問い
訓練所は静まり返っていた。
木刀の音だけが、乾いた空気を裂く。
迅は一歩踏み出す。
玄は振り向かない。
「来たか」
迅は答えない。
足元の木刀を拾い、構える。
沈黙。
「……打ってこい」
踏み込む。
全力の一撃。
止められる。
押しても、びくともしない。
二撃目。
三撃目。
すべて受け止められる。
汗が、床に落ちる。
玄の声が落ちる。
「なぜあの時の力を使わない?」
沈黙。
迅は何も言えない。
「鬼の名は?」
また沈黙。
「……分からないか」
木刀が下がる。
「話にならん」
一歩引く。
「出ていけ」
迅は俯く。
視線が、手の甲へ落ちる。
刻まれた紋章。
熱はある。
だが、応えない。
何も、返ってこない。
⸻
瓦礫の匂いが、まだ街に残っている。
迅は修復作業の現場へ向かった。
黒鉄は黙々と石材を運んでいた。
「……黒鉄さん」
黒鉄は振り返る。
「どうした」
迅は迷わない。
「鬼について、教えてください」
風が吹く。
黒鉄はしばらく迅を見つめる。
やがて、近くの瓦礫に腰を下ろした。
「鬼は、力ではない」
低い声。
「契約は支配でもない」
迅は黙って聞く。
「鬼は応じる」
「だが、理由なく応じはせん」
迅の拳がわずかに握られる。
「俺は……守るために契約しました」
黒鉄の目が細くなる。
「守る、か」
間。
「それは、お前の理由だ」
「鬼の理由ではない」
沈黙。
「鬼の名を知らぬということは」
「まだ対等ではないということだ」
迅の視線が紋章へ落ちる。
黒鉄が続ける。
「問え」
「力を引き出そうとするな」
「まず、お前が何を望むのか」
風が止む。
紋章が、わずかに熱を帯びる。
ほんの一瞬。
脈打つように。
迅の目が見開く。
だが、それ以上はない。
黒鉄が立ち上がる。
「焦るな」
「鬼は、急かしても口を開かん」
迅は小さく頷く。
「……はい」
夕陽が街を赤く染める。
迅はもう一度、手の甲を見る。
沈黙の紋章。
だが、さきほどよりわずかに温かい。
問いは、始まったばかりだ。




