14話 そのチカラは視聴可能
「……」
颯太は雛乃の言葉は的確に颯太へ届き、彼の頭を一瞬真っ白にさせた。
それは薄々、自覚していたことだったから。そして、意識的に見ないように恥に追いやっていた気持ちでもあったからだ。
確かにサクアへの依存は否定できなかった。サクアの言うことならと無条件にと、受け入れすぎていたのかもしれない。
彼女の言葉は、聡太の動揺を大いに誘っていた。
「あ、やだ、そんな深刻な顔しないでよ。わたしも言い過ぎたわ」
よっぽど様子の変化が分かり易かったのだろう。すぐに彼女は気を使ってくる。ただ、今はそれさえもなんだか辛い。
『なるほどな、生徒会室か』
頭に響くこのサクアの声はどうやら独り言らしい。聞こえるか、聞こえないかという声で呟いている。
颯太は今抱いている考えを吐き出さずにはいられなかった。
『あの、サクアさん……』
『ん、どうした?』
『やっぱりどうしても彼女が偽物だなんて思えないんだ』
『だろうな』
『え』
『確かに私が言ったことは何一つ目に見えるものとして証明されてはいないからな。信じる方が無理というものだ』
『それじゃあ、さっき言ったことって嘘だったの?』
正直なところ、雛乃から指摘されるまで、半分以上は信じてしまっていたのだが。
『嘘を言ったつもりはない。私はあくまで自分の考えを情報として提供しているだけだ。それをどう判断しようと君達の勝手ということだ』
彼女の言葉は正論だ。そして、正論ゆえの冷たさがあった。颯太は何故かそれに小さな不安を覚えていた。
『う、うん。それで、僕はどうしたらいいのかな……今の雛乃さんお願いにはなんて答えたらいい?』
『……』
『サクアさん?』
『ふむ、私のことは信じられないが、指示は仰ぐんだなと思ってな』
『イ、イヤ、信じられないとかじゃなくて……』
『では、逆に聞くが聡太くんの考える、雛乃さんが本物だという根拠はなんだ?』
『こ、根拠って言われても……』
理由は”何と無くそう感じたから”だ。最もこんなことを返せば、どんな返事が帰ってくるかわかったものではないが。
『つまり、これといった理由もなく私の考えは否定されたということだな』
『そ、そんな、否定だなんて』
相変わらず抑揚のない話し方だが、心なしか角が立っている気がする。どうやら颯太は余計なことを口走ってしまったらしい。今更ながら後悔するが、それも遅いだろう。確実にサクアの言葉は彼を追い詰めていた。
『先ほども言ったが、この状況ででは”信じ合う”事が絶対必要だ。私は聡太君を信じている。だから雛乃さんに関しての情報をありのままに伝えた。君が雛乃さんとは比較的に近い位置にいるとわかっていてもだ』
『それはわかっているよ。わかっているけど、でも……』
『まあ、好きにすればいい』
『え』
『そのままの意味だ。聡太君、君は自由だ。君が何を考え、どのように行動しようとも私たちにそれをとやかく言う権利なんてありはしないのだ』
『ちょ、ちょっとまってよ』
自分の発言がこんな受け止められ方をするなんて思っていなかった。もしかしたら、取り返しのつかない方向に話が進んでしまっているのではないか。最初は小石のように小さかった不安は気がつけば大岩となって目の前に立ちふさがっている。嫌な予感がぐるぐると頭の中を掻き乱す。とにかく今のサクアは一方的に話を持っていく。
『で、聡太くんはこれからどうするんだ? 我々のチームはこれより雛乃さんが偽物だとした上で、今置かれている状況を打開するために行動するわけだ。リーダーの意思に同調できないがものが私たちと共に行動する意味はあるのか』
『意味って……いわれても、僕はただ本当のことが知りたいだけで、何でもかんでも人の考えを鵜呑みにするのは違うと思っただけなんだ。そんなつもりで言ったわけじゃあ……』
『本当のことを知る必要があるのは力を持っているものだけだ。知識も手段も持たない者が無闇に知ろうとしても、いい結果は産まない。組織がぶれて目的の達成を阻害するだけだ』
『そんなことを言われても……』
『さあ、君は何を選ぶ? 一旦私の考えを受け入れ共に行動するか、彼女の願いとやらを叶えるために行動するか、それともまた違う選択肢を選ぶか』
一方的に突きつけられた選択肢。ここはやっぱりなにか選ばなくてはいけないのだろうか。正直、颯太は未だ迷っていた。雛乃を偽物だという確信はどうしても持つことができない。しかし、雛乃のお願いは余りに唐突すぎる、すぐに受け入れる事はどうしても考えられない。かといってそれ以外の選択肢なんて思いつくわけもなかった。一見自由を与えられているが、そこに選択権など存在してはいなかった。
『ぼ、ぼくは……』
きっと答えはもう決められている。それをそのまま口に出すだけだ。
『なんてな』
聡太が答えを発しようとした時、それを阻止したのはやはりサクアの声だった。彼女の声は一変してあっけらかんとしていた。
『それを口に出したら、君の考えなんてなくなるぞ』
『だって、それはサクアさんが……』
こんどは何を言い出すのだろうか。サクア意図は全く読み取れない。
『ふむ、君が余りに素直すぎるからな、ついからかってみたくなった』
『はあ? からかってみたくなったって……ひどい』
『ふふ、すまんすまん。迷うことは悪いことじゃあない。考えなしに同調する方が危険だと思うしな』
『う、うん』
サクアと話しているとどうしても年上と話しているような気になってくる。同い年にしては考えがずいぶん成熟しすぎではないのか。彼女は冗談といった先ほどの話も、冗談にしては的確に聡太を表していたような気がする。確かに聡太には知識も手段もない。それは切れもない事実なのだ。
『よし、私のくだらない冗談に付き合ってもらったお詫びに、ひとつプレゼントをしよう』
『プレゼント?また言っている事の意味がわからないんだけど』
当然、彼女の言うプレゼントいうのは綺麗に包装された箱に入れられたようなものではないのだろう。これにも何か彼女なりの意味の含ませ方をさせているに違いない。
『すまん、こういう話し方しかできないんでね。今からするのは、ひとつの可能性の話だ』
『可能性?』
『ああ、誰でもない君自身の可能性だ。では、ひとつお願いを聞いて欲しい。そのまま目を瞑ってみてくれ』
『え、なんで?理由がわからないよ』
『頼む、とにかく今は言うことを聞いてくれ』
もはや彼女の言うことに、いちいち考えを巡らすこと自体が無駄なのかもしれない。このままゴネてても埒があかないようなので、ひとまず言われたとおりにする。
突然目を瞑るのだ、当然目の前の少女は大いに疑問に思うことだろう。そんな事には御構い無しにサクアの声が再び響いてくる。
目を瞑ったからなのか、彼女の言葉は驚くほど鮮明に暗闇に映し出されていた。聡太が身を置く世界は、自身によって作られた漆黒のビジョンに覆われた。そこに存在が許されているのは、聡太自身と、サクアという少女の言葉だけである。
『瞑ったか?』
『う、うん。でも、雛乃さんが仕切りに理由を聞いてきてる』
『まあ、そうだろうな』
『どうしたらいい? なんて答えようか……』
『何も答えなくていい。彼女には悪いが今は無視していてくれ』
『うう、いいのかなあ』
『ああ、何とでも後で言い訳は作れるさ』
『そういう問題かなあ』
『さて、聡太くん、私が君をこの教室に残したのは、実のところ理由があってのことなんだ』
『うん、それはさっき聞いたよ。雛乃さんを一人残しておくのは心配だったということだよね?』
『そうだな、だがもちろんそれだけではない』
『え、そうなの?』
『ああ、私は君に一つ嘘をついていたことがある』
『嘘?』
『ああ、嘘だ。先ほど私は君のチカラはジャックできないといったな』
『うん、今はハッキリしないとかなんとか言われたような……』
『そうだな、実はあれは嘘だ』
『え、どういうこと?』
『君にはチカラがある。そして無意識だろうがそれを使用している様子もある』
『そ、そんなわけないよ。僕にはチカラはないし、当然使ったことなんてあるわけない』
『おそらく余りに自然と使用してしまっていたために自分でも気がついていなかったのだろう。しかし、確かに君はすでにチカラを覚醒させているよ』
『そ、そんな……』
『君の力も大変興味深いものだ』
『僕にはわからないよ。でも、何で今更そんなことを言うのさ。さっきじゃなくてなんで今なの』
『ふむ、無闇にカミングアウトしても混乱させるだけだからな』
『今も十分混乱してるよ』
『それは済まないな。しかし、今そのチカラは必要なチカラだ。君も少しは雛乃さんを何とかしたいと思ったのだろう?』
『そ、それは確かにそうだけど、それと僕の力というのは関係あるの?』
『そうだな、君のチカラも彼女の謎を解く重要な鍵だ』
『鍵……』
『聡太くん、君の力はLINE OVERを見通すことができるという性質を持つ』
『どういうこと?見通すというのはつまり目に見えるということなの?』
『ああ、簡単にいうとそういう感じだ。そのチカラを使って目の前の少女を見て欲しい。それですべて答えが出る』
『いきなり言われても……目の前にいるのはきっと変わらない雛乃さんだよ』
『それならそれが答えなのだろう。例えそうでも素直に受け入れる』
『そろそろ目を開けてもいい? さすがに雛乃さんにも頭がおかしくなったと思われるよ』
『聡太君、目に見えていたものはすべて過去だ。先入観を全て捨てて、固定概念を打ち払い、自分の過去と向き合うんだ』
『自分の、過去……』
『そうだ、君は何処かでチカラを使っている。必ずだ』
正直なところ疑念はあった。すぐに受け入れるには見てきた光景は余りに普通ではない。しかも既にチカラを使ったことまであるという。当然聡太に心当たりなどあるはずもない。
サクアは過去と向かい合えと言った。過去にその答えがあるというのか。颯太は思う。やはり、ここでも”前に”進むしかないのだろう、と。
颯太は心を鎮める。そして意識を更に深いところまで沈めていく。サクアの声も徐々に遠ざかっていく。
”今”より以前は全て過去だ。先ほどの来徒の騒動も、閃光に襲われた事も、言ってみれば過去に当たる。まるで、パラパラ漫画のように場面が次々と切り替わっていく。そして、ひとつの場面でそれは止まる。思っていたよりもずっとずっと最近のことだ。何せ、それはつい昨日の事なのだから。
夜の公園、バスケットのゴール、いつもいる顔、漆黒のビジョンに映し出されたのは昨晩の公園だった。
そこにはいつも見慣れた場面が映し出されていた。一人の少年がバスケットのゴールネットに向け、ひたすらシュートしている。
滝越タケル、聡太がよく知る顔だ。
昨晩の光景がリプレイされる。タケルは一見いつものように手に持つボールをゴールに向け放つ。しかし、ボールはゴールネットを揺らすことはなかった。空中で突如停止したボールはまるで風船のように、その場で破裂した。
あの時タケルは種も仕掛けもあるなどと言っていた。しかし、今は自然と思う。タケルは恐らくチカラを使ったのだと。
しかしまだ颯太は自分の胸の奥に引っかかるものを感じていた。よく思い出せ、と自分に言い聞かせる。
聡太の頭の中に作られた漆黒のビジョンが光を放つ。
公園でタケルと闇雲に過ごしていた日々が駆け巡って行く。それは徐々に速度をあげ、一つの終着点へと聡太を導くのだ。
そこには、やっぱりタケルがいた。日に焼けた肌に黒のパーカー、今では見慣れた格好だが、その時は初めて身近に見ていた。
いつもの散歩コースにある公園、そこにいつも一人でいる少年がいる。いつも気になっていたので、その日は勇気を出して声をかけてみた。確か、そんな感じだったと思う。初めてタケルと話した”あの日”だ。
声を掛けた瞬間、タケルが目をまん丸にして、赤ら様に驚いていたのを思い出す。そして彼はこう言ったのだ。
”おまえ、俺がみえるのか?”
それから何日かタケルは聡太を警戒心丸出しにして見ていた。当然、当時の颯太は訳など分かるはずもなかった。もっとも数日も経てばタケルも慣れたのか普通に聡太に接するようになっていったのだが。
これが答えかどうかは解らないが、颯太はその時の感覚を必死に思い出していた。
先入観も、固定概念もなく、ただ”知りたい”という欲求のみで行動したあの日。
その感覚を意識の中に構築していく。慎重に、丁寧に、まるで、掛け替えのないものを扱うかのように。
颯太は、ゆっくりと目を開く。そこには先ほどと全く変わらない教室の光景が広がっていた。
ただ一点を除いて。
サクアの声が頭に響く。
『どうだ、聡太君そこから何が見える?』
颯太は目に見えている、ありのままを口にする。
『……うん、見たことがない子がいる』
『ふむ、どうやら上手く行ったようだな、いいか、そのチカラは視聴可能だ』
『え』
『名付ければ、視聴可能なLINE OVERといったところだな』
厨二展開嫌いぢゃないです。