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DI[e]VE  作者: 武倉悠樹
すれ違い
7/21

鍵を求めて‐湯島誠の昼休み‐

 チャイムが鳴る。昼休みだ。


 いつもなら一日五十食限定のCランチ争奪のレースに走っていくところだが、今日はそんな気分じゃなかった。休み時間ごとに様々な教室を奔走し、目についた知り合いに可能な限り話しかけるも合言葉候補は一度も耳にできなかったからだ。


 このところ、連続投身自殺事件の盛り上がりにあいまって、自殺ネットの存在を知っている人間も増えた。だから一日その話題について喋ってれば、真偽はともかくとして誰かしら合言葉を見た、聞いた、となっていたのだが。今日は不作だ。


 ネットやアングラ系に詳しそうな印象があったC組の根岸なんかは、予想通り自殺ネットには詳しかったのだが、合言葉は教えてくれなかった。今、あの時の会話を思い出しても腹が立つ。


 オタク系の自尊心を煽ろうと下手に出て教えを乞うように話しかけたら、ずいぶんと上機嫌に話し始めるまでは良かったのだが、肝心の合言葉の段になったあたりで「知りたい情報は聞けばすぐ答えが帰ってくるなんて思っているその態度はいかがなものか」なんて説教を垂れ始めやがって。


 俺もたまにネットの掲示板なんかを利用するし、対価を求めずにただただ「~~を教えて」なんて態度を忌避するネットの文化は多少見聞きしたことがるが、面と向かってそんなこと言うかよ、普通。確かに今まで頻繁に会話してた仲じゃないし、友達って程でもないけどよ。


「誠~、お前今日食堂じゃねぇの? 弁当?」


 根岸の事を思い出し、頭に登っていた血が、突如かけられたクラスメイトの三宅の声によってすっと降りた。振り向けば、三宅と伏見が、教室のドアの側で、手招きをしている。


「おいおい誠さんよ、スタートダッシュ遅くね? もうCラン完全にアウトじゃん。なに? 四限の世界史爆睡してたん?」


 昼休み、四限が終わる否や教室を飛び出し、昼ごはんは三宅と伏見と俺の三人で食堂へ繰り出すのが常だ。ついでにその後中庭のバスケコートでA組の連中と3on3をすることも。


 しかし、今日はやることをまだなしていない。聖のやつは「別にどうしてもってわけでもないから」なんて言ってたが、やはりその辺で頼れるところを見せておきたいと思うのは男の性だ。


「悪い! 今日俺食堂いいわ!」


「は? なに? 誠弁当なの? あ! まさか弁当、聖ちゃんの手作りなんじゃね!」


 三宅が急にシフトチェンジをして早口でまくし立てる。


 俺はといえば、三宅のいつもの囃したてを冷静に聞き流そうとし、しかし、後半の台詞に理性をやられた。


「お前が聖ちゃんとか言うな! 殺すぞ! はいはい、しかもそもそも違う。弁当じゃない。したがって聖の手作りということもない。残念でした。バ~カ。あと最後にお前が聖ちゃんとか言うな。殺すぞ! 福沢さんと呼べ!」


 さっきの軽口に倍するスピードでまくし立て、三宅を黙らせる。


 俺の剣幕に怯んで口を噤まされ、「誠くんが怖いよ~」と寄りかかってくる三宅を無視して伏見が口を開いた。


「弁当でもないの? 昼は?」


「あぁ。昼飯抜いて金浮かそうと思ってさ」


「「ふ~ん」」


 三宅と伏見がハモッた。


「今、金欠でさ」と俺は嘘をつく。


 普段の俺の行動パターンとかけ離れた言動を訝しんだ三宅と伏見だったが、俺の金欠の一言で得心がついたようだった。「じゃ、俺らだけで行くわ」と手をヒラヒラと振りながら教室を出て行く。その後、伏見が廊下から顔を覗かせ、「じゃ、バスケコート先行って取っといてよ」と軽口を叩いた。


「飯食えないのにバスケなんかやってられるかよ! 図書館で、放課後まで昼寝でもしてるわ」


 伏見の軽口に、同様の軽口で返した俺は、三宅と伏見が出て行ったドアとは別のドアから教室を後にした。


 昼休みに人が集まるのはどこか。ひとつは食堂。ひとつは中庭だ。しかし、さっきああ言った手前、そのどちらにも顔は出しづらかった。


 正直に言えば、三宅も伏見も、俺が本当に飯を抜いて昼飯代を浮かし、図書館で昼寝してるなどとは思っていないだろう。俺が末っ子でそこそこの金持ちの親に甘やかされて育ってることを知らないあいつらじゃない。それがわかっていて俺も金欠、と言った。今まで俺が口にしたことのないような言葉だからだ。そうやって俺は「今日はちょっと独りでやりたい事があるんだ」と伝えたし、三宅も伏見もそれを察してくれた。


 そういうところを互いに察知しあえるからこそ、俺は数いるクラスメイト、同級生の中から三宅や伏見を頻繁につるむ相手に選んだ。

 

 だからこそ、食堂にも中庭にも顔は出せない。そこに顔を出したとして、三宅も伏見も何も言うことはないだろうが、その状況を避けないほど、俺もデリカシーがないわけじゃない。適度な距離感を保つためにもそれなりの気遣いが必要だ。


 俺はトボトボと廊下を歩きながら、いよいよ、本当に図書館に行くかと考えていた。図書館など滅多に行かないし、ましてやこの時間になど一度も行ったことはない。昼休みに図書館で見れる顔はどの辺かと想像を働かせる。ウチのクラスだと野辺さんや梶といったところか。そういえば幸弘も結構図書室っぽいかもしれない。いずれにせよ、普段話した事ないようなラインナップだ。


 情報収集には、普段話した事ない奴らに聞くのも悪くはないか、と考えていた。その時。胸ポケットに忍ばせていた携帯電話が震えた。


「ん? 携帯か?」


 周囲を見渡し、教師の姿が見当たらない事を確認し、携帯を開く。イルミネーションと共にディスプレイに踊っていたのは、俺の彼女の名前。そう「福沢聖」だった。


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