9話 招かれざる生徒
次は颯太の番。当の本人は、言葉の意味がすぐには理解できなかった。
しかし、これまでの話の展開を思い返せばなんとなくだが予想はできた。
つまり、颯太以外の同級生がそうだったように、颯太にも人を超越した能力
があることを前提として、その能力を説明しろ、ということだろう。
たしかに、話の流れ的には間違いではない。なにせ、ここにいる生徒、
すべてが理解を超えた能力を所持していて、それぞれが順番に能力を明か
してきたのだから。
颯太は今更ながら思う、どうして今の今まで疑問を持たなかったのだうかと。
この教室になぜ自分がいるのか、ということを。
この教室には最初から計画されていたかのように、普通ではない力の持ち主
たちが集まっていた。
数秒だが、未来が見えるちから。
あらゆる危険から守る領域を作り出すちから。
相手のちからを自分のものとして使用するちから。
回復と吸収、二つの相反する効果を使い分けるちから。
言葉を相手の頭に直接送り込み、言葉を介することなく会話をすることが
できるちから。
今の場所から自らの姿を消すことができるちから。
そのなかに、そういうものとは無縁の颯太が一人紛れ込んでいる。どう考え
てもおかしいではないか。
今までどこか目の前で起きていることを、テレビの向こう側のような感覚で
見ていたのかもしれない。完全に自分自身とは切り離して考えていたのかもしれな
い。
しかし、周りはそう見ていなかった。当然颯太もこの教室の一員で、なぜか
当たり前のごとく能力を持っていると思われていたのか。さきほどの久来が来
徒を一瞬で気絶させた映像が頭の中に映し出される。
あんなちからを同じように使えると思われていたのか。颯太はそれがとても
怖しい事のように思えた。
「颯太君?」
「え」
雛乃は首をかしげている。今考えていることは悟られたくなかった。なん
とか平静を装う。
「ごめん、えと……無いんだ……」
「無い?」
「うん。僕には皆のようなちからはないんだ。そもそも、そういうのも今日
初めて見たというか……正直、こうしている今も何が起きているかついていけ
てないというか……」
しどろもどろになりながらもなんとか言葉を紡ぎ出す。颯太は視線を浮つか
せている。なぜか誰とも目を合わせることができなかった。
「無い、というのはどういうことでしょう。そもそもこの学園に入学できた
時点でちからが無いというのは考えづらいとおもうのですが」
「そうね、たしかに私も聞いたことが無いわ」
久来と雛乃の会話もまるで颯太には理解できない。やはり、颯太と雛乃たち
にも大きな隔たりがあるらしい。この学園が『ちから』とどういう関係があるのだ
ろうか。
「サクアさんはどう思います? あなたなら、もし颯太さんにちからがあれ
ばジャックして解るのではありません?」
「なるほど。颯太くんが言っていることが正しいとも限らないしね」
「う、嘘なんていってないよ」
颯太は身を乗り出す。そんな風に思われていたらさすがに気分が悪い。
「わかってるわ。ただ、さっきの吉竹君の件もあるように実際に自分で思っ
ているのと違う場合があるじゃない。もしかしたら颯太君が気づいていないだ
けかもしれないでしょ」
どうも納得できていないが皆の視線が自然とサクアに集まる。颯太もそれに
習ってサクアに視線を送る。彼女は既にまっすぐに颯太を見ていた。
「結論から言うと、うまくジャックすることができないのだ」
「え、それはどういうことなの」
「理由はいろいろ考えられるが、颯太君のちからが、まだ形を持っ
ていないのかもしれない」
「形を持っていない?よくわからないわ」
気がつけば雛乃も颯太を見ている。人から注目される事なんてなかなかない
から、何かこそばゆい。
「ふむ、ラインオーバーといわれるちからというのは、自身が自覚をして初
めて、認識できる『形』を持つことが許されるのだ。ラインオーバーを持つも
のは意識的、無意識関係なく必ずこの工程を通っているはずなんだ。雛乃さん
や久来さんのようにそれが比較的わかりやすければ早いうちに、しかも無意識
にでも能力を認識することができるだろうが、中には認識しずらい形のものも
ある。本人が無意識にそれから目をそらしているという例もあるしな。形がは
っきりしない限り私のちからではジャックすることはできないのだ」
サクアは両手でジェスチャーしながら説明をしている。透き通るような
白さに、陶器ように完成された曲線を描く手だ。それが繊細で、流れるように様
々に形を変えながら空に線をひく。つい颯太は説明よりもその手に目が吸い寄せられ
てしまうのだった。
「うーん、話が抽象的で難しいわね」
「そうだな、ラインオーバーとは人の精神的な部分が大きく影響を与えてい
るからな。人の内面は複雑でしかも直接目で見れるものではないものだから、
うまく言葉に変換するのは難しいものだ」
「じゃあ、颯太君がちからを自覚するにはどうすればいいの?」
「それは本人しだいだな。彼が自分と向かい合っていくしかない」
「では、颯太君が自分で言っているようにちからは無いといってもいい
の?」
「厳密に言えば『今は』だな。実は私たちの年代のうち、9割はちからを持
っているといわれている。しかし、実際にラインオーバーとして能力を使える
のはそのうちの一割にも満たないらしい。だから、彼がまだ認識できていない
だけでそのうち使えるちからを持っている可能性は大いにあるということだ。
逆に、最初から颯太君自身が言っているように、まったくちからの可能性がな
いということも考えられる。つまり今は何も断言することができないというこ
とだな」
ラインオーバーと呼ばれるちからの話になるとサクアは饒舌になる。
淡々とした調子で、彼女の口からは次々とラインオーバーに関する情報が放出
されていく。
同級生たちも真剣な面持で彼女の話に聞き入っている。実際に能力が使える
人達にとっても彼女の話は重要な情報なようだ。
しかし、やはり颯太にはいまいちぴんとこない。理解しようとはしている
が、あまりに実体の無いものなのでどうしても頭に引っかかることなく耳から
出てしまっている。
それが実際にちからを持っているものと持っていないものとの違いなのかも
しれない。
しかし、こうは思う。もし、仮に颯太に認識していないだけの眠っている能
力があるのなら、たしかに怖いが興味は感じてしまう。
それが何にしろ、まだ自分も知らないような、新しい可能性が自身にあるというこ
とは、どうしても胸が躍ってしまう事なのかも知れない。