第六十二話
「ちょ!」
と言った瞬間、嫁に服をつかまれる。
「黙って周りをよく見るのじゃ」
言われたとおり周りを見る。
貴族の嫁や娘たち、女性陣は悲鳴を上げていた。
避難経路を確保しようとしてるのが入り口の近くで立ってた一般兵士。
士官学校の生徒はひたすら驚いていた。
ま、ここまでは予想内。
問題は汚いおっさんの動きだった。
皇帝陛下の近衛隊は傍観している。
大臣クラスの高位貴族もだ。
なんの感情もない表情だった。
例のヤクザにしか見えない軍の偉い人たちも無表情だった。
ピゲット少佐を見る。
少佐は「やれやれ」といった顔をしている。
驚いてはいない。
「……みんな……グルなの?」
出た声が震えていた。
飲み物を飲んだばかりなのに口の中が乾く。
嫁もこの陰謀に関わってるのか?
だけど嫁は無表情で言った。
「違う。だが、この結果は予想していた。あとは誰がやるか、いつやるかが問題だけじゃったのだ。あとは誰がこの後の画を描くか……といったところじゃろう」
「次兄は?」
「長兄と弟と話がついているのじゃろう。死んだことにして適当な惑星でかくまわれる」
「皇帝は? クローンとか?」
「復活させるとでも思うか? もう父上は用済じゃ」
「じゃあ後継者は誰よ?」
「さあな」
嫁は完全に仲良しグループの秘密の話し合いからはシャットアウトされてるようだ。
よかった。嫁が陰謀に加担してなくって。
俺、陰謀を利用して上手いこと泳いでいくの無理だもん。
「行くぞ。我らにできることはない」
「お、おう」
近衛隊に先導されて会場を後にする。
「生ハムのマリネとロブスター食べたかった……」
そうつぶやくと嫁が笑う。
「カカカカカカ! やはり婿殿は胆力が人間離れしておる! 食欲が失せた妾がバカみたいじゃ! 厨房に頼んで一緒に食べようぞ!」
嫁も緊張してたようだ。
そりゃ俺と違って胃も痛くなるか。
俺の場合、今生きてるのがおかしい状態だから気づかなかった。
廊下を歩いていたら士官学校の連中に囲まれる。
「お、おいどうすんだよ!」
「わからぬ。とりあえず巻き込まれぬように夜は外出禁止じゃ。ピゲット! 監視を頼む!」
ピゲットが無言で礼をし近衛隊が俺たちを囲んだ。
絶対に夜遊びさせないという確固たる意思を感じた。
俺たちも夜遊びする元気などない。
「ピゲット少佐。みんなの家族に連絡するのは大丈夫かな? 大丈夫だったら家族に話させてほしいんだけど」
「無論だ。この話はすぐに銀河中に伝わるだろう。……学生たちよ! ご家族に連絡して安心させてあげなさい!」
というわけでネットが繋がりやすいところに移動。
エントランスのソファーに座ってそれぞれ通話する。
俺も親父に連絡。
「うむ、レオ。どうした」
「皇帝陛下が崩御した。原因は暗殺ね。じゃあねー」
「お、おい! 詳しく」
はい切断。
「で、殿下……。これからどうなるんですか?」
マッチョ系の男子が嫁に聞いた。
代謝が良すぎるのか、めっちゃ汗かいてる。
「どうにもならん。戦闘に参加してた妾に暗殺を仕掛けるような時間的余裕はない。罪をなすり付けるのは不可能じゃ。皆も同じじゃ。帝都を救いに来た皆が暗殺などできるはずもない。証拠もあるぞ。艦内での活動はすべてログに残っている」
「ケビンは? 罪をなすり付けるならちょうどいいけど」
俺が聞くと嫁はフフっと笑う。
「そこはぬかりない。ケビンは作戦後、監視付きで監禁してた。監禁と言ってもホテルじゃぞ。外と通信できないだけじゃ。なにも心配することはない」
「じゃあ家族には……」
マッチョは緊張しすぎて汗だくになってた。
「たしかお主は男爵家だったな。今後の身の振り方を家族に相談するがよい。たとえ妾と敵対しようがかまわん。自分のことを優先せよ」
そう言い切るとマッチョの顔が真っ青になった。
そりゃ決断できないよね。
仲間だもん。
「皆も同じじゃ! 自分のことを優先せよ! どんな決断をしようが妾は恨まぬ!」
女子も黙った。
そりゃ無理だよな。自分で決めるのは。
そして一番悩むのは平民勢と家族に連絡つかない連中だ。
平民勢は貴族の争いに巻き込まれるリスクを考えなければならない。
家族と連絡つかない連中は一人で考えねばならない。
もっと無理だろう。
だけどマッチョは絞り出すように言った。
「……お、俺はレオと殿下を信じる。嘘をつかなかったのは二人だけだ。他の大人たちは出世させてやろうとか、娘の婿にとか適当なことばかり言ってやがった!」
「もう接触あったの!?」
「ないわけなかろう!!! みんなは帝都を救った英雄じゃ!」
えー……。
「えっとメリッサとレンは?」
「たくさんあったよー。【隊長の女だからヤダ!】って言ったら引き下がったけど」
「たくさんありました! 【レオ様の第三夫人が決まってますので~】で引き下がってくれました」
君ら結構神経太いね。
「クレアは?」
「あったわ」
「なんて断ったの?」
ビシッ!
なぜかチョップされた。
「黙秘権を行使する!!! このバカ!!!」
「婿殿……バカじゃろ?」
「隊長……さすがにそれはないわー」
「レオ様……ちょっとさすがにそれは」
針のむしろである。
「俺もレオのことバカだと思うぜ!」
マッチョにまで言われた。
ぴえん!
「だけどよ、俺はレオについて行くぜ!」
すると他の連中も次々と声を上げる。
「俺たちでレオを軍のトップにしようぜ!」
「あははははは! そりゃいいや! レオ登りつめてくれや!」
「私もレオくんがいいかな。わたし末っ子だから変な貴族と結婚させられるだけだし」
「うちもうちもー。親父に金持ってそうなとこに嫁に出されそうなんだよねー」
「うちは偉くなって婚約者から逃げたい! あいつ偉そうでさ。レオくんとヴェロニカちゃんについていけば出世できるでしょ!」
女子まで俺に着くと宣言される。
女子も大変だなあ……。
「で、妾の作戦じゃ」
「なにするの?」
「いまはなにも」
何もしねえのかよ!!!
「まあ見ておれ。これから地獄が観客席で見られるぞ」
やだ怖い!!!
もう不安しかない。
でも嫁は自信を持っていた。
……もしかして、もう勝つまでの工作終えたんじゃ。
いやまさかー……嫁ならやりかねねえ!!!




