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18話 静寂

 廊下に出るなり颯太は、まず自分の目を疑った。

 目の前に広がる光景もまた、颯太の予想を遥かに裏切っていたからだ。


 目に入るもの全てが漆黒に染め上げられた廃墟、それが確かに颯太が教室の中から見た光景だった。

 当然、眼前には、その漆黒の世界が広がっているとばかり思っていた。恐らくは鼻につく焦げ臭さもあるだろうな、と身構えてもいた。


 しかし、今立っている廊下は、登校時、緊張しながら通った廊下そのままで、整然とした空気を纏う通路が続くだけだ。当然、焦げ臭さなどあるはずもなかった。

 窓から覗ける他の教室にしてもそうだ。颯太がいた教室と同じように、綺麗に整えられた机や椅子がまったく触られた形跡のないまま並んでいた。正直肩すかしだった。それとも、この光景も、颯太のチカラに何か関係があるのだろうか。


 『驚いたか?』

 『う、うん、これってどういうことなの?』

 『私たちも初め、教室から出た時には驚いたさ』

 サクアの平坦な声が頭に響く。この光景に関しては、皆共有のものらしい、颯太のチカラによるものではなさそうだ。


 『つまり、私たち全員が幻を見せられていた、というわけだ』

 『これもやっぱり……』

 『ああ、おそらくは何者かのチカラの影響だろうな』

 『何者かっていうのはやっぱり……』

 『ああ、私はヒカリという少女だと思っている』

 『でも、ヒカリさんのチカラって他人に乗り移るものじゃあないの?』

 颯太はヒカリという少女の持つチカラを”乗り移り”と解釈していた。

 最初は自分の姿を変化させるようなものだと思っていたが、どうやらそういうものではないらしい。ヒカリ本人は”借りる”と表現していたが、対象の体に実体のないヒカリが侵入して、そのまま意のままに操る、というのが颯太の予想するヒカリの能力だった。


 『乗り移り能力は確かにありそうだが、それだけではないと思う。あの調子じゃあ、本人も正確に認識できているかは疑わしいがな』

 『まあ、そうかもね』と、つい苦笑いが漏れてしまう。確かに、ヒカリという少女は妙な子供っぽさがあったからだ。

 彼女の口ぶりを思い出すと、なにも知らずにチカラを使用していた可能性も十分にある。


 『それで、どうだ? 見渡して見て、やはり彼女はいなそうか? 』

 教室から出るのがモタついていたこともあって、もう完全に見失っている可能性は高かった。

 まあ、自業自得なのだが、颯太は自責の念を感じながらも周囲を見渡してみる。


 しかし、その予想はいい方向に裏切られた。いま颯太が立っている場所から少し離れた廊下の先に、ヒカリらしき少女の姿があったからだ。


 彼女は壁に背を預ける形で地面に座り込んでいるようだ。


 『いた、いたよ!』

 完全に諦めていたので、思わず颯太は興奮してしまう。

 『本当か!よし、すぐに近づいて話しかけるんだ』

 通信相手の興奮に釣られたのか、心なしかサクアの言葉も昂ぶっているように聴こえた。

 『うん』と返事をすると、それが当然の流れかのように、ヒカリに向かって歩き出す。


静かだった。


 廊下は、不自然なほどの静寂に包まれていた。まるで、この空間だけ世界からプツリと切り離されているようだ。

普段は控えめな颯太の足音が、ここぞとばかりに主張する。今朝方新調したばかりの革靴から、コツコツという音が生まれてはすぐに消えていく。

 歩き続けていると、颯太は徐々に緊張が膨らむのを感じていた。

 『ね、ねえサクアさん』

 『なんだ?』


 とりあえず颯太は、抱えている疑問をそのままサクアにぶつけて見ることにした。

 『えっとさ、ヒカリさんと話すのはいいけど、何を聞けばいいのかな?』

 と質問しつつ、聞かなければいけない項目がたくさんあったらどうしよう、と思う。あいにくメモを取るための筆記用具は教室に置きっ放しだ。


 サクアの答えには少し間があった。

 『そうだな、まあ普通に話してくれればいい。君の聴きたいことを聞いて、相手から聞かれたことに答えればいいよ』

 『え、そんなのでいいの?』

 『ああ、変にこちらから指示しても不自然になって相手から不信を買ってしまいそうだからな』

 まあ、そうだろうな、と思って颯太は何も言い返さなかった。


 『肩に力を入れることはない、だって、君の目から見たら彼女は普通の女の子なんだろ?』

 『うん、見た目だけなら』

 『だったら、だいじょうぶだ。普段通りにしたらいい』

 『普段通りて、普段、女の子と話す機会て、あまりなかったんだけど』

 『そうか? 私とは普通に話ていただろ』

 『それは、きっと声だけのやり取りだったし……』

 サクアさんは普通の女の子にカテゴリーされていないから……とは流石に言えなかった。


 『まあ、とにかく何でもいいから彼女の話し相手になればいい』

 とりあえず、サクアの頼もしいアドバイスは当てになりそうにもなかった。


 気がつけば、もう目的の少女は目の前だ。

 ヒカリは颯太の存在に気づいているのかいないのか、膝を抱えながら真っ直ぐ対極にある壁を見ていた。

 表情は最後に彼女を見た時と同じように、強張ったままだ。


 どうしていいかわからなかったが、とりあえず颯太は彼女の隣に、適度の距離をとりつつ座って見る。

 自然と彼女と同じように膝を抱える体制になっていた。一体この気まずさは何なのだろうか、正直、何 を話していいか全く出てこなかった。なぜだか、失恋した相手を慰めるみたいだな、と思った。もっとも、颯太はそんな経験など、これっぽちもないのだが。


 「頭下げていたわ、あいつ……らしくないことしやがって……」

 どれくらい時間が経っただろうか、どうしていいか解らなかった颯太は結果的に、本当に何もせず、黙ったまま同じ格好で座っていた。

 最初に口を開いたのはヒカリの方だった。誰に話すでもなく、独り言をつぶやくようだった。あいつとは当然、来徒の事だろう。

 「そうだね、ぽくなかった」

 颯太も彼女の方を見ないで目の前の壁に話しかける。


 「床を這いつくばってたわ……カッコわる」

 「うん、少し格好悪かった」

 颯太が言った途端「何よ!あんな状態で頑張っていたのよ、カッコ悪いわけないじゃない!」

 と言って颯太に対し、突然睨みつけた。

 「ご、ごめん」

 ここでようやく彼女と目が合う。


 何なんだ、と颯太は思う。なぜか、いきなり怒鳴られた、そもそも、言い出したのは自分ではないのか。

 来徒が絡むと、どうも感情的になるようだ。最初から感じていたことなのだが、ヒカリの発言を聞いている限り、来徒の事を昔から知っているようにしか聞こえない、雛乃と同じように。


 「気になっていたんだけど、来徒とは知り合いなの?」

 睨みを聞かせるヒカリに気押されながらも、気になることを口に出す。

 すると、徐々に彼女の表情から鋭さが引いて行き、代わりに困惑した表情が色づき始めた。

 「……わからないわ、多分、今日初めて会ったばかりだと思う」

 言葉は、自信なさげにボソボソと紡がれる。


 「そ、そうなの? そうは見えなかったけど、少なくとも、君は来徒君の事を前から知っているように見えたよ」

 颯太の話を聞いているヒカリは、少し様子がおかしかった。

 視線が落ち着かず、あちこち泳いでいる。

 「それはきっと、雛乃さんの体の中にあった記憶のせい」

 「どういうこと?」

 「……よく、わからない」

 ヒカリはそう言うとそっと目を閉じる。

 「んーと、雛乃さんの体を借りた時にあたしの頭の中に勝手に流れ込んできたの、気が付いた時にはあたしは雛乃さんの事はなんでも知っていたわ」

 彼女は自分のこめかみに両手の人差し指を当てて、グリグリと動かしている。わけのわからない行動だが、彼女なりに当時のことを一生懸命に思い出しているのだろう。


 「それってつまり、雛乃さんの”思い出”や”気持ち”をそのまま引き継いでいるってことなの?」


 ヒカリは大きな目を目一杯開いている。どうやら颯太の言葉に驚いているようだ。質問したのは聡太のはずなのに、不可解な反応だった。

 「なるほど、そういうことだったのね、通りで……」

 今初めてその事に気がついたと言った様子だ。色々と心当たりがあるのだろう、真剣な顔で何度も頷いている。

 「どうしたの? 」

 「うん、来徒とかね、はじめて会ったはずなのに、あいつとの思い出とかが色々と思い出されるの、初めて会った気がしなかったわ」

 来徒と雛乃の思い出。不覚にも颯太は少し内容が気になってしまった。


 「本当になにも解らないみたいだね……自分のことなのに」

 「ちがうわよ! うまく説明ができないだけ」

 意思の強さを感じさせる眉を釣り上げて彼女は反論する。

 「同じことでしょ」

 「全然違うから」

 そう言うと、ヒカリは颯太へ向けていた体をプイと再び壁の方へ戻してしまう。別にムキになる場所で もないような気がするが、彼女はわかりやすく拗ねてしまったようだ。


 「わ、わかったから、謝るよ」

 「べつに、謝る必要なんてないわよ」

 壁に向けた身体を動かそうとしない。めんどくさい子だなあ、と思いながら、颯太は彼女の”チカラ” について考えを巡らせていた。ヒカリのチカラが、”雛乃の記憶をそのまま引き継ぐことができる”というものだった場合、閃光後の彼女の雛乃としての振る舞いも、理解できるような気がする。

 来徒への親近感や彼の言動一つ一つに対する反応、それはすべて雛乃としての感情がベースにあっただけで、ヒカリはただそれに乗っかっていただけではないのか。ヒカリ自身に自覚がなかった分、仕草にも、信憑性が出ていたのかもしれない。


 彼女は、話を続けるようだ。

 「最初は雛乃さんの体を使って、誰かに”お願い”を聞いてもらいたかっただけだったの。だけど、話を合わしていくうちに、だんだん自分が本当に雛乃さんのような気がしてきちゃって……でも、本当に 来徒の事は心配だったんだから! あいつが無事だった時は本当に、本当に安心したんだから」


 どうやら、雛乃さんの記憶は本人の体を離れた後でもそのまま残っているらしい。ヒカリの来徒に対する感情は間違いなく雛乃だった時のものを引きずっている。


 「それなのに、何よ、あいつ、私に酷いこと言ったわ、雛乃さんから出ていけだなんて、ひどい……」

 最後の”ひどい”はまるで蚊の泣いたような声だった。彼女は 体をますます縮こませた。


 「……しょうがないよ、もともと自分の体じゃないんだし」

 颯太はため息交じりと一緒に言葉を放つ。

 「わかっているわよ……」

 しょぼくれたまま声は絞り出される。

 「わかってるけど、でも雛乃さんの体にいた時は心地よかったし……」

 「心地いい?」

 「うん、来徒がいて、知り合ったばかりだけど、颯太君が近くにいて、私が何か話せば皆何か反応して くれたわ」


 それは、当たり前のことなんじゃあ、と言おうとして颯太は言葉を飲み込んだ。彼女の強張った表情は きっと、その当たり前も侭ならない事からきているのだから。

 「あたしでも、ここにいていいんだって思えたのに……」

膝を抱えて、小さな体をさらに小さく丸めながら、彼女は本当に悲しそうな目をしていた。


 だからと言って、雛乃の体をあのまま他人であるヒカリが所持していていいはずがない。持ち主がいるなら、持ち主の元にあるのがいいに決まっている。持ち主……? ここで颯太は一つの疑問にぶつかる。


 「ヒカリさん、ひとつ気になったんだけど」

 彼女は目だけこちらに向けて続きを即す。

 「ヒカリさんには自分の体ってないの?」

 考えれば、最初に疑問に持ってもいいくらいの根本的なことなのに、すっかり見落としていた。


 彼女はそれに直ぐには答えず、じっと聡太の目を見ている。


 颯太は、ここで気がつく。


 「まさか……」


 彼女はコクンと頷く。


 「たぶん、生徒会室にあると、思う」


 なるほど、ここで彼女の”お願い”がでてくるわけだ。




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