第八十六話
アルコール作戦は楽なミッションだった。
枯れたどころか機材の設計図が個人向けに配布されているほどだ。
「防護服着るの忘れるなよ!!!」
妾は注意喚起した。
近衛隊と違って学生はまだこういう所が甘い。
ちゃんと注意せねばならない。
それにしてもいつも思う。
婿殿が言うより学生連中……優秀じゃないか?
ベテランとは言わないが使い物になってるぞ。
婿殿の基準がおかしいだけなのでは?
婿殿は長期休暇に自費で資格の講習行ってるようなやつだからな。
近衛隊には怪我する前に鉄拳制裁せよと命じてるが、今のところ殴られたやつは数人しかしない。
それも単に作業に慣れておらず手順を飛ばしてしまったという話だ。
近衛隊もそこはわかっていて叱るときも拳骨だ。
近衛隊も本採用を考えている。
もし採用なら皇族の直属部隊という超エリートコースだ。
その点、婿殿は異常だ。
ジェスターの能力かはわからないが高確率の危険予知にエースパイロットクラスの操縦技術。
反射神経はもはや近衛隊を凌駕している。
専用機が婿殿の操作に耐えられないとか前代未聞である。
いま婿殿専用機を一から設計してる。
だが仕様が異常すぎるため時間がかかるとのことだ。
我が夫ながら底が知れない……。
今回も無事を祈るしかない。
モニターで都市を見る。
酸素が多すぎる環境のため都市にはシールドが張られ空気が循環されている。
都市に大量の女性が見える。
もともと微生物の影響で人口比が大きく男性に傾いていたとされる。
だが今や女性ばかりだ。
作業着を着た女性が多い。
おそらく元男性だろう。
なぜか皆胸が豊満だ。
自分の胸を見る。
なぜかイラッとした。
一人がコケた。
「あ、コケた」
レンが笑った。
おそらく体型が変わってしまいまだ身体操作になれないのだろう。
よく見るとあちこちで滑ったりコケたりしてた。
ケビンを見る。
「なんですか殿下?」
「お前ら性別変わると鈍くさくなるのか?」
「知りませんって! それに僕だってそんなに鈍くさくないでしょ!?」
自覚がないようだ。
ケビンはしょっちゅうコケてるのだが。
「第一班、αに到着」
近衛隊が引率する学生部隊が作戦位置に到着した。
アルコール作戦の前に人質を助けることにした。
失敗して人質を害されたら困るからの。
ここまで発見されず。
これだけでも普通なら即戦力だろう。
すぐに次の通信が入る。
「人質解放。二名捕縛」
……速すぎではないか?
近衛隊だったかと名簿を確認する。
近衛隊の隊員は引率一名だけ。
他は士官学校の学生だ。
「光学迷彩でも使ったか?」
光学迷彩はそんなに万能なものではないが。
「いえ、生身での潜入のようです」
……婿殿のせいでだいぶ麻痺してる。
彼らも死線をくぐりすぎてわかってないようだ。
もはや近衛隊の即戦力クラスだろう。
「離脱します」
音もなく離脱する。
「レン……どう思う?」
「かなり前に考えるのをやめました」
「ケビン……」
「士官学校の生徒って元からスペック高いんだよね。口が悪すぎて忘れられてるけど」
「なぜじゃ?」
「だって将来不安な身分の子が多いじゃない。貴族の末っ子とか。僕はコロニー民だし。レンやメリッサだって家継げる順位じゃなかったし。だからみんな必死になって勉強するんだ」
「真面目なのか……では婿殿は?」
婿殿は真面目は真面目なのだが方向性が迷走している。
「あれはドロップアウトすること前提で人生の計画立ててる変人」
なにも言えぬ。
本当に婿殿は変なやつである。
「α作戦開始します」
やはり速い。
「目標地点到達。βと合流します」
都市には空気循環装置がある。
「空気清浄装置オフライン」
「ガスを流せ」
どうやら女性化した人型ゾークはアルコールに極端に弱くなるようだ。
ケビンも一なめしたらすぐに落ちた。
なので空調にガスを混ぜる。
効果はすぐに現れた。
作戦完了である。
人質を運ぶ。
捕虜は現地で閉じ込めておく。
まずは住民の代表者と話じゃ。
ケビンを連れて行く。
「殿下。このたびは誠に……」
惑星の住民代表は60歳くらいの男だった。
もしかするともうちょっと若いのかもしれない。
苦労した顔をしていた。
「気にするな。ところでカロン男爵はどうなった?」
カロン男爵はこの惑星の領主だ。
大野の話では討ち死にしたようじゃが。
だが詳細はわからぬ。
「そ、それが……男爵様が突然大きくなられて」
「大きく? 胸の話か?」
「いえ女になっておかしくなった連中とは別でして。男爵様は女になったと思ったらいきなり大きな化け物に……」
「ケビン、そういう話を聞いたことがあるか?」
「わからない。新型だと思う。あのカロン男爵は帝国にどんな感情を抱いてましたか?」
「そ、そりゃ……せめて一矢報いたいと……いつも言っておられましたが……」
下級の領主はそういったものが多いと聞いている。
はずれ惑星を押しつけられた形だからの。
「だ、だからって! 化け物になるなんて! そんなのどうすれば!?」
代表はあわてていた。
こちらに責任を追及する気はない。
なにか隠しているのだろうか?
「すべて話せ。さすれば反逆の意思があろうとも妾の胸の内に留めておく」
なあに反逆しようにもゾークの側に立てるはずもない。
コミュニケーションが取れぬのだ。
「数年前から……一揆の準備をしてました」
反逆か。面白い。
勝ち目のない戦に挑むとはいい度胸じゃ。
「ほう……男爵一人ではできぬじゃろ?」
大野でも巻き込んだか?
だが大野はよくも悪くも現実の範囲内で悪さをするタイプだ。
勝ち目のない戦の準備をするはずもない。
「我々を支援してくれた商人がいました。異常なほど美人の女です。そいつがエスパーになれる薬を配って……飲んだやつが片っ端から女に……でも男爵様だけが化け物に」
「DNA鑑定をせよ!」
妾の命令で院生が用意を始めた。
その数時間後、婿殿の倒した鬼がカロン男爵であることが判明した。
ケビンやこの惑星の連中とは違う工作員がいる!




