8話 消えた7人目
「わかったわ。サクアさんの言うことも一理あるわね。少なくともお互いに
疑い合って、ばらばらなままで得することなんてないわね。いきなり
信頼とかは難しいにしても、協力は必要ね」
颯太はようやく一歩前進できたように思う。まだまだわからないことだらけ
この状況で、サクアの明澄な意思表示は暗闇に包まれたこの状況に浮かんだひ
とつの灯火のようだった。今はとりあえずこの小さな光を頼りに、前に進め
る。そんな気がしていた。
教室にいる生徒、来徒を除いた5人が、だまって頷きあう。5人?
くすぶっていたひとつの疑問がここで再燃する。
「そうだ、ひとついいかな」
「なに?颯太君」
「すでに気づいている人もいると思うんだけど、この教室の生徒ってもとも
と7人いたと思うんだけど、いつのまにかに一人減っているような気がするん
だ。ほら今はどうみても6人しかいないよね」
「そういえばそうですわね。御手洗いかしら」
場の空気に一切なじむ気がない久来の底なしにおおらかな声。
「トイレはありえないでしょ。そもそもこの人数よ。誰かが教室から出よう
ものなら必ず目に付くわ」
「確認していたわけじゃないからはっきりとは言えないんだけど、さっきの
閃光のあとにいなくなっていたような気がする」
「それは私も不思議に感じていたわ。サクアさん、何か解らない?」
サクアに目が集まる。
「ああ、それに関しては心配は要らない」
「心配要らない?」
「彼女は自身の意思でこの場から姿を消したようだ。気にすることではな
い」サクアは集まった目を軽く受けとめている。どうということではない、といった様
子だ。
「姿を消したって、それってつまり……」
「ああ、そういう能力のようだな。ずいぶんと捻れたちからだ。興味深い」
やはりというべきか、さすがというべきか、当然のごとく彼女は姿の見えな
い7人目の同級生のことも知っていた。颯太はその人物が女だということも今
知ったばかりだというのに。
「でも、気にするなって、それでいいの? 」
「ああ、正確に言うと、『今』はそれでいいということだ。もっとも吉竹君
のちからで接触を試みてみたが、反応がなかったのだがな。それに、すでに私
の領域の外のようだ、彼女に関しては後に回すしかない」
「サクアさんがそう言うなら今は放っておくしかないようね」
腑に落ちない、という表情を雛乃は浮かべている。しかし、彼女の言葉から
は既にサクアを一目置いているニュアンスが感じ取れる。たしかに、彼女の泰
然自若な面持はこういう状況では特に強い光を放つ。つい頼りにしてしまうの
も自然な流れなのだろう。
「今、思ったんだけど、結局吉竹君のちからはテレパシーのようなものて捉
え方であってるの? 久来さんや颯太君にも接触があったみたいね」
「そうですねえ、先ほどの騒動の中、サクアさんの言葉が直接頭に届いてき
ました。おそらく颯太さんもおなじだったとおもいますわ」久来と目が合う。
颯太はぎこちなく頷いて、彼女に応えた。今度は皆の目が巨体の男、吉竹に注
がれる。彼自身からの答えを聞くために。
少しの沈黙の後、吉竹は表情をまったく動かさないが口はゆっくりと開かれ
る。
「お、おれの力は……動物さんたちとお話しするちからだ……」
「……」
教室の空気が凍りつく。吉竹の口から出た言葉はだれも予想してなかったも
のだった。そして、何よりも彼の見た目からのギャップがますます話の内容に
破壊力を与えてしまっている。
しかし、当の本人はそんな中でもやはり表情をまったく動かさない。どうや
ら、冗談のつもりでもないらしい。ますます厄介だ。
見かねたのかサクアがおもむろに口を開く。
「……私から説明しようか。かれの力は皆の想像通り、精神遠隔感応。つま
りはテレパシーのようなもので正解だ。もっとも彼自身はこの力を人に使ったこ
とはないらしい」
「え、どういうこと? じゃあ、本当に動物と会話するために使っていたっ
て事なの?」
「そのようだな。本人も力の本質に気づいていなかったということだ。実は、
こういう事は珍しくはない。むしろ己のちからを100%理解している者のほ
うが少ないだろう」
「でも動物さんとお話できるというのも、それはそれで素晴らしいちからで
すわ」久来は無邪気に細い目をきらきらさせている。たしかにそのちからが本
当なら、魅力的ではある。ただ、吉竹という人物のキャラクターからすると、
どうしても違和感を覚えてしまうのだった。
「ふむ。彼のちからの特別なところは、テレパシーの対象との間に柔軟に共
通言語を作り出してしまうところだ。言語の違いはもちろんのこと。種族の大
きく離れた生物とも交信できてしまうらしい」
サクアは心底関心しているようだ。何度も頷きながら説明している。
「……つまり、その力を使ってサクアさんと久来さん、吉竹君が密かに連絡
を取り合っていたというわけね。あ、あと颯太君もか」
いつしか雛乃も立ち上がっていて、皆と同じ目線にいる。来徒はもう大丈夫
だと判断してのことだろう。当の来徒は相変わらず気絶したままだが、その顔
は不思議と安らかだった。
「うん、僕の場合は連絡を取り合っていたという感じじゃないんだけどね。
もっと一方的な感じだったよ」
「不意を突きたかったからな。来徒と接触の少ない方の二人を選ばしたもら
った」そして、その作戦は見事成功したわけだ。特に来徒と雛乃は明らかに浅
くない繋がりがあったわけだから、候補から外すのは妥当な判断だろう。
「それで、久来さんにさっきの行動を指示したってことね」
「ええ、来徒さんのうしろからこっそり近づくのはどきどきしましたわ」
久来は両手を胸元にやり肩をすくめてジェスチャーしている。
「たしか来徒君の背中を触ってたよね。そのすぐ後に彼は倒れてたけど、す
ごく不自然だった。あれもやっぱり……」
久来はゆっくりと頷く。
「颯太さんの考えているとおりですわ。たしかに私はあの時ちからを使用し
ました」
「なんか、強制的に気絶させられたていう感じだったわね」
「その表現が適当だろう。正確に言うと、来徒はあの瞬間『気絶するくらい
にエネルギーを失った』状態にさせられていた、というわけだな」
サクアと久来の視線が交叉する。
「わたしのちからは三つの特性があるのですわ。ひとつは人のエネルギーを
預かるもの。もうひとつはそのエネルギーを溜め込むもの。そして三つ目はそ
のエネルギーを与えるもの……」
「つまり、人が活動するのに不可欠な生体エネルギーを、人から人へと移動
することができるということだ。変則的だが、ヒーリング能力といえるな。攻
守どちらも擁しているし、用途も広がりがある。非常に興味深いちからだな」
またしてもサクアは何度も頷いて感心しているようだ。彼女は『ちから』の
話になると、若干だが目に光が宿る。わずかな変化だが、彼女にとってはこの
変化は大きな意味を持つように颯太には思えた。
「本当はエネルギーの吸収は使いたくないのですが……仕方のない時という
のはたしかにありますね」
「要するに、来徒に使ったちからというのがネルギーの吸収の方だったわけ
ね」
そこで颯太は気が付く。
「あ、ということは、そのエネルギーを来徒くんにもどすこともできるって
ことだ」
「そういうことになるな。だが、今すぐに戻すのは得策ではない。また暴れ
だされても面倒だからな」颯太はそっと視線を雛乃へと移す。彼女はサクアの
言葉に黙って頷いている。もう、安心のようだ、などと思いながら彼女を見て
いると不意に雛乃が颯太に目を向ける。気がつけば、他の同級生たちの目も颯
太へと向けられていた。
「さて、と。次は颯太君の番よ」
「へ?」教室に響いたにはあきれるほどに呆けた颯太の声だった。