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11話 教室でふたり

 サクアの立てた作戦はこうだった。雛乃と来徒(に借りた)ちからを使い、少しずつ

探索していく、というもの。


 まずは雛乃、気絶したままの来徒がこの教室に残り、この教室をまずは拠点とする。そ

してこの拠点を中心として、サクアの能力が届く範囲(10mくらい)を探索していき、

徐々に探索の範囲を広げていく、といった感じだ。

 あまり効率的ではないがこれが安全かつ確実に探索を行う方法だとサクアは言う。

 このやり方だと例えもう一度先ほどの閃光が襲ってくることがあってもこの教室に戻ってくることも

容易だから雛乃のちからでやり過ごすことも可能というわけだ。


 サクアはその際、颯太もこの教室に残るべきという提案もした。

来徒はいつ目を覚ますか解らないし、雛乃だけでは心配だから傍にいるべきだという。

たしかに女の子一人残すのは心もとない。まったくもってその通りだと思い、

颯太はその提案を素直に受け入れた。たとえ何か起きても吉竹の能力ならすぐに連絡を

とり合うことができるらしい。すぐに合流できるし、心配はいらないということだ。


 探索班はサクア、久来、吉竹の三人。サクア達は言いたい事をいうとさっさと教室の

外へと消えていってしまった。

探索組が教室から出るや否や雛乃が口を開く。

「結局サクアさんの考えを実行するだけね。議論どころか話し合いにもなってなかったわ」 

ため息交じりに吐き出された言葉は明らかな苛立ちが含まれていた。

「確かにそうかも……でもサクアさんの意見今の状況には一番的確だったと思うけど」

「一見ね」

「どういうこと?」

「……何でもない」

そう言って彼女は口を閉じる。颯太は先ほどから雛乃の態度に違和感を覚えていた。

雛乃はサクアにたいして嫌悪を抱いているようだ。それはやはり来徒の事が原因と考えるのが

しっくりくるが本当のことは分からない。ただ、彼女のサクアに関する言葉は何か一々引っかかりがあった。


もっとも、あくまでこれは颯太の主観でしかないので、これ以上は突っ込まないのが正解だろうと、1人思うのだった。


「急に静かになっちゃったわね」隣から雛乃の声。

 ということで、今この教室にいるのは颯太、雛乃、加えて気絶中の来徒の三人と

いうことになる。雛乃と颯太は隣同士になっている机にお互いなんとなく座ってい

る。


 「そうだね。来徒はまだ起きないしね」そういいながら颯太はなんともいえない

気まずさを感じていた。

 来徒は依然気絶したままだし、考えてみれば実質女の子と二人っきりということではないか。

しかもさっき知り合ったばかりの子だ。こんな状況はいままで経験したことがない。

 さっきまでとはまた違う種類の緊張が全身を駆ける。

 今の感情はなぜか悟られたくないかった。颯太は意味もなく正面の黒板をひたすら睨んでいた。


 「こいつはいつになったら起きるのやら。まったくお気楽な顔してるわ」

 ふふ、と微笑みながら雛乃は来徒を眺めている。

 「ホントだね。さっきまでのことが嘘みたいだ」

 「ね」

 ついさっきまでこの目の前で気を失っている同級生はナイフを持ち出し人に突き

つけていた。そして、たとえわずかでも相手を傷をつけている。改めてそれ以上の事態になら

なくて本当に良かったと思う。しかし、今こうしてすっかり静かになった教室に身

を置いていると、先ほどの騒ぎがまるで嘘だったかのようにおもえてくる。


 どこかで今の現実を受け入れられない自分がまだ存在しているのだ。いったい颯

太は何に巻き込まれたのだろうか。

 いけない、黙っているとどんどん思考の深みにはまっていく。今は沈黙を作る

のはあまり賢くはない。


 「あ、あのさ」

 「ん、なに」

 目を大きく開いて彼女は答える。目が合う。ふたりの距離は思ってたよりも近か

った。彼女のかすかな息遣いが耳を触る。つい、颯太はまた顔を黒板にもどしてし

まうのだった。

 「えと、そういえば雛乃と来徒は前からその、ちからていうのは使えていたんだ

よね、ここに来る前から」

 「うん、まあ、そういうことになるわね」

 「いつくらいからそういうのは使えてたの?」

 横目で彼女を見る。雛乃の表情からは感情を読み取れない。視線は颯太よりもっと

向こう、遠くに向けられていた。


 「だいたい2年くらい前になるかしら、来徒はもうすこしはやかったみたいだけ

どね」

 それは、ある日突然使えるようになるものなのだろうか。明確な変化として自分

でわかるものなのだろうか。目の前にあるものは未知なる物だから、やはり知りた

いという欲求が自然とあふれ出てくる。ふと、再び雛乃と視線がぶつかる。


 「気になるの?」

 彼女は口元にわずかな笑みを浮かべて言う。


 「う、うん。そりゃあ、目の前で今も起きていることだからね。少しでも知

りたいと思って……」

 「まるで他人事みたいに言うのね」

 「え」彼女は目を細めている。

 「ねえ颯太君、あなた本当にちからが無いんだ」

 彼女は覗き込むように目を向けている。色素の薄い瞳の中には颯太が映し出され

ていた。

 「うん、僕は本当にそういうのは持っていないとおもう。でもこの学園ではみん

な雛乃さんみたいなちからを使えるって事なんだよね」

 「わたしはそう聞いていたわ。でもサクアさんの話を聞く限り完全にそういうわ

けでもないようね」

 「う、うん。僕みたいにちからが無いという人もいるみたいだね」

 「ちからがないというか自覚していないということみたいね。でも実際にこの学

園に入れたということは『今』はまだちからをつかえないという解釈でいいのか

も」彼女はそれでも納得仕切れない部分があるようだ。聞こえるか聞こえないかと

いう声で「おかしいわね」と唇が動く。


 「え、なにが?」おかしいとはどういうことだろう? 妙にその一言がひっかか

る。

 「ん、なんでもない」彼女は颯太の問いにはっとしたような顔をしたがそれは一

瞬のことで、すぐにいつものやわらかな笑顔を作り颯太に向ける。しかし、そこに

は明らかな壁を作っていて、これ以上は何を聞いても颯太が望むような答えが返っ

てくるとは思えなかった。ここは切り替えて、ひとまずは最初から持っていた疑問をぶ

つけてみることにする。


 「この学園について教えてほしいんだ。どうやら僕の持っている学園の知識はも

うあてにならないみたいだから」

 「ここを普通の学校とおもってきてたなら、たしかに驚くことばかりかもね。わ

かったわ。ただ、私もそこまで詳しくは無いの。情報源が来徒だからね。あまりあ

てにならないかもよ」そういうと彼女はふふと笑みをこぼす。


 「それでもいいんだ。今は少しでもこの状況について知りたいんだ」

 颯太の言葉に雛乃は頷いて、わかったわとつづける。

 「たしかにこの学園は世の中に潜んでいる私たちみたいな異能者が

集められているらしいわ。ただし、それはここだけじゃない、こういう学校は各地にいくつも存

在しているみたいなの」

 「いくつも?それだけたくさんの能力者たちが存在しているってことだよね。ま

ったく知らなかった……」

 学校がいくつもたつほどの人数ならどこかですれ違っていてもおかしくない。考

えてみれば怖い話である。


 「うん、だから一般の人たちと距離を作るために、学校という形で隔離してるの

かもね」

 「誰が、何の目的でそんなことを……」

 雛乃はため息を一つつくと、指先を真下にちょんちょんと指す。

 「この国よ。ここも含めた異能力者達たちの学園はすべて国によって管理されて

るらしいの。もちろん公表されてない事だけどね」

 「そんなことって……正直、信じられないよ……」

 それは颯太の想像をはるかに超えた現実だった。まさかいきなり国家レベルの話

になるとは。当然、そんな話をされてもすぐには実感できるわけない。


 「来徒から聞いた話をそのまましているだけだからね。わたしも一つ一つ実際に

見たわけじゃないから」

 思っていたよりも颯太が深刻に話を受けてしまい、焦ったのか彼女はすぐに付け

加えた。来徒という名前がついただけで一気に信憑性が薄まるから不思議だ。彼女

は続ける。


 「まあ、そこらへんはサクアさんに聞いたほうが詳しくて正確な情報がもらえる

かもね。あとで聞いてみればいいんじゃない」

 「うん、たしかにサクアさんはこういう話は得意分野だろうね」

 いつもの調子で淡々と説明するサクアがすぐ目に浮かんだ。

 「なにかおかしい? 」


 雛乃の言葉ではっとする。自信でも気づかないうちに颯太はサクアの事を思い浮かべ

笑みをこぼしていたらしい。急いで言い訳を考えようとするが、その思考は間も無く強制的に中断された。

すぐ目の前に雛乃の顔がきていたのだ。彼女は大きな目でじっとこちらを見てい

る。

 「な、なに」

 「あなたって、不思議な人ね」

 「え」

 「だって、颯太君はいままでラインオーバーというものには無縁だったんでし

ょ。いきなしこんな現実離れした現実を突きつけられてるのに、すごい落ち着いち

ゃってる」


 静寂が深まるのを感じる。颯太は今、自分の心臓の音だけが耳に届いていた。

 「そ、そんなことないよ。もう自分ではどうしていいかわからない状態なんだ」

 「ほんとに? 本当に颯太君は何も能力をもっていないの? 」 

 颯太はそれに答えようとするのだが、残念ながらそれも雛乃によって封じられる

のだった。

 何気なく机の上に置いていた手に暖かな感触を覚える。それは彼女の手の感触。

雛乃の手は颯太の手を覆いかぶさるように触れられていた。


 雛乃の瞳はどこまでも深く透き通っていて、底なしの深海のようだ。きっと一度堕ちれば

二度ともどってこれなくなる。しかし、今の颯太にはそれから逃れる術は持っていないのだった。


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