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DI[e]VE  作者: 武倉悠樹
歪みの萌芽
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歪んだ歯車‐倉瀬幸弘の朝2‐

 駅から徒歩八分程、緩い勾配の並木坂を登ったところにあるのが俺が通う「私立御坂学園高等部」だ。


 周囲の同じ制服を身にまとう学生たちと同様、三年間毎朝登ることになる坂を呪いながら学校へと向かう。学園の名前にも冠されている坂は最後で緩やかな右カーブを描いており、並木を抜けたところに校門を構えている。


 俺はそのカーブの出口が眼に入る前に、コートのポケットに手を突っ込みプレーヤーの電源を切った。耳から外したヘッドフォンのコードをくるくると巻き取り、プレーヤー共々かばんに突っ込んだと

ころで校門が見えてくる。


 案の定、校門には教師らしき姿が見えた。威勢よく挨拶をしてくる見知らぬ教師に会釈しながら瀟洒なアーチをくぐる。


 下駄箱の前でクラスメイトに声を掛けられた。


「うい~す。おはよう倉瀬!」


 振り向きざまに一瞬で陰鬱な気分を心の奥底に押し込めつつ、同時に脳裏である記憶を検索。導いた答えを満面に貼り付ける。一部の狂いもない笑顔だ。


「おぉ! おはよう!」


 挨拶を返した三島は早々に上履きを引っ掛け、廊下の曲がり角に消えていった。


 ため息が漏れる。今日も一日、なんの興味関心も無い高校生活がはじまると考えた時、そのため息を止める方法を俺は知らなかった。外して五分もたたないプレーヤーがもう恋しくなる。


 自分のクラスに入り、クラスメイトに先ほど同様の笑顔で挨拶を済ませると、少し気は楽になる。さすがに音楽を聴くわけにはいかないが、持ってきた文庫本でも広げておけば教師に見咎められることもないし、余程のことが無ければ、誰も話しかけてこないからだ。


 唯一怖いのは、ガラの悪い連中の暇つぶしの相手に選ばれる事だが、成績を平均に保ち、身なりに気を遣う事、具体的に言えば、髪のセットや、制服を目立たない程度に着崩しておけば目を付けられることもない。彼らが欲しているのは分かりやすい弱者か、良くも悪くも突出した異彩を放つ人間であり、その他大勢になど興味は無いのだ。


 カバーをかけた文庫本を開き、栞を挿したページをめくる。


 今読んでいる作品は、放射性物質を分解して無害化するバイオレメディエーション技術を確立した人類が、その弊害ゆえに全面核戦争の危機に瀕しているというSFだ。題名は「WoderOfVermilion」日本語に訳すと朱色の奇跡となる。ハリウッドで映画化もされ、それなりに成功もした作品らしい。


 俺は、ハリウッド的なご都合主義によるハッピーエンドの作品は好んで読んだりはしないのだが、その映画が原作とは一切違うエンディングでハッピーエンドとして纏めた事。原作は映画版と異なり、割と骨太なSFでしかも、あまり救いの無いエンディングを迎えるらしいとの情報をネットで目にし、手に取った。


 はっきり言ってSF部分が難解すぎるのに最初は失敗したか、と思ったのだが、深い理解をあきらめ適当に読み流していく様にすると、テンポよく話がすすみ、気晴らしには持って来いなのと、作品全体に漂う退廃的な空気が気に入り、ここ最近の空き時間はもっぱらこれだ。


 席に腰を落ち着け、静かに数分間ページをめくっていると、ふと周囲に漂っていた朝の喧騒がすっかり姿を潜めていることに気づく。


 文庫から目を離し、顔を上げると、出席簿を持った担任の小関が教壇の上から、生徒の姿を確認しながら出席を取っていた。いつのまにか朝のHRが始まっていたらしい。


 もう一度、文庫に目を落とす。別にHRなどすることも無ければ聞くことも無い。八時四十分の時点で自分の席に座っていさえすれば構わないのだ。


 文字列を再び追かけようとした時、いつもの担任の声とはすこし趣の異なる声が響いた。


「あー、皆、すまん。ちょっと注目してくれ」


 その神妙な声色に、生徒たちは互いに顔を見合わせ、どよめく。


 俺はといえば、文庫本から目は話さず、耳だけを傾けた。


「もしかしたら、察しのついてるやつもいるかもな。……あー、えっと。まぁ、最近ニュースになってるやつの話だ」


 俺は顔を上げた。


「直接どうこうでなくても、事件を知らん奴はいないよな?」 


 慎重な物言いで探りを入れるようにして話し、一拍間を置くと、生徒の反応を待ち小関は続けた。


「最近、都内の高校で痛ましい事件が続いている。うちの高校でもそれは無視できないとして、緊急の対策会議が開かれたんだ。保健室に併設されたカウンセリングルームの存在の周知と利用の促進、希望者による個人、家族面談とかな。詳しくはあとでプリントを配る。かならず目を通してくれ」


 小関が言っているのは最近都内の高校生の間で一種の流行になりつつある連続投身自殺の件だ。今この事件を知らない高校生など居ない。それどころか連日ワイドショーでも、報じられ、七週連続、毎日曜の深夜に行われる生徒の自殺に教育関係者は戦々恐々として、必死に対策のために知恵を絞っている。


 いまや自殺者など珍しくない日本だが、それが高校生、しかも、在学中の校舎から身を投じているとなれば、人々の受け取り方も変わる。


 学校側としては、自校の生徒が自ら死を選んだとなればイメージの大幅な悪化は避けられない。イジメ対策や、生徒の心のケアなどに東奔西走を余儀なくされている。


 保護者も必死だ。家の子が自殺しやしないかと、眠れぬ日々を送る親も少なくないと聞いた。不安になっている時点で、しっかりと子供を見てやれていない、親子間で信頼関係を築けていない証拠ではないかと、ニュースを聞いたときに呆れたものだが、もしなにかあったら学校側の責任であると学校に詰め寄る親も居るというのだから、呆れを通り越して理解不能な次元だ。


 対し、学生の側は少し受け取り方が異なる。自分の周囲でも、諸手を振ってはしゃぐ人間は居ないが、心のどこかでお祭り騒ぎの様な印象を持っている人間は多い。


 一つは通り魔や、原因不明の失踪等でなく、あくまで自殺であること。これによって格段に恐怖は薄れる。自分に自殺願望がない人間にとっては他人事なのだ。


 もう一つの理由。それがこの一連の事件の奇怪さとその興味を引く構造だ。


「自殺者に横のつながりは無く、偶発的または、印象の強いセンセーションに乗じて自殺した生徒が後を経たないだけで、事件そのものはそこまで重要ではない。少し目を強めに光らせていれば次期に沈静化するでしょう。今、真に問題なのは潜在的な自殺願望を抱いている青少年を取り囲む今の社会が……」と解説を垂れるコメンテーターをニュース番組で目にしたことがあるが、てんで的外れだ。


 自殺願望と社会云々なんてことは偉そうにご高説を垂れずとも現代に生きている人間なら誰しもが少なからず空気として感じている。


 先進国の中でも断トツの自殺率をたたき出し、さらにその数字ですら自殺したのが濃厚と思われる行方不明者を自殺者にカウントしないことで少しでも低く見せようとしているのが現状だ。したり顔で話すようなことじゃない。


 さらに、このコメンテーターが真に的外れなことを言っているのは大切なことを知らないからだ。即ち、無いと思われている自殺者の横の繋がりである。


 警察や学校側が報道管制を敷き、世間一般に広く知られている事実ではないが、自殺した生徒たちには確かに繋がりがある。共通点といったほうが正しいだろうか。


「ここからは、俺個人の意見だ」


 熱っぽさを増した小関の声がボリュームを一段階上げて響いた。


 思考を停止し、小関の声に耳を傾ける。


「なんか相談事があればカウンセリングルームなんかじゃなくてもいい。放課後でも、休み時間でもいいから俺に相談に来い。女子だったら、隣のクラスの武田先生でもいいしな!」


 時代が時代なら、人が人なら、感動を呼んでもおかしくない台詞を小関が口にする。


 しかし、その熱意はクラスには届かない。なぜならそれが熱意じゃないことを皆は知っているからだ。


 学校側、というよりも大人は勘違いをしている。


 そもそも生徒は教師に何も期待しない。良い教師とは教え方が巧い教師であり、それは予備校に行けばいくらでも居る。学校の教師に求めることなど生徒に干渉し過ぎないことであって、親身に相談に乗ってくれることではないのだ。


 小関は、その点でいい教師といえる。彼は、生徒を褒めない。咎めない。一定の距離を保ち続ける事が、生徒が今の教師に求める資質だ。小関はそれが出来ている教師だ。だからこそ、その熱意が心の底から湧き上がっているものではないことを俺たちは知っている。もちろん其処に落胆はない。俺たちがそれを小関に望んだ。


 小関はそれも全てわかっている。この学校には数少ない貴重な教師だ。


 だから、生徒は小関を信頼している。信頼し、心の境界線を絶対に踏み越えてこない大人として安心して頼らない、という態度を崩さないのだ。


 小関は学校側が急遽要したと思われるプリントを配ると、HRを終えて、教室を後にしていった。

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