第九十三話
俺はヒューマ。
宇宙海賊【二代目貴族殺しのリリィ】の部下だ。
辺境で起きた第二次改造人間戦争では帝国海兵隊軍曹だった。
だが戦争から帰ってきたら女房が家に男を連れこんでやがった。
【金だけ置いて出てけ】
間男は全身入れ墨の男たち8人を呼んで銃を突きつけた。
ああそうかいと8人殺した。
俺には直感がある。
未来が見えるなんてたいそうなもんじゃない。
危ないか危なくないかわかるだけさ。
だから俺はビーム用シールドを展開してた。
野郎が俺を撃った瞬間、持ち込んだ斧で腕を切り落としてやった。
ポカンと口を開けたそのツラめがけて斧をぶち込む。
7人が俺に銃を向けるがもう遅い。シールドの残量は充分だ。
7人とも斧の錆にしてやった。
一方的な虐殺が終わると、間男が逃げだそうとしてるのに気づいた。
背中に斧を投げつけると倒れた。
「た、頼む! 殺さないでくれ」
「やだね」
首を斬り落として女房に投げつける。
「お前のせいで9人死んだ」
そう言って家を出た。
女は殺さねえ。
古い男と言われようともそれだけは守ってきた。
これは俺の矜持ってやつだ。
指名手配される前に宇宙港で海賊の領地に向かったってわけだ。
後日、帝国全土に殺人犯として指名手配されたって知った。
海賊の領地に行ったのはいいが今度は仕事がねえ。
飲食も販売の経験もねえ。
どうすんだ俺。
ところが人生ってのはどうなるかわからねえもんだ。
元軍人で海兵隊所属だったって口入れ屋に言ったらコロニーの修理の仕事をくれた。
最初は大人しくしてたさ。
ここでやり直そうと思ってたからな。
だけど娼婦が男に殴られてるのを見ちまった。
ああ、俺はバカだ。
気がついたら男がゴミ箱に頭から突っ込んでた。
そしたら海賊がやって来た。
ここの王様みたいなもんさ。
ああ、終わったって思ったね。
ここで俺は死ぬんだと思ったね。
だけど俺はなぜか本部に連れてかれた。
そこで先代に出会った。
「おめえ、久しく見ねえ不器用な男だな。今まで苦労したんだろう。嫌いじゃねえぜそういうの」
俺を認めてくれる男がいた。
それだけで俺は充分だった。
俺は先代の子分になりたいと思った。
そこで頼み込んで先代の護衛になったわけさ。
先代は俺をすげえ男だって言ってくれたが、俺はただのクズだ。
女に裏切られて我慢ならなかっただけのクズだ。
もっと賢く生きる方法を知ってたのに手放したクズだ。
勘を信じて生きてきただけのクズだ。
だけど、この勘だけは裏切らねえ。
いつも俺を守ってくれた。
その勘が危険信号を発していた。
今まで感じたことのないほどの恐怖だった。
ゾークと戦ったときも怖かったが質が違う。
このコロニーになにが来やがった!
俺は部屋の裏で冷や汗を流していた。
心臓はバクバクと高鳴り耳鳴りがしていた。
【お嬢! どうして気づかない!!!】
先代の娘であるお嬢が応対してる相手が化け物だとまではわかった。
お嬢だって勘のいい方だ。
なぜ気づかない!?
化け物がいるぞ!
お嬢を助けねば。
恩ある先代の忘れ形見を助けねば!
だが膝が震える。
こっそり中を見る。
あの中年の男か!?
おそらく騎士だ。
俺よりも格上だ。
だがお嬢を逃がすだけならできるかもしれない。
俺が盾になればだが。
いや悩んでる暇はねえ。
今こそ先代へ恩を返す時が来たのだ。
そう決意した瞬間だ。
目に入ったのは若い男。
かなり目つきが悪いがモテそうな優男だ。
ぞくりとした。
なんで俺は気がつかなかった?
あんな目立つ男になぜ気がつかなかった?
頭の中で危険信号が鳴っていた。
ヤバいやバイヤばイヤバい。
頭の中が雑音だらけになる。
こめかみの血管が激しく脈打つのと反対に顔から血が引いていく。
あ、あれは人間か!?
「フェイ! 契約書持って来い!」
お嬢の声が聞こえた。
俺は我に返った。
フェイの野郎がやって来た。
男娼みたいな格好してる伊達男を自称するアホだ。
フェイはあれでもナイフの達人だ。
相手を見れば強いか弱いかわかる。
なぜ気づかない!?
化け物がいるだろう!!!
俺は戻ろうとしたフェイの腕をつかむ。
「お、どうした? ヒューマ」
「お前、あの若いのどう思う?」
「なんだよ青い顔して。どうって貴族のガキだろ?」
だめだ。
こいつは死ぬ。
でも野郎はダチだ。
ここで死なれちゃ夢見が悪い。
「俺が行く」
俺は契約書を引ったくると死地に赴く。
「お、おい! ヒューマ!?」
悪いなフェイ。
死ぬのは俺が先だ。
部屋に出るとお嬢が俺を紹介した。
「護衛のヒューマだ」
やはりだ。
男の周りだけ空間が歪んでるように見える。
「うん? どうしたヒューマ。そこの騎士さんが気になるか?」
「なに言ってんだお嬢。そこの騎士さんよりも何倍もやべえだろ。そこの兄ちゃん」
これで機嫌を損ねたら俺は死ぬ。
だがそれはもう覚悟した。
あとは盾になるだけさ。
すると今まで不機嫌だった騎士が満面の笑みになった。
「うんうん、リリィ殿はいい部下をお持ちだ!」
なに言ってやがんだ!
おめえじゃねえよ!
そこの若いのがやべえんだよ!!!
戦場で自爆ドローンに追い回されたときだってこんなに怖くなかった。
「安心せよ。こちらはレオ・カミシロ侯爵。話が通じるお方だ」
レオ・カミシロ!?
ニュースでやっていた!
ほとんどデタラメだと思ってた!!!
嘘だろ!?
ニュースよりも何倍もやべえ生き物じゃねえか!
「あ、ども」
ぺこりと頭を下げた。
普通の人間のフリしてんじゃねえよ。
足の震えは止まらない。
「おいヒューマ? どうした? 変なものでも食べたか?」
「ちげえよお嬢……。この兄さんにビビってんだよ……。化け物だぞ……この兄さん」
「なに言ってんだ?」
「カカカカカカ! そうか! よい護衛をお持ちじゃな!」
チビっこいガキが笑った。
こいつもただもんじゃねえ……。
どうなってやがんだ……こいつら。
「先ほどまでは組むのが不安じゃったが……これで安心した。ピゲット、大野に命じよ。ここを基地にするとな!」
なぜか騎士が俺の肩を叩く。
「命拾いしたな。大手柄だ。軍曹」
知っていた!?
俺が軍曹であったことを調べていた……だと!
ただの海賊の護衛を調べ上げていただと!!!
騎士はまだ人間だと思ってたがそれは間違いだった。
化け物しかいねえ!
「あ、ああ? 誰か説明してくれ」
騎士が笑顔で振り返る。
「そこの彼を大切にしてやりなさい。貴女はとてもいい部下をお持ちだ」
「は、はあ」
お嬢は混乱してる。
こうして俺たちは全滅を免れたのだった。




