まらしてもらうしかないだろう。
「ほう、ほーう」
急げ急げとでもいうように俺の肩でだんだんと足踏みをする。
「わかった、わかった。ありがと、はくろうさん。」
満足げにぶるぶると震えるはくろうさんを見て、顔に笑みが広がる。
こうしてみると、はくろうさんも中々かわいい気がする。
急ぎ足で小屋に近付き、ノックをした。
扉の前には看板が掛かっていたが、何が書いてあるのかはわからなかった。
異国の言葉だろうか?直角な線ばかりで構成されてるようだ。もしかして、はくろうさんの飼い主って、が、外国の人?
若々緊張しながら、扉の横にぶら下がっているかわいらしいベルを鳴らす。
「ごめんくださーい」
うわぁ~俺結構どきどきしてる?
いかん、落ち着け。外国人全員が美形と言うわけではないぞ!でも、こんな森に住んでるなんて、一体ー
ガチャッ
(ビクーッ!)
ここの主が、パッとドアから顔だけを出して喋った。
「遅いよもう、どれだけ心配したと思って…!あれ?」
び、美人だぁあ!期待していた以上に美人だ!
ふわふわの桃色の髪、綺麗な赤い瞳に真っ白でやわらかそうなほっぺた。
美しく整った顔が、目の前に現れた。何故か少々困惑しているが、そこもかわいらしい。
これは、もしかすると要といい勝負かもしれない…!
友人の顔を思い浮かべて失礼ながらにもじろじろと比べていたら、向こうが先に話しかけてきた。
「すみません、ちょっと人違いを…おや?その子、もしかして家のでは?」
声もステキだ!ちょっと低めだが、それもいい!
「はくろ…この子がここまでつれてきてくれたんです。すみませんが、今日だけここに泊めてもらえないでしょうか?」
つかの間、ホッとしたような表情を浮かべたが、すぐに少しだけ考え込んだようだ。そういえば、一人暮らしの女の子が住んでるところに男が泊まるってのも、なんとなく危険だよね。
チラッと後ろを見たが、日はまだギリギリ沈んでいない。もしかしたらまだ間に合うかもしれない。
「あ、やっぱりいいです。十四校の方向さえ教えてくれれば、後は一人でいけますんで。」
そういうと彼女はサーっと顔色を失い、焦りながら首を振った。
「ダメです!!もう日が沈むし、暗い森は危険で、狼もいます!」
え、マジで?そんな危険な森を俺は一人で歩いてたん?
一歩間違えたらと思うと、ぞっとした。はくろうさんに会えたのは、本当にラッキーだったのだろう。
彼女は慌てて訂正した。
「そうじゃなくて、ちょっと部屋が…すみません、少し待っててください!」
慌てて中へと飛んでいった。部屋からはがらがらと物を押し込む音や蹴飛ばす音が聞こえる。そんなに気を使わなくてもいいのに、と思った。
けれども女子の部屋(住まいだけど)には入れると思うとちょっと嬉しくなった。村の女の子にはそこまで好かれたためしがないので、必要以上にどきどきしている。
ふと横を見ると、はくろうさんが俺のほうを残念そうな眼で見ていた。
…すみませんでした。
程なくして、さっきの人がまた顔を突き出してきた。
「どうぞ!片付けましたから!」
そして、俺を入れるためにドアを大きく開けてくれた。
「おじゃましま…え?」
「え?」
互いに奇妙な声を上げる。いや、向こうは俺があげたからだけど。こういう場合、だって、とか言い訳は通るのだろうか?
白いシャツに黒のズボン。長い、すらりとした手と足。
目の前にいるのは、つい先ほどまで体を屈めて俺と話していたであろう美人の…
男の人だった。
(…うそーん)
心の中でそうつぶやいた。




