第六百四十二話
私の報告によってラターニア上層部は大騒ぎになった。
常に感情をコントロールすることを要求されるラターニア人であるが、ゼン神族との全面戦争と言われたら判断力も鈍るのはしかたないだろう。
私のすぐ側に太極国皇帝がいるというのに、ラターニア外交部は太極国に直接問い合わせしてしまった。
当然のように太極国はパニックを起こした。
問い合わせの雨あられ。
シーユン様はしょぼくれながら本国との会議をしていた。
私の責任ではないが、さすがにまずい。
太極国との関係を悪化させたくない。
私はクロノスのデパートで買ったお詫びの品を持ってシーユン様のところに行く。
カミシログループのショッピングセンターの外商でお菓子とお酒を購入。
残念ながら太極国人の十代半ばの女性のトレンドはわからない。
そのため入念に下調べをした。
近衛隊長はシーユン様が育った家のご子息だということだ。
兄のように慕ってると情報がある。
こちらには、お酒とおつまみを差し入れよう。
シーユン様に面会を申し入れる。
執務室に行くと皇帝の装束に身を包むシーユン様がいた。
普段は銀河帝国の軍服だが皇帝の公務中は伝統服に着替えるそうだ。
「失礼いたします。太極皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「ポリーナさん、そう固くならないでください。それでなにか?」
「外交部の失態に対するお詫びにまいりました」
ささっと詫びの品を文官に渡す。
文官が確認する。
異物混入がないよう個別パッケージのものだ。
「あれくらい別にいいのに。ここではいつものことですよ」
「当たり前……え?」
「レオ様のなされることですから」
「え?」
こんなのが日常? え?
シーユン様はニコニコしながらリストを眺める。
かわいい。
こういうところは年相応のようだ。
「お菓子ありがとうございます。あら。お酒も。お兄様」
「は」
「クレア様にお渡しいたしますので」
「……はい」
はて……。
兄上様は飲まれないのだろうか?
「あは、お酒ですか。『自由にしてるとあんたら際限なく飲むでしょ! 一箇所にシェアしておいて飲み会のときに飲むように!』ってケビンお姉様が」
どうやら内規のようなものらしい。
ケビンさんは医師にしてクロノスの幹部だ。
元はゾークの潜入工作員で、レオカミシロを単騎で死の寸前まで追い込んだとある。
その後、レオ様の愛人の一人になると。
前から思ってたがレオ様の人物像と異なるような気がする。
そのような強い蛮族系男子ではなく明るい好青年といった印象だが。
だが公的記録が示しているのは銀河の覇王、侵略者としての姿である。
だが父であるラターニア王など直接会話をしたことのあるものらは口をそろえて「好青年なんだけどね……」と口を濁す。
「兄上、兄上のお好きないちごのロールケーキですよ! ほら、お礼言って」
あれ?
「あ、ありがとうございます。その……拙者は甘党でして……」
「は、はあ……」
近衛隊長は甘党。
あとで外交部と情報を共有しよう。
それにしても……レオ様をはじめとして……甘党が多いようだ。
それは生クリームと砂糖の消費量からも明らかである。
……ほとんどレオ様が消費してる……のか。
料理やお菓子を作ってるからのようである。
ラターニア人が好む香辛料入り食品はあまり人気がないようだ。
スパイシーグミやスパイシージュースとか美味しいのに。
ラターニア食品は個人で楽しむことにする。
シーユン様はニコニコしてる。
「シーユン様はお菓子好きなのですか?」
「はい。ワンやタチアナと一緒に食べる時間が大好きなのです」
ゾーククイーンに聖女だ。
レオ様がいなければ政治的に危うい立場のシーユン様を武力のゾークと宗教的権威の聖女との友情で補う。
この三人を親友にするとは……さすがレオ様……隙がない。
シーユン様を害すれば二人が黙ってない。
恐ろしいまでの策だ。
シーユン様も将来が楽しみだ。
美貌もあるが、この純真さ。守ってあげたくなる。
人なつっこさは統治者としてとてつもない才能だ。
レオ様は本気で太極国皇帝として育てているようだ。
シーユン様がレオ様の妻の一人になるという噂は本当だろうか?
太極国がクロノスに合流する。
銀河の覇権国家の誕生だ。
そしてゾークや聖女も手に入れる……。
「年が近いからひとまとめにしただけ」などという噂はおそらくデマだろう。
やはりレオ様……ただ者ではない。
恐ろしいお方だ。
「ゼン神族についてはどうお考えでしょうか?」
するとシーユン様の表情が曇る。
「私にとって育ての父、母、恩人の仇……そして国民の多くにとっては家族の仇ですから。いつかは決着をつけねばならない相手です」
「クロノス国民も同じお考えのようですね」
クロノスはゼン神族との全面戦争に肯定的な意見が多い。
クロノスだけじゃない。
マゼランもオーゼンも。
食品の汚染問題で何人も死んだレプシトールやパーシオンも仇討ちを支持してる。
「ゼン神族はあまりにも大量の犠牲を出しました。すでに国家統治者の意思や権限を超えた問題です。私には流れに身をまかせることしかできません。それはクロノス王であるレオ様も同じでしょう。もちろんラターニアも」
「ええ、そうですね。もう決定権はありません」
「私個人としても許すことのできない仇です」
そう口にしたシーユン様は痛みを我慢してるかのようだった。
もう一度謝罪して執務室を出る。
すると軍服姿のレオ様と幹部が歩いてきた。
汗だくだ。
ランニングしてきたようだ。
数十キロはあろうかという装備品を着用した状態だ。
「レオ様、訓練ですか?」
「これでも本業軍人なもので。体力を落とさないようにしないと。なあみんな!」
「今度は登山訓練だな!」
男性幹部も答える。
レオ様はヘルメットを脱いで荷物を置く。
「女の子いるからここで脱ぐんじゃねえぞてめえら!」
「わーってるよ!」
男子校のノリである。
「クレア様たちは?」
「次の時間から訓練かな。いまは執務室にいると思うよ」
なるほど。後退で訓練してるようだ。
「なー、レオ! メシ食ったらサッカーしようぜ!」
最高幹部の一人であるイソノ様がレオ様に言った。
サッカー? フル装備のランニング後、食事を取ったらすぐに?
「了解。他の連中はどうする?」
男性幹部たちが次々答える。
「ジムで筋トレ」
「格技場で訓練」
「素振り」
……体力お化けだ。
訓練後の休憩時間にさらに体を動かす。
基礎体力が化け物すぎる……。
鬼神国人クラス……いや鬼神国人でもやらないような気がする。
「レオ様、ゼン神族との全面戦争はどうお考えですか?」
するとレオ様は笑う。
「なるようにしかなりません」
そう言ってレオ様は装備を持って更衣室に消えた。
とんでもないことになってしまった……。
私は深くため息をつくのだった。




