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DI[e]VE  作者: 武倉悠樹
悪意の真実
19/21

殺す者と殺される者‐湯島誠と倉瀬幸弘の対峙1‐

 夜の校舎の屋上。そんな本来であれば誰も居ない筈の場所に人が居た。


 一人は俺。そして、もう一人。


 月を背負い、こちらを見やる者が立っていた。 


 灯りもほとんどない暗い校舎を歩いてきたためか、雲間に覗く月明かりさえもまぶしく感じる。


 舞台に立った存在の輪郭の形に黒く切り取られた月光の白が、明るさに慣れていない目に飛び込んできた。


 徐々に目がなれ、輪郭がハッキリしていくよりも先に、耳がその存在の正体を察知した。


「やぁ、待ってたよ湯島」


 聞き覚えのある声。


 男は右手を広げ、俺を舞台へと誘う仕草を見せた。


「何してんだよ、お前」


 自殺ネットで自殺の遂行を頼んだ。そうすればこんな馬鹿げた仕組みで聖を死に追いやった奴が現れると思ったからだ。


 そこに現れたのは、しかし、意外すぎた人物だった。


 驚きもそこそこに、男の浮かべた醜悪で下卑た笑顔に憎悪が反応した。


 ああ、そうか。


「何してんだよも何も、お前が呼んだんだろう?」


 携帯を握る右手に力がこもる。ポケットに忍ばせた左手がバタフライナイフの柄を捉えた。


 聖の泣き声が聞こえた。


 俺はここに何を為しに来たのか。朽ち果て、聖の下に行く前に必ずやらねばならない事。


 それは、復讐だ。


 自殺を望んだ俺の自殺を遂行しようと現れた人間を殺す。聖が嘆いているのだ。当然だ。


 悲哀と怨嗟と憎悪と憤怒の限りをぶちまけて、四肢をバラバラに刻み、眼をくり抜き、舌を引っこ抜き、全身の骨を砕き、脳味噌を磨り潰してやる。


 地獄の永劫に続く責め苦がぬるま湯に感じるほどの恐怖を魂に刻み込んで、殺してやるのだ。


 例え、そこに現れた人間が、俺の知っている人間でも。


 例え、そこに現れた人間が、倉瀬幸弘であってもだ。


「あぁ、そうだったな」


「死にたいんだろう? 湯島。早速始めるかい」


 未だ、屋上のドア付近に立ち尽くす俺に、近づいてくる幸弘。


 俺は黙したままだ。


「準備は出来ているから、いつでもいいよ」


 幸弘は饒舌に口を動かし、一歩。また一歩とこちらへ。


 ようやく顔の造詣までしっかりと見て取れるほど、光に慣れた俺は、幸弘の目を見つめ、視線を切らない。


 眼だ。


 近づいてきたら、まず眼を刺し、光を奪う。


 もう一度、左手のナイフの感触を確かめた。


「いや、少し待とうか。な、湯島?」 


 幸弘が止まった。目測で5メートルほどの距離がある。月を背にする幸弘の長い影が、俺の足元まで伸びていた。


「話をしよう」


「必要ない」


 左手に力を込める。


 うなだれ、身を屈めるようにして、駆け出す。たかが5メートル程度。大股で踏み込めば一瞬だ。


 あらかじめはナイフの刃は出してあった。慣れない刃物で下手は打ちたくなかったからだ。代償として抜き放つ時に左手や左足に幾つかの切り傷が刻まれたが、この体がどうなろうと、痛みに苛まれようと知った事ではない。


 渾身の力を込めて、ナイフを突き出そう。眼は無理かもしれないが、どこでもいいさ。刃物を突き立てられて痛がらない奴なんかいないんだ。痛がってる間に眼を刺そう。指を切り落として、鼻を削ぎ落としてやろう。


 な、聖。


 顔をあげる。醜悪で下卑た諸悪の根源が目前に立って、こちらを見ていた。驚いた様子は無い。


 突然の出来事に反応も出来ないのか。いい気味だ。その顔に恐怖を刻んでやる。


 がむしゃらに伸ばした切っ先が、幸弘の左胸辺りを貫こうとする。


 そこで、俺は祈った。頼むからこんな物で死なないでくれよ、と。


 味わわせなければいけない苦痛は山ほどある。哀悼として、聖に捧げなきゃいけない苦鳴は永遠よりも長くなければならないのだ。


「話をしようって言ってるじゃないか」


 幸弘の言葉とともに、視界の隅で何かの影が動いた。


 刹那。全身を駆け抜ける激痛。時間が切り取られたように、周りの光景も意識も止まり、ひたすらに耐えがたい刺激が全身を打った。


「うぁがっっがぁぁあああああああ!!!!」


 ぼやける視界が回転し歪む。


 自分が倒れているのだと気づいた時には、天地がさかさまになり、月を仰いでいた。


 慌ててナイフを握りなおそうとするが左手はおろか、全身に力が入らない。


 何が起こったのかわからないが、憎悪の炎はそんな事とは関係無しに俺を突き動かそうとする。


 身を捩ろうともがいてる所で、仰いでいた月夜の空に幸弘の顔が現れる。痛みと痺れがすっと無くなり、全身の怒りが再び噴出す。


「てめぇえ!! 何をしっっ、がぁああ!!」


 今度は何をされたのかわかった。幸弘の踵が、俺の鳩尾をめがけて踏みおろされたのだ。


「っっっぐ、っはぁ!!」


 息が詰まる。苦悶の呻きが意思とは関係なく、口からこぼれた。


「話をしようと言ったじゃないか、湯島。それに」


 俺を踏みつける踵から重さが消える。


「っっんは!! はぁはぁ」

 

 俺は酸素を求めて乱暴に呼吸を繰り返す。


「駄目だろ、こんな物持って来ちゃ。ここは自らの死への願いが叶う場所なんだ」


 そう言いながら、幸弘は左手を掲げる。


 その手に握られていたのはスタンガンだった。さっきの痛みの正体は電撃だったのか。


 慌てて幸弘の下から這い出し、距離を取ろうとする俺の鳩尾を再び、幸弘の踵が貫く。


「ぅぇげっ!!」

 

 またも意思に反してこぼれる苦悶。


 息を搾り出されたのも束の間、次の瞬間再び全身を鋭い痛みが襲った。


 幸弘が、左手にスタンガンを押し付けたのだ。


「がぁあああぁぁぁああぁぁ!!!!!」


 気づけば、俺はナイフを取りこぼし、身もだえ暴れていた。


 極彩色に明滅する視界。荊の棘で満たされた海に叩き落されたかの様な激痛に次ぐ激痛。


 まるで本当に溺れてるかのごとく、髪を振り乱し、足掻くが、激痛の海に水面など存在しない。息つくことなど出来もしない。


「興味あるだろ、聖ちゃんの話」


 激痛の荒波を掻き分け、その言葉は確かに俺の耳に届いた。

 

 痛みが和らぐ。変わりに心臓の鼓動が爆ぜる音が体の内から聞こえた。

 

「それじゃ、話を始めようか」


 定まらない視界の中の幸弘の口許が弧に歪む。


 粘りつくような夏の夜気を纏って、殺人者が、嗤った。


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