第六話
リムジンが止まったのはタワーマンションだった。むしろ高級ホテル?
最上階が小さく見える。バベルの塔かな?
当然、侯爵家程度じゃ買えない物件だ。
いや自分の領地ならいくらでも買えるのだが士官学校がある都会のはいくらなんでも無理だ。
そもそも自分の領地なら縦に高い建物は必要ない。
どこの領主の家も横に広い。そっちの方が便利だ。
受付に制服を着たスタッフが見える。
敷地内は外に出る部分がなくて侵入が不可能。
外からでもフロアに高そうな絨毯が敷いてあるのが見える。
一見するとガラスに見えるのも、実弾光線両対応の防弾素材だろう。
おそらく最上階にはプールとヘリポートがあるに違いない。
「ここだ」
「えっと……何階ですか?」
たぶん最上階だろうな。
「何を言っておる。これは屋敷だ。こんな狭い物件、人とシェアできるわけないだろ」
オウ……やはり金銭感覚がぶっ飛んでおられた。
「もしかして最上階はプールですか」
「おかしなことばかり言うの。プールなんぞジムにあるぞ。最上階はVTOLの発着場じゃ」
垂直離陸型の飛行機ですか。はい。
「さあ行くぞ」
「ヴェロニカ皇女様。お帰りなさいませ」
スタッフと思われた男女が並んで挨拶する。
「うむ、苦しゅうない」
適当すぎる挨拶である。
「さ、婿様。お荷物をお預かりいたします」
カールとかクラウザー的な執事さんがそう言うとメイドさんが荷物を預かってくれた。
……メイドさん。美人すぎね?
「いきなり愛人探しか? いいぞもっとやれ」
「ちーがーいーまーすー。ただやたら制服のデザインがかわいくて、メイドさんもアイドルみたいに美しいし……どこで探してきたの?」
「どこでって、出稼ぎの貴族の子女じゃ。士官学校入ったレオも同じじゃろ」
貴族名鑑に名前がある侯爵家だけでも100万家。
伯爵子爵男爵になるとそれこそ星の数。
自称はさらにその数千、数万倍。
ほとんどの貴族家庭に生まれたものは実家に仕送り生活が待っている。
だって首都や大都市惑星や人工ステーションの給料は領地の数百倍以上だもの!
惑星持っててもそんなに実入りがよくならない。
それがゲームのバランス設定なのだろう。現実に落とし込むな! 死ね!!!
エレベーターに乗る。
メイドさんがボタンを押してくれる。
「最上階が妾たち夫婦の生活スペースじゃ」
「もう……何を言っていいかわからねえっす」
最上階はクソ広いスイートルームだった。
玄関から入ってリビングに行く。
靴は脱ぐタイプ。
ヴェロニカ皇女には日本人の血が入っているのかも。
ガラス張りでやたら眺めがいい。
ワイングラス片手に高笑いしたくなるほどだ。
「まずは籍を入れるぞ。弁護士を頼む」
メイドさんが拡張現実でなにやら操作する。
目の前に拡張現実のウィンドーが立ち上がる。
契約書面だ。
弁護士欄がリアルタイムで書き換わる。
未成年なので保護者の欄に俺の両親と皇帝陛下夫妻の名もあった。
「サインするのじゃ」
「ほいほい」
サインすると【承認】の判子が押される。
「これで婚姻成立じゃ」
「結婚式とかは?」
「やらぬ。面倒じゃ。それに下位の姫には予算がつかぬ」
「世知辛いっすね」
「出世でもしたら頼むわ~。おう、じゃ着替えてくる」
「着替え?」
「部屋着じゃ。婿殿も着替えてくれ」
「こちらに」
メイドさんが私室に案内してくれた。
そこで士官学校の芋ジャージに着替える。
もう一着持っているがそれは病院で着ていたものだ。
あとで洗濯する予定。
まさか私服が必要になるとは。
予定にはなかった。
あとで買いに行かねばな。
リビングに戻るとヤンキー仕様のスウェットを着た嫁がいた。
ノーメイクだが幼生固定のせいで肌はツヤツヤ。
スウェットパンツは金糸で【夜露死苦】と書かれている。
だけど上は黒いウサミミパーカー。
スリッパもウサミミである。
やだかわいい。
「……ずいぶん可愛らしくなりましたね」
「ふむ。引かぬか……」
「むしろ好物かと」
さすがにメイドさんが手入れしているのか毛玉の一つもない。
でも皇女様がラフな格好を見せてくれるとは……俺、本当に結婚したんだな。
ヴェロニカが座ってるやたら豪華なソファーの横に俺は座る。
嫁がなにか言ってくれるだろう。
と思ったら沈黙。
今までずっと喋り続けていたやつが黙ったせいで空気が気まずくなる。
「……あの殿下」
「暇じゃの! ゲームでもするか!!! にゃははははははー!!!」
いきなり照れんな。俺の方が恥ずかしくなるだろ。
仮想現実が開き、ゲームが起動する。
ソフトはゾンビを蹴散らす系の協力プレイのFPS。
嫁、いい趣味だ。
俺はチェーンソーで接近戦。
嫁が狙撃手でゾンビと戦う。
チェーンソーが壊れたら斧を拾って無双する。
ぐははははは! ゾンビは殲滅じゃーい!!!
すると嫁がつぶやいた。
「……やはりか」
「なにがっすか?」
「このゲームはな、海兵隊のシミュレーターベースでの。プレイヤー本人の身体能力とリンクするんじゃ。プレイヤーにできない動きは再現できん」
「へぇー、じゃあ俺もガンナーにしとけばよかったですねえ。接近戦苦手ですし」
「何を言っておる婿殿。さっきから無双しておるではないか」
「ふぁ?」
そう言われれば、先ほどから斧でゾンビの群れを蹴散らしてる。
むしろ斧すらいらない。
素手でも余裕だ。
やけに爽快感あるなあとは思ってた。
「こういうゲームでは?」
「違う。普通、近接キャラはスナイパーのサポートなしじゃゲームにならん。それ以前になんじゃその反応速度は!」
そういや先ほどからどう考えても人間を超越した動きをしている。
まるでソンビが止まってるようだ。
これはゲームのせいじゃなくて俺に原因があるようだ。
もしかして……俺、レベル上がってる?
「止めよ。婿殿行くぞ」
「どこにですか?」
「病院じゃ」
「ええっと……元気ですが?」
「違う! 超能力の開花を調べてもらうのじゃ!」
超能力は要するにRPGの魔法だ。
ただRPGの魔法とは違い学問ではなく才能依存。
養成もできない。
超能力者は遺伝がほとんどだ。
超能力者のほとんどが高位貴族の血を引いている。
両親がエスパーでも発現率は1割ほど。
両親ともに非エスパーならほぼエスパーは生まれない。
エスパーは研究対象だが超能力者は少なすぎて戦力としてはアテにされてない。
たしか主人公は超能力持ちのエスパーだ。
俺はと言うと士官学校入学時の健康診断の結果では超能力因子陰性。
エスパーではないはずだ。
ま、今のところはそういう設定なんだけど、これから増えるんだよね~。
「はぁ? 士官学校の入学時に調べましたけど超能力因子陰性でしたよ。だいたい両親ともに超能力者じゃありませんし」
あのアホ夫婦がエスパーだったら怖いわ!
超能力の代償で人としての思いやりを失った?
ねーわ。絶対ねーわ。
そしてそのアホの遺伝子を継いでいる俺がエスパーのはずもない。
だけど殿下は真面目な顔で言いやがった。
「これは機密情報なのじゃが……死線を越えると非エスパーでも覚醒することがあるらしい」
「そんな裏技あったの!?」
プレイヤーでも知らんぞ。そんな話。
ゲームの仕様を現実に寄せたしわ寄せだろうか。
で、そのまま着替えて病院送りに。
皇族専用の病院に直行。
あ、そうか。
俺も婿枠で皇族扱いなのか。
嫁は深夜のコンビニ前でウンコ座りしてダベってるヤンキーが着てそうなジャージだ。
庶民派だな。
で、グイングイン音を立てる機械で頭を撮影されたり。
普通のレントゲンやらCTやらも撮って深夜に。
嫁はひたすら廊下でVRゲームをしてた。
でも皇族なのに婿の付き添いしてくれるのだ。
家族になろうと努力してくれているのだろう。ありがたい。
で、俺も嫁とゲームで暇つぶししてると看護師の女性が血相を変えて走ってきた。
「こちらへ」
「なにか異常でもあったか?」
友だちくらいの扱いにはなれたのだろう。
嫁は心配そうだった。
「あの……その……先生から別室でご説明がございます」
で、別室へ。
家族は嫁だけ。
連絡は入ってるだろうけど、侯爵家はスルー。
権力手に入れたら粛正しようと思う。
部屋では医師がズラーっと並んで座っていた。
え? 圧迫面接?
で、なぜか中央だけ拡張現実のウィンドーでリモート参加のおっちゃんがいる。
そのおっちゃんが重々しく口を開いた。
「国立帝都大学病院の脳外科部長ジェームス・イノウエと申します。殿下には……」
「挨拶はいいからはよ内容を言え。婿の状態はどうなんじゃ?」
ホント偉そうだな嫁。
積み上げた技術や知識を持つマスターには形だけでもいいから敬意を表せ。いやホント。
あ、でも嫁の場合、偉そうじゃなくて本当に偉いのか。
「その……申し上げにくいのですが。非エスパーからの覚醒としては能力が異常な値を示しております」
画面が切り替わり俺の検査結果の表になった。
「あん? 異常な値? 婿殿になにが起きた?」
「まずこの値ですが、超自然発火能力でナパーム弾クラスの炎を生成することが可能な値です」
……それ……ゲーム内じゃ中級クラスの超能力だわ。
ちょっと待って、ゾーク数体倒した程度のレベルが低い状態でそれってヤバくないか?
「ほう……つまりどういうことじゃ?」
「最強の超能力者になる可能性があるということです」
「ふむ。婿殿、皇族の義務じゃ。最強を目指せ」
「おお、義務か~」
ほぼ「死んでこい」と同じだな。
皇族扱いで安全な距離から高みの見物できるかなと思ってたが甘かったようだ。
「卒業したら殿下の副官にしてもらえます?」
「妾の親衛隊は一騎当千の強者ばかり。学生を副官にできるはずもない。雑用係からじゃ。我が夫なら底辺から這い上がってみせい」
ですよねー。
嫁ならそう言うよね。
「だそうです、先生」
「配偶者様は修羅の道を選ぶのですね……」
今の段階なら、「たたき上げ上等! 我らは常に前線! 行くぞヴェロニカ親衛隊!」に入るなんて茨の道すぎてどん引きだろう。
だけど実はそうでもない。
だってこれからゾークと人類の全面戦争が始まるもの。
学生士官がバンバン死ぬ局面の到来だ。
まだヴェロニカ親衛隊の下っ端の方が生存率に関してはマシなのだ。
「婿殿。明日から忙しくなるぞ」
「え?」
「数は力じゃ。明日から学校で使えそうなのをリクルートするぞ。皇位には興味なかったが夫が最強を目指すと言うのじゃ。妾も妾の理想とする最強を目指さねばなるまい?」
嫁にここまで言われちゃ進むしかない。
「よろしく」
「その婿殿の肝の据わりよう。実に好ましいぞ」
ゾークとの全面戦争を前にした最強ORダイである。
開き直るしかない。
男坂に下るという選択肢はないのだ。
二人で拳を合わせる。
お互いに愛はない。
当然だ。
まだ会ったばかりだ。
だがそれでも歩み寄ることはできるはずだ。
この日、俺と嫁はお互いを友としたのだと思う。
最後に医者が言った。
「超能力者の属性検査の結果は後日送信いたします」
なんか不安になるな。