第九十話
トマスの航路に急ぐ。
帝国領の反対側なのでかなり時間がかかる。
それに俺には約束がある。
みんなの故郷を取り戻す方が先だ。
それにまめに退治すればトマスが後ろから襲われることもなくなる。
こういうのは焦って最短経路を目指すのではなく、一見すると遠回りな方が確実だ。
当方に電撃戦やるほどの余裕なし。
トマスも進軍速度は遅い。
数のごり押しはどこまで通じるか……。
俺が懸念してるのは、突然敵に勝てるようになって調子こいて深追いして囲まれるってシナリオだ。
トマスならヤバイのくらいわかるだろうけど。
それと他の指揮官どもを抑えられるかは別問題だ。
軍隊の中で育った嫁だったら逮捕してでも抑えるだろう。
でも貴族社会で育ったトマスじゃ無理だろうな。
これはトマスの能力に問題があるんじゃなくて、軍事の専門家がブレーンにいないと無理だよねって話だ。
嫁だったら例えばピゲットと意見が対立したら容赦なくピゲットを拘束するだろう。
近衛隊のパパたちは必要になれば非情な決断もできるように嫁を育てたからだ。
俺だって愚かな決断をしたら切られるだろう。
愚かじゃなくても俺が殿やってて助けられなきゃ置いてかれる。
しかたない。
嫁には全体のために決断せにゃならない。
それが責任ってやつだ。
でもトマスにはそれは難しい。
そりゃ帝国式の帝王学は教育されてるだろうけど。
たしかに麻呂は切ったけど……いや……嫁とは違いもっとはやく切るチャンスはあったはずだ。
動かなかっただけなのだ。
だから無理だ。
罠を止める力はない。
めっちゃいい人なんだけどなあ……。
サイラスの方が非常時のリーダーの素質があったってことなんだろう。
というのを率直に嫁に伝えてみた。
「婿殿は軍師に向いてるかもな……」
いや向いてねえし。
俺は無理だね。
嫁に【死んでこい】なんて言えない。
実の父親を追い落としただけで殺せなかった俺には無理だ。
ケビンを処刑できなかった俺には軍師なんぞ無理なのだ。
俺は身内にクソ甘い。適性なんかねえ。
上級士官すら無理だって思ってる。
いつか決断するときが来るんだろうけどな……。
そのときにどうするか考えるだけで胃が痛い。
だから大学校卒業して義務の一期務めて学費返還義務なくなったら軍隊辞めようと思ってたのに……。
いまや大尉だよ!!!
うわあああああああん!
「安心するのじゃ。婿殿に非情な決断を求めてないからの」
「ほんと?」
かわいい顔してみた。
「婿殿は他人に甘すぎる。婿殿に決断させたら被害が出るのじゃ!」
かわいい顔は華麗にスルーされた。
「婿殿が甘ちゃんなのはいったん置くとして、おそらく予想は的中するだろうな」
「やっぱり。俺がゾークでもそうするもんね」
「いや予想が正しいか正しくないかじゃない。婿殿がその考えに至ったのだ。ジェスターの予知能力とみて間違いないじゃろ」
俺の超能力への信頼感強すぎない?
大丈夫?
俺はこのクソ能力信じてないよ?
「兄上にも伝えておく……だがわかっていても回避は難しいじゃろな。周りが許さん」
「高倉さんは?」
嫁を強く支持してる高倉さんはいまや軍のトップだ。
高倉さんだったら止められるのでは?
「無理じゃろうな。トマスの遠征は軍事ではなく政治じゃ。当の貴族どもですら止められん。高倉は意思決定から省かれておる。だから遠征にも連れて行かなかった」
【船頭多くして船山に上る】ってやつだな。
指揮官が多すぎて誰も全体を制御できない。
トマスもこいつら全部道連れにして死ぬのも覚悟してるんだろうけど……。
「婿殿、自覚してるか? 婿殿は遠征に出てる貴族どもより賢い。現実が見えておる」
そりゃ俺は一兵士の立場から戦争を見てるからだろう。
領主の立場しか知らなかったら船頭の一人になってた。
過剰に期待されてるかもしれない。
うん、話を変えよう。
「それでどこの惑星に行く予定?」
「そうだな。トマスのとこに行く途中でここに寄ろうと思う」
画像が送られてきた。
……嘘だろ。
「ここ宇宙海賊の領地じゃん」
いわゆる海賊ギルド。
海賊が支配している星域だ。
【帝国が管理するのは費用的に割に合わないな】と思ってるので放置している。
被害が大きくなれば帝国も殲滅するんだけど。
でもここの海賊は空気が読めてるので帝国がいらないと思ってるとこから出てこない。
「ああ、そして何人かの実家がある星域じゃ」
「そんなとこまでゾークいるの?」
「絶賛戦闘中じゃ」
「なんでこんなところを?」
ほんと謎。
「よく見るのじゃ。小惑星帯があって守りやすい。それにここの海賊の装備は古い実弾兵器じゃ。かっぱらって市民に配って守らせる」
「市民って……ほとんど海賊じゃない?」
「たとえそうでもかまわん。統治できるのなら貴族にでもしてやる。それとな……」
「なによ? 言いなよ」
「無能な貴族どもを盾にしてトマスをここに逃がす。もしウォルターが帝都を掌握したならここに亡命政府を作る」
「帝都を掌握って……できそうなの?」
いくらなんでも文官だけじゃ無理でしょ。
「わからぬ。だがなにか企んでるはずじゃ」
「うんわかった! みんなには【家族救出のための中継地を作る】って説明しとく」
嘘ではないからな。
小惑星帯便利だし。
たぶん帝国がなにもしなかったのも小惑星帯が嫌だっただけだろう。
ただ小惑星があるから占領できないってわけじゃない。
小惑星避けられるようなパイロットをこんなとこに派遣しねえだろって話なだけで。
単なるコスト問題である。
で、今はバリバリの戦時。
憲法すら停止されてる状態だからコスト問題など無視無視!
「海賊退治といきますか」
「おう、期待してるぞ」
「じゃトレーニングしてくるわ」
部屋の外に出る。
満面の笑みのメリッサがいた。
「隊長、面白いことあっただろ?」
「……なぜわかった」
「隊長ニヤついてたぜ」
俺……笑ってたのか。
戦闘が楽しいわけじゃないんだけどな。
うーん自分の情緒が危険である。
「あとで聞かせてくれよ、な?」
メリッサもニヤニヤしてた。
バトルジャンキーがここに。
メリッサは作戦から外せないもんな。




