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DI[e]VE  作者: 武倉悠樹
すれ違い
9/21

鍵の側へと‐湯島誠の昼休み2‐

「だ、か、ら!! 先生の気のせいですよ! 校内で通話なんか!」


 聖からの電話を切った後俺は、校内での携帯の使用を咎めてきた生物の和田の追求を必死で躱していた。


 正直言って間が悪いと言うか、運が悪いと言うか、とにかくついてない。携帯の持ち込み、使用禁止など、もはや監督する側の教師ですら気にもかけない古びた校則だ。授業中に開けっぴろげに弄ってるわけでもなければ、休み時間に電話をかけていようが怒られることはない。唯一この生物教師、すんぐり体系にカエル頭を乗せた和田を除いては。


 生活指導の笹川ですら、形式的に「携帯使うなら俺の目の届かないところでしてくれ~。立場上何も言わない訳にもいかないからな」と言いながら通りすぎるに留まっているのにも関わらず、和田の面度臭さと言ったら。だから女子から「キモガエル」なんて呼ばれるんだよ、と心の中で毒を吐く。


「い~や、俺は見たぞ、湯島! 持ち込みだけならいざ知らず、校内で通話とはいよいよ許せんな!」


 なにが、持ち込みだけなら、だ。例え通話してなくとも、持ってるのを見かけただけで、鬼の首を取ったように咎めてくる癖に。 


 幸い去年の一年間生物の授業で顔は合わせたものの、今後の俺のカリキュラムに生物はもう登場することはない。生徒から嫌われぶっちぎりだけでなく、教師間の評判もあまり良くないという噂の和田は、担任も持っていない。


 つまり逃げるが勝ちだ。


「マジ、俺関係ないんで!」


 そう一言。言い放つやいなや俺は和田に背を向けその場を離れる。もちろんダッシュで。


 一瞬虚を突かれたのか和田が一拍置いて怒鳴り声を上げた。


「おい!! あっ!! コラ、湯島!! 待てって、湯島ァ!!」


 刻一刻と小さくなる湯島の怒声をBGMにしながら、二段飛ばしで階段を駆け上がる。閑散とした旧校舎の廊下を走り抜けながら、俺は先程の聖との会話を思い返していた。


 聖がくれた手がかり。正直言って、どう使っていいものか、悩みどころだった。話しかける奴に誰彼構わず「ねぇ、KOUMEIってハンドルネームで自殺ネットやってたりしない?」なんて聞いて回るわけにはいかないだろう。援護まで受けて聖の期待に応えられないという情けない姿は見せたくないのだが。


 先を見通せない悩みを抱えながら廊下の角を曲がり、カエルの鳴き声が聞こえなくなったところで、歩を緩める。裏庭に茂った木々の間を抜けた爽やかな風が吹き抜ける渡り廊下を超えれば、そこは御坂学園高等部中等部兼用の図書館だ。


 ミサ高、と皆は呼ぶ御坂学園高等部の敷地には図書館が二つある。一つは俺がこれから行く図書館。もう一つは俺たち御坂学園生の乗るエスカレーターの先、敷地を同じくする坂嶺大学の図書館だ。


 中高の図書館は大学の図書館に比べ、蔵書は数分の一。コピー機や検索機を始めとして設備も見劣りし、しかも、今では移動教室ぐらいでしか使われなくなった旧校舎を抜けた先のどん詰まりに鎮座してあるとあっては、当然利用者数が少ない。中等部、高等部の生徒が大学の図書館を利用するためには一度申請手続きをし、利用許可証を発行しなければならないという煩わしさを考えても、尚だ。

 

 事実、俺も、この図書館に来るのは二度目か三度目。授業に関係なく来るのは初めてだ。


 カウンターに座っている、目が開いてるんだか閉じてるんだか分からない爺さん司書の脇を通り、フロアへ出る。適度に空調の効いた涼し気な空気に、図書館特有の紙の香りが混じり、鼻に抜けた。


 御坂学園図書館は一階二階吹き抜けの二層構造になっている。出入口があるのは二階で、借返カウンターの他には雑誌や新聞の陳列されたラック。それらを気軽に閲覧するために窓際に設えられたソファ。奥に行けば、映像や音声資料を参照するための個室AVルーム。それとえーっと。一年の入学時に受けた校内ガイダンスの記憶を探りながら周囲を見渡す。


 メインの書架と机が立ち並ぶのは一階部分だ。二階の欄干に持たれ、階下を見渡す。


「お! 結構人居るんだな!」と、つい思ったままに声が漏れた。


 途端、一番近くの席で本を広げていた女子生徒が顔を上げ、怪訝な表情でこちらを見咎める。


 慌てて口に手をやるが時すでに遅し。何人か女子生徒に続いてこちらを伺う顔がちらほら。思わず口を割った俺の言葉は、先程までカエルとやりあっていた時の音量のままで、図書館に響いてしまったようだ。そりゃ睨まれても仕方ない。


 俺はその居心地の悪さに視線から、逃げるようにして下のフロアに降りる階段の方へと移動する。


 それにしても。階段を降りながらもう一度、一階を見渡す。


 そこには両手の指どころか、両の足の指を使っても数え切れぬほどの生徒が居眠りや、勉強や、読書など各々の昼休みを過ごしていた。


 本が好きな人間というのはやはり一定数居るのだろうか。それとも閑散としているという印象が逆に人を呼ぶのだろうか。昼休みの図書館は、俺の予想に反して意外と盛況だった。


 盛況なのは結構だ。話を聞きたいのだから、たくさん人が居た方がいいに決まってる。それも、こんな天気のいい日に外で騒ぐでもなく、紙の匂いが立ち込める空間を好き好んで住処にしている類の連中に話が聞けるのはありがたい。偏見かもしれないが、そういった奴らの方が「自殺ネット」に縁が深そうな気もするし。


 しかし、だ。


「私語厳禁。館内はお静かに」


 と、来たか。だよなぁ。一階のフロアに降りていく階段の脇に貼られた注意書きを見て、俺は途方に暮れた。もちろん、今のため息混じりの愚痴の音量は抑えてある。


 有益な情報を持ってる人間がいても話しかけられないんじゃ、聞き込みどころではないではないか。少し冷静になって考えてみれば、当然とも言える状況なのだが、俺は落胆を隠せなかった。


 自分の身長をゆうに超える書架の林を合間を縫ってトボトボと、俺は途方に暮れていた。


 一階のフロアを当て所なく半周し、いよいよ「KOUMEIって知ってる?」と声を掛けて回らなければいけないのかと思い至った時、ふと書架の列が途絶え、目の前に分厚いドアが現れる。


 ちょうど、顔の高さ。百六十センチくらいのところに二十センチ四方程度のガラスの小窓が設えられた木造のドア。構造的に、二階にある図書館の入口から最も離れた位置に設えられたそのドアは、小さな小窓の上に「談話室」と銘打たれたプレートを掲げていた。


「談……話室? そんなのあったっけな?」


 一年半ほど前に受けた入学ガイダンスの記憶を辿り、談話室の存在を思い出そうとしている。


 カチカチ、と時計の音だけが響く静かな図書館の空気の中で、じっくり記憶を探るが、俺は結局談話室の存在を記憶から引っ張り出すことに失敗した。しかし、思い出せない理由はわかった。そもそも知らないからだ。


 というのも、俺は一日がかりで学校の施設を案内される入学ガイダンスに午前中の時点で早々に飽きを覚えてしまい、午後のルートに組み込まれていた図書館に着いたときは退屈を極めていたため、まともに説明に耳を傾けていなかったのだ。たしか担任の目を盗んで、クラスメイトの群れから失礼し、AVルームで雑誌を広げていたような。


 ともあれ、この談話室は地獄に仏だ。ここなら、気兼ねなく会話ができる。


 と、思いかけて、声を出しても咎められないことと、図書室で縁もゆかりも深かろうはずもない奴にいきなり「自殺ネット」の話を切り出すことができることは全然微塵もさっぱりイコールでないことに気づく。


 ドアの小窓を覗き、中の様子を伺ってみる。真っ先に視界に入ったのは雑誌を広げ数人で談笑にふける女子たちだった。防音の構造になっているのか、口の動きや様子から会話に花が咲いていることは見て取れるが、その内容は聞き取れない。


 視線を移せば、イヤホンを着けて机に突っ伏すもの。携帯で電話をかけるもの。堂々とゲームに興じるもの。


 どうやら、ここは知る人ぞ知る、教師の目の届かぬ聖域のようだった。


 重く手応えのある扉を開け、無法地帯の喧騒を図書館の中に漏らさぬよう素早く、中に入る。


 先程までとは一転、俺の気分は晴れやかだ。ここなら、中々良い話が聞けるかもしれない。



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