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DI[e]VE  作者: 武倉悠樹
すれ違い
13/21

絶望と希望の隔たり‐湯島誠の独白‐

 図書館を後にした渡り廊下で俺は、何とも言えない厭な気分に苛まれていた。


 何から考え、何を喜び、どこを反省して、どう受け止めるべきか。


 まず、関口が当たりだったこと。これは一言、ラッキーだった、に尽きる。


 談話室に入り、ターゲットを探して視線をさまよわせていた俺の目に飛び込んできたのが、関口だった。


 去年クラスメイトだったよしみと、根岸同様ネットやアングラの世界に詳しそうな奴だった気がする、という俺の中の関口の印象が背中を押した。そして、次に目に付いたのが関口が長机に所狭しと並べた、ゴシップ誌、週刊誌の数々だった。


 それの雑誌にどんなことが載ってるのか。合言葉や自殺ネットに関して情報を仕入れるためコンビニの雑誌コーナーをしらみ潰した俺には、それがすぐにわかった。


 だから、かまをかけ、それは功を湊した。今になって考えてみれば関口「孝明」が「KOUMEI」というのもチープすぎて話のネタにもならないオチだ。


 しかし、オチが巧いか巧くないかはこの際どうでもいい。


 その後、あいつが対価に求めてきた珍奇な条件にも我ながらよくすらすらと嘘を並べ立てられたものだ、と思う。 

 一瞬聖の事も含めて全て正直に話すことも頭をよぎった。しかしあの時点で関口の奴がなにを考えているのかもよくわからなかったし、名前を伏せるのはもちろんの事、聖のことはその存在の一片すらも匂わせるのは嫌だと思った。

 

 それ故の方便だったのだが。


 賢そうに本を開いて居るイメージの強かった関口だったが、正体はと言えば随分いびつな精神をした誇大妄想家だったという印象だ。人身売買なんて話をすんなり信じるあたり、物を知っている癖に、変なところで周りや現実との折り合いをつけられて居ない雰囲気を覚えた。


 正直に言えば俺の嫌いなタイプの人間だ。ああいうのは往々にして自己肥大のコンプレックスで首が回らなくなってるケースが多いことを、俺は経験で知っていた。有り体に言えばガキなのだ。


 そんなあいつが、というより、だからこそ、と言うべきか。俺の方便に随分真剣に食いついてきた。あまりにも神妙に俺の話に耳を傾けるものだから、ついつい俺も口からデマカセを並べ立ててしまった。

 

 しかし、あんなデタラメがあいつのすがる歪つな信念の逆鱗に触れるとは。


 旧校舎を出たところで俺の足は教室でなく、保健室へ続く廊下を向いていた。どうせ五限はノートを丸コピすれば八十点はとれる古典だ。


 頭痛がするとでも言ってベッドを貸してもらおう。頭が痛いのはあながち嘘でもないし。


 そうと決め、保健室のあるい一階へと、階段を下りながら、俺は関口の逆鱗に思いを馳せる。

 

「ふぅ」


 ため息も出ようと言うものだ。あんな罠、いくらこの誠くんでも回避は不可能だ。


 自殺ネットはテロで、弱者に許されたメディアだと、そう、関口は言った。


 あいつの言った意味を何となくなら把握できるが、それにすがる詳らかな心情は理解できないし、わかった所で多分共感もできない。


 それは、偏に強者に踏みにじられた弱者であると感じたことが、俺の経験に無いからだろう。


 こういう言い方をすると関口のような奴は、持つ者と持たざる者という二元論を持ち出し、持論の殻にこもり外を見ようとしない気がする。だから俺はあの手の手合いが嫌いだ。


 俺は自分の顔が他者から認められるようなことを知っている。運動はあんまり得意ではないが、頭はそれなりに回るものを持っているし、友達や恋人などには恵まれている。でもそれ以上に努力をしている。


 努力で解決できないことの理不尽さを嘆く人間は本当に努力をしていない人間だと思う。

 

 努力で解決できない領域がある、絶対に越えられない壁があることを、俺はまだ経験したことがないから、努力が万能であるとは云いきれない。しかし、死に物狂いでその壁を越えようとした人は例えその壁が超えられずとも、その死に物狂いさで代えがたい何かを得られると思う。その何かは世間に不満を垂らすだけでない存在から人間を救ってくれるに足りる物に違いない。


 だから愚痴ややっかみ程度ならまだしも、心の底の不平不満を周囲に撒き散らす人間は嫌悪感を覚えてしまう。そんなものは誰しもにあって当然だ。努力を窺えない人間なら尚更だ。

  

 お前は他者と関わるための努力をしたのか。モテるために情報のアンテナを立て、気を配り、シャワーを浴び髪をセットするために三十分早起きをし、身に纏うものの為の悩みを常に頭の中に置いているか。


 いい点を取るために、自分に合った勉強法を身につけるべく工夫は凝らしたのか。教師達の心証をよくするための社交辞令と笑顔を欠かさないように配慮してるのか。退屈をおくびに出さず笑って笑って、ほめてほめて。


 そんなことをせずにイヤホンを耳に活字に文字を落として、お前等は笑うんだろう。そんな風に他人に媚びを売って、と。

 

 でもそんなお前等が、憎しみと己が呪詛にまみれて死んでいく。俺とお前、どっちが間違ってるんだよ、関口。それでもお前は、俺を、持つ者だから、と断じて、世界を二分するのか。


 俺が関口にぶつけた言葉。後半ははっきり言って本心だった。人身売買は嘘だが、自殺ネットを利用して金儲けしようとしてたのは事実だし、それを、もちろん気持ちのいい事とは思っていないが、さして構わないと考えていたのは偽りのない気持ちだ。


 自殺を望む人間は、死にたいなら死ねばいい。俺はそう思ってる。そいつが生きてるうちに何度も眠れぬ夜を過ごし、悩み抜いたとして、そうやって導き出した結論が生からの逃避ならそれはもう仕方のないことだろう。


 いじめや空虚感だって努力を重ねて現状を改善できる余地はある、と俺は思っているが、そうは思えない人たちも居るのだろう。


 ベクトルがマイナスの奴にどんな綺麗ごとも励ましも夢も希望も効果なんてあるはずがないのだ。


 だから俺は死を選ぶことを否定はしない。その結論だって選択の一つだ。だけど、俺はそれを尊い行為だなんて絶対に認めはしない。


 どこまで行っても自殺は逃避以外のなにものでもなく、それは「参りました」の一言と同意で、そうでしかあり得ない。そうじゃなきゃいけない。そうじゃなければ懸命に生きてる全ての人たちを斜にあざ笑う行為になるからだ。

 

 望みが見いだせないと言い、人は死ぬ。しかし死を選ばなきゃいけないくらいの望みは間違っているんじゃないのか。


 人には特徴がある。頭がいい奴。背が高い奴。声が低い奴。話が面白く無い奴。足が遅い奴。歌が上手い奴。明るい奴、暗い奴。


 特徴が在るということは出来る出来ないがあって、努力の仕方があって、持つべき望みの相応不相応が在るということで、それを摺り合わせることが生きるということ同義じゃないだろうか。

 

 人はスーパーマンでは生まれてこない。すべてを手に入れる巨万の富を持って生まれてくるのは、はたして六十億分の幾つだ。誰にでも愛される見目麗しさだってかなりのレアものだ。誰しもが主人公だが、誰しもが主人公としては扱ってもらえないのだ。


 そうこう考えているうちに、気づけば保健室の前だった。頭を切り替え、ついでに表情も切り替える。


「すいません、頭が痛くて。薬でも頂ければ、と」


 静かにスライド式のドアを開けながら、俺は保健室の中へと声を掛けた。


 机に向かっていた、養護の教諭が俺の声に反応しこちらを向く。


「あら、頭が痛いのね」


「ええ。いつもは薬持ち歩いてるんですけど、切れちゃって。で、保健室なら、と」


 教諭は、俺の言葉に首をかしげながら、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ごめんなさいね。辛いのを我慢してるあなたには申し訳ないんだけど、保健室でお薬は渡せないのよ」


 知ってる。


「そうなんですか!?」


「ええ。本当にごめんなさい。あなた五限は? どうしても出なきゃ駄目なような授業? お薬は出せないけどベッドなら貸してあげられるわよ?」


 それも知ってる。


 俺は眉根を寄せて一言、お願いしますと応えた。


 数分後、保健室利用台帳にクラスと名前を記入した俺はベットに案内され、今は仰向けで保健室の天井を睨んでいる。未だに関口との会話が跡を引きずっている。アイツの昏い感情が未だに俺の心の波紋を立たせたままだ。


 胸ポケットで携帯が震えた。携帯のサブモニターに新着メールの表示。


 衝立に掛けられたカーテンで仕切られた個室の様なベッド。そっとカーテンの隙間から外を窺い、携帯を開く。


 そこには見知らぬアドレス、すなわち関口からのメールが。


「約束は守る。合言葉は『カスパーゼ』だ」


 このメールをあいつはどんな気分で打ったのか。すぐさま新規メール作成画面を呼び出し、聖への報告のメールを打ちながらも、俺の気分は一向に晴れることはなかった。



 


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