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6話 力を持つ者たち

 

 来徒とサクアの対峙が続く中、異変は颯太の位置からはっきり見ることがで

きた。 来徒の背後にひとつの影。サクアとは別の、新たな少女の姿が視界に

入る。 


 今この瞬間までまったく気づくことができなかった。 颯太はいかに今の状

況に対して平常心が失われているか、ようやくここで自覚するのだった。

 その人物もまたもともとこの教室にいた生徒の一人だった。

 絶妙なバランスで成り立っている、ほどよい肉付きの大人びたスタイル。線

を引いたような長細い目尻。

 その少女は、この場にとても不釣合いな、ふんわりとした空気を纏ってい

た。

 名前も知らない同級生は、無駄のない自然な所作で、トンと来徒の背中に手

を乗せた。ただ、それだけの動作なのに、自然と品のよさがふわりと漂う。彼

女の育ちのよさが容易に連想できた。


 意識の外からの感触に一瞬体を強張らした後、来徒はゆっくりと背後の気配

に目を向けた。

 来徒の瞳に映りこんだ少女は、顔ににこやかさを貼り付けたまま口を開く。

そのあまりの緊張感のなさは、発せられた言葉に異質の存在感を宿らしてい

た。

 「すいませんねえ、どうやらこうするのが最善の手段みたいなの」

 「な、なんだ・・・・と」

 来徒の言葉が不自然に妨げられた。突然のことだった。突然、彼の体はその

場に倒れこんでしまう。

 その光景は颯太には、スローモーションのようだった

まるで、操り人形にとってよりどころである体中の糸が突然に切れてしま

うがごとくな、ストンといった崩れ方。倒れた来徒はすでに意識を失ってい

た。


「……」

拍子抜けするほどにあっけのない事態の幕切れに、教室は沈黙に支配され

ていた。


「来徒!!」わずかな静寂だった。破ったのは雛乃の悲痛な叫び。彼女は

弾かれるように来徒に駆け寄った。

緊迫した状況には変わりないが、息をとて止めていた時間が、思い出したよう

に動き始めた。


 「だいじょうぶですよ。その方は気を失っているだけです。そのうち目を覚ま

しますわ」

 雛乃の手は来徒にそっと触れている。視線は来徒に置いたままだ。

 「……たしかに、息はあるわ」彼女の強張りはそんな言葉では晴れないよう

だ。 それはそうだろう、来徒の倒れ方は普通ではなかった。これも人為的な

何かが働いた結果なのだろうか。これも『力』などと呼ばれるものが関係して

いるのだろうか。

 「教えて」

 「はい?」

 「あなたの力よ、当然来徒に使ったんでしょ」

 まだ名前も知らない少女に向けた目は鋭く形を変えていた。さきほどの震え

ていた雛乃は既に影を潜め、目には強い意志の力が宿っていた。

 しかし颯太には、急いで取り繕う時にできる解れの様な、不安定な危うさも

同時に感じ取っていた。


 「賛成だ、そろそろ皆の情報をまとめるべきだろう。いつまでもこの場で立ち

止まっているのは、得策ではない」

 声の主はサクア。その目は来徒に注がれている。気絶している来徒に興味を

もっているのか。一切感情を込めない視線は、観察しているという表現が一番

しっくりくる。


 「あなたは、たしかサクアさんといいましたね」

 サクアは声の主へと向き直る。緊張の宿る表情はそのままだ。そういった類

のものとは無縁そうな、目の前の少女とは見事に対極だった。

 「ああ、改めてはじめましてだ、久来さん」

 「こちらこそ。でも、これでよかったのかしら。私としてはこういう使い方は

好きじゃありません」

 久来と呼ばれた同級生は頬に手を当て、首を傾けるている。

 「ふむ。それはすまなかった。いろいろ予想外の事態が重ってな。貴方には本

当に感謝している」

 「力になれてよかったです……」

 「ちょっとまって」勝手に話を進める二人に雛乃割って入る。言いたい事はな

んとなく解っていた。サクアと久来のやりとりには妙な違和感があったから

だ。 

 はじめましてと言っておきながら、なぜか事前に接触があったかのような

言い方をしている。どういうことだろう。とにかく、雛乃も颯太の考えと似た

ようなニュアンスの疑問を二人にぶつけていた。


 口を開いたのは久来。

 「そうですわ。私も最初は驚きましたもの」

 「なにそれ、どういうこと」

 「ええ、さきほどの騒動の中、突然頭に言葉が入ってきたのです。力を貸して

ほしいといった内容でした」久来の話に耳を傾けながら、颯太も数分前の状況

を思い返していた。『頭に言葉が流れ込んできた』というなら、颯太自信も似

たような現象を経験している。思い返してみると、やはりあれはサクアの声だ

った。


 「そ、それなら僕も同じような現象に出会ってると思う、それってサクアさん

の声だったんじゃない?」

 「ええ、そのとおりですわ。驚いた。私だけではなかったんですねえ」

 「そんなことがあったの?颯太君」

 「う、うん……」

雛乃の問いに素直に頷けない颯太がいた。もしかして、これが力というもの、

ということなのだろうか。 もし久来の話を聞いてなかったら、きっと頭に響

いた声なんて気のせいや幻聴など適当に理由をつけて、勝手に片付けていたこ

とだろう。

 しかし、同じ現象を経験したのが自分だけではないなら話は別だ。  また

ひとつ逃げ道が塞がれた心地がする。どうやら本当に「力」というものが確か

に存在していて、それが当然のように自分にも影響を与えるものなのだという

ことを、ようやく颯太は自覚し始める。

 これまでは何だかんだいっても、すべては外での出来事。誰かの言葉の中で

だけの出来事だったのだ。

 ここまでだったら、やっぱりトリックだったとか、それぞれの嘘だとか、無

理やりにでも理由付けすることができた。『それでもまだ自分は実際に経験し

てない』ということは颯太にとっての防波堤、言い換えれば大切な逃げ道だっ

たわけだ。


 しかし、不思議と驚きや戸惑いはそれほど感じていなかった。

 すでに感覚が麻痺してしまっているのか、それとも雛乃の言葉を信じた時の覚

悟がそうさせているのか、今の颯太には解らなかった。


 「それは、たぶん俺の、ちから……だ」

 声の主はゆっくりとこちらへ近づく。まず目に付いたのは身長の高さ。少な

くとも180cmは超えているであろう巨体。体を覆う筋肉は厚く盛り上が

り、二の腕も丸太のように太い。遠目ではあまり気にならなかったが、目前に

すると、威圧と迫力の勢いが凄まじい。まるで巨人のようだ。彼もまた、もと

もと教室にいた中の一人。しかし、それよりも今気になるのは彼の放った言葉

の内容だ。迫力に圧倒されながらも彼には聞かなければならないことがある。

 颯太は疑問を口にしようとしていた。


 「ああ、君の力は私が使わしてもらったよ吉竹君」 

 しかし、まず言葉を放ったのははサクア。言葉は答えどころか、ますます疑

問を深めていく。教室にいる彼女以外の目は一点に注がれていた。


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