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一話目『異世界転移者が珍しくない世界』

機械仕掛けの神さまと。機械仕掛けの神さまに心を与えてしまった女の子のお話です。

この心という空の器を満たしてくれたのは他ならぬ君だった。


この心はどうせ満たされることはないのだと。そう、自分すらも見放していたというのに。君は常に真っ正面から私に。


私の心に向き合い。温かな想いをたゆまず注いでくれていた。私は君のその瞳を通して私という生き物を理解した。

世界を、人間を、生命を学び。私は機械仕掛けの神ではいられなくなったのだ。


最早、私を魔王と呼称する者は居まい。


ああ、そうだ。悪の権化、あらゆる罪咎の主と言われたアジ・ダハーグを。凶ツ竜をお前は人間に堕したのだ。卑小なり、蛮勇なりし。愚かくも懸命な小さき命にと。


「ああ、嗚呼───!!なんたる喜劇、なんたる偉業か!!世に名高き吟遊詩人すら。いまの私の高揚を、興奮を!!正確無比には歌えまい!!君に抱く、我が想いも。」


私は万能を失った代わりに自由を得た。心のままに欲するものに手を伸ばし、こうして触れる幸福を得た。その心地好さに喝采をあげたくなる。


私は機械仕掛けの神ではなくなった。君と同じ人間なのだと。ならば私はこの心のままに君を欲しよう。

慈悲深き乙女よ、可惜夜の乙女よ。君に口付ける幸いを私に与えてくれ。


愛を乞うのは恐ろしいまでに美しい男だった。


背を覆う程に長い白銀の髪、龍蛇のように裂けた瞳孔の柘榴石の瞳。檜肌の如き、肌。相貌極めて秀麗。更に衣の上からでも分かる凄絶なまでに鍛えられた肉体も相俟って偉丈夫と呼ぶのが相応しい。


そんな男が熱を帯びた瞳で愛を乞うのは艶めく黒髪、夜の帳色の瞳以外は取り立てひとに褒められることのない。ごくごく平凡な娘だった。娘は肌を炙る眼差しに気圧されて。こくりと喉を鳴らす。


後ずさりたくとも娘の水仕事でややあれた手が男に掴まれているため、逃げたくとも逃げ出せない。···なんとはなしに逃げ出したらより事態が拗れるという予感めいたものもあり、娘は意を決して口を開いた。


「ま、前向きに!!検討させて頂いてもよろしいでしょうか···!!一先ず、あの。手を放して貰えると有り難いと言いますか!~~~自分の顔の良さをご理解下さい!アイム、ジャパニーズウーマン!!か、過度なスキンシップは御容赦を!」


「はは──!!私の顔はルゥの好みなのは知っている。遠慮せずとっくりと見てくれ。私もルゥの可惜夜の瞳を見詰めるとしよう。···ああ、真に。君は美しいな。」


「自分がイケメンだと自覚してるイケメンなんてだいっきらいだー!!うわああん!!中身三十路の喪女を口説くな!!軽率に惚れちゃうでしょうがァー!!男はもう懲り懲りなのにぃ~~!!」


「君が望むのであれば私は女にもなれるが?」


「え。」


「私に雌雄という概念はない。そうだな。以前は相手の望む姿を取っていた。美姫を望めば国を傾ける程の妖艶なる婦。王を望むのならば勇ましき偉丈夫に──。ルゥ、君は私にどちらであって欲しい?私としては君の望む姿でありたい。」


「あ、えっと。どっちでも良いというか。あなたがあなたなら性別は特に拘りはないです。女性でも男性でもあなたであることに変わりはないですし。だから私としてはあなたはあなたのままで良いかな。」


「フハッ、ハハハ!!」


「え、まさかの爆笑。」


「ルゥ、私にそんな言葉をくれたのは君が初めてだ。」


女であろうと男であろうと。私は私だ。しかし、誰も彼もが虚像の私をその目に張り付けて私を見ていたのだ。


「君だけが私に私のままで良いのだと言ってくれた。端的に言って惚れ直した。是が非でも君が欲しい。」


「あ、ダメだ。すごく墓穴を掘った。わ、私以外にも絶対貴方を認めて受け入れてくれるひとは居ますって!!結論を出すのは早計が過ぎます!」


「ルゥ、私は君の言葉だからこそ。こうまで心動かされるのだ。些か性急ではあるだろう。だがそれは私に余裕がないが故の事。君が誰かのモノになる前に君を我が物としたい。私は君が欲しい、可惜夜の乙女よ。」


アジ・ダハーグ。それはこの世の始まりと共に生まれた、ありとあらゆる罪咎の権化。

三つ首の龍蛇を正体とする世界に苦痛と苦悩、そして死をもたらす邪神の名。悪であれと望まれたが故に悪であろうとした機械仕掛けの神の名だった。


「なおくーりんぐおふとやらは受け付けぬ。」


「押し売りの自覚はあるのか···。」


機械仕掛けの神に心を与え、愛されてしまった娘の名は福来瑠美。此の異世界、ギュゼルバハルに迷いこんだ日本出身な三十路の元社畜である。



────此の世界ギュゼルバハルでは《異世界転移者》はさして珍しい存在ではない。


自宅の浴室の扉がギュゼルバハルの公衆浴場に直通し。そのまま頭に疑問符を浮かべたまま公衆浴場の女将さんに保護されて。もう二度と日本には帰れないことだとか。


異世界転移者を保護する制度の説明を受けて一ヶ月ばかり女将さんのご好意で公衆浴場で働いたあと。


私、福来瑠美は公衆浴場からほど近い飯屋《微睡みの薔薇亭》で働くことになった。あまりにもスピーディ。もっと、なんか。異世界転移モノって涙あり、冒険あり、陰謀ありのゴタゴタが付き物なのではないかと疑問に思ってしまう日本人の私に《微睡みの薔薇亭》の亭主であり。


祖父が異世界人なギュルさん(音が可愛くないと本人はローズを呼称していてかなりの美人だが性別不明な御方で本人が言うには男より男らしく女よりも女らしいとのこと)曰く。此の異世界ギュゼルバハルの神の一柱がそもそも異世界転移者であり。


ギュゼルバハルが発展するように異世界、日本を中心にアジア諸国やヨーロッパ諸国にアメリカなどから死にかけている人間を無作為にギュゼルバハルに招いているのだそうだ。


一応、犯罪者や危険思想の持ち主は篩に落としているのでギュゼルバハルのひとたちは安心して異世界転移者を受け入れてくれる。そんな経緯からギュゼルバハルでは異世界転移者は新たな文化や技術をもたらす存在として重宝されて居て。


異世界転移者を招く神が夜を司っていることもあり、異世界転移者は女性ならば可惜夜の乙女。男性ならば御子と呼ばれ手厚く保護されているという話を改めてローズさんから聞き。


そうか、私は死にかけてたのかと風呂から上がってバスタオルを巻いた姿で自宅の浴室から公衆浴場に転移したことを思い出す。女風呂で良かったと思いながら振り返ると当時の季節は真冬。


五徹目でようやく自宅に帰れたので冷えきった身体を温める為に熱いお風呂に入っていたのだ。あれかな。ヒートショックを起こしてたのかもしれない。


地味に死にかけていた訳だと納得しつつ。まあ、異世界転移しなかったら。今頃、辛い思いをしていただろうからギュゼルバハルに連れてきてくれたという元異世界転移者の神には感謝している。


そんな訳で普通に此方の世界での戸籍が発行されたし、どう見てもスマートフォンな身分証も作って貰えた上に衣食住も保障され。


あれ?日本に居るときよりも充実してるなと思うほどギュゼルバハルでの生活にも慣れていき。街の人たちとも顔馴染みになり。


時々、同じ異世界転移者で同郷な方々(新入り歓迎会にお呼ばれしたら幹事が本能寺で敦盛踊ったひとで噴き出した)にギュゼルバハルでの生活の暮らし方講座を開いて貰って。


楽しく異世界生活をエンジョイしていると言いたかったのだが。


「自棄酒ってことはまたなのね、ルゥ。」


「ギュルさぁん!!」


本日、休暇なり。馴染みになった串焼きが名物の酒場《小竜公》で火酒という。さらさらしていて口当たり軽く飲みやすいけれども名前の通りに火が着くほど度数が高いお酒を飲んでいると。


店を従業員である絵描きが本職なオランダ人のヴィンセントさんに預けてきたローズさんが顔を出して私の額にぐりぐりと指先をめりこませる。


まだ子供の可惜夜の乙女が酒場に居ると聞いてもしやと思い、ローズさんは見に来たらしい。


「ンもう。アタシのことはローズとお呼びなさいな!火酒を水みたいにかぱかぱ飲まないの。ルゥは子供なんだから果実水にしておきなさいな。」


「私、外見はちんちくりんの子供ですけど中身は三十路。もう立派な大人ですよ、ローズさん。」


「十分、子供よ。向こうでは二十歳が成人らしいけど。こっちでは六十歳が成人。ルゥはまだまだ子供の内よ。お酒の味を覚えるのはまだ早い。」


「こっちの平均寿命って五百才でしたって。」


「そうそう。可惜夜の乙女も此方の人間と同じくらい長生きするわよ。そうあれと彼の御方が願われたからね。という訳でこの火酒は没収。ルゥは果実水で我慢なさい。」


「はぁい。」


こっそり同郷会でしこたま飲もう。今度の同郷会の幹事、酒豪で有名な毘沙門の加護持ちなギュゼルバハルで酒屋やってるひとだから。きっと美味しいお酒用意してくれてるだろうし。


私がダメな方の決意をしながらローズさんから渡されたシェフカ。平べったい形をしていて、桃と杏をあわせたような味わいの果実で作られた果実水をちびちびと飲む。


これはこれで美味しいけれども今の気分はお酒なので物足りない。酒の肴に出された食感は西瓜で味はメロンな果物カブンカルを乾燥させてチコラーテ。


ようはチョコレートを掛けたものをローズさんが私の口に運ぶので素直に口を開いて食べる。塩辛い現実と違って甘くて美味しいと影を背負って笑えば。


ローズさんは今回で十人目かしらと私から取り上げた火酒を飲む。私は顔を覆って私は私の福招き体質が憎いです···!!と嘆いた。


曰く、福来家の先祖は福の神であるという。


その真偽は生憎と分からないけれども、福の神の血を受け継ぐ福来家の女性は意中の相手に幸福を与える稀有な体質を持っていた。


座敷わらしが家に福を招き。富ませるように福来家の女は己が恋焦がれる相手にありあまる富、恐ろしいほどの才、誰もが感嘆する幸運を与えるのだ。ある種の異能と言い換えても良いだろう。私は歴代の福来家の女のなかでもこの福招き体質が強かった。


ついた渾名はリアル座敷わらし。ほんのちょっとでも好意を抱いてしまうと自動で福を与えてしまうのだ。好意の大きさが福の大きさに直結するので。


私の好意を得たいが為に老若男女問わず周囲の人々は乙女ゲームかな?と思うような思わせ振りな態度や言動を私に取っていた。


お陰ですっかり自分がイケメンだと自覚があるイケメンが苦手になった。乙女ゲームは創作だからこそ楽しめる。優しい言葉も、ときめくような行動も全部下心ありき。


ひねくれずに育てというのが難しい。

実際、幼い頃の私は悲観的でかなり猜疑心が強い子供だった。


けれども私には幼馴染みの男の子が居た。私に好意を持たせようと甘い言葉と態度を取る周りの大人や子供たちを鼻で笑い飛ばし。


こんなちんちくりん可愛くなんかないけどな。まあ、ブスでもないし。フツーだろとその子だけが正面切って言ってくれたのだ。


猜疑心ばかりが肥大化した当時の私からすれば、幼馴染みの。獅堂君の態度は小気味良く思えた。彼は私を特別扱いをしなかった。同い年の子供。幼馴染み特有の気安さはあれど。

素っ気なかったし。わざと気を引くためにからかってくることもなかった。


どこまでも普通の態度、普通の言動。───そして普通の男の子。


当時の私にはそれが救いだった。彼と居るとき私はただの女の子で居られたから。自分を特別扱いしない彼に好意を抱いてしまった。我ながら思う。ひねくれていた割りに単純というか素直が過ぎる。


成長した彼は、獅堂君は誰もが認める才色兼備の天才になった。高校では常に首席だったし。あらゆるスポーツの大会で優勝を浚い。


大学では在学中に出した論文が評価されて博士号を得た上に特許も取得して学会に呼ばれたかと思えば眉目秀麗な容貌が目を引き街中でスカウトされてアイドルデビュー。


新人ながらドラマ初出演で主演を演じて、それが世界的に著名な映画監督の目に留まって俳優の道に。翌年にはハリウッドに進出。世界的大スターの仲間入りを果たした。


獅堂君の快進撃を見て私は自分の福招き体質の強さに引いていた。此処までの力があるとは自分でも思っていなかったのだ。


呆然としながらも。すっかり遠いひとになってしまった獅堂君をこれからは遠くからひっそり応援しようと思っていた時に連絡があって数年ぶりに獅堂君と会うことになった。


まさか待ち合わせ場所につくなりホテルに連れ込まれることになるとは予想していなかった。


自分ならもっと上に行けるはずだ。俺はこんなところで終わる人間じゃない。もっと、もっとお前の力で俺を押し上げてくれ。名声も地位も手にいれた。


あとはなにがあろうとも揺るがぬ権力を得るだけなんだと暗く濁りきった目を爛々と輝かせて。獅堂君は私の服を剥ぎ取ろとした。


与える福は好意の大きさに比例する。だから手っ取り早く私と恋人になれば良いと思ったのだろう。

既成事実さえ出来ればあとはどうとでもなるだろうという思考が透けて見えた。

ありあまる福はひとを変える。過ぎたるは及ばざるもの。過剰に与えられた福が獅堂君を歪めたのだと理解した。


《二話目に続く》

 

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