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MMAルール

 山崎保健体育に指定された場所へ向かう途中、新たにチャットが飛んできた。


山崎保健体育 『配信について嫌悪はあるか?』


「……配信?」


経津野剛 『すみません。MUCHについて詳しくなくて、配信とは何でしょうか』


山崎保健体育 『知らずに参加してんのか?』

       『これ読んどきな』


 送られてきたのはMUCH公式サイトのリンク。

 内容を確認すると、MUCHは公認場所での対戦時にドローンカメラが勝敗の判定をしているらしい。

 先日の栗プリンと戦った時に勝敗判定をしていたのも、ドローンなのだろう。

 おまけに、配信に許可を出せば公式によるライブ配信で再生数に応じたファイトマネーが出るのだそう。


「ランキングを上げるだけじゃなく、顔を売りつつ金が貰えるなら拒否する理由はないか」


 これがプロの格闘家や家庭を持つサラリーマンなら憚るだろうが、俺には顔を知られて困ることは何もない。

 山崎保健体育へ配信は好きにして構わないと送り、目的地へ向かう。

 電車に揺られ、その後しばらく歩いた先に、指定された田園地域はあった。

 指定ポイントは田んぼのど真ん中で、田植え前のため水は無いが、土を掘り返しているのか足元が少し沈む。

 土と近くを流れる川の匂いが混じって地元を思い出しながら進むと、人影が見える。


「山崎保健体育さんですかね?」


「ああ。経津野剛か?」


 夜の田んぼは明かりが乏しく、月明かりしか頼れるものがない。

 山崎保健体育は少し背が低いものの、肩幅が広く重心が低い。おまけに耳は綺麗なギョーザ耳でその道のプロだと一目でわかる。


「配信の件、どうされるんです?」


「勿論やるさ。俺がMUCHをするのは金が欲しいからだ。結構数字持ってるんだぜ?」


 公式サイトを見るよう促され、確認すると確かに数万人の同接と多くのコメントが書き込まれているのが見える。


「ストリートでの寝技は、中々見れないからな。足元は土だが、マット程優しくはないぜ?」


 靴を脱ぎ、屈伸を数回してから構える山崎保健体育。

 彼に倣い、俺も靴を放り捨てて腰を落とす。


「参考までに聞くが、サブミッションの経験は?」


 サブミッション……寝技かぁ。

 地元でやってた相撲大会と、動物を投げるときくらいか?

 いや、投げ飛ばすのはサブミッションとは言わないよな。


「相撲くらいです」


「そうかい。じゃあ、じっくり味わいな!」


 叫びと共に山崎保健体育が突進してくる。

 その姿勢は低く、膝を狙う様は猪のようだった。


「貰った!」


 相手の右腕が左膝を抱え込む。

 右足も取られたら倒されると判断し、大きく足を逃がす。


「逃がさん!」


「うおっ!?」


 が、流石は熟練者。左腕が腰から背中へ回り、ズボンをがっちりと握りこまれる。

 その勢いに乗り右足を持ち上げられそうになるが、踏ん張りつつ相手に覆い被さりながら、腰へ手を回して抱え込む。


「なっ!?」


「うおぉおおおぉ!」


 そのまま力任せに放り投げて、状況を仕切り直す。

 軽く二メートルは投げられた山崎保健体育だが、綺麗に受け身を取って直ぐに起き上がった。


「とんでもねぇ才能だ。今からでも競技やらねぇか?」


「すみません。練習に時間は使ってられません」


 嫁探しに忙しいので。


「なら、楽しさを教えてやるよ」


 再度、姿勢を低く突っ込んでくる山崎保健体育。

 猪と組みあう際に大事なのは、牙を避けつつ肩を噛まれないようにすること。


「つまり!」


「なっ!?」


 牙に見立てた相手の腕。その両手首を掴み突進を押し留める。

 勢いを失いかけたところで、山崎保健体育はその場で跳躍し、両足で首を挟み込む。


「脳天割れるなよ!」


 全体重を使って体を反らし、強引に俺を引き倒そうとする。

 無理に逆らえば首を痛める可能性が過り、勢いに任せて投げられることを選んだ。

 視界が回る中、向こうの両手は俺が握っている。

しかし、回転の勢いが消えた今の体勢は俺が下で向こうが上。

 上下の利を生かし、相手は直ぐに首を極めに来る。


「あと数秒でお別れだぜ」


 首を圧迫され視界が明滅する中、気絶する前に力を込め、相手の両手首の関節を無理やり外す。


「がっ!?」


 僅かに拘束が緩んだ隙に起き上がり、距離を取って呼吸を整えた。


「とんでもねぇ馬鹿力だ」


 額に脂汗を滲ませ、相手は笑う。

 手を使わずに関節を戻すことは難しく、山崎保健体育が取れる手段は限られる。

 可能なら、このまま棄権してくれればいいのだが、その目はまだ僅かな勝ち筋を探している。

 追い詰められた獣と同じで死んでいない。


「これだけが、取り柄なもんで」


 呼吸は整った。

 あとは踏み込み、拳を振り抜くだけ。

 手心は加えない。相手もまだ、諦めていないのだから。


「貴方の笑顔は好きなので、腹に行きます」


「ははっ。嬉しいこと言ってくれるな」


 腰を落とし、深く息を吸う。

 土に足を取られないように強く踏み込み、足首まで地面に埋めて固定する。


「セイッ!」


 腰を捻り、思い切り拳を放つ。

 相手のガードを押しのけて、重く、低い音が少しだけ響いた。

 山崎保健体育が地面に倒れる前にそっと抱き寄せ、仰向けに寝かせる。

 その光景を暫くの間、ドローンが撮影し終え、スマホに通知が届く。


『マッチした山崎保健体育に勝利しました。ランキングが上昇しました』


 だが、通知はこれだけで終わらなかった。


『ランキングの順位に応じて機能が解放されます。すれ違いマッチが解放されました』


「すれ違いマッチ?」


 確認すると、特定条件に合致する相手が近くにいると通知が来るものらしい。

 条件には性別や身長、体重にランキング順位なども選べるようだ。


「俺より順位が上の人と会えるなら、オンにして損はないよな」


 その場ですれ違いマッチの機能をオンにし、俺は帰路についた。

 道中、ヘビ御膳からチャットが届く。


ヘビ御膳 『試合お疲れ様』

『配信で見たわ』


経津野剛 『おう』

『わざわざチャット、ありがとな』


ヘビ御膳 『アンタに相談があるの』

     『近いうちに会えない?』


 ふむ。

 ヘビ御膳とは、ランキングについて話をしようと思っていたので丁度いい。

 シフトやマチアプのスケジュールを確認し、都合のいい日時を送る。


ヘビ御膳 『アンタ、結構暇なのね』

     『急で悪いけど、明日でお願い』


経津野剛 『暇は余計だ』

     『明日ね、了解』

     『場所はまた送ってくれ』


 MUCHを閉じ、先ほどの試合を振り返る。

 山崎保健体育。祖父ちゃん以外では一番強かった。ヘビ御膳に絡まれた時もそうだが、実力者のサブミッションには対応が一手遅れてしまう。

 フィジカルでは勝っていても、いつか限界が来る。

 何事も、上には上がいるものだ。俺より優れた膂力も体格も、持っている人はいるだろう。

 そんな彼らの、サブミッションのレベルが高ければ?


「俺も学ぶべきか?」


 山崎保健体育なら、教えてくれるだろうか。

 いや、一度誘いを断った手前、図々しいだろう。


「でも基礎くらいは……せめて返し方だけでも……」


 結局、翌朝になっても山崎保健体育へ頼む決心はつかなかった。

 あれよあれよと、ヘビ御膳との約束まであと僅か。

 土地勘のない俺が迷子になってしまえば確実に遅刻する。

 そんなことあってはならないと、足早に街中を移動していると歪な人だかりが視界に入る。

 建物の壁を遠巻きに囲うような状況。

 群衆の声を聞くに、強引なナンパをしている輩がいるようだ。


「見て見ぬ振りはできないよな」


 ヘビ御膳へ少し遅れる旨をチャットで送り、遠目に見る人々を押しのけ、件の場所へ到着する。


「なぁ。いいでしょ? お茶くらい」


「そうそう。奢ってあげるからさ」


「すみません。そういうのは遠慮していまして……」


 絡んでいるのは胸板の薄く、枝のような足に張り付くズボンを履いた男性が二人。

 対する女性は、いかにも押しに弱そうな見た目をしている。


「おい、お前達……」


 彼らに声をかけ、近づこうとしたとき、スマホが震えた。

 ヘビ御膳からの返事かと思い、画面を確認する。

 

「え?」


 画面に表示されるのは『すれ違いマッチが発生しました』という通知。

 ここに、俺よりランキング上位の利用者がいる?

 意識が上位ランカーに逸れていると、声を掛けられる。


「あの、なんでしょうか」


「もしかして、この人と待ち合わせとかしてましたか?」


 弱弱しい声の主は、先ほどまでナンパをしていた輩達であった。

 どうやら、俺との体格差で揉めても無駄だと悟っているのだろう。


「ああ、そうなんですよ。連れが何か迷惑を?」


「いえいえ。全然大丈夫です!」


「お邪魔しました……」


 二人組はそそくさと消え去り、周囲の群衆も散り散りとなる。


「もう大丈夫ですよ」


 絡まれていた女性へ、できるだけ怖がらせないように話しかける。


「ありがとうございます」


 改めて観察すると、女性は恐怖に怯えたりしておらず、しっかりとした重心で立っていた。


「おかげで助かりました。危うく警察沙汰になるところでした」


 女性から手を差し出される。


「いえ。無事でよかったです」


 差し出された手を優しく握り返したとき、ガクンと膝から力が抜けて地面が眼前へ迫る。


「っ!?」


 咄嗟に空いている手と膝を地面へついて、顔がコンクリートへ叩きつけられるのを防いだ。

 頭上では感嘆の声が響く。


「おお~。初見で対応するなんて感心、感心」


 握手した手はするりと離れ、スマホの画面が突き付けられる。


「すれ違いマッチをオンにしてるなんて、純朴そうな顔して、実はジャンキーなのかな?」


 俺より強いかもしれない女性が、目の前にいた。


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