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20話 そして終点へ

 颯太の視界を幾つの教室が通り過ぎて行っただろうか。

 本来ならば、颯太達と同じ新入生を迎えるはずだった教室たちだ。

 どの教室もまるでクローンかと思うくらいに同じ顔をしていた。

 全く同じ机に椅子、並びから掲示物の場所まで、違いを探す方が難しいくらいだ。

 無個性の教室たち。

 まあ、最初はこういうものなのだろう、と颯太は思う。

 無個性からがスタートなのだ。ここからいかにこの状態を守り抜くかが教師達の手腕。そして、大抵の場合、時間と比例して嫌でもそれぞれの教室の色が生まれていくはずなのだ。


 颯太の前には一人の少女が歩いている。肩幅が狭い背中が一定のリズムで揺れている。西宮ヒカリと名乗る少女が、颯太を生徒会室に案内するために先導しているのだ。実態がないのに、ちゃんと歩いて進むらしい。

 結局颯太は彼女のお願いに協力することにした。というか、あそこまで話を聞いといて今更断れるほど、高度なスルー技術を颯太が持ち合わしていないだけの話だった。


 歩いている間、二人に言葉はない。颯太もあえて自分からは口を開かなかった。周囲には二人によって作られた緊張感が張り詰めていて、とても言葉を発せられる雰囲気ではなかった。

 颯太は視界を教室とは反対側の窓のほうへ向けて見る。窓から見えるのはこの学園のグランド、その先に商業施設を中心とした街並み、さらに先には海が見えた。窓からは人一人見当たらないからか、現実感がスッポリと抜け落ちているように見える。


 この学園の事態は外で騒ぎになっていないのだろうか。相変わらず颯太のスマホは圏外表示で、学園の外の情報は何一つわからない。窓の外を見る限りでは少なくとも警察などが介入するような問題にはなっていなそうだ。


 確かに、教室にいた時に思い込んでいた、何か大きな爆発に巻き込まれたような状態なら確かに騒ぎになっていただろうが、実際は学園に被害は何もないらしい。だから、特に事件と呼ばれるものには該当しないのかもしれない。


 だったら、と颯太は思う、自分たちが巻き込まれたのは一体何なのだろうか。


 『サクアさん、聞こえる? 』

 『ああ、どうした』

 直ぐに応答が返ってくる。何故だかこの時のサクアの声は、颯太をひどく安心させた。

 『そっちはどんな感じなのかな、と思って』

 『こっちか? こっちは心配いらない。颯太君は自分のことに集中してくれ』

 恐らくはサクアなりの気遣いなのだろうが、颯太はもう少し話を続けたかった。

 『でも”攻撃”はもう大丈夫なの?』

 『ああ、今はお互い様子を探り合っているところだ、それに……』

 『それに?』

 『うむ、君たちが動いたことで、状況も動き始めた』

 『どういうこと?』

 『理由はわからないがな、颯太君達の行動に合わせるように、奴らも一斉に移動し始めたようだ』

 『え、ちょっと待ってよ、”奴ら”って、相手は一人じゃなかったの? 』

 『そんなこと言ったか? 数にして少なくとも10人はいるな』

 サクアの声は相変わらずで、うっかりしていると、聞き流してしまう。

 『10人!? チカラを使う能力者が10人もいるってことなの!』

 『10人以上は確実にいる。まだ正確な数は把握できてはいないが』

 颯太は軽く目眩を起こす。周りでは想像を遥かに超えて凄いことになっているらしい。

 『それってむしろ危険な状態なんじゃ……』

 『大丈夫だ、今のところは何とかなっている。奴らも可能なら既に何かしらの行動に出ているだろう』

 その声に全くの不安は見つけられない。こういうところは流石だった。ただ、それが事の大きさを見誤る原因にもなるのだが。

 『なるほど、行動に出れないのには理由があるということだね』

 『ああ、まず考えられるのはこちらについての情報不足だな。この場合は勝機がある』

 『これだけの人数差なのに、そういうものなんだ』

 『ラインオーバー同士の駆け引きに数は問題ではない。一人のチカラで状況なんて簡単にひっくり返るからな。いかに情報を上手く使うかの方が重要だ』

 この理論だと、サクアの相手のチカラを使用、確認できるという能力は絶対的な能力と言える。

 『サクアさんは相手の能力が解るから、それだけで圧倒的に有利に立っているということだ』

 『ふむ、同じ状況に立たされた場合、自然とこちらが有利な立場に立つことができる。ただ、今のところジャックできたのは5、6人といったところだ、まだまだ情報としては不足している』

 十分ではないのか、と颯太は思う。しかし、彼女としては一人残らず相手の情報を得たい所なのだろう。自身が言った通り、たかが一人のチカラでも状況を一瞬で覆す可能性を秘めているのだ。ただ、サクアの持つ能力とこの冷静な思考があれば、問題ないように思える。 根拠はないのだが、サクアがいれば、どんな状況でもなんとかなってしまうような気がする。彼女はそう思わせる説得力のある佇まいをしていた。こちらに対して、”攻撃”をしかけてくる正体不明の存在も、颯太はどこか安心感を持っていた。

それよりも颯太は、まるで”ラインオーバー同士の駆け引き”を経験してきたかのような彼女の落ち着きぶりの方が気になっていた。


 『何とかなりそうなんだね』

 『しかし、それは本当に相手が情報不足だった場合の話だ。心配なのはもう一つの可能性だ』

 『もう一つの可能性?』

 『ああ、奴らの行動そのものに何か目的があるとしたら……』

 サクアは声のトーンを落とし、慎重に言葉を紡ぐ。

 『この状況そのものが既に”罠”という考え方もできる』

 『罠って……』

 『奴らの煮え切らない牽制、君たちの動きに合わせた移動、何かに向かって誘導されているようにも考えられないか?』

 言われてみれば、考えられなくもない。誘導されている先というのは、やはり今、正に向かっている先のことだろう。

 『こうして生徒会室へ向かっていることが既に誘導で、生徒会室が罠ってことなの? 』

 そう考えると、ヒカリに対しての認識は改めなくていいのだろうか。もう、訳がわからなかった。


 『まあ、それも一つの考えにすぎない。ただ、学園にいる以上は常に敵中だと思った方がいい、緊張感を切らすなということだ』

 まるで颯太の甘い考えを見透かすような言葉だった。

 『う、うん、わかったよ』

 力なく颯太は答える。はたして実態のない相手に警戒などできるのだろうか。警戒したとして、颯太に 何が出来るのだろうか。そして、敵中とは一体どういうことなのか。


 窓の外は、雲一つない快晴で、見えるものは全て光で溢れている。廊下は相変わらず静寂が包み、颯太の足音のみ周囲に刻む。

 結局、最初から今まで、颯太にまとわりつく疑問は同じだ。


 サクアなら、きっと疑問に答えてくれる。それは期待というより確信と呼べるものだった。

 『サクアさん、僕らはそのうち元の日常に戻れるんだよね?』

 『日常?』

 唐突な颯太の言葉にも彼女はいつも通り受け止める。少しの視界を動かすだけで、世界は恐ろしいほどに日常を保っているのだ。今いるこの場所だけが異常で、窓の外に出れば、いつもの日常が戻ってくる、 颯太は何処かでそうずっと思っていた。

 『うん、ここから出れば、昨日までの普通の生活に戻れるんでしょ』

 少し間が開く。そして、いつも通りのサクアの声が戻ってくる。

 『言いたい事が解らないな、戻るも何も無いだろう。颯太君の言う普通の生活とは何を指しているんだ?』

 『つまり、ラインオーバーとか、理解できないチカラのない生活のことだよ』

 『なるほどな、君はこう言いたいわけだ、自分のはこことは別の世界から不本意にも迷い込んでしまったと』

 改めて言葉にしてみると、まるでライトノベルの設定のようだな、と思いつつ颯太は肯定の返事をする。

 『結論から言うと、答えはNOだ。今までたまたま君の目に入らなかっただけで、ここも颯太君の言ういつもと変わらない日常だよ』

 『………だよね』

 サクアのこの答えも颯太の予想していた通りのものだった。そして、自身も驚くほどに拒否反応はなかった。

 『しかし、また面白い考え方をするな、君は。なるほど、今日までラインオーバーと無縁だったのだからな、そういう考えにもなるのも無理ないのかもしれない』

 颯太の目先には重々しい色合いと大きさの重厚な扉がある。まだハッキリしないがおそらくはそれが生徒会室の扉がなのだろう。いつの間にかに近くまできていたらしい。

 『でも、僕自身にもそのラインオーバーのチカラがあるみたいだしね、そろそろ受け入れなきゃいけないことは解っているんだ』

 『ゆっくり受け入れて行けばいいよ。人は自分の見えている範囲を世界と決めつける癖があるからな、新しい環境に足を踏み入れた時には、どこか別の世界に迷い込んだかのような感覚に襲われるのかもしれない』

 『じゃあ、異世界に転生したようなものなんだね、僕は』

思わず思っていたことがそのまま口に出る。

 『なんだ、それは』

当然のように、訝しげな声が返ってくる、”しまった”と思っても後の祭り。颯太達の世代ではいま流行りのライトノベルのジャンルなのだが、サクアにとっては聞いたこともないフレーズなのだろう。


 『あ、うん、僕のよく読む小説によくある設定なんだけどね』

 『ふむ、ファンタジーか』

 『そうそう、現実の世界から突然ファンタジーの世界に迷い込んじゃうという話なんだ』

 『なるほどな、それが颯太くんの心境と重なるというわけか』

 言われて見て初めて颯太は自覚する。

 『そうか、僕は何処かで目の前で起きていたことをファンタジーだと思っていたのかもしれない』

 『それで? 』

 サクアは興味深そうに颯太の話に耳を傾けている。厨二病じみてて、若干颯太自身、恥ずかしい話だったりするのだが。


 『うん、その物語の主人公たちは驚くほど簡単にファンタジーを受け入れるんだ。読んでる時はそれこそリアリティがないだなんて馬鹿にしてたけど、今は案外そういうものなのかもしれないとも思う』

 『颯太君も受け入れ始めているということか? 』

 『ていうか、こういう場合て意外に選択肢が限られているよね。自分がどう思おうか周りの状況はどんどん変化してるから、結局選べるのは肯定か否定の単純な答えだけ。これでも僕だって、置かれた状況に対していい方向に持って行きたいから、とりあえず”肯定”の方を選んで前に進むしかなかったように思うんだ』

 『なるほどな』

 『それでもまだやっぱり抵抗はずっとあるけどね。ただ、最初に比べたら、だいぶそういうものを受け入れているのかもしれない』


 気がつけば、学園の最上階の一番奥にある部屋、生徒会室はもう目の前だった。扉の前には既にヒカリが立っている。

 彼女はジッと颯太を見ていた。颯太はそれを受け止めると、黙って頷く。すると、ヒカリもぎこちなく頷き返した。


 サクアの声が頭に響く。

 『それで、答えは出たのか?』

 『答え?』

 『ああ、迷ってたんじゃないのか? また』

 どうやらサクアには颯太のことなんて全てお見通しらしい。全くその通りだった、迷っていたのだ、今の今までずっと。


 『正直、わからない。答えが出ないていうのが今の答えだね』

 『ふふ、君は一歩進む度に何かに迷っているようだな』

 その言葉は颯太の痛いところを突く。優柔不断なのは前から周りによく言われていたことだ。

 『うう、自分ではそんなことないように思うけど、やっぱりそう見えるんだね……』


 目の前の扉に触れて見る。手触りの良さで扉の素材の上質さがわかる。颯太は緊張が一気に跳ね上がるのを感じていた。


 『迷うことは悪いことじゃない』

 『……それはさっきも聞いたよ。いいよ、優柔不断なのは自分が一番理解してるから』

 『いやいや慰めとか、そういうつもりで言ったわけじゃない。羨ましいんだ』

 サクアの言葉は、意外な言葉だった。その口ぶりはからかっているでも、冗談で言っているでもないようだ。

 『羨ましい?』

 『ああ、私にはない能力だ』

 優柔不断も能力だと言いたいのだろうか。相変わらずサクアの言葉はわかりづらい。

 『なんてな』

 それは、今まで聞いたことのない淋しげな声だった。

 『サクアさん?』


 『こーーザーーザ、わーーにーザザー』

 突然、通信に耳障りな雑音が混ざる。

 『ちょ、どうしたの? サクアさん?』

 颯太は片耳を押さえて変化を確かめるが、当然何の効果もあるわけがない。ふと、ヒカリと目が合う、彼女は何故だか不安気に颯太を見ている。


 『ザーーーーーーーーーーーーー』

 ついに通信から流れる音はまるで砂嵐を思わせるノイズだけになった。それとほぼ同時だった、颯太の手が触れていた扉が、ガチャリと音を発する。


 「え」

 自然と颯太は声を漏らす。それは、ただ触れていただけの扉が勝手に開き始めたからだ。


 最初はゆっくり開き始めた扉は急に勢いを強め、一気にバタンという音と共に全開まで開かれる。


 生徒会室の中は真っ暗で何も見えない。どう考えても自然に起きた出来事ではなかった。思わず、颯太はすぐ隣のヒカリと顔を見合わせる。彼女はぎこちなさはそのままにもう一度颯太に対して頷いて見せる。どうやら、もう後戻りという選択肢はないようだ。


 どう考えても、これは罠としか思えない。もう頼りになる通信も使い物にならない。しかし、颯太は何かに操られるかのように生徒会室のなかへ足を進めた。

 この時は、もうこれしか道がないように思えたからだ。


 颯太とヒカリが生徒会室の中ほどまで進むと、バタンと勢いのいい音と共に扉が閉まる。

 その音でようやく颯太は我に返る。


 何時ものように、状況は颯太の意思は構いなしにめまぐるしく変化していく。


 まるでタイミングを測っていたかのように、生徒会室の明かりが一気に全て灯る。


 ぱっと照らされた先には一人の男が、男のすぐ後ろにある長机に、手をついて体重を預けながらに立っていた。


 その光景はまるで演劇における主役の登場を思わせた。見る側の気持ちを予測し、その期待に応え、そして裏切るために計算され尽くされた登場のタイミングと演出。


 長身におそらくはスポーツによって作られた色黒の健康的な肌に細いががっしりとした無駄のない体格、まるでモデルのような理想をそのまま形にしたかのようなスタイルだった。特徴的なのは髪の色、全く 色素のない白髪をしている。

 立っているだけで周りの目を自然と集めてしまう存在感。そして、その己の大きな存在感に振り回されていないであろう余裕もなんとなく匂わせている。”カリスマ”とはこういう人間のことをいうのだろう、と颯太は一目見ただけでそう思うのだった。


 男が口を開くと、歯がキラリと覗く。その歯も真っ白で、深く焼けた肌によく映えていた。

 声が発せられる。その溢れ出る存在感を裏付けるかのごとく、太く真っ直ぐな鉄のような声だった。


 「今だ。たった今、サクアくんだったかな、その子とその友達2人、捕獲が完了したようだ」


 そして、この場の主役は、たった一言で、観客の魂を自分へと向ける。


 「はじめまして、私はこの学園の生徒会長、白鳥 勇輝だ。さあ、話を始めようか」

そういうと爽やかに白い歯を見せながら笑う。 その笑顔はいままで颯太が直に見てきた中でもトップクラスの完成された笑顔だった。それは、あまりに完璧すぎて、人間味を感じさせないほどだった。




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