第六百四十一話
なぜ野生馬の保護に競馬場が必要なのか?
その問いかけにレオ様は笑いながら答えてくれた。
「だってさー、都会の人間は馬って生き物を知らないのよ。なのに保護しようなんて言っても聞いてくれないでしょ。だから広報しなきゃって話。競馬場の売上を保護活動に使うしね」
なるほど。
たしかに知らない生き物が絶滅しても市民は興味を引かれないだろう。
だとしたらまずは野生動物が存在することを認識させなければならない。
そして学術的な資料では大衆の支持を得るのは難しい。
まずはレースなどの娯楽から入る取り組みか。
レオ様はこういう仕組みを作るのが得意なのだろう。
感心してるとリコ様が耳打ちしてくる。
「だまされない方がいいよ。レオくんなにも考えてないから」
「え?」
「でも超能力で本能的に正解つかんでるから基本放置ね」
私は意味がわからず首をかしげた。
たしかに銀河帝国人には超能力者が多い。
その中でもレオ様は強力な超能力者だとは事前に知らされたが……。
まさかそんなことはないだろう。
なにかのジョークだと思われる。
「だんだん慣れるからね」
そう言ってリコ様が別の席に行ってしまった。
失敗した。
考えていたらリアクションを返すチャンスを逸してしまった。
ラターニア人にはユーモアのセンスが欠けている。
奴隷解放、国家建設、そしてゾークとの戦争。
我々の歴史は常に血塗られている。
そういった文化を育てる余裕がなかったのだ。
子どもたちは銀河帝国からの文化の流入でだんだんとユーモアを理解してきてるようだが……。
まだ私たちの世代には難しい。
……最近入ってきた銀河帝国の宗教家の子ども時代を描いたアニメや昔話なら……なんとか理解できるのだが。
そして一ヵ月ほど経過したころだろうか。
ラターニア本国から連絡がきた。
そのとき私はラターニアに入ってきそうな文化に関する調査報告書を作成していた。
スポーツや子ども向けの映像コンテンツが多い。
ラターニア人は教育的なものを求める傾向が強い。
娯楽を無駄な時間と考える文化はまだ根強い。
だからスポーツは体を鍛える修練。
アニメは情操教育や多文化への理解を深めるものが好まれる。
絵すら芸術という名目がなければ楽しむことを罪だと感じる。
そういう意味で我々ラターニア人はまだ文化的に未成熟なのだろう。
……ということがだんだんわかってきた。
それにしても……銀河帝国はなんと娯楽に満ちた文明なのだろうか。
広大な帝国を治めるために市民に娯楽を与える……。
競馬などもすぐに入ってくるだろう。
ラターニアでも野生馬を含めた経済的価値が低い動物の保護が必要なのだ。
銀河帝国……やはり恐ろしい国家だ。
報告書をまとめてラターニアに送る。
国家機密もなにもない文書だ。
検閲に引っかかることもないだろう。
検閲はないと聞いてるが……。
するとすぐに外交部から問い合わせが来た。
外交部のクロノス担当の副大臣だ。
「中尉、この競馬場とはなにかね?」
職場ではラターニア王の娘ではなく中尉として扱ってほしいと頼んでいる。
要望が通ることはまれだが、この副大臣はちゃんと中尉として扱ってくれる数少ない人物だ。
「は、野生動物の保護を目的とした措置の一環です。家畜化された馬を通して市民に広く野生動物を広報し、保護を行うという目的と聞いています」
「ふむ……これだけではわからぬな。賭け事なのかね?」
「それほど高額ではなさそうですが賭け事です」
「ふむ……我が国に導入するのは危険かも知れぬな。クロノス王の動向には引き続き注力することを期待する」
「はッ!」
敬礼をすると回線が切断された。
実は……報告書が作成できてない事項があるのだ。
クロノスの競馬場を見てレプシトール人は考えた。
利益を上げやすい事業なのではないかと。
レプシトールの準財閥がすぐに事業計画書を提出。
競技場を異常な速さで作り上げた。
執務室に行ってレオ様に質問する。
「競馬はそんなに利益があるものなのですか?」
「儲からないよ。だから公営でやってるのにね」
「そんなものなのですか……」
レプシトール人にしてはうかつな行動だ。
「たださー、地元の産地直売イベントとか、近くに観光牧場作って子どもへの環境教育とか、地域のお祭りやったりするって感じで全体で考えるとメリットが大きいんだよね」
「そ、そんなに多用途に使うものなのですか!」
「そう、人を呼び込む装置。最終的には地域全体の会計で帳尻合わせかな。鉄道とかと同じだよね」
「な……なるほど」
「こういうのはクレアが得意だから。クレアに聞いた方がレポート簡単に作れると思うよ」
レオ様はそう言って笑う。
「レオ様は私がラターニアに情報を流すことに危機感はないのですか?」
「べつに。公開情報だし。そもそも俺たちだって物品の取引量から人口推計出したり、正確な経済規模を算出したりするわけでさ。お互い様じゃないの?」
ごくりと緊張で喉が空気を飲み込んだ。
やはりクロノス王は侮れない。
「レプシトールはどうされるのですか?」
「どうにも。基本的に放置かな。パーシオンあたりを巻き込んでくれるといいなと思うけど。……両国ともそれよりも先に食品安全が先だわ」
レプシトール、パーシオン両国では現在、大規模食中毒事件の捜査がされている。
寄生虫は屍食鬼型。
ゼン神族のテロと認識されてる。
「なるほど……」
レオ様は両国の保護に関して嫌がっていたと聞いててたが……。
見捨てる気はないようだ。
「ゼン神族の次なる一手はどうなるとお考えですか?」
「全面戦争じゃない? そろそろ姿現すでしょ」
「え?」
変な声が出てしまった。
「ラターニアに報告しておいて」
「え? ま、待ってください! そうしてそのような結論に?」
「勘かな?」
「か、勘!?」
私は一瞬固まってしまった。
たいへんなことになってしまった。
なんでこんなタイミングで私はレオ様の元に派遣されたのか。
こんな状態じゃ籠絡なんて無理、不可能である。
ああ、一刻も速くラターニアに報告せねば!
私は礼をして執務室から出て自分の仕事部屋に走るのだった。




