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三話目【凶つ竜にして邪神】

「そーいうことなら任せなさいな。何時もの朝食セットで良いわね?」


「はい。あ、この子が食べれそうなものもお願い出来ますか。」


「んー?渡り蛇っぽい見た目だけど。違う生き物ね。どこで拾ったの。」


「渡り蛇じゃないんですか。翼があるからそうかとばかり。」


「渡り蛇に羽毛は生えてないし目蓋もないわ。だから別の生き物よ。なにを食べるかわからないけれど取り合えず鶏肉があるから下味薄目で焼いてあげるわ。ルゥ、窓際の席が空いてるわよ。」


「特等席ですね。座って待ってます。」


ヴェールの合間から顔だけ出した蛇をローズさんに見せたら蛇は渡り蛇ではないと言われ。思わず蛇と顔を見合わせた。

ローズさんが違うと言うのならば渡り蛇ではないのだろう。


疑問が浮かぶもお腹が鳴る。取り合えず朝ごはんを食べてから考えよう。この子はひとに慣れていて。随分と大人しい。


だからひとに飼われていたのかもと店のなかを興味津々とばかりに眺める蛇の頭を指先で撫でると蛇は硬直してしまう。躊躇いがちに私を見詰め。蛇は尾を小さく左右にくねらせた。


ややあってローズさんが運んできてくれた朝食に両手をあわせ。いただきますとフォークを手に取る。

ギュゼルバハルでは定番なパン。シミッシュにペイルトゥ(チーズとヨーグルトの中間のような乳製品)と。


ドマルジャンとカバタルック(元の世界で言うところのトマトとキュウリ)のメゼルタス(サラダ)と薔薇のレチェ(ジャム)。そして卵料理の朝食だ。


リングの形をしたごまによく似た風味と見た目のチャサムがたっぶり練り込まれたシミッシュ。パンをちぎってローズさん手製の薔薇のジャムをつけて食べる。


この国の薔薇は林檎のような芳香が特徴でジャムにすると砂糖などいれずとも甘酸っぱくて美味しいことで知られている。


二口目を食べようとして蛇の視線に気付く。表情はないけれどもすごく食べたそうにしているのが雰囲気で分かる。


蛇の口にあわせて小さくパンをちぎってから薔薇のジャムを付けて差し出すと。くあっと口を開けて蛇はパンを飲み込む。


蛇の目が輝いたように見える。肩の辺りにある蛇の尻尾がぺちぺち上機嫌に上下する。あ、すごく美味しかったんだな。


パンの次は玉子料理シャクメネ。これは野菜入りのスクランブルエッグだ。たっぷりの溶かしたレヤウというバターっぽいものを使っていて。味付けはシンプルに塩コショウだけ。


けれども玉子も野菜も味が濃いから風味豊かでとびっきり美味しい。ニュッと蛇が首をもたげて此方を見る。食べてみる?と聞くと舌をチラチラ出した。食べたいらしい。


パンに乗せて、口に持っていくと蛇は待ちきれないとばかりにパクっと丸飲み。肩をリズミカルに尻尾で叩かれる。


うん、これも美味しかったんだね。蛇ははちみつをかけたペイルトゥもドマルジャンとカバタルックのメゼルタスも食べた。


あれだけ食べたのに重さが変わらない蛇を不思議に思いながら食後のコーヒーならぬカフチャイを飲む。

カフチャイは風味、味わい共にコーヒーでありながら茶葉を煮出したお茶である。


ギュゼルバハルのひとたちはこれにたっぷりのお砂糖をいれて飲むけれども。私は砂糖抜きで淹れて貰っている。蛇も飲むかなとミルクポッドにカフチャイを注ぐと蛇は舌で舐め。器用に飲む。


この子、やっぱりひとに飼われてたのかな。ひとが食べるものに対する興味や抵抗のなさに。

ひとに飼われてたなら迷い蛇か。飼い主さん、探した方が良いかなと思案する。


代金を払って店を出て市場に行き。食材を買い込んでから自宅に帰り。迷い蛇を預かっていますと紙に書く。

蛇の特徴を書いていると蛇が首からテーブルに移り。私に向き直り、じっと見詰めたかと思えば凄まじい美声が響いた。


《────私に飼い主はいない。探したところで徒労であろう。無駄な労力と言わざるおえまい。》


「···洋画の吹き替えみたいなどえらい美声が聴こえたな。疲れてるのかな。幻聴がする。」


《ほぅ、私の声が聴こえているのか。ならば好都合。私は君に会うべく此の世界にやって来た。名はアジ・ダハーグ。凶つ竜にして邪神である。》


「邪神?」


私は思った。自分の手に余る。有識者たちに相談しようと。取りだしたるは身分証として役所から貰っていたスマートフォン。


ギュゼルバハルにも有志たちによってインターネットが構築されネット掲示板と呼ぶものが存在する。


同郷会の連絡網にもなっているスレッドに邪神と名乗る蛇との出逢いと拾った経緯を書き込む。

間を置かずにスレにひとがぞくぞくと集まる。アジ・ダハーグってなんですか?教えて有識者ー!



【尾張のうつけと】お悩み相談室(ギュゼルバハル新入り向け)【金柑頭の】part1560


580 座敷わらしがお悩み相談中です。


という訳で此方が自称邪神のアジ・ダハーグさんです。


【近所のパン屋が再現したよくコンビニで売られてる砂糖たっぷりの高カロリーの円盤形のスナックパンを食べてる羽毛の生えた蛇の画像】


581 酒の肴は焼き味噌な尾張のうつけがお悩みにお答えします。


アジ・ダハーグ?儂は聞いたことないのぅ。

ヘイ、金柑頭。おぬしは知っておるか?


582 酒の肴はちまきな金柑頭がお悩みにお答えします。


確かアジ・ダハーグは拝火教に伝わる怪物で。アジ・ダハーカとも呼ばれています。


ダハーカの意味はわかっていませんがアジは蛇を意味していて伝承によれば有翼の龍蛇の姿をしているとか。

まあ、画像の蛇が本物かどうかまでは私にもわからないのでスレに有識者を呼んどきました。


583 酒の肴は塩一択の軍神の化身がお悩みにお答えします。


キラッと参上。寺生まれではないけど寺育ちのUさんですよぉ。我に毘沙門天の加護ぞあらん。


という訳で毘沙門天さまが言うには画像の蛇から神性を感じるそうです。私からも言わせて貰えれば怪物というよりも間違いなく邪神の類いですね。


ただ毘沙門天さまが言うには理由は定かではないがこの邪神はかなり弱っているとのことでーす。


あ、書き込まなくてもスレは見てますから。

毘沙門天の加護ぞあらん!!


584 一般人がお悩みにお答えします。


心霊、オカルト方面ではエキスパートなUさんが言うならガチだなー。


毘沙門天の加護ぞあらん


585 酒の肴はたくあんな副長がお悩みにお答えします。


まあ、異世界があるんだから邪神も居るだろう。


毘沙門天の加護ぞあらん


586 酒より甘味な英語教師がお悩みにお答えします。


拝火教というとゾロアスター教か。


毘沙門天の加護ぞあらん


587 一般人がお悩みにお答えします。


その拝火教の邪神。いや悪神かな。とにかく怖くてヤバそうな神さまがなんで座敷わらしちゃんに会いに来たんだろうな?


588 一般人がお悩みにお答えします。


理由、聞けそう?


589 座敷わらしがお悩み相談中です。


えーっと、はい。聞けたには聞けたんですけど。


私が原因でアジ・ダハーグさんは死にかけたらしいです。


590 酒の肴は焼き味噌な尾張のうつけがお悩みにお答えします。


おぬしが原因で死にかけた?関わりなどなさそうであるのに。よし、詳しく話してみよ。力になるぞぅ?この金柑頭がな!


591 一般人がお悩みにお答えします。


あ、うつけさんの無茶ぶりが始まった。


592 酒の肴はちまきな金柑頭がお悩みにお答えします。


まあ、うつけ様の無茶ぶりはいまに始まったことじゃないんで慣れていますが。邪神相手にどうしろと言うのか。戦えと?


あ、胃が。痙攣を。


593 酒の肴はとにかく鮭な羽州の狐がお悩みにお答えします。


このギュゼルバハルでも二人の関係はかわらないのか。うつけ殿よ、また謀反されないようにな。


それはそれとしてわらしが原因で死にかけたというのはどういうことか?


594 座敷わらしがお悩み相談中です。


私、先祖が福の神で子孫の私は他人に福を。幸運を与える体質でして。


595 一般人がお悩みにお答えします。


あ、だからコテハンが座敷わらしなのか。


596 座敷わらしがお悩み相談中です。


元の世界ではリアル座敷わらしって呼ばれてました。それで、まあ。元の世界で幸運を与えてたひとが居たんです。私とは幼馴染みだったそのひとが。


ド定番にトラックに轢かれて古代ペルシャ風の異世界に転生かましまして。これまたド定番に王族に生まれた上に勇者に選ばれて。異世界転生モノのお約束な展開を見事にコンプリート。


更にはハーレムというか。旅のなかで出会った女性たちを恋人にしながら。その異世界の邪神であるアジ・ダハーグさんに挑みました。

でも本来ならばアジ・ダハーグさんは私の幼馴染みが勝てるような相手じゃなかった。


アジ・ダハーグさんは悪を司る神で。この世に悪という概念がある限り死ぬことはなく。むしろアジ・ダハーグさんを倒してしまうとこの世のバランスが崩れて世界滅亡の危機に陥るので。


あらゆる攻撃を無効化する祝福が生まれたときから与えられていました。悪であれ、そう願われて。生まれた瞬間から世界を動かす機構として稼働していたアジ・ダハーグさんに自我というか。心と呼べるものはなかったのだそうです。


そんなアジ・ダハーグさんをその世界の人間はこの世を支配する邪神だと恐れ。神々もそれに便乗。自分たちが仕出かした悪事だとかをアジ・ダハーグさんにおっかぶせ。


私の幼馴染みが勇者としてアジ・ダハーグさんを倒しに行くことになり本来ならば倒せない筈のアジ・ダハーグさんを倒してしまったんだそうで。


597 一般人がお悩みにお答えします。


攻撃無効化の祝福があるのに?あ、待って。もしかして。座敷わらしちゃんの祝福が攻撃無効化の祝福を上回って勇者の攻撃が通っちゃったの!?


598 一般人がお悩みにお答えします。


そんなことがありえるのか。教えてUさーん!!


599 酒の肴は塩一択な軍神の化身がお悩みにお答えします。


ビビッと参上。結論から言うとあるかなしかでいえばあり得ます。非常にレアなケースではありますが。


600 座敷わらしがお悩み相談中です。


与えられていた攻撃無効化の祝福を破られ。負傷したアジ・ダハーグさんはそこで面白いと感じて興味を持ったんだそうです。


目の前で意気揚々笑う幼馴染みではなく。自分に掛けられていた祝福を上回る祝福を与えた存在に。魂の匂いからして目の前に居る勇者は異なる世界から来た存在。


つまり、祝福を与えたモノも異なる世界の存在だと直ぐに察して。アジ・ダハーグさんは幼馴染みの頭のなかを覗いてみたらしく。祝福を与えたのが私だと突き止めて。私に会ってみたくなったそうです。


自我というものがなかったアジ・ダハーグさんからすればこのとき初めて意志と呼べるものが生まれ。これまた初めてやりたいことが出来た訳で。


大変、心踊る体験であったとアジ・ダハーグさんは言ってます。そんな訳で幼馴染みに祝福を与えた私に会うべく世界を飛び出して。


幼馴染みの魂にほんの微かに残っていた私の匂いを辿ってギュゼルバハルにやって来たんだとか。


601 酒の肴は焼き味噌な尾張のうつけがお悩みにお答えします。


アジ・ダハーグとやらがギュゼルバハルに来た経緯はわかった。

わらしに会うという目的は。念願は果たされた訳だが。そやつ。これからどうするつもりなのだ。


602 酒の肴は焼いた貝な巫女で女王がお悩みにお答えします。


座敷わらしちゃんに会いたくてギュゼルバハルに来て。それは叶った訳だものねぇ。

邪神さまには大人しく元の世界に帰って貰うって訳にはいかないかなー。


603 一般人がお悩みにお答えします。


でも、すごく弱ってるんだよね。その邪神さま。


604 座敷わらしがお悩み相談中です。


弱ってるところで無理に異世界渡航をしたことが祟って。元の世界に戻るだけの力はいまはないそうです。アジ・ダハーグさん曰く神力が足りないんだとか。


地道に食べ物を摂取して補ったり神力を持った相手から分けて貰うかしないと元の世界に戻るだけの神力が貯まらないみたいです。つまり、それは。もしや??


605 酒の肴はちまきな金柑頭がお悩みにお答えします。


わらしさんが面倒を見る流れですね。


606 一般人がお悩みにお答えします。


都合よく神力(?)持ってそうな人間がいるからね。


607 一般人がお悩みにお答えします。


此処でお復習。座敷わらしちゃんの先祖は福の神です。


608 座敷わらしがお悩み相談中です。


神力ありますかって聞いたら。あるなって頷かれました。元を正せば私の不始末が原因。わっかりました。アジ・ダハーグさんが元の世界に戻れるまで私が面倒見ます!!




そんな訳でものすごーく恐ろしい邪神。アジ・ダハーグさんとの共同生活が始まった。


アジ・ダハーグさんが言うには先祖が福の神だから私にも神力なるものがあるらしい。

ようは私がひとに福を与えている力。その源だそうだ。神力ってどうやれば分けられるのか聞くと無理矢理引き出すことも可能だけど。


それをすると廃人になったり、肉体が耐えきれずに消滅して塵になったりするらしいので穏便な形でお願いしますと即座に頼んだ。


アジ・ダハーグさんとしても興味を抱いた相手が消えてしまうのは惜しいらしく私のやり方にあわせると言ってくれた。私は好きになった相手に福を招く。


ならばアジ・ダハーグさんを好きになれば神力という福を与えられるのではないかと。とは言っても、好きになれと言われて素直に好きになれるかというと無茶な話だ。


アジ・ダハーグさんは無理強いはせぬとはっきりと言った。想いとは自然に生まれるものだ。他者に無理強いされて芽生えるものなど怒りと嫌悪しかあるまいよ。私は君の意志で私を好いて貰いたいと理知的で穏やかな瞳で静かに語る。


《四話目に続く》

 

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