第七十話
嫁の皇位継承レースへの参戦は銀河中の市民たちの知るところとなった。
速報がじゃんじゃん流れ真偽不明の情報も出回りまくった。
俺はデマ情報に焦ったが嫁は涼しい顔をしていた。
「勝手に言わせておけ」
そして露骨にウォルターを応援する記事もいくつかあった。
曰く「フレッシュ人事」「官僚の話をよく聞く」「人柄がいい」……人柄がいい?
「なんであんな最低なヤツが人気あるん?」
メディアは脳味噌腐ってるのかな?
「そりゃ何一つ変えないからじゃ。文官からすれば仕事に変化がなければいいのじゃ。ウォルター兄様が私生活でなにしようが困らん。たとえ近親相姦だろうがの」
「戦争に負けても?」
嫁がウォルター側行ったら、俺容赦なく裏切るよ。
ゾークの手先にもなっちゃうよ。
「負けるとも思ってないのだ。この最中でも自分の生活は変わらんと頭から信じてるのじゃ。自分がゾークに食われるまで認識が変化することはない」
「バカなのかな?」
「いや優秀ぞ。ただ文官の生活に過剰適応してるだけで。自分の仕事の範囲でしか世の中を見てないだけじゃ」
「皇帝になったら粛正する?」
「バカらしい。粛正など邪魔になってからでいい。自分の仕事の範囲で動いてるだけなら放っておく」
絶滅を賭けた戦いなのに悠長なものである。
文官とは優雅な生き物なのだろう。
死ぬのは兵士と一般人だ。
死ぬ順番的には文官は最後だろう。
そういう生き方をしたいものである。
なお権力を手に入れられる第一種文官登用試験は科挙方式。
問題文を読んで何を聞いてるかわからないレベル。
司法試験より難しい。俺には無理。
アホの子の俺はニュースを見る。
今度は嫁だ。
【皇位継承権争いのダークホースと目されるのはヴェロニカ殿下。三人の有力候補の中で唯一の既婚者で……】
「重要なことが触れられてない」
「妾はバックが軍だからの。軍は広報を通さないと取材に応じないからのう、その腹いせじゃろ」
「小っさ! 人間の器が小っさ!!!」
「知っとるか婿殿。世の中の9割は器が小さいのじゃ」
「やだ怖い」
「婿殿みたいに腹に穴空けられても許す人間の方が少数派なのじゃ」
ケビンのことか。
胸が大きくなりすぎてシャレにならなくなってきた。
本人の意思でどうにかなるものでもない。
さんざんいじったのでもうそろそろ許してやろうと思ってる。
「そんなもんですかね?」
「そんなものじゃ」
人間怖い。
で、次の日だ。
今度はトマスがリムジンでホテルにやって来た。予約もなしに。
トマスの近衛隊はこちらと同じくらいヤクザな顔である。
(ウォルターの近衛隊は夜会会場の外にいたのでわからない)
もはや怖い軍人面を見るとなんだか安心できる。
「兄上! どうされた?」
慌てて部屋着から着替えた嫁が出迎えた。
「おお、ヴェロニカ! なあにウォルターに先を越されてしまったが、私も会談したいと思ってたのだ」
トマスは金髪ロングの主人公感が凄い男だった。
出征のためか軍服を着ていた。
女官さんが整えただけあって似合ってる。
麻呂の子どもってやたら美形だよな……。
本人麻呂なのに。
「ヴェロニカ。それより彼を紹介してくれ。英雄と聞いてるぞ!」
ウォルターより陽のものでフレンドリーだ。
人当たりが良い。
こりゃ貴族に人気あるわ。
「では、夫のレオ・カミシロです」
「トマスだ。どうぞ妹をよろしく頼むよ」
ニコッと笑う。
一目でわかる陽キャオーラ。
体が溶けそうな気がする。
「義兄上様。よろしくお願いいたします」
頭を下げる。
「はっはっは! 義弟よ! 他人行儀な! さあ、中で話し合いだ!」
ウォルターだったら舌打ちの一つもされそうなやりとりだが、嫌な気分にさせられることはなかった。
食堂で会談する。
コーヒーが運ばれてくる。
なお値段は驚きの一杯で俺の給料一ヵ月分。
未だに飲むときに手が震える。
金箔の乗ったケーキとこれまた金箔の乗ったクッキーもやって来る。
俺が圧倒的値段のスイーツを前にして緊張しているとトマスが切り出す。
「俺はだな。ヴェロニカが皇帝になってもいいと思ってる」
「……兄上、どういう意味でしょうか?」
「俺でもヴェロニカでもいいってことだ。だけどウォルターはダメだ。あいつは戦争で勝利する気も後宮改革をする気もない」
「兄上、我々は同じ方向を目指してるという意味ですか?」
「細部は争いがあるだろう。でもちゃんと話し合いの機会は作ってくれるだろ? それなら問題ない」
「なぜウォルター兄様ではダメだと?」
「あいつはゾークを甘く見てる。自分と同じ欲得で動き交渉の余地がある知的生命体だと思ってる。そんなわけがない。やつらは人類が初めて出会った意思疎通のできない別系統のテクノロジーを持った生命体だ。交渉ができない以上やるかやられるかしかない」
「同感です。一部に話し合いができる個体もいるようですが。全体としては殺し合うしかない生き物です」
よかった!
トマスはまともだった。
「だから我々は団結せねばならない。兵を集め優秀な指揮官に彼らを渡し、貴族の領地と市民の命を守らねばならない。そのためには皇位継承争いなど無駄なだけだ」
「兄上は妾に【皇位をあきらめよ】とは言わんのですね?」
「言うわけがない。……正直言うが、たぶん俺はこの遠征を失敗するだろう。レオ、俺は君のようにはできそうにない。だとしたら実績のあるヴェロニカに譲るのが俺の責任だろう」
「ずいぶん弱気なんですね」
「ああ、遠征の中心人物の貴族もわかってない。未だにビーム兵器をメインに使うと寝言を言ってるくらいだ」
トマスは現実が見えている。
だけど貴族の意思を曲げるほどの権力はない。
おそらく運がなかったのだろう。
「俺は惑星サンクチュアリに行くことになった。やつらの中央拠点が見つかったとのことだ」
「直接中央を叩く作戦ですか?」
「聞こえはいいが、無謀な作戦だよ。タダじゃすまないだろう。ヴェロニカ。君には貴族代表として惑星の解放を命じる。君には大野男爵の指揮する地方貴族連合軍を預ける」
「大野男爵?」
知らない名前だ。
「帝都から遠く離れた惑星の領主だ。彼はいちはやく領民を逃がし、自らは他の貴族とゲリラ戦を展開して生き残った男だ。だが高位貴族と仲が悪くてな……」
あー……そういうことね。
遠征から省かれちゃったのね。
嫁はトマスを見た。
「かしこまりました。兄上も体にお気をつけください」
「はっはっは! 運が悪ければ死ぬだけさ! では頼んだぞ!」
そう言ってトマスは行ってしまった。
覚悟ガン決まった男である。
「俺、トマス兄は結構好きよ」
麻呂の遺伝子はどこ行ったのだろうか?
「今まであまり話したことがなかったが……妾も同感じゃ」
いいヤツが貧乏くじ引かされると嫌な気分になるな。




