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7話 神護サクア

 巨体の男の登場で、この教室に存在する全員が一箇所に集まることになっ

た。


 気が付けば、それぞれが思い思いの自分の場所を見つけて身を置いている。

雛乃は依然来徒に寄り添うように腰を下ろしていた。


 颯太はそっと周囲の様子を窺う。もうこれ以上の生徒は見当たらない。生徒

は来徒も含めて6人。この人数はなにか引っかかる。


 「やっぱり……サクアさんの力って……」

 教室にひびく雛乃の声が颯太を現実へと引き戻す。そうだ、今はサクアの明

かす真相のほうが大切だ、と思う。


 「私の力は他人のちからのジャック。もうお分かりと思うが、吉竹君のちから

も借りて使わしてもらった」

 ふと、しゃがんでいる雛乃に目がいく。サクアの言葉の後、息を呑むのがわ

かった。

 緊張を深めている、気がする。しかし、そう感じたのは一瞬のことですぐに彼

女はいつもの雛乃に戻っていた。


 サクアが言う力というのはつまり、他の能力者の力を自由に使用することが

できると言うことなのだろうか。なるほど、これで雛乃と来徒の力を正確に言

い当てられたのも説明が付く。一つでも十分である常識を超える『ちから』

を、いくつでも使うことができるということなのか。無敵ではないか。

 「……当然、使用には条件があり、制限もついてはいるがな」

 颯太の考えがわかっているとでもいいたげに、彼女は言葉を加える。自らの

能力の弱点を。


 「私のちからはまず、距離の制限がついている。最大でも、およそ10mの

な。力が使用できるのは、この10mという領域の中でだけだ。そ中から対象

が外れたら、たちまちジャックしていた能力も消えてしまうというわけだ」

 「ずいぶんと不安定なのね。状況に左右されすぎるわ。意外に受身の能力なの

ね」

 雛乃の彼女に対する言葉には若干だが嫌が混じっているように感じる。しか

し、サクアはまったく気にしていないようだ。

 「そうだな。確かに不安定だ。状況の変化に応じて柔軟な対応と思考を必要と

するからな。同じやり方は通用しない」

 彼女は淡々と言葉を紡いでいく。いつものように。

 「さっきの来徒へのあからさまな挑発も、その柔軟な対応てことなの? それ

にしてはずいぶんと軽率だったわね」

 言葉に混じる嫌悪が露になる。教室の空気が再び張り詰めていくのを感じ

る。

 しかし、やはりというべきかそれでもサクアは表情を変えることない。まるで

鉄壁の仮面でもつけているかのようだ。


 「ああ、そのとおりだ。来徒のちから特性上、正攻法は見破られるからな。ど

うにかして気を散らして、意識の外から接触する必要があったわけだ」

 「でも、わざわざ来徒を気絶させる必要はあったの?もっと安全な方法もあっ

たはずよ! そもそもあいつがナイフをとりだしたのだって……」

 

 気持ちが高ぶりすぎだ。颯太には見ていられなかった。「雛乃さん……少し

落ち着こう」とそっと彼女の肩に手を置く。わずかな震えが手から伝わる。

 「……わかってる……ありがとう、颯太くん」息をゆっくりと吐き、ゆっくり

と吸い込んでいる。彼女の震えが収まっていくのを感じる。落ち着きを確認す

ると、颯太は手を引いた。



 まるで、暗闇の中綱渡りをしている心地だった。先に進むにも方向がわから

ないから前に進めない。後戻りもできない。だからといってその場にとどまっ

ていると、そのうち体力がなくなり落ちてしまうに違いない。

 雛乃の反応が今の状況を表しているといっていい。余裕のない、追い詰めら

れた人は、感情を抑えるすべがなくなるのだ。

 ふとサクアをみる。彼女はじっと雛乃を見ていた。その目は先ほど気絶してい

た来徒を見ていた時とまったく同じだった。感情のない、観察をしているよう

な乾いた視線。それが何を意味しているのか、今の颯太にはまったく見当がつ

かなかった。


 「ごめんなさい、サクアさん。一ついえるのは貴方の判断は間違えではなかっ

た、ということ。結果的に来徒は気絶しているだけだし、元はといえばこいつ

の自業自得でもあるんだしね。むしろ、ありがとうというべきね」


 彼女はサクアに向かい合う。その目はきちんと冷静さを取り戻している。強

い子だ。それでもなんとか自我を保とうとしている。客観を忘れないから、感

情があふれ出すまえに食い止めることができるのだ。


 「雛乃さん、ありがとう。わたしはこういうやり方しか知らないのだ。貴方の

その言葉に、私は救われる」


 雛乃は本来のやさしい微笑を漏らす。途端に教室の空気が和らぐのを感じ

る。彼女の言葉は続く。

 「サクアさん、もう一ついい?」

 「ああ、なんだろう」

 「あなたが教えてくれたちからはそれで全てなの?」

 「もちろんだ。さきほどの内容が私のちからの全てだ。なんなら廊下にでも出

て有効範囲を証明しようか」本当に一歩足を出し動こうとするサクアをあわて

て雛乃は静止する。そういうことじゃあないのと加えて。

 「ごめんなさい、疑っているわけじゃないの。ただ、この場で自分のちからの

弱点まで教える必要まであったのかなって思うの。それって、とても危険な行

為でしょ。私たちから言わしてもらえば自殺行為に等しいわ」


 「なるほど、自殺行為か……さきほどの来徒のうろたえ方もそういう考え方か

らきてたのだな」

 「そうよ。私たちはずっとそうやって生きてきた。危険な目にもたくさんあっ

てきたわ。すべてはこのちからのせいよ」吐き出すように言うと唇をギリと歪

める。


 「雛乃さんがいままでどういう過去を過ごしてきたからわからないが、それは

一方的な見方に過ぎない」

 「と、とにかくあなたのしたことは自らを危険に晒す行為でしかないわ。とて

も理解できない」二人の言葉の半分も、颯太には理解することはできないが、

ただ二人の間にははっきりとした隔たりがあることはなんとなく理解できた。

 彼女たちが使う『ちから』というものに対する捉え方の相違だ。


 「聞いてほしい。私がちからを教えたのは、ここにいる全員が同じ立場に立つ

必要があるからだ。こちらは皆の能力を、皆の意思とは関係なしに知ることが

できる。だからわたしも自分のちからの全てを隠さずに教える必要があった」


 「……一方的過ぎるわ」


 「ああ、わかっている。けれど、それが『今』は必要なのだ手の内を晒した上

で協力する必要がある。無理やりにでもだ」

 「サ、サクアさん、それがさっき言っていた柔軟に対応するということな

の?」

 「そういうことでもある、颯太君。では、逆に聞きたいが、今一番なにに危険

を感じている?」


 根本的な疑問だった。しかし、このわずかな時間の中でもあまりにありえな

いことがありすぎて、ぼやけてしまっていることでもある。閃光、窓の外の壊

れた学園、そこからくる混乱。すべてひっくるめて、おそらくここにいる人た

ち、出会ったばかりでそれぞれの状況も違ってはいるけれど、おそらく皆が共

通にもっている不安。


 「今一番の不安は、何もわからないことだと、思う。時間が経てば経つほどそ

れは膨らんできて、どんどん周りのものが信じられなくなって来るんだ」

 「そのとおりだ。だからせめてここにいる人間だけでも信じあう必要がある。

それにはお互いがそれぞれの情報を出し合う必要があった。突然のことだか

ら、当然先ほどのようなトラブルもおこりうる」

 「あなたは、そんなに簡単に人を信じられるの?」


雛乃の問いにサクアはまっすぐ答える。

 「ああ、わたしの能力『ラインオーバージャック』は私個人ではほぼゼロのち

からだ。人を信じること、それが私が前に進むための絶対条件なのだ」



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