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【短編版】令嬢将軍はやり直したい〜処刑回避のために悪役令嬢を演じていた私、無事に婚約破棄されたので帝国では好きに生きようと思います〜

掲載日:2026/04/06

挿絵(By みてみん)





「ヘルミーネ、もうすぐで殿下がいらっしゃる。それまでに支度を済ませるように」


「分かりましたわ、お父様」


 扉の奥から聞こえてくる、低く厳しい男の人の声。

私はその声に表向きは従順に応えつつ、裏では静かにため息をついた。

私は身支度を整え、鏡を見ながら嫌々自分の顔に化粧を施していく。


 この後やってくるのは、この国の第一王子であるシャルル殿下だ。

公爵家の娘である私とは幼馴染であり、同時に婚約者という立場でもある。

だが私はどうしても彼から離れたかった、将来の王妃という立場を捨ててでも。


(もう私も16歳、そろそろ結婚の日取りが取り決められてもおかしくはない年だわ。なんとか回避しないと……)


 私の母国であるガリア王国は、滅亡の一途を辿っている。

度重なる戦争と王家の多大な出費で財政は傾き、その穴埋めを重税で行っている始末だ。

それゆえ、日に日に民衆の不満は高まっていた。


 ――民衆の不満が爆発したとき、どうなるのか私はよく把握している。

実は私には、他の人には見えないがもう一人の人格――彼はヒンデンブルクと名乗っている――が宿っている。

幼少期の頃から共に過ごしてきた彼は、現在の王国の状況を私に教えてくれた。


 ヒンデンブルクの話によると、民衆反乱の行き着く先は王政の破壊と王家の虐殺だ。

もしも第一王子であるシャルル殿下の妃になると、私は民衆の前に引きずり出され、公開処刑されるだろう。

なんとしても、私はそれを避けなければならなかった。


(分かっておるな、ヘルミーネ嬢。今日なすべきことは……)


(分かっているわ、ヒンデンブルク爺。何としてもここで――)


「シャルル殿下、ご到着なされました!」


 扉も貫通して響いてくる侍女の声。

シャルル殿下……私の歩く死亡フラグが。

私はペチンと自分の頬を叩き、そして勇気を込めて自室の扉を開いた。


「ようこそ……いらっしゃいました。シャルル殿下」


 私の目に飛び込んできた光景は、思わず目を覆いたくなるようなものだった。

殿下の横に侍る一人の女性……私の妹のロザリーだ。

周りの目など気にしないかのようにイチャイチャする彼らを見て、私は思わずこめかみを押さえたくなる。


(随分と誘導が上手くいったものだな。流石はあのポンコツ王子、といったところか)


(それぐらい単純で安心しましたわ。無駄に誠実でも、私たちの計画の障害になるだけですから)


 私は階段を降り、シャルル殿下の前へと足を進める。

そして優雅にカーテシーを決めるが、彼はあまり興味がなさそうにこちらを見た。

だが一応婚約者という建前、無視するわけにもいかないので彼は嫌々口を開く。


「ヘルミーネ嬢。君はいつも私と会う時に退屈そうにしているな。よほど本が好きなようだ」


「御冗談を。私は殿下と共にする時間を日々楽しみにしておりますわ」


「……本当に可愛げのないやつだ。君の妹のように、少しは男に媚びるということを覚えたらどうだ?」


 シャルル殿下の腕を掴むロザリーの手には、豪華絢爛な指輪の数々が卑しい光を放っていた。

それだけの宝石を買うほど浪費するから、国家の財政が傾くのだろう……

だが女に媚びられる、という優越感に浸っている殿下には、到底たどり着けない考えなのかもしれない。


「申し訳ございません、殿下。しかしこれは国のためでもあるのですわ」


「国のため、だと?」


「ええ。それだけの宝石を買うお金があれば、数多くの困窮した平民に食料を配ることができるでしょう。王妃になるということは国民の母になるということ、自分の子を飢えさせるようなことは出来ません」


 私の言葉を聞いたシャルル殿下とロザリーは、不快さを隠す気もなく顔を歪めた。

ロザリーに至っては、殿下に顔が見えないことをいいことに親指を下に向ける。

面白いほどに、二人は馬鹿であった。


「……お姉様、今の発言の意味を理解しておいでで?」


「もちろんですわ、ロザリー。私は馬鹿ではありませんので」


「そうだな、ヘルミーネ嬢。そして私もその言葉の意味を理解できないほど馬鹿ではない……」


 シャルル殿下は、拳を握ってわなわなと震えていた。

顔が段々と赤くなっていき、何かをこらえようとしているのか歯を噛み締めていた。

そう、これで良い――後は殿下が()()()を下してくだされば……


「――ヘルミーネ嬢」


「はい」


 シャルル殿下は顔を上げ、そして大きく口を開けて言い放った。


「私はこの時をもって、ヘルミーネ嬢との婚約を破棄することを、ここに宣言する! そして同時に、ロザリー嬢との婚約の締結をここに宣言する!」


 殿下の英断が広場に響き渡ったとき、玄関ホールには二人の歓喜の声が響き渡った。

一人は婚約の成立に歓喜したロザリーの、もう一人は婚約破棄に歓喜した私のものである。

私が今までに見せたこともないほど喜んでいる様子を見て、シャルル殿下は顔を醜く歪めた。


「ヘルミーネ、君はそこまで愚か者であったか。もうよい、私の前から姿を消し給え。そして二度と、私の前に姿を現さないでくれ」


「心得ておりますわ。では、お二人の将来に神の祝福(ギロチン)のあらんことを」


 私は恭しく礼をして、すぐに自分の部屋へと戻っていく。

やった……ついに私はやり遂げたんだ、死亡フラグの破壊を!

私の胸は、これまでにないほど大きく鼓動していた。


(ついにやり遂げたな、ヘルミーネ嬢)


(そうですわね、ヒンデンブルク爺。しかし、これからが大変ですわ)


(ああ。王家という後ろ盾を失った以上、この国には居づらい。だからこそ、このときに備えて準備を進めてきたのであろう?)


 私は無言でクローゼットを開き、中に隠しておいたトランクを引っ張り出す。

預金通帳、印鑑、戸籍謄本……生きていくために必要なものだけが入っている。

走りにくいハイヒールを脱ぎドレスを脱ぎ捨てた私は、目立たない格好に着替えて屋敷の裏門から脱出した。


 私は市中の人に紛れ込み、あらかじめ手配しておいた荷馬車に乗り込む。

そこで私は、木箱の中に隠してあった服へと着替える。

荷馬車は大きな秘密を隠したまま、静かに国境線を越えるのであった。


「では、行きましょう。そう――帝国に!」





「到着しました。ヘルミーネ様」


 荷馬車の幌が開けられ、温かい陽光が荷台に差し込んでくる。

私は窮屈な荷台から解放され、ついに帝国の土を踏んだ。

帝国――正式名称をゲルマニア帝国というこの国は、最近有力諸侯らを中心としてできた新興国だ。


「――荷馬車での移動はいかがでしたかな? ヘルミーネ嬢」


「自分で提案しておいてなんですが、もう二度としたくはないですわね」


 ヒゲを触りながら、穏やかな顔で近づいてくる老人。

モノクルがトレードマークの彼はサヴォイア公フィリップといい、ゲルマニア帝国を構成する有力諸侯の一人だ。

今回の脱出に際して、全面的に協力してくれたのが彼であった。


 サヴォイア公とは何度かパーティーで出会ったことがあり、面識があった。

かねてより帝国への脱出を計画していた私は、思い切って彼に協力を仰いでみた。

すると彼は、王国の情報を提供する代わりに計画を支援することを約束してくれたのだ。


 母国の情報を売り渡すのは少し気が引けるが、処刑されるよりはマシだと思う。

私はトランクに入れて持ち込んだ機密文書を渡し、サヴォイア公はそれをしっかりと受け取った。

中身を精査した彼はコクリと頷き、そして私の服を見ながら言った。


「たしかに受け取りましたぞ、ヘルミーネ嬢。これからは同じ帝国の一員となることを歓迎したいが……その服、本当にそれを着る気かね?」


 私が荷馬車の中で着替えた服――それはこのゲルマニア帝国の軍服である。

隣国の公爵令嬢が、この国で生きていくには何かしら自分の立場を保証するものが必要だった。

そこで私は、ゲルマニア帝国の軍人となることを選んだのだ。


 もちろん、私は軍事に関してはからきし素人同然である。

だが、私の中にいるヒンデンブルク爺はかつて地球という場所で元帥をやっていた、生粋の軍人だ。

彼の知恵を借りれば私でも十分、将官としてやっていけるだろう。


「大丈夫ですわ、公爵様。もとより、この格好は私の望んだことですので」


「……か弱き令嬢に軍服を着せるのは少し気が引けるが、それが本人の意思というのであれば仕方がないじゃろう」


「ふふ、ご理解いただきありがとうございますわ」


「構わんよ。だがもちろん服を着ただけでは軍人になることはできん。そのためには――」


 サヴォイア公は、後方に控えている建物に目をやる。

石造の重厚な建物、それはここゲルマニア帝国の陸軍士官学校であった。

私はここで、軍人となるためのテストを受けなければならない。


 母国のガリア王国では、女性が軍人になることは許されていなかった。

女性は家庭を守るもので男性が国家を守る――そんな古臭い伝統が染み付いているせいだろう。

だが新興国のゲルマニア帝国では、人材不足も相まって有能な人間であれば男女関係なく軍務に服すことができるのであった。


「すでに試験の用意はさせてある。後は――ヘルミーネ嬢の腕次第じゃな」


「ここまで用意していただきありがとうございますわ。公爵様」


「よい。では、いい知らせが届くことを楽しみにしているぞ」


 私はサヴォイア公に一礼し、士官学校の門をくぐる。

皮の軍靴が心地よい音を響かせ、私――というよりは私の中のヒンデンブルク爺の興奮が高まっていることが感じ取れた。

私はその足で裏の練兵場へと移動し、そこで待っていた士官候補生たちと合流した。


(部隊の指揮は儂に任せれば良い。ヘルミーネ嬢は儂の指示通りに号令を出してくれ)


(気が早いわ、ヒンデンブルク爺。まずは挨拶からよ)


(むむ、それもそうじゃな……)


 私は士官候補生たちの教官の前に立ち、彼に敬礼する。

教官も答礼し、彼が手を降ろした後に私も降ろす。

そして士官候補生らの方を向き、大きな声で話し始めた。


「この者――ヘルミーネは、本日よりこの陸軍士官学校に入学する。つまり貴様らの同期である!」


 私が同期となる――そう聞いた士官候補生らの間には、不安と失笑が混じっていた。

それはきっと、開放的なこの国もでまだ、女性が軍人になることに対する反感のようなものがあるのだろう。


「貴様らの不安も分からないではない、ならば実力で示してもらおうと思う」


「教官、具体的にどう実力を示すのでしょうか?」


 候補生の一人が教官に聞き、他の候補生たちも「そうだ」と同調した。


「簡単なことだ。私の指揮する同数の部隊と模擬戦闘をしてもらう。それである程度の手腕は計れるだろう」


「教官の指揮する部隊と? 無茶だ」

「教官は前線出身の退役軍人だぞ? それでは比較にならないと思うが……」


 候補生らの不安の声が飛び交う中、私は顔色一つ変えずに教官を見据える。

この胆力は私のものではない――きっとヒンデンブルク爺のものだ。

爺の前世は良く知らない、でもきっといくつもの困難を乗り越えてきた、立派な軍人だったのだろう。


「負けても構わん。これは貴様の判断力を図るものだからな」


「――あら、私は負ける気はありませんわよ」


「ふっ、その意気だ。そうでなければ軍人は務まらん!」


 教官はニヤリと笑い、その視線を私から士官候補生らへと移した。

彼は士官らを次々に振り分け、また同時に訓練している一般兵たちも同数あてがった。

私の方に振り分けられた者たちは、残念そうな顔をしながら私の周りに集まる。


(ヘルミーネ嬢、儂も随分となめられたものじゃな。そう思わんか?)


(ヒンデンブルク爺は周りの人には見えないでしょ。仕方がないわよ、私は女性なんだから)


(ならば分からせてやらねばならん。――少し口を借りるぞ)


 ――私の中に存在するヒンデンブルク爺は、少しの間であるが私の体の主導権をもつ事ができる。

だが普段の彼は、私との約束で体を借りないようにしていた。

だから今回の彼の行動は異例であったが、それだけ軍人としての血が騒いでいるのだろう。


「――諸君、よく聞き給え! 諸君らは私が女であることを不安に思っているだろう。だが軍人の本質は性別ではない。その場における的確な判断力と行動力である!」


 ヒンデンブルク爺の演説は、私の声にもかかわらず場の空気を震わせる。

その声に候補生や一般兵は、体の奥から揺さぶられるような何かを感じ、私の方をじっと見た。


「今は性別に縛られた考え方を持っていても良い、だがそれはこの模擬戦が終わるまでだ! 模擬戦が終われば、自ずと諸君らの中にある偏見は崩れ去るであろう。私を信じろ! 己の義務に熱中せよ! その先に、私は誉ある勝利を捧げんと、ここに神の名のもとに約束しよう!」


 演説は場を支配し、教官側の将兵もこちらを見てた。

そしてどこかから拍手が起き、それは歓声とともに全体にまたたくまに広がっていく。

――それが初めて、私のもとに全員の意思が一つになったときであった。


「ふむ、サヴォイア公はよい拾いものをしてきたようだ」


 教官はポツリと呟き、そして自分の陣地へと馬を進めた。

それに合わせて私も、ヒンデンブルク爺の指示通りに部隊を展開していく。

――私の入隊の可否を決める戦いが、ここに始まろうとしていた。





 ――勝敗が決定的になるまでには、そう時間はかからなかった。

私はヒンデンブルク爺の言われるがままに部隊を配置し、号令を出してただけだった。

だがそれだけで、教官の指揮する部隊は雪崩のように崩れていった。


 少し小高い場所に立っていた私は、丁度自軍の竜騎兵が敵の本陣に突撃していくところを眺めていた。

ほぼ自軍側に被害を出さないまま敵の強固な守りを破った手腕に、他の士官候補生たちは仰天していた。

……私が考えた作戦ではないことは、野暮だから言わないが。


「――まさか、これほど完敗するとは思ってもいなかった。ヘルミーネ君」


「お褒めに預かり光栄ですわ、教官。これで私も入学してもよろしいのでしょうかしら?」


「もちろんだとも。ようこそ、陸軍士官学校へ」


 私は教官と固い握手を交わし、それに士官候補生たちが拍手を贈ってくれた。

最初は私を怪訝な目で見ていた彼らであったが、模擬戦後はそのような目で見られることはなかった。

ヒンデンブルク爺も久しぶりの戦闘に満足したようで、白旗が見えたときは珍しく興奮していた。


「そういえば名乗っていなかったな。私の名前はゲルトルート。元帝国陸軍中佐で、現在はこの陸軍士官学校で教官をしている。改めてよろしく」


「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。私の名前はヘルミーネ・フォン・ヒンデンブルク。以後よろしくお願いいたしますわ」


 私がさっき名乗った苗字――ヒンデンブルクは私の本来の苗字ではない。

仮にも公爵家の生まれである以上、隣国のゲルマニア帝国にも実家の苗字は知れ渡っている。

それゆえ生きていくには不便であり、代わりにヒンデンブルク爺の家名を名乗ることにしたのだ。


「――ヘルミーネ嬢。先程の指揮は素晴らしいものだった」


 唐突に後ろから名前を呼ばれ、私は思わず振り返る。

そして私が振り返った先には、同じく軍服に身を包んだ、同い年と思われる青年が立っていた。

その時、教官や士官候補生たちは一斉に膝を地面につき、頭を垂れた。


「ヘルミーネ君、頭を下げなさい」


 ゲルトルート教官は私にそう忠告し、私も従って頭を下げようとする。


「そのままよい。気楽にしたまえ」


「し、しかし……」


「私が良いと言っているのだ、ゲルトルート」


「……はっ」


 明らかにゲルトルート教官よりは年下、なのに教官は彼に対して敬語を使った。

――そういえば、ゲルマニア帝国には私と同じぐらいの歳の皇太子がいると聞いたことがある。

彼は病弱故に社交界には出てこないと聞いていたが、まさか彼が……


「無礼をお許しくださいませ、皇太子殿下」


「構わないと言っているだろう、ヘルミーネ嬢。それに私は名乗っていなかったのだ、気が付かないのも無理はない」


 彼は、私が『皇太子』と呼んだことを否定しなかった。

間違いない、彼はゲルマニア帝国の皇太子、フリードリヒだ。

まさか病弱と噂されていた皇太子が元気で、しかも軍務に服しているとは……


「自己紹介が遅れた。私の名前はフリードリヒ・フォン・ホーエンツォブルク。このゲルマニア帝国の皇太子だ。ヘルミーネ嬢、君のことはサヴォイア公から色々と聞かせてもらっている」


「お会いできて光栄ですわ、皇太子殿下。ところで、私に何の用でしょう?」


「君が持ってきた書類について話がある。付いてきたまえ」


 私は言われるがままフリードリヒ殿下の後をついていき、士官学校内の一室に通された。

殿下の使用人がティーポットを持ってきて、対面する殿下と私に紅茶をついでくれる。

私はそこに少しの角砂糖を入れ、まだ湯気のたっている紅茶に口をつけた。


「君の持ってきた書類には一通り目を通させてもらった。確かにあの内容であれば、亡命を受け入れる対価になりうるだろう」


「お気に召されたようで何よりです」


 私はニコリと笑顔を浮かべ、フリードリヒ殿下の顔を見据える。

私とは対称的に、殿下はその真顔を崩すつもりはないらしい。

恐ろしい、と心のなかで思う気持ちはあるが、爺のおかげなのか平静をなんとか保てている。


「……ヘルミーネ嬢。一言で言えば、この書類の内容はガリア王国の弱点となる。それも致命的な、な。君は我々にこれを渡して祖国に復讐を――とでも考えているのか?」


「祖国に仇成すつもりはありませんわ。復讐の気持ちがあるとしても、それは王家に対して、ですわ」


 その言葉を聞いたフリードリヒ殿下は、眉をピクリと動かす。

私が第一王子の婚約相手であったという事実は、当然サヴォイア公から聞いているはず。

未来の王妃だった私が王家に復讐の気持ちがある……それを殿下はどう捉えているのだろうか?


「御存知の通り、私は将来王妃となる立場にありました。そして王妃になるということは同時に、国民の母になるということです。しかしその国民が、親たる私たちに歯向かわんとしている――ならば私はどうするでしょう」


「……続けてくれ」


「私は未来の夫を捨て、国と離婚してでも国民を守るという選択肢を選びました。腐敗した王家ではなく、勢いがあり国民を守ることができるであろう、このゲルマニア帝国に賭けたのですわ」


「国民のためにガリアを捨て、我が国と不倫するというのか……。サヴォイア公は、随分と恐ろしく、そして気強い人を連れてきたものだ」


 フリードリヒ殿下はやれやれとばかりに溜息を付き、椅子から立ち上がる。

そして左手をやはりポケットに入れたまま、少し不器用に軍服のシワを整えようとする。

そっと私は手を添え、軍服のシワを整えた。


「すまないな、気を使わせて」


「いいえ、お構いなく。今後はこうして、殿下のお傍に仕えさせていただきとうございます」


「なんだか、君とは長い付き合いになる気がするよ。それも少し厄介な、な」


「ふふ、これからよろしくお願いしますわね」


 こうして、私とフリードリヒ殿下の初対面は終わりを告げた。

そしてその後、殿下の予言は見事に的中することになる。

それは良い意味でも、悪い意味でも。




 フリードリヒ殿下と出会ってからはや4年、私は士官学校の四回生になっていた。

殿下も同じく四回生であり、士官学校には最高学年として君臨している。

そんな同学年の私たちは、よく演習場で同じ時間を過ごしていた。


 時には味方として、時には敵としてフリードリヒ殿下と対峙する。

指揮に関してはヒンデンブルク爺がいるこちらの方が上手であり、殿下は常に敗北の辛酸をなめていた。

だが敗北のたびに殿下は私に教えを請うてきて、そのたびに私たちは会話を交わした。


「また負けか。にしても現役の将校との模擬戦にもお前は余裕で勝利したと聞いたぞ。間違いなくその実力は帝国内でも指折りだろう」


「お褒めいただき光栄ですわね。しかしその私はこの学年では次席、首席の方は私よりも優秀な方なのでしょうね?」


「……それは私が皇族のものであるから教授陣が贔屓しているだけだ。君が一番であることは明白だ」


 皇族の機嫌を損ねないためという思惑もあり、フリードリヒ殿下は常に首席を維持していた。

これは何も帝国に限った話でもなく、王国でも普通に起こっていたことだ。

……ただ優秀な殿下と比べ、堕落したシャルル殿下が首席であることには少し不満があったけど。


 私たちは既に卒業を目前に控えており、卒業後は軍に入隊することになっていた。

入隊後は陸軍大学校への進学や現場勤務など多数の分かれ道があり、同期たちはバラバラになる。

それは私たちも例外ではなく、特に皇族の殿下は中央に留め置かれて会うことも少なくなるだろう。


 少し寂しい気持ちもあるが、それは軍人としての定め。

残された僅かな時間を大事に噛みしめて過ごそう――そう思っていた。

だが、事態は思いがけない方へと転がっていくことになる。


 それは普段と同じように過ごしていたある日のこと。

図書館に収められた戦術書を殿下とともに読み解いていた時であった。

急に図書館の扉が開いたかと思うと、一つ下ののある生徒が私たちを見つけるなり叫んだ。


「お二方! すぐに参謀本部に向かってください!」


 参謀本部――その言葉が聞こえた途端、図書館中の生徒の視線がこちらに集まった。

そして彼らは等しく顔をこわばらせ、図書館中が異様な空気に包まれる。


「……すまない。参謀本部に行け、と言われても理由がわからない。わかりやすいように説明してくれ」


 フリードリヒ殿下は困惑した顔でその士官候補生に聞き、私も首を縦に振って同意した。

士官候補生の回答に他の生徒たちも注目し、彼は困ったような顔であたりを見回す。

だが遂に周りの圧力に屈し、小さな声で言った。


「革命が起こったとのことです。それ故非常召集がかかったと」


「革命!? わが国でか!?」


「いえ、隣国のガリア王国です」


 その言葉に、私もフリードリヒ殿下も顔をこわばらせる。

そして恐らく二人とも同じく、初めて会った日の会話を思い出していた。

祖国での革命――ついに来る時が来てしまったのだ。


「すぐに向かおう。ヘルミーネ、君もすぐに支度を済ませたまえ」


 フリードリヒ殿下は慌てて席を立ち、私もそれに続く。

もしも悪い予感が的中すれば――私たちはこれから最前線に送られるはずだ。

その事を念頭に置き、私たちは用意を整えた。





 ――参謀本部への召集から数日後、私はガリアに向かう列車に乗り込んでいた。

私の予想は正しく、私も殿下も最前線で指揮を執るようにと命が下ったのであった。

その日のうちに列車に乗った私たちは、途中で指揮を執る舞台を伝えられた。


 私に与えられたのは竜騎兵――つまり馬を用いた偵察部隊だ。

それが一個小隊、40名の命を私は預かることになる。

そして同時に、私はこの40名とともに祖国へと攻め入らねばならないのだ。


 そして私に下された任務は人質の解放、つまり王族の奪還だ。

私は元はガリア王国の出身、よって帝国のどの軍人よりもガリアの地形を把握している。

よって、市街戦が予想される今回の作戦に最適だとされたのだ。


 この作戦からわかるように、あくまでも帝国の目的は王族の保護と治安の回復だ。

だがその裏には、王政の打倒という前例を作りたくないという思いと、ガリアの王族に恩を売っておきたいという帝国の首脳部の思惑が重なっているが。


 列車を降りた私は、国境から30kmの地点で小隊と合流した。

そこで小隊の兵士から戦況を聞いた私は、驚きを隠すことができなかった。

既に帝国軍は国境を越え深く浸透し、首都ルテティアを目前にしているというのだ。


 革命で混乱しているとはいえ、ガリア王国は大陸でも有数の軍事国家。

その正規軍を相手にしてこの進撃速度ということは、それだけ王国が弱っていたということだ。

もっとも、王族を保護し治安を回復させるという名目の帝国との不要な衝突を避けているのかもしれないが。


(この感覚、少し懐かしいものだな)


(爺は、前世でこのような状況にあったことがあるのかしら?)


(厳密には少し違うが……敵国の首都に入城することになったことはあるな。それも同じく革命が渦巻く敵中に)


 馬を走らせながら、ヒンデンブルク爺が脳内で話しかけてくる。

革命のことを教えてくれた爺からは、革命の行く末も教えてもらっている。

その未来を起こさないためにも、私は急がなければならなかった。


 国境からルテティアまでは400km近くの距離がある。

列車を使えればよかったが、両国間の線路幅が違うため不可能だ。

そのため、ルテティアにつく頃には出発から一週間が経過していた。


「はあ、はあ……ようやく着いたわね」


 ルテティアが見下ろせる丘の上に小隊は陣取る。

そこから見えるのは花の都と謳われたルテティア、ではなく戦火渦巻く戦場と化した街であった。

連日加えられる帝国軍の砲撃で街は瓦礫と炎に包まれ、それに反発するように赤い旗がはためいている。


 その赤き旗のもとに集うのは、私がかつて愛情を注ごうとした国民たちだ。

私は今、帝国軍の士官候補生として国民衛兵と名のる彼らに銃口を向けなければならない。

その思いが、私の決断を最後まで遅らせていた。


(国民が不満を爆発させるのはわかるわ。でもここで革命を起こしても国際的に孤立するだけ……私が真に国母として行うべきことは――)


 私は手綱を強く握りしめ、燃え盛るルテティアを見据える。

ここで決断を下すことができなければ、私が帝国へと亡命した意味がなくなってしまう――

決意を固めた私は小隊の方へと向きなおり、こう宣言した。


「小隊! 我々はこれよりルテティアに突入する! ルテティアは私の生まれ故郷、付いてきなさい!」


 私は馬を駆け出させ、小隊はそれに続く。

既に砲撃で崩壊していた西門を突破した小隊は、立ちふさがる無数のバリケードと国民衛兵を突破していく。

その過程で数名の小隊員が命を落とし、また国民衛兵も、愛する国民も無数が命を落とした。


 その時の私の顔は、誰にも見せることができないほどひどいものだっただろう。

愛すると誓った国民に自ら手をかけ、自分の思い通りに動かない展開に絶望する。

それでも、私は進まなければならない。


「小隊長! 我々はどこに向かっているのですか!」


「シャルル10世広場と呼ばれる広場よ! そこに革命裁判所が置かれているらしいわ!」


 革命裁判所、それは国民衛兵が作り上げた裁判をする組織だ。

先に潜入している斥候から、ここに王族がとらわれていると報告を受けている。

広場はルテティアの中心部……あと少しで着くはず。


 その頃のルテティアには、それまでよりも投射量を増やした砲撃が各所に降り注いでいた。

おかげで国民衛兵の注意も複数個所に分散しており、突破がしやすくなっている。

私もヒンデンブルク爺の助けがなければ、きっと恐怖で動けなくなっていただろう。


 視界が広がり、青い空とそれと対比されるような赤い旗が目に入る。

小隊の突入と同時に隠れていた斥候が次々と姿を現し、国民衛兵に向けて発砲した。

銃弾に倒れた国民衛兵の血が広場を彩り、絶望の声が広場を支配した。


「すぐに王族を確保するのよ! 顔は私が覚えているわ!」


「そういわれましても……この人混みでは見つけるのは!」


 私は必死に広場を探し回り、小隊員は私の周りの国民衛兵を排除する。

そしてついに私は見つけてた――それも見るのも憎たらしいと思っていた顔を。

その男はギロチンに首をはめられ、今にも処刑されんとしていた。


 ギロチンにより処刑されようとしているのはシャルル殿下であった。

顔には目隠しがつけられ、騒げないように口には縄をかまされている。

この状況で彼を助けるには、処刑人が縄を切る前に処刑人を殺さなければならない。


 私はライフルを構え、処刑人の頭に狙いを定める。

そして引き金を引くと、銃弾が前へと飛び出した。

薬莢が地面にカランと乾いた音とともに落ちるのと同時に、処刑人は崩れ落ちた。


 私は急いで処刑台の階段を駆け上がり、シャルル殿下をギロチン台から取り外す。

彼にかませられた縄を軍刀で切ると、彼は苦しそうに咳き込んだ。


「どこの誰であるかはわからないが感謝する。褒美に何か取らせよう!」


「……では、貴方の身柄を」


 私はボソッとそう言い、シャルル殿下につけられた目隠しをずらした。

彼の目に私の顔が映った時、彼はいったいどのような気持ちに襲われたのだろうか。

救われた安堵と私の顔を見た怒り、それらが複雑に交じり合って歪んだ顔をしていた。


「お久しぶりです、殿下」


「……ヘルミーネ、私をどうするつもりだ?」


「どうもしませんわ、ただ帝国に連れ帰るだけです。今の貴方にはそれだけの価値しかありませんのでね」


 私はあえて冷たくそう言い放つ。

きっとシャルル殿下の性格であれば、私に対して怒鳴ってくるだろう。

だが、意外にも彼は淡々とこう答えた。


「ヘルミーネ、どうやら君が正しかったようだ。私は国民を愛さなければならなかった」


 シャルル殿下は自分の非を認め、深くうなだれる。

……これは助かるための演技であろうか? それとも本性であろうか?

願わくば、本性であってほしいものだ。


「もう一度私に仕えるつもりはないか、ヘルミーネ? やり直そう」


 シャルル殿下は目線をあげ、私にそう問いかける。

だが私は少し間を開け、こう答えた。


「申し訳ございません、私は殿下のもとには戻れないですわ。――もう戻るべき場所も、仕えるべき人も見つけたのです」


 私はそれだけ言うと、シャルル殿下を馬の背中に乱暴に乗せた。

そしてほかの王族たちの救出も終えると、急いでルテティアから脱出した。

私は馬を走らせる――新しい居場所、フリードリヒ殿下のもとへと!

初めまして、Altemith/あるてみすと申します。

『【短編版】令嬢将軍はやり直したい』をご覧いただきありがとうございました!

この作品はタイトルにもあるように『令嬢将軍はやり直したい』の短編版となります。

後日、長編版が投稿されますので、そちらも読んでいただけると幸いです!

また、近況ノートに表紙絵をアップしておりますので、そちらも見ていただければと思います!

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