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ピーカ

あなたと出会って

作者: 星行 張

我々が住む『こちらの世界』と重なるように存在している、もう一つの世界があるーー。その世界は「魔界」と呼ばれ、「魔物」という生物が暮らしていた。二つの世界は同じ場所にありながら、決して交わりはしない。もし交われば、やがて両者に終焉が訪れるだろう。そうならないよう、それぞれの世界には「神」が君臨し、自らの世界の秩序維持に努めていた。

しかし、あるとき魔界の神・オスクリダは、二つの世界の支配者となるため、両者の統合を謀った。彼は『こちらの世界』と魔界を繋げ、魔物の本能を解放し、それらを『こちらの世界』に送り込むことに成功した。そして、拠点である魔城から出られない自分に代わって、魔物達に『こちらの世界』の人間の闇ーー恐怖、嫉妬、憎しみ、悲しみ等の負の感情を引き出させようとした。「闇」の広がりは、「闇」の守護者たる彼の力の増幅に繋がるからだ。

このことを察知した『こちらの世界』の神・リュミエールは、『こちらの世界』の者に魔物に対抗できる能力を与えた。魔物を浄化し、魔界に送り返す能力を。その能力を与えられし少女達を、ピーカ戦士という…。


桃山愛里ももやまあいり、高校二年生。彼女はリュミエールに能力を与えられた一人であり、変身アイテムであるピンクのボールペンを使って、愛の戦士・ピーカラブに変身する。彼女の戦士としての能力は洗脳又は洗脳解除、幻術、記憶操作等多岐にわたる。

そんな彼女には、悩みがあった。「愛」の戦士でありながら、彼氏がいないことだ。彼女自身顔立ちは可愛らしく、性格も決して悪くはないのだが、自分が大好きすぎることが災いしてか、どうにもモテない。今日もこのことを嘆きながら、一人学校から帰っていた。

「あーあ…もう、どっかにいいイケメン転がってないかな……って、ん?」

ふと公園を見てみると、カンフー服のような衣装を身に纏い、頭と腰に布を結んだ茶髪の青年が立っている。…なかなかのイケメンだ。

(いやん、そんなこと言ってたらいきなりチャンス?!これは逃すわけにはいかないわ‼)

と、さっそく愛里は青年に声をかけようと近づいた。

「すみませーん、あ、の…?」

「…はい?」

愛里の声に青年が振り向くが、彼女はある程度彼に近づいたところで立ち止まった。…青年から「妖気」を感じ取ったからだ。

「妖気」とは魔物が発している気のことであり、戦士に覚醒めざめた少女達はそれを感じることができる。妖気の濃さは魔物によって異なり、上級の魔物は自らそれを隠すことも可能だ。また、戦士達が妖気を感じ取る能力にも差があるのだが、愛里は仲間内で、その能力はかなり低い方であった。

そんな愛里でも感じ取ることができるほどに、この青年は濃い妖気を放っていた。

(つまり…この人魔物ってことよね?あーもう、なんで人型の魔物はこうも美形揃いなのよ…。どうしよう、変身して浄化する?でも私でも分かるほど濃い妖気出してるってことは、やっぱ強い?だったらいったんみんなと合流して…)

「…あの…どうかされたんですか?」

愛里が困惑していると、今度は魔物と思われる青年から愛里に声をかけた。

「えぇ?!あ、いや、何も…」

「何もということはないでしょう。何か用があって、僕に声をかけたんじゃないですか?」

「え、あー…そう…だったんだけど、もう、いいっていうか…」

「そうなんですか?でも、せっかくですから、話してみてくださいよ」

「いや、だから…」

「何か力になれるかもしれませんし。ね?」

「…あーもう!しつこいわねこの魔物‼」

「……え?」

しまった…!うっかり口を滑らせ、愛里は両手で自身の口を塞ぐ。

「…どうして僕が魔物って…。まさか、君は…」

「…あーもう、バレたら仕方ないわね!こうなったら変身して…」

「待ってください!僕、君に何かしましたか?してませんよね?だったら別に無理に戦おうとしなくていいじゃないですか!魔物だからって『こちらの世界』に危害を加えるとは限らないでしょう?だから」

「あーーもう、分かった!分かったから‼」

戦士に変身しようとした愛里を止めようと、彼女の肩を揺さぶり説得する魔物に、愛里は諦めの声をあげた。そこで、魔物は愛里から手を離し、ニコリと微笑む。

「…よかった。僕、狼男のユーマっていいます。君は?」

「…桃山、愛里…」

愛里は複雑そうな表情で答える。

これが二人の出会いだった。


――――――


「あ、愛里!この前愛里が気になるって言ってたアイドルの特集雑誌発売今日なんだけど、一緒に買いに行かない?」

「あー…そうなんだ。ごめん、私はいいや。じゃあ…」

そう言って、愛里はクラスメイトからの誘いを断り、そそくさと教室を出て行こうとした。

「…愛里がイケメン特集記事にまるで興味を示そうとしないなんて珍しいね…」

「ええ…というか、最近の愛里さん、どこか様子がおかしいような…」

そう言って愛里を気にかける二人は、彼女と同じくピーカ戦士の黄谷雷亜きたに・らいあと、緑川葉子みどりかわ・ようこだ。二人は愛里が(主に恋愛関係ネタで)誰かを尾行するときによく行動を共にする、尾行仲間であった。…愛里に上手く乗せられて着いて行かされるだけだが。

「どしたの?もしかして、好きな人でもできたとか?」

「え?! いや、あんな奴のこと好きなわけないし!」

「…あんな奴…?」

「え?!あ、何でもない!じゃね‼」

雷亜との会話も手短に済ませ、愛里は走り去っていく。

「…ねえ、葉子。雷亜さ、今日部活休みなんだけど…」

「…私も、今日委員会お休みです」

「だったら…」

二人は向かい合って頷くと、愛里が出て行った方向に向かった。


「愛里!今日も来てくれたんだ!」

「どーせ私は暇人ですよ。ってか、何回も言ってるけど私は戦士としてあんたを監視しに来てるの!そんな嬉しそうにしないでくれる?!」

「はいはい。あ、紅茶入れるね」

「…分かってないでしょ…」

出会って以来、愛里はほぼ毎日のようにユーマに会いに来ていた。彼が『こちらの世界』で暮らしているのは、二人が出会った公園の奥にある小屋のような場所だ。周囲を木々に囲まれており、簡単には見つからない。中には木でできた小さなテーブルと椅子、さらには食器棚のようなものまである。愛里は椅子の一つに腰かけた。

「…今日も、何もしてないみたいね…」

「だから、僕はここで暴れる気なんかない、って何回も言ってるよね?」

「そうだけど!そんな簡単に信じられるわけないでしょう?!」

「へえ?でも、愛里僕のこと浄化しようとしないじゃん。それに、他の戦士に僕のこと言ってないみたいだし」

「…それは、まあ…その…」

ユーマの爽やかな笑顔に口ごもる愛里。出された紅茶をぐいぐいと飲み干す。

「どう?美味しい?」

「え?あ、うん…。何となくまろやかっていうか…よく分かんないけど。何か入ってるの?」

「ああ、それは…」

ユーマが言いかけると、突然愛里は意識を失い、その場に倒れ込んだ。

「…とっておきの、眠り薬がね…」

ユーマは虚ろな瞳で、愛里を見下ろした。


――――――


「…ん…。…あれ、私一体……って、何?!これ」

 愛里は目を覚ますと、自分が手足を鎖で縛られ、どこかの床に転がされていることに気付いた。そして周囲には…

「あれ?もう目覚めちゃったの?」

「…!この濃い妖気…あんた達、狼男…?」

「ご名答~」

 数人の狼男が、ニヤニヤと笑いながら愛里を囲んでいた。

「ここはどこ?この私を縛り付けるなんてどういうつもり?…っていうか…ユーマは…」

「質問が多いねえ。ピーカ戦士のお嬢さん」

「?!なんでそれを…」

「また質問?まあ一個ずつ答えてあげるから一旦落ち着きなよ」

「…」

「まず、ここは魔界にある俺達のアジト。で、君を縛ってるのはこれから君を美味しくいただくため。…君、ホント可愛くていい匂いがするねえ」

「私が可愛いことくらい分かりきってるわよ!…それで、ユーマは?あんた達まさか、あいつに何かしたんじゃ…」

「おいおいその状態でまだあいつのこと信じてるのか?お優しい戦士様だなあ」

 周囲の狼男達が一斉にげらげらと笑いだす。愛里はその様子に、ますます困惑してきた。

「何よ…何がそんなにおかしいわけ?!」

「いやあつい!だってさ…君をそうやって縛り付けてここまで運んできたの、ユーマだぜ?」

「…嘘」

「嘘じゃないさ!いいか、俺達は元々、ピーカ戦士の肉を狙ってたんだ。だが、俺達はこの濃い妖気を抑えらんねえから、簡単に見つかって逆にやられてしまうかもしれない。そこで、ユーマに頼んだんだ。ピーカ戦士を見つけて信頼を得たところで、そいつを捕まえてこい、ってな」

「…そん、な…」

 告げられた真実に、愛里は言葉を失った。…あの、天然マイペースみたいな性格も、悪さをする気はないって言葉も、…私が来るたびに見せてくれた笑顔も…全部、私を騙すために作られたものだったの…?

「これは思った以上に作戦大成功のようだねえ。じゃあ、最後にもう一個教えてあげるよ。…あいつ、ここに来たとき何て言ったと思う?お望みの『モノ』を持ってきた、だぜ?可哀相にねえ」

 再び狼男達が笑い出す。しかし、愛里にはもはやその笑い声は聞こえていなかった。それほどまでに、彼に裏切られたショックが大きかったのだ。…いや、「裏切られた」などと感じるほどに彼を信用していたことに、今更ながら気付いてしまったのだ。それなのに…

「さてと。一通り話してあげたし、そろそろいただいちゃいますか!」

「え?!」

 命の危機に気付き、愛里は我に返る。

「じゃあとりあえず、邪魔な服は引きはがして…」

「ちょっとやだ!やめ…」

「…おい!」

 一人の狼男が爪で愛里の服を引き裂こうとした瞬間、音を大きく立てて愛里達のいる部屋の扉を開けた者がいた。

「……ユーマ…」

「…愛里…」

 部屋に入ってきたユーマは、床に転がされている愛里に複雑な表情を見せる。だが、すぐに愛里を囲む狼男達を睨みつけた。

「…お前達、ロヴィアを殺したってどういうことだ…」

「あ?もう知っちゃったの?いやあ何かイラッとしちゃってさ。つい」

「……!」

 その平然とした答えを聞くと、ユーマは瞬時にその場にいる狼男達を払いのけ、愛里を肩に担いで部屋を飛び出した。

「え?ユーマ?ちょっと…」

「……」

 無言のまま走り続けるユーマ。古びたアパートのような狼男のアジトから出ると、外は夜だった。空には欠けた月が浮かんでいる。ユーマは少し行ったところで愛里を下ろし、彼女の手足を縛る鎖を壊した。

「…愛里、ごめん」

「え?!」

 俯いてボソリと言うユーマに、愛里は先程とは異なる驚きを示す。

「一体何なの?あんた、私のこと騙してたんじゃ…」

「…僕には、ロヴィアっていう妹がいるんだけど、その妹があいつらに捕らえられて…。それで、返してほしければピーカ戦士を連れて来いと言われたんだ。だから、最初に出会った君を…。…でも、あいつら…あいつら、僕がこっちに戻る前にロヴィアを…!」

「…」

 悔しそうに自らの拳をぎゅっと握りしめるユーマ。愛里はその様子に、今まで自分が知らず知らずのうちに信じていた「ユーマ」を感じた。

「…じゃあ…さ」

「え?」

「私を助けてくれたのは…その…あいつらへの復讐的な…」

「違う!そんなんじゃない!僕はただ君を助けたくて…」

「…私のこと『モノ』とか言ったくせに?」

「あいつらから聞いたのか…。…確かに、助けたかったとか偉そうなこと言えないね…。僕が奴らに君を餌として差し出したのは、許されない事実だ」

「じゃあなんで…」

「…確かに、最初は取引材料としか考えていなかった。でも…僕を純粋に信じようとしてくれている君の優しさに、いつの間にか惹かれていって…。だから、ロヴィアを助け出せたら、君も必ず助けようって思ったんだ。…勝手なこと言ってるって、分かってるけど…」

「…本当に、勝手」

 愛里はボソリと言った。

「あんたって、本当に…人の話聞かないし、自分に都合いいように考えて笑いかけたりするし…。でも、でも…あんたがそんな奴だって、最初から分かってたんだから!それに、一応ちゃんと助けてくれたし…。…だから、愛里様の広い心で、特別に許してあげるわよ!」

「…愛里…ありがとう…」

 二人は穏やかに微笑みあった。

「じゃあ、君は奴らに再び見つかる前に元の世界に戻るんだ。『入口』まで案内するから…」

「ちょ、待ちなさいよまた勝手に話進めて!…あんた、私が戻ったらあいつらに復讐する気じゃ…」

「…妹を攫って殺した奴らに何もするなと?それに、放っておけばまた君や…あるいは他の戦士を狙うに違いない」

「復讐なんて天然おとぼけのあんたに似合わないわよ!そんなことしても、妹さんは帰ってこないわよ?…それに、私達の世界にまで手出そうとするような魔物は魔界の王が何かした影響でおかしくなってるはずよ。だから私が浄化して、改心させてやるわ!それでいいでしょ?」

「愛里…。…ああ、そうだね…それが…いいのかも、しれない…」

「じゃあ早速、あいつらのところに…」

「え?ちょ、待ちなよ!そんないきなり…」

 アジトに戻ろうとする愛里の手首を掴むユーマ。

 その時、彼の動きが止まった。

「…ユーマ?どうかしたの?」

「…そうだ、待ちなよ…。あいつらになんか、渡さない…」

「……え?」

 ユーマの声が虚ろなものに変わったことに、愛里は眉をひそめる。すると、ユーマは突然愛里の両腕を掴み、彼女をの体を近くの木に叩きつけた。

「っ!ちょっと!いきなり何し」

「…こんなに美味そうな獲物…逃してなるものか…」

「え…?何言って……って、痛っ…」

 ユーマは愛里の腕を掴んだまま、爪を立てる。そして、そこから流れ出た血を、ゆっくりと舐めた。

「…美味い…」

「ねえ…ユーマどうしちゃったの?!ねえ…ねえ!」

 愛里の声は、ユーマには聞こえていないようだった。その瞳は獣のようで、不気味に光っている。あからさまに、様子がおかしい。

「…さあ、今度は肉を…」

 ユーマが愛里に向かって牙をむく。愛里はぎゅっと目を閉じた。まさに愛里の体にユーマの牙が触れようとしたその時、

「うがああああ!!」

 彼の体に稲妻が放たれた。地面でのたうち回るユーマ。彼から解放された愛里は、力が抜けてその場に座り込んだ。そして、そこにやってきたのは、

「愛里、大丈夫?!」

「愛里さん!」

「…サンダー、リーフ…なんで…」

 雷の戦士・ピーカサンダーと葉の戦士・ピーカリーフ…変身した雷亜と葉子だった。

「…気になって愛里の後追っかけてたら、突然愛里の気配が消えて…」

「…それで、近くに『入口』があったから、もしかしたらと思って来てみたんです」

 『入口』とは、『こちらの世界』と魔界が密接に繋がった場所を言う。ここから二つの世界を行き来できるが、不規則に現れ、また常に同じ場所から同じ場所へ行けるとも限らない。

「そう…。…って、ユーマは?!あいつは無事なの?!」

「…あの魔物のこと?…たぶん、技が完全には効いてないはず…」

「…っユーマ!!」

「ちょ、愛里?!」

 ユーマの元へ駆け寄ろうとする愛里を、二人の戦士は抑えた。

「ちょっと離して!」

「でも危険です!」

「いいから…」

「…アイリ…」

「ユーマ?!」

「…食らう…必ず、お前を…」

「…ユー…マ…」

 電撃を食らってもなお変わらず獣の瞳をしたユーマの姿を見て、愛里はそのショックか気を失った。

「愛里さん?!」

「…とりあえず戻ろうリーフ!愛里頼める?」

「…はい!」

 サンダーが先を行き、その後に愛里を抱えたリーフが続いて、自分達が通ってきた『入口』を目指した。

「…待…て…」

 ユーマも後を追おうとするが、まだ体が痺れており動けない。

 そんな彼を、いつの間にか満ちていた月が照らした。


――――――


「…ん…」

「!愛里!」

「お。起きたか、愛里ちゃん」

「…火翔かしょう…藤岡先生…?…って…っ!」

 愛里が再び目を覚ましたとき、そこは病室のベッドだった。傍らには、ピーカ戦士の一人たる橙野火翔とうの・かしょうと、彼女の恋人で医師の藤岡夏希ふじおか・なつきがいた。

「処置はしたけど、痛むだろうからしばらくは安静にしときな。…じゃあ、俺他の患者見てくるから。愛里ちゃんのこと頼むな、火翔」

「ああ」

 愛里のいる病室を後にする夏希。それと丁度入れ替わるように、雷亜と葉子が入ってきた。

「愛里!目覚めたんだね!」

「よかったです…」

 二人は心配そうに愛里のもとへ駆け寄る。

「雷亜、葉子。みんなへの連絡は?」

「ばっちり。たぶん、そのうちみんな来ると思う」

「そうか…っておい愛里!何してんだ!安静にしとけってあいつも言ってただろ」

 三人を気にせず、ベッドから抜け出そうとする愛里を、火翔は制止しようとする。

「でも!私行かなきゃ!」

「行くってどこへ!魔界か?!」

「!危険です!またあの魔物が出たら…」

「だから!私あいつに会わなきゃいけないの!」

「ちょっと…愛里、あの魔物に騙されてたんじゃないの?その傷だって…」

「違う!確かに騙されてたけど…それはあいつの本当の行動じゃない!…あの時襲ってきたのだって…たぶん何か事情が…。だから」

「お前の話が本当だとしても、行かせるわけにはいかねえよ。…たぶん、その魔物はもう完全に本能を解放されたんだろ。だったら浄化するしかねえ。『こちらの世界』に危害を加えかねない魔物を浄化するのは俺達の使命だけど…今のお前にやらせるのは危険すぎる!」

「それでも!私がやらなきゃいけないの!!」

 愛里は火翔の手を力いっぱい振りほどくと、懐からピンクのボールペンを取り出す。

「チェンジ!ラブピンク!!」

 桃色の光が愛里を包む。光が消えると、そこには愛の戦士・ピーカラブが立っていた。

「ちょっと愛里…」

 ラブは右手でパチンと指を鳴らす。すると、雷亜達三人はぴたりと動きを止めた。

「…心配してくれてありがとう。でもごめん、しばらくそのままでいて…」

「……はい…」

 三人が洗脳の能力にかかったことを確認すると、ラブは病室の窓から飛び出した。


――――――


(…たぶんあそこから、ユーマ達のいたとこまで行けるはず…)

 愛里は腕の痛みを感じながらも、まっすぐと公園を目指した。…彼と逢瀬を重ねた、あの場所を。

 公園の小屋の前にやってくると、愛里は目を閉じて意識を集中させた。そして、世界の歪み…『入口』を感じると、そこへ飛び込んだ。

 飛び込んだ先には、狼男達のアジトであるあのアパートのような建物があった。未だ、空には満月が輝いている。

(…よかった。まだこの場所に繋がってた…)

 愛里は、辺りをきょろきょろと見回しながらゆっくりと歩く。すると、近くの木の上から突然何かが落ちてきた。

「…アイリ…だ、な…?」

「…うん、そうだよ…ユーマ…」

 変身しているため姿が変わっている彼女を確かめようとするユーマに、愛里は静かに答えた。…ユーマの瞳は、相変わらずギラギラと光っていた。

「アイリ…待ってた…。…お前を、食らう…!」

 猛スピードで愛里に襲い掛かるユーマ。その爪を避けながら、愛里は必死に彼に語りかける。

「ユーマ!お願いやめて!私のこと助けたいって言ってくれたじゃないのねえ!」

「…アイリ…!」

「…もう…相変わらず、人の話聞かないんだから…」

 休むことなく向かってくるユーマを愛里は避け続ける。そうしながらも、愛里は彼に言葉を投げかけるのをやめなかった。

 二人の攻防はしばらく続いた。すると、その時ユーマとは別の爪が愛里を襲った。

「?!」

「へへ…。極上の獲物、ユーマに独り占めされてたまるかよ」

「…あんた達…」

 いつの間にか、アジトから複数の狼男が出てきていた。愛里はさらに顔を曇らせる。狼男達が愛里が飛びかかろうとした時だった。

「紅華流奥義!薔薇ノ舞!」

「うわああああ!!」

 無数の薔薇の花弁が舞ったかと思うと、狼男達が浄化されていった。

「!フラワー?…それに、みんなも…」

 気が付くと、赤き花の戦士・ピーカフラワー他、仲間の戦士達が駆けつけていた。時間経過により洗脳が解けたのか、リーフ達もいる。

「まったく、見舞いに行ってあげたら能力使ってまで飛び出してたとか…。…どうやら訳ありみたいだし、あんたはそいつと思う存分戦いな!残りの奴らは私らが引き受けるから!」

「…うん!ありがとう!」

 こうして、戦士達と狼男の戦いが始まった。戦士達は若干苦戦しながらも、次々と狼男を浄化していく。

 そして、残るはユーマ一人となった。一度ピーカサンダーの技を食らっているユーマと、腕に怪我を負っている愛里は、激しく動き続け共に苦しそうだ。そろそろ互いに限界が近いのか、徐々に両者の表情が険しくなっていた…そんな時だった。

 ふっと辺りが暗くなった。満月が、暗闇に覆われている。

 それに伴い、ユーマは動きを止め、その場にがくんと座り込んだ。

「ユーマ?!」

「…愛…里…?」

「そうよ!よかった、正気にもど…」

「…あ…い…リ…!」

「!!」

 暗がりの中でも、ユーマがその場で苦しそうに動いているのがわかった。…彼の瞳は、いつもの優しいものから激しい獣のそれへと、順々に移り変わっていく。

「…ユーマ…」

「愛里…来ちゃいけない…。…僕、は…」

「でも…でも…!」

「愛里!!」

「?!」

 迷う愛里に、仲間の声が響いた。

「そいつを浄化するのは今が機会チャンス…。そして、そいつを浄化できるのは、あんたしかいないんじゃないの?!」

「…分かってる…分かってるわよ…!」

 愛里は俯いて叫ぶ。

 …『浄化』は、魔物を殺すことではない。その身体は一時的に消滅するも、再び同じ魂として生まれ変わる。浄化された魔物は本能を無理矢理解放された状態から正常化され、さらにその心に愛や慈しみといったものを覚える。

 それでも、愛里が彼を浄化することをためらうのは…浄化された魔物は、記憶を失うからだ。つまり、一度浄化されて生まれ変われば、彼はもう、愛里のことを覚えていないのだ…。

 戦士として、魔物を浄化するのは自らの使命。そして、他の戦士に、彼を浄化されたくはない。これは自分の役目。…頭では分かっていても、どうしても、動けずいた。すると、

「愛里…お願いだ。君の能力ちからで…。早くしないと、そろそろ、抑え、られな…だ…か…う…あああああっ!!」

「…ユーマ…!」

 本能を抑えきれなくなったユーマが、再び愛里に襲い掛かろうとする。

 愛里は、戦士としての武器である弓矢を構え、まっすぐとユーマに向けた。

「…さよなら」

 ビュンッ。

 飛んだ弓は、ユーマの身体を貫いた。…そして、徐々に彼の身体が薄れていく。

「…愛里、ありがとう…。…好き…だ…よ…」

 そう言って微笑む瞳は、彼女の知る「ユーマ」のものだった。

「…何が、ありがとうよ…。…私だって、あんたに、なんやかんや感謝してるし…。…私だって、あんたのこと、好きなんだから…!」

 変身が解け、その場に泣き崩れる愛里。腕からは再び血が流れていたが、そんなことはどうでもよかった。

 これが、愛の戦士の、初めての恋だった。




―――



 漆黒の長衣を纏い、地面に届くほど長い漆黒の髪をなびかせ、少女は建物の上からその様子を見降ろしていた。

 …なぜ、敵である戦士達を手助けするような真似をしてしまったのか…。自分でもよく分からない。

 少女はしばらくその場を虚ろな瞳で見つめた後、ふっと暗闇の中へ消えていった。

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