中庭
空が裂けた。
それは比喩ではない。
張り詰めていた結界が、古びた布のように音を立てて破れたのだ。
黒い穴が、ゆっくりと口を開く。
次の瞬間、悪魔が降り注いだ。
地面に叩きつけられた衝撃と同時に、牙が剥かれる。
理性のない殺意が、学院を満たす。
刻印が一斉に光る。
炎が走り、雷が落ち、氷が砕ける。
怒号と悲鳴が交差し、さっきまでの儀式の余韻は一瞬で消えた。
迅は避難誘導に回りながら、迫る下級悪魔を訓練用の剣で払う。
軽い。
頼りない。
本物の刃ではない。
それでも、振るうしかない。
一体、二体。
浅い斬撃でも、急所を捉えれば倒せる。
だが、数が違う。
そのとき。
下級悪魔たちが、ぴたりと動きを止めた。
命令でも受けたかのように、左右へと分かれる。
道ができる。
ゆっくりと、影が降り立った。
四メートルを超える巨躯。
完全な人型。
だが人間とは違う。
肌は闇に包まれ、目だけが淡く光る。
空気が重い。肺が圧される。
一人の契約者が叫び、突撃する。
炎が直撃する。
だが闇がそれを覆い、弾いた。
次の瞬間、爪が閃く。
契約者の体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
動かない。
沈黙。
巨影は腕を振るう。
校舎の一角が裂け、遠くの建物が崩れる。
爆音が遅れて届く。
街の四分の一が、数分で瓦礫と化した。
巨影は首を傾ける。
壊すこと自体を、楽しんでいる。
蓮が歯を食いしばる。
「……俺は行くぜ」
氷が大剣を包み、空気が白く染まる。
零が銃を構える。
「……私も行く」
二人は駆け出す。
だがその前に、下級悪魔の群れが立ちはだかる。
牙が迫る。
蓮が踏み込み、氷刃を振るう。
凍りついた悪魔が砕け散る。
零の弾丸が風をまとい、急所を撃ち抜く。
正確。無駄がない。
だが、数は減らない。
「邪魔だ!」
蓮が道を切り開く。
零が背後を抑える。
二人は少しずつ、巨影へ近づく。
迅は立ち尽くす。
避難を優先すべきか。
追うべきか。
瓦礫の向こうで、建物が崩れる。
悲鳴が響く。
足が、勝手に動いた。
氷刃が巨影に叩きつけられる。
弾かれる。
風弾が闇を穿つ。
浅い。
巨影が振り向く。
距離が一瞬で詰まる。
爪が振るわれる。
蓮が吹き飛ぶ。
零が地面を転がる。
黒鉄が割り込む。
足を踏み抜く。
地面が隆起し、岩壁が立ち上がる。
闇がそれを裂く。
岩が砕け散る。
黒鉄が血を吐き、膝をつく。
巨影の腕が振り上がる。
トドメ。
黒鉄が迅を見る。
「逃げろ!!」
胸の奥で何かが弾けた。
迅の唇が震える。
「……逃げる?」
巨影の影が覆いかぶさる。
時間が、引き延ばされたように遅くなる。
そして――
闇が振り下ろされる。
(第二話 終)




