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DI[e]VE  作者: 武倉悠樹
すれ違い
10/21

真実の対価‐関口孝明と湯島誠との会話1‐

 センセーショナルな好奇心を煽ごうとする題字のセンスにチープさを感じたが、やはり記事の内容にも別段興味を惹くものは見受けられなかった。


 もはや、新聞から井戸端会議まで、話題に登らない日はないと言うほど高校生連続投身自殺事件は良くも悪くも隆盛を極めている。警察はこの事件の捜査状況に情報管制を敷いていた。模倣犯や愉快犯などを刺激しないようにとのことだが、例えそうだったとしても、進展が明るければ、警察が自らの活躍を喧伝しない理由など無い。


 つまり、捜査状況も明らかにされず、情報に飢えたマスコミ、一流新聞社から三流ゴシップ誌に至るまでが情報を垂れ流してる状況というのは、まだまだ自殺者が増えることを示唆している。


 そういった状況は、連続自殺に対しての種々の論説を活性化するのでありがたくもあるのだが、些か粗製乱造の感が否めない。

 

 ロビーのラックから見繕ってきた雑誌を閉じて机に放る。そこで初めて目の前に座る人物の存在に気がついた。


「よう、関口」


 随分と人好きのする笑顔が机を挟んで僕を見ていた。


「あれ、俺のことを憶えてない?」


 声をかけられ無言を保っていた僕の態度を怪訝に思ったのか、自らの存在を訪ねてくる笑顔の男。憶えてないかだって。憶えているとも。去年同じクラスだった湯島誠だろう。憶えているからこそ、僕は返す言葉に困っているんじゃないか。


 湯島誠。去年のクラス一年C組のクラスメイトだ。


「覚えてるよ、湯島くん」


 そう覚えてる。


 昼休み、閑散としがちな図書館の奥の談話室で、独り雑誌を読みふけってる僕に話しかけるような奴じゃ無いと判断できるくらいには。たしか昼休みは中庭のバスケコートなんかによく居たような気がする。図書館からの帰り、渡り廊下からそのよく目立つ細身の長身を何度か見かけたことがあった。


「お、そっか。よかった。いやぁ、関口とはそんなに仲良くしてたって記憶もなくてさ。あ、もちろん、忘れてた訳はないんだけどな。いや、ほんと。でもお前が俺の事を忘れてても仕方ないかなぁとは思ってさ、一瞬」


 僕の反応も待たずに、湯島は一息で随分としゃべる。口に出さなくても良いような事までべらべらと。とは言え、そう言った振る舞いを咎められない奇妙な魅力を持っている奴だったな、と徐々に記憶の中の湯島の人間像が結ばれていく。


 人望か。人徳か。とにかく湯島は顔の広い明るい奴だ。それ故に僕とは大した交流もなかったのだが。


「で? なんか用?」


 僕はぶっきらぼうに、そう切り出した。別に湯島に嫌悪感を抱いてるわけでもないのだが、仲良くも無い僕に話しかけるのには理由があるのだろう。


 湯島の用が興味を惹くようなら耳を傾ければよい。そうでなければ突き放せば良いだけのことだ。細かな社交辞令は不要だ。そう思った上での発言だった。僕と湯島はそういうのが求められる仲じゃない。少なくとも僕はそう考えている。


 僕の言葉に、湯島の顔から笑顔が消える。一拍おいて、再び湯島の顔に笑顔が宿った。気のせいだろうか、その笑顔からは人好きのする感じが薄れた感じがする。


「ははは、いきなり仏頂面で何の用? と来たか。いいよ。いいよ、その反応、関口」


 突如笑い声をあげる湯島。三日月型に歪んだ口から漏れる笑い声と僕に対する反応。それが、僕には、僕を誉めているものなのか、嘲っているものなのかの判断がつかなかった。


「まぁ、いいや。気にするな。こっちの事だ。で、えー、あ、そうそう。用件だったな。そう、用件。それが重要だ」


 本当に自分がなにを喋ろうか本当に把握してるんだろうか、こいつは、と僕はどうでも良いことを考えていた。あー、とか、えー、とか、とにかくセンテンスに間を置く、湯島のその独特のしゃべり方は、まるで思考のスピードが言葉のスピードに置いて行かれているようだった。


 早口の湯島は、一転口を紡ぐとこちらを見据えた。


「それだ。それに関して、用あるんだよ、関口」


 湯島の突き出した人差し指は、僕の脇に無造作に積まれた、図書館のラックの雑誌の数々を捉える。


 別段、交流も無い僕に、明るい人気者のムードメーカーが話しかけてきた理由。


「あ、そうか。悪いね、独り占めしてた」


 慌てて、散らばった雑誌を集め、整えると、湯島の目の前に差し出す。


「もう、読み終わったんだ。ちょうど返しに行こうと思ってた所なんだけどね」


 僕が渡した雑誌を一瞥もせず、こちらを見据えた視線を動かさない湯島。


「なんか面白いことは書いてあったか」


 湯島が三度笑った。今度は気のせいではなかった。その笑顔に人の好意を集めるような爽やかさなど一片も含まれては居ない。


 別段、交流も無い僕に、明るい人気者のムードメーカーが話しかけてきた、本当の理由。


「自殺ネットとか、さ。詳しい? 関口」


 先ほどまでの明るい口調はどこへやら。重く低い言葉で、湯島は用を切り出してきた。


 僕は、湯島のうっすらとだが湯島の用を察し始めた。それは、僕について「自殺ネット」のことを訪ねるということ。しかし、未だに理解できないものもある。


 それは湯島の真意。


 なぜ、僕に自殺ネットのことを訪ねてきたのか。それで、湯島はなにを得たいのか。


 それがわからないままに僕は、どのように答えて良いものか、結論を出しあぐねていた。


「ははは、そりゃ困るよな。急にそんなこと聞かれても。でもさ、教えて欲しいんだよ、自殺ネットのこと。例えば……合言葉とか……さ。知ってたりしないか……? 知ってそうな奴でもいいんだ、な? 関口」


 一つ一つのセンテンスを区切って、ゆっくり、僕を見て、問いただすように話す湯島。


「知らないってことはないよな? その雑誌、特集で自殺ネットを報じてある奴ばっかりだろう?」


 なぜ、そんなことを知っているのかは考えるまでもなかった。湯島も興味があり調べているのだ、自殺ネットについて。


 そう、湯島、も、だ。僕も自殺ネットに関心を抱き、調べている。その正体、仕組み、そして、その存在の意図を。


 湯島はなぜ、自殺ネットに興味を抱いているのか。単純に考えれば、自殺を望んでいるから、ということになるのだが、どうにもそれは腑に落ちなかった。


 湯島が自殺を望んでいるような人間にどうしても思えなかったのだ。


 もちろん、周囲の人間が、それも特別親しい訳でも無い人間が、そのあたりを簡単に判断できるものじゃない。自殺の種が根を張っているのは、心のそんな浅い部分じゃないのだ。


 たかが一年間のクラスメイト。それも、毎日教室という空間で顔を合わせていただけの僕に、湯島の心の浅からぬ所など窺う術はない。時に、それは、親兄弟、恋人、教師、さらには、自分でも知ることの出来ないものなのだから。


 それを、ハンドルネームを使って自殺ネットに参加し、様々な情報を得ては多くの自殺志願者とコミュニケーションを重ねてきた僕は経験的に知っていた。


 ふと、なぜ、湯島がこの僕に、話を持ちかけてきたのが気になった。僕の自殺ネット上でのKOUMEIというハンドルネーム、そしてその行いのいくつかをどこかで見聞きしたのだろうか。


「湯島くん、自殺ネットって、あの、今話題の連続投身自殺の裏側にって噂の?」


 僕は、湯島にジャブを放った。


 なにもかもを掴みかねていた。わかっているのは湯島のとった手段のみ。即ち、僕に問いかけたという事。その手段をとった理由も、それによって達したい目的も、湯島の食えない笑顔の向こう側だ


 事はデリケートな話題に及ばざるを得ない。湯島からしてみれば自身の身の上にも関わってくるはずだし、なにより僕だ。自殺ネット上の僕の行動、自殺志願者にある条件を対価に知り得た合い言葉を教えるというのは法的にもギリギリか、さもなくば抵触しているかもしれないのだから。


 いかにして、互いの意見と真意時には隠し、時には偽って、話すり寄せていくか。そのためのジャブだった。


 しかし、僕の試みは湯島相手に空を切る。


 それまでの笑顔から、眉根を寄せ不快感を示した湯島はデリケートな部分を、あっさりと突っ切った。


「そういうのいいじゃん、関口。知ってるの? 合い言葉。教えてくれるの?」


 そういうの。薄氷の上の僕の歩みを、互いのプライベートな心の内側をチップにかけた駆け引きだったはずの綱渡りを、「いいじゃん」と一言言ってのける湯島のその脳天気さ。それに僕は、困惑するとともに、興味を惹かれた。


 それは偏に、湯島誠という男を、僕はどこかで一目置いていたからだと思う。つまりその脳天気さが本物の脳天気なものでなく、湯島の意図に裏打ちされた演技であると踏んだのだ。


 湯島誠はそういう腹芸ができる男だと、去年一年間で僕は値踏みしていた。裏表なく天真爛漫なムードメーカーというキャラクターを背負っている湯島だが、八方美人を嫌味なく実行出来るというのは相当に頭がよく、コミュニケーション能力に長けていなければ不可能だと思う。事実僕にそんなことができるとはコレっぽちも思わない。


 そんな湯島が脳天気な仮面を被って、僕に問いたいのは何故だ。僕の中で好奇心がかま首をもたげる音を聞いた。


 今まで僕が自殺志願者に合言葉の対価として求めてきたのは、答えだった。問いかけるのは二つ。


 なぜ死にたいのか。


 自殺をどう思うか。


 その二つを語ってもらった。これから亡者になろうとする人間の心の内を聞かせてもらうことを合言葉の対価として求めたのだ。


 お決まりのいじめ等の悲劇を語る者も居れば、今の生に不満を覚えていないながらも、これから旅立つ死者の世界に根拠無き幸せを見いだしている殉教者も居た。


 そこには、人間が見えた。その人間を取り巻く環境が見えた。なにが彼女に自殺を選ばせたのか。喜び勇んで亡者の国へと身を投げた彼が、煉獄の狭間になにを見出しのか。そして、なによりそんな彼らの向こう側。間接的に彼らを殺した自殺ネットというものがなんなのか。


 それを聞くことが僕の関心だった。その関心が、心中を窺いしれない湯島を前に疼く。


「湯島君、合言葉を教えるのには条件があるんだ」


 今度は僕が笑った。

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