第五話
ナノマシンによる治療で次の日には退院になった。
この世界では生きてさえいれば、たいていのものは治療できる。
死んだらクローンを作る。
家族や社会のために。
さらにクローンは元の人間とは違うことが暗示されている。
残酷なことだ。
で、退院の話だ。
退院の手続きをしようと思ったら、軍の経理課の人が来て手続きしてくれた。
名誉の傷のため費用は軍が負担してくれるそうだ。
なお親と女子生徒たちは来てない。
泣いていいかな?
親はどうでもいいけど、女子生徒が来ないのはつらい。
体張ったところまでは自慢できるが……性癖暴露大会がまずかった。
これからどの面下げて会えばいいのだろうか。
つらい。
経理の人は細身で眼鏡のおっさんだった。
ヒロイン枠じゃないよね。
うん知ってた。
色気ムンムンの眼鏡っ娘お姉さんなんて存在しなかったんだ!
騙したな!!!
絶対に許さない!!!
でもおっさんは気の利く人だった。
バスで学生寮に戻ろうとしたらタクシーを呼んでくれた。
なんだろうかこの好待遇。
タクシーを待つ間、総合病院のロビーでボケッとする。
するとモバイル端末に連絡が入った。
スマホに似ている装置でもうちょっとパソコン寄りだ。
端末を出すと拡張現実で連絡が表示される。
実家だ。
【皇女殿下に儂の出世をねじ込め】
「アホが。死ね」
サクッと削除する。
実家問題などなかった。
無能だが行動力もないので無害だ。
そりゃレオも歪みもしますわ。
嘘でもいいから体を心配してるそぶりをしろ。
忙しくても見舞いに来い。
人の気持ちを理解できんから侯爵家は左前なのだ。
そういうところで出世に繋がる重要な仕事をまかせられるか判断されてるのだ。
親父、たぶん職場でヤベエやつ認定されて避けられてるぞ。
キレてるとタクシーが来た。
腹を立てながらタクシーに乗りこみ外を眺める。
運転手はいない。
この世界の標準はAI制御の無人タクシーだ。
謎動力で浮いて走行するタクシーは揺れもなく快適だ。
窓に映る町並みは大都市のように思える。
だけど、帝国士官学校のあるこの街も宇宙ステーションの中。
惑星まるごと学校にした方が安いんだけど、環境を考えて宇宙ステーションを作る方が高度で文明的というのがこの世界の常識だ。
宇宙ゴミは作業後にドローンで回収するらしい。
数ヶ月後にはあちこちの惑星をバンバン要塞化するはめになるんだけどね!
しばらく走ると寮に到着。
すでに軍が料金を払ったので、俺の帝国軍人銀行の口座からは引き落としなし。
端末決済をせずに外に出る。
変なところの設定が細かいな。このゲーム世界。
男子寮に行くと俺の荷物が全部入り口に置かれていた。
エッチなものまで。
新種のいじめかな?
どさくさ紛れに俺のじゃないのも入れてるよね?
俺……お前らにそこまで恨まれたかな?
ぴえんするぞ。
少女みたいに泣き叫ぶぞ!!!
拡張現実でモザイクかけとこ。
「レオ生徒!」
俺の荷物の前にいた50歳くらいの教官と目が合った。
「ちょうどよかった。こっち来い」
「えーっと……もしかして俺退学ですか?」
もはやそれしか考えられない。
全銀河に性癖公開したしな。
「聞いてないのか? お偉いさんと結婚するんだろ。一緒に住むから引っ越しの用意してくれって軍の上から指令があったぞ」
皇女殿下といきなり同棲だと!!!
つうかメスガキには見せられない物品があるやんけ!!!
男子寮の談話室に飾ってあった空気人形なんぞ持ち込んだらメスガキに殺されるわ!
ホント入れたヤツぶち殺すぞ!!!
「男子のシークレットアイテム的なものは……その……」
「武士の情けだ……捨てておこう」
教官殿は最高に優しい目だった。
さようなら男子のドリームたち……。
さようなら俺のナイトライフ!
俺は涙を流しながら敬礼した。
士官学校なので荷物は少ない。
学校のテキストも電子ファイルだから服くらいだろう。
軍服と礼装、それに靴下や洗面用具、下着類をバッグに入れて準備完了。
「迎えが来る。それまでここで待ちなさい」
【休め】で待つ。
すると寮から男子たちが出てくるのが見えた。
てっきり見送りかと思ったら全員が中指を立てて俺にブーイングした。
「美少女と結婚とか許せねえ!!!」
「死ね!!!」
「次見かけたらぶち殺す!!!」
あ、そういう態度。ふーん。
「おめえらこそ死ね!!! 股間の大事なもの使わず若死にしろ!!! ハゲろボケ!!!」
「ぶぁーか!!!」
「うるせえ! てめえらこそぶぁーか!!!」
「やめんか恥ずかしい」
教官に注意されて場は収まった。
全員で休めで並んでいると迎えが来た。
リムジンである。
ドアが開くと中から皇女殿下が出てきた。
俺たちは一斉に敬礼する。
「よっ! 婿どの迎えに来てやったぞ。うちに帰るぞ」
本人が来やがった!!!
「は、はあ。うち?」
「おう、買ったぞ。いいから乗れ」
車に乗った。
男子生徒が暴動でも起こすかと思ったら大人しい。
なんだ?
すると大柄の体育会系ぽい男子が大声を出した。
「レオ! お前のおかげで命拾いした!!! 一生付いてってやるから出世しろよ!!!」
そう言ったあと男子生徒たちが「出世しろよ!!!」と続いた。
少し。……少しだけ胸がじんとした。
「涙出そう」
「婿殿はいい友を持ったな」
男子寮から出ると今度は軍の礼服を着た女子たちが道の脇に並んでいた。
「レオ艦長に敬礼!!!」
真ん中にいたクレアがそう言うと全員が俺たちが乗っている車に向かって敬礼した。
実習時のなんちゃって艦長で本物じゃないのに。
俺……嫌われたわけじゃなかった!
「モテるの~。嫉妬でどうにかなりそうだわい」
まだ嫉妬するほどの関係じゃないだろが。
「殿下にとっても同級生ですよ」
「それもそうか。学校に通うのが楽しみだ」
「ええ、せっかくの学校生活楽しんでください」
「カカカカカ! それだけだと思うのか? 妾は近衛隊の下部組織として親衛隊を作ろうと思う」
「なんですかそれ?」
「秘密じゃ」
なんじゃそれ。
「だが、すべては婿殿のためじゃ。それだけはわかってくれ」
殿下が俺の手に自分の手を添えた。
こういうところがずるい!
ヒロイン属性である。
ほれてまうやろが!!!