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19話 彼女が見たセカイ

 彼女が覚醒した時、まず目に飛び込んだのは少女の後ろ姿だった。


 それが誰かはわからなかったが、すぐに少女との距離は開いていく。


 次の瞬間、世界は真っ白な光に包まれる。


 ”閃光”が発動された。



 ”ここから早く逃げなきゃ”、それが頭に浮かんだ最初の言葉だった。



 光がすこし和らぐと、彼女の目の前にはひとつの大きな扉があった。そこには確かに”生徒会室”と書かれていた。


 彼女は既に自分の中に、恐怖という感情が渦巻いていることに気づく。目の前の扉が一体何なのかはどうしても思い出されなかったが、何故だかすごく怖かった。とにかく今は少しでも早く、少しでも遠くに逃げなければいけない、彼女はただ、それだけを思っていた。


 その感情に身を任せ、行くあては無かったが、彼女は扉に背を向け、歩き出す。


 依然、周囲は真っ白で、自分以外の人影も見つけることはできない。歩きながら取り敢えず、今置かれている状況を整理して見る。

 まず、今いるこの場所についてだが、記憶の中を探してもまるで心当たりがない場所だった。

 当然、何故この場所にいるのかも分からない。どうやら、自分の記憶には所々抜けている部分があるらしい。

 自分が何者で、どういう過去があったかもほとんど思い出せなかった。

 彼女は自分の手を見てみる。掌は形こそしっかりあるのだが、少し透けていて、そこから廊下の床がうっすら見えてしまっていた。

 痛みや異常を感じられないから、実感は湧かないのだが、どうやら今の自分の状態は”普通ではない”という事はなんとなく理解できた。


 時間が経つにつれ、少しずつだが、冷静に物事を考えられるようになってくる。しかし、冷静に考えてみると、あまりに自分の周りには不確かなものばかりで、今度はわからないことへの不安が湧き出てく

る。一歩歩くごとに言いようの無い不安が積み重なって行くような心地だった。


 今、彼女にとって確かなことは、生徒会室に自分がいた、という事だけ。

あと、生徒会室の中で最初に目にした後ろ姿の少女が、自分にとってとても重要な意味を持つということも、彼女の持つ数少ない”確かなこと”の一つだ。


 今から一人で戻るのには、どうしても気が引けるのだが、いずれ生徒会室には戻ってこなければいけない、と彼女は己の心に深く刻み込んだ。



 彼女は歩く。歩いていると、幾つもの教室を横切るのだが、すべての教室が無人だった。

長く続く廊下、下の階へ繋がる階段、どこに行っても自分以外の人は誰も見つけることはできない。自然と自分以外の人影を探すように視界を広げている。いつしか彼女の目的は、自分でも気づかないうちに、人を探す事になっていた。

 今置かれた状況を理解するには第三者は絶対に必要だ。彼女は無意識にそれを理解していた。

人のいるところにたどり着けば、今抱えている不安の多くは取り除けるに違いないと彼女は考えていた。



 そして、ひとつの教室にたどり着く。



 その教室には彼女の望んでいたとおり何人かの人がいた。


 しかし、不思議なことにどの人を見てもマネキンのように固まっていて、身動き一つすることはなかったのである。

 彼女は一人一人に一生懸命話しかけた。まるで、反応がなかったので、肩を揺すって気づいてもらおうともした。

 しかし、彼女が彼らに触れることはできなかった。彼女の透けた手で触ろうとしてもすり抜けるだけ

だ。

 彼女は不安に耐えきれなくなってその場で立ち竦む。


 「アラアラ、あなたがこの可笑しな現象の主なのね」

 突如、彼女は背後から声が絡み付く。彼女はゆっくりと声の方へ向く。


 そこには一人の少女がいた。


 小柄な体に腰まで伸びた黒い髪、痩せすぎと言える四肢に色素の感じられない純白の肌は、儚げな印象を強く受ける。


 着ている制服こそ同じだが、少女は明らかに周りのマネキンのような人間達とは違っていた。確かにその場所にいるはずなのに、気配が曖昧だった。気を抜くとすぐにでも見失ってしまいそうな、不思議な存在感をしていた。 むしろ、マネキンのように固まっている人たちの方が人間味があるように思えてくる。かろうじて人の姿をしているだけで、少女の放つ気配は、人ではない何か、という表現がしっくりくる。


 少女は口元に薄っすらと笑みを貼り付け、少女の小さな顔に不釣り合いなほど大きな瞳は、ギラギラとした光を放っていた。少女の前では、なぜか彼女は金縛りにでもあったかのように身動きをとることができない。


 「コンニチハ」

 少女は口を開く。


 良かった、やっと普通の人に出会えた、と彼女が思う。


 「ふつう? シシシ、面白いことをいうのね、アナタ」

 少女は彼女に見せつけるように歯を剥き出しにして嗤う、まるで獣のようだ。


 何で笑うの? と彼女は思う。


 「それはアナタが可笑しなことをいうからよ」


 可笑しなこと? 目の前の少女の言葉は彼女には理解ができなかった。


 「ええ、アナタもアタシもフツウじゃないもの。フツウなのはむしろそこらで固まっている奴らよ」


 マネキンのように固まっている人達に目をやる。何故だか一様に何かに驚いた表情をしている。

そもそも何故この人たちは固まっているのだろうか。まさか、これは少女の仕業なのではないのか、と思う。


 「シシシ、これはアタシのせいじゃないわ、これはアナタがやったことなのよ」


 嘘よ! と強く思う。


 「かわいそうに自分のことがよくわかってないのね、そんなだからアナタの体はそんなにボンヤリしているのよ」


 彼女は自分の両手を見る。彼女の手は相変わらずうっすら透き通っていた。


 「カタチを持たない、曖昧な存在なのね。 まあ、それはアタシもいっしょかもしれないけどネ」

 少女はそういうとまたシシシと笑う、少し自嘲気味に。


 こんなのは嫌、私もみんなと一緒の普通がいい、と彼女は有りのままの気持ちを思った。


 「そう? なんで自分からフツウを望むの? リカイできないわ、だってみんなフツウを嫌うわよ」


 彼女は思う、自分独りだけなのが嫌なのだ。孤独は不安を生む、不安はどうしても取り除きたい。


 「ふーん、そういうものなのね、だったらそうなればいいじゃない」


 彼女は少女の言っていることが理解できなかった。


 「体がないなら、借りちゃえばいいのヨ。タトエバほら」


 少女の指差した先には倒れている女の子がいた。周りの人達と同じく固まっているが、その表情はとても苦しそうだった。


 「カノジョはとても弱っているわ、アナタのチカラをまともに浴びちゃったのね」


 彼女は困惑する、当然、心当たりなどないからだ。そもそもチカラとは何のことを言っているのだろうか。


 「弱っているから、きっとすんなりカラダを奪えるわ。あ、でもダメね、きっとみんな動けるようになったらバラバラに教室から出て行くワ」


 せっかくたくさんの人に出会えたのに、それは困ると彼女は思う。お願いも聞いてもらわないといけない。


 少女は不気味なほどゆっくり目を細めた。

 「ダイジョウブよ、アナタが望めば、セカイは変わる」


 どうすればいいの、と彼女は少女にすがるような目を向ける。


 「ここにいるヤツらに対して強く願えばいいのヨ」

 少女は小枝のように細い両腕を目一杯広げる。


 「そうねえ、タトエば、こういうのはどうかしら? この教室から外はメチャクチャのボロボロになっていて、今ソトに出るのはキケンな状況」


 彼女のなかに少女の言葉が反芻する。


 「サア、アナタが舞台を作るのよ」

 少女の目が大きく見開かれる。ギラギラとした怪しい光が、その強さを増していく。


 少女の言葉に誘われるがまま、彼女はキュッと目をつぶり、そして少女の言葉通り願う。


 彼女の中で、イメージが作られていく。突如、豪炎が巻き起こり、渦を作ってこの教室以外の学園全体を包みこむ。たちまち全ての形あるものが、強い熱によって性質を強制的に変容させられていく。数秒のうちに、漆黒の世界が出来上がっていった。


 彼女が目を開けると、教室から見える廊下は、彼女がイメージした通りのものへと変わっていた。


 「スバラシイわ。ただし、アナタのチカラが及ぶのは取り敢えずこの教室の中ダケみたいだから、きをつけてネ」


 彼女はボンヤリと光景を眺めるだけだった。少女の声は御構い無しに彼女の耳へと送られていく。



 「ここは舞台ヨ、主演はモチロン、アナタ。演じればいいのヨ、きっと上手くいくわ」


 舞台、演じる、まるで赤ん坊が最初に覚えた言葉をただ繰り返すように、彼女も同じ言葉を何度も心に描き続けた。

 その様子を、目を細めて満足気に少女が眺めている。


 「そういえば、アナタの名前を聞いていなかったわ」


 彼女はその問いに答えられない。なぜなら自分の名前もまた思い出せないことの一つだったからだ。

 キョトンとした表情で少女を見返すことしかできない。


 「やっぱり名前がナイのね、いいわ、アタシがつけてあげる」


 いまいち状況が飲み込めない彼女に構わず、少女は喜々と言葉を続ける。


 「決めた! ヒカリよ、あなたは西宮ヒカリ」


 少女が名前を決めるのに、1秒も掛かからなかった。西宮ヒカリ、その言葉はジンワリと全身にしみ込むように彼女に響く。


 「気に入ったようね」

 そう言うと、少女はそっと、両方の指先で彼女の頬に触れる。

 少女の温度が指先から伝わってくる。恐ろしく冷たく、そして乾いていた。


 彼女はどうしていいかわからず固まっている。逃れることのできない少女の瞳に、彼女の奥の奥まで射抜かれている様だった。


 「シシシシシ、アナタみたいに未熟で真っ白なのは始めて見たわ。まるで赤ん坊みたいね。アナタを見つけられただけでも、めんどくさいの我慢して出てきた甲斐があったってものヨ」

 少女は目を細める、心から嬉しそうな顔だった。

 「決めた、アナタがこの先、どういう風に汚れていくのか、見届けてあげるわ」

 少女の言葉は彼女には理解できなかった。しかし、彼女にはどうしても少女に聞いておきたいことがあった。


 「そ、それより、あ、あなた……の名前を……教えて」

 ヒカリは口を開く。か細い声が、遠慮がちに紡がれる。


 「ほお、名前をアゲタらさっそく、アイデンティティが芽生えたのね」


 「あいでんてぃてぃい?」

 ヒカリは小首をかしげる。


 「ええ、生きて行くウエでとても大切なモノよ。いいわ、特別にアタシの名前を教えてアゲル」

 少女は両方の指先をヒカリから離すと、クルリと背中を向けゆっくりと歩き出す。

 そして2、3歩、歩いたかと思うと直ぐに立ち止まる。


 「アタシの名前はウズマキ。間抜けヅラのこいつらと同じこのクラスの生徒よ。まあ、またそのうち出会うことになるワ」

 そう言うと直ぐに、ウズマキの足元から異変が始まる。


 ウズマキの足元から伸びる影が突然蠢き始める。ウネウネと影は伸縮し、その形はたちまち円形を形作る。

 円形の大きさはちょうどウズマキがスッポリと収まるくらいだった。


 次の瞬間、ウズマキはその円形の影の中へと消える。その消え方は、”落ちる”いった方が正しい様に思えた。 まさにウズマキは、足元に出来た円形の影に、ストンと落ちて消えた。

 ウズマキを飲み込んだ影は縮小を始め、一瞬のうちに消滅する。

 既に、影は跡形もない、まるで最初から存在していなかったかのように。


 ヒカリは、目の前で展開された不思議な光景を、ただボンヤリと眺めていた。

 間も無く、彼女は視線を移動させる。その先には先ほどのウズマキが指差した横たわる少女がいる。

 ヒカリは今、何をするべきかわかっていた。

 それは、自らの体に根付く欲求、もしくは本能のようなものに従うだけ。


 ヒカリは右手を、倒れている少女の頭に翳すと、右手は何の抵抗もなく少女の頭に入っていった。

 すると、少女の情報が右手を通じてヒカリの中へと流れ込んでくる。


 霧崎 雛乃、それがこの少女の名前らしい。


 そして、これからヒカリが名乗る”名前”。


 ヒカリは覆いかぶさる様に雛乃に重なると、体の中に吸い込まれるように消えていった。




 教室にはすでにウズマキはいない。彼女を含めると、6人の生徒が居るだけだ。


 雛乃はゆっくりと目を覚まし、体を起こして”自分”の席へ座る。


 もう舞台は始まっているのだ。



 こうして、息を潜めていた”時”が、動きだす。




今回は少し過去の話です。

わかり辛かったごめんなさい、自分の力不足によるものです。


アドバイスなどいただけると喜びます。

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